Column 映画祭映画『大阪のうさぎたち』と杉野希妃の映画作り
Text by 西村嘉夫
2012/7/2掲載
映画祭の役割とは?と聞かれて何と答えるだろう。
観客にとっての映画祭とは最新作を見られる場。カンヌのような大手映画祭の場合はフィルムマーケットが併設されていることが多いが、配給会社にとって映画祭とは作品を売買する場所と言えるだろう。最近では、インディーズ作品を支援するために映画の企画マーケットを開く映画祭も増えてきた。製作者の立場からは映画祭は資金調達の場に見えているかも知れない。
そして、今、映画祭に《ロケ地》という新たな役割を付与しようとしている若きクリエイターがいる。『奇跡の夏』(2005年)で商業映画監督としてデビューした後、2010年にインディーズ作品『遭遇』を撮りあげたイム・テヒョンと、『歓待』(2010年)で世界中の映画祭を席巻し、汎アジアの多国籍インディーズ作品をプロデュースする女優・杉野希妃である。二人が昨年3月の大阪アジアン映画祭で偶然出会い、たった一日で即興的に撮りあげ、4月の全州国際映画祭で追加撮影し、7月に開催された富川国際ファンタスティック映画祭の企画マーケットでポスプロ費用を獲得してアフレコを行った作品、それが今ご当地・大阪で先行公開されている『大阪のうさぎたち』だ。

聞くところによると撮影機材は、大阪アジアン映画祭を通じて現地で調達したという。スタッフと呼びうるのは監督一人だけ。監督・出演者も本作の製作に名を連ねており、ポスプロは映画祭の企画マーケットで調達しているので、おそらく製作費は実質的にビデオ・テープ代だけだったのではないだろうか?
なんともフットワークの軽い製作スタイルだが、映像に安っぽさは微塵もなく、スクリーンには異国の監督の目を通した新感覚な《OSAKA》が映し出される。「人類の90%が死滅した地球最後の日」という設定は、震災の翌日3月12日に撮影されたという事実と相まって観る者に特別な感情をもたらし、撮影当日、実際に出演者が抱いていたであろう不安感はキャラクターの感情そのものとシンクロし、現実とフィクションの垣根をさまよう不思議な空間が映画館に現出する。
そもそも杉野が出演することになったのは、震災で予定していた韓国人女優の来日がキャンセルされたからで、そのキャスティングは全くの偶然。その偶然を必然に変えてしまうパワーが杉野の最大の魅力だが、その不思議な力は常に《映画祭》を通じて発揮されている点に注目したい。映画祭で人と出会い、資金を調達し、ゲリラ的に一気に撮影する…。筆者は大阪アジアン映画祭にも全州国際映画祭にも参加していたが、あの時あの空間のどこかで『大阪のうさぎたち』が撮影されていたのだと考えると妙な高揚感にとらわれる。ひょっとして自分も出演していた可能性があるのでは?と(事実、杉野の誕生パーティのシーンでは大阪アジアン映画祭のスタッフが大写しになっている)。

『大阪のうさぎたち』で縁を結んだイム・テヒョンと杉野希妃は、今年の全州国際映画祭でふたたび《映画祭映画》に挑んでいる。タイトルは『Jury(審査員)』。同映画祭で審査員を務めた杉野の姿を収めたフィクショナル・ドキュメンタリーだが、街頭ではアポなしインタビューを敢行。地元の学生たちに「あなたにとって映画とは?」と問いかけたという。
「アジア・インディーズのミューズ」であると同時に「映画祭のミューズ」でもある杉野希妃はその類い希なる映画力によって、観客まで映画作りに巻き込み始めた。「映画とは?」と聞かれてあなたは何と答えるだろう。
『大阪のうさぎたち』
韓国・日本/原題 大阪の二匹のうさぎ/英題 TWO RABBITS IN OSAKA/2011年
監督 イム・テヒョン 主演 杉野希妃、ミン・ジュンホ
2012年6月30日(土)大阪シネ・ヌーヴォにて地元先行ロードショー、8月4日(土)神戸・元町映画館、京都みなみ会館ほか順次全国公開予定
公式ブログ http://ameblo.jp/two-rabbits-in-osaka/
Columnist's Note
西村嘉夫。シネマコリア代表。杉野希妃さんのデビュー作『まぶしい一日』を配給してから6年。予想もしない形で杉野さんが“時の人”になってびっくりしています。『まぶしい一日』を共同配給したキノ・キネマの岸野令子さんは『大阪のうさぎたち』の宣伝で奮闘中。その経緯は「公式ブログ」でご覧いただけます。やはり杉野さんは自作に人を巻き込んでいく不思議な力をお持ちのようです。
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