Review 『豚の王』 ~花コリ史上最大の話題作、その魅力とは?
Text by 加藤知恵
2013/4/7掲載
「花開くコリア・アニメーション(通称、花コリ)」で長編の上映が始まったのは2011年からである。以来、筆者は長編3作品の字幕翻訳を担当させていただいている。
最初に紹介した長編は『ロマンはない』。家族愛・夫婦愛をほのぼのとしたタッチで描いたホームコメディで、韓国映画アカデミー出身の3人が共同演出した作品だ。花コリの主催者であり、監督とも縁の深い韓国インディペンデント・アニメーション協会(KIAFA)の推薦により上映が実現した。2012年の上映作『家』も同じく韓国映画アカデミーの卒業生5人によるもの。家に宿る“家神”と人間の少女との交流をスチール写真と2Dのキャラクターを合成させて描き、再開発という社会問題を扱った意欲作で、世界最大のアニメーション映画祭、アヌシー国際アニメーション映画祭2011にも正式出品された。

『豚の王』
そして今年は、韓国長編アニメーションとして初めてカンヌ国際映画祭に招待され、カメラドール(新人監督賞)の候補にも名を連ねた『豚の王』を上映する。監督は『地獄』『愛はタンパク質/Love Is Protein』などの短編で知られるヨン・サンホで、『家』でも主役の声を演じたキム・コッビとともに、『息もできない』のヤン・イクチュンが声優を務めている。作品の規模や映画祭での評価が全てではないが、話題性では花コリ史上最高の作品と言えるのではないだろうか。
『豚の王』の見どころは、韓国アニメーション初の“成人用残酷スリラー”と称されるように、暴力描写が散りばめられたショッキングで緊迫感のある映像と、ミステリー要素を含んだシナリオの面白さにある。会社の経営破綻の後に妻を殺した主人公ギョンミン(声:オ・ジョンセ)が、15年ぶりに友人ジョンソク(声:ヤン・イクチュン)を訪ね、当時の記憶を語り合いつつ衝撃の事実が明らかにされるというストーリー。物語はジョンソクのナレーションによって誘導され、過去と現在の場面が絶妙に交差しながらクライマックスに向かって一気に加速する。重要な台詞で表情がクローズアップされたり、ケンカのシーンでは360度回転するアングルで全体を描き出していたりと、まるで実写映画のカメラワークを見ているようにリアルな演出にも驚く。それもそのはず、ヨン監督は実写映画のシナリオ執筆作業にも携わった経験があるとのこと。実現の予定はないようだが「『豚の王』を実写化してほしい」という声もあがったそうだ。また監督は普段から映画人との交流にも積極的で、ヤン・イクチュンは元々個人的に親しかったことからキャスティングが決まった。ちなみに今年公開予定の新作長編『サイビ/사이비』にも、ヤン・イクチュン、オ・ジョンセ、キム・コッビが再度声優として出演することが決定している。
字幕を翻訳する立場としても、『豚の王』はかなりチャレンジングな素材だった。過去の『ロマンはない』や『家』は女性の登場人物が中心であり、台詞で語るというよりは絵の持つ雰囲気やキャラクターの面白さで魅せている作品だ。人物同士のコミカルな会話も見せ場とはいえ、全体的に台詞の数は多くはない。しかし今回は男子学生の世界、しかも終始繰り返される悪口と暴力…。特に口癖のように登場する「ケーセッキ/개새끼」(“この野郎”の意)という言葉は、不快過ぎない表現を選びつつ、いくつもバリエーションを持たせなければならず苦労した。こんなにも日本語の悪口を勉強したのは初めてだ。KIAFA事務局長チェ・ユジン氏にも「何度も見ると性格が悪くなりそう」と同情してもらった。
もちろん残酷な面だけに注目してほしいわけではない。この作品は「階層社会」という韓国社会の闇の部分を描き出した点でも評価が高い。時代設定は1992年であり、江南地域の狎鴎亭(アックジョン)にある中学校がモデルとのこと。実際に当時の状況について調査が行われたうえで制作されている。学校内での子どもたちの権力争いを描いた作品としては、韓国の実写映画『われらの歪んだ英雄』や『マルチュク青春通り』と比較されることもあるが、軍事政権下の閉塞感が背景に描かれている2作とは異なり、『豚の王』が批判するのは経済格差によって生じる階層社会だ。「金は金持ちの所にだけ集まる。俺たちがいくらあがいても手に入らない」、「無視をすればいい。どうせ大人になれば(彼らに)会おうとしても会えない」、「皆にとって当然のことを諦めて、負け犬になるの」など、台詞の随所に下級層(豚の階層)に位置する者の嘆きと憤りが現れる。どれほど勉強や運動で努力をしても、どんなに善良な人間になっても、根本的な格差を乗り越えることはできないのだという絶望感。そうして追い詰められた豚(の層)たちは、最終的に究極の手段を選択するに至る。ただの“残酷スリラー”では終わらない理由がここにあるのだ。
折しも花コリで長編上映が始まった2011年は、『豚の王』以外にも、劇場用アニメーションとして220万人を動員した『庭を出ためんどり/마당을 나온 암탉』(監督:オ・ソンユン、声:ムン・ソリ、チェ・ミンシクほか、日本未公開)や、10年の制作期間を経て完成した本格青春アニメーション『Green Days~大切な日の夢~』(監督:アン・ジェフン、ハン・ヘジン、声:パク・シネ、ソン・チャンイほか、真!韓国映画祭2012上映作)のような大作が次々と公開され、韓国アニメーション界にとっても記念すべき年となった。その後も豊作は続いており、現在制作中のヨン・サンホ監督の新作『サイビ/사이비』のほか、鯖を主人公にした冒険劇『パタパタ/파닥파닥』(2012年韓国公開、イ・デヒ監督、日本未公開)や人工衛星の少女とまだら牛になった少年のラブストーリー『ウリビョル1号とまだら牛/우리별 일호와 얼룩소』(2013年公開予定、チャン・ヒョンユン監督)など、注目作が多数ある。来年はどんな作品を紹介できるだろうか。今から期待を膨らませている。
花開くコリア・アニメーション2013
プレイベント:2013年4月13日(土)@シアターカフェ(名古屋市大須)
東京会場:2013年4月20日(土)~4月21日(日)@アップリンク・ファクトリー
大阪会場:2013年5月11日(土)~5月16日(木)@PLANET+1
名古屋会場:2013年5月18日(土)~5月19日(日)@愛知芸術文化センター
公式サイト http://anikr.com/
特集 花開くコリア・アニメーション2013
News 今年も満開の「花開くコリア・アニメーション2013」、4/20より東京・大阪・名古屋で順次開催!
Review 『豚の王』 ~花コリ史上最大の話題作、その魅力とは?
Writer's Note
加藤知恵。シネマコリア・スタッフ。毎年「花コリ」で長編の字幕翻訳を担当しているほか、今年はアジアンクィア映画祭でも韓国作品の字幕翻訳・監修作業を担当。先日、大阪アジアン映画祭で『裏話 監督が狂いました』(イ・ジェヨン監督)を鑑賞した際、気のいいAD役で出演しているオ・ジョンセが、メガネで神経質なギョンミン(『豚の王』のキャラ)にしか見えない(声が気になりすぎて…)という錯覚に陥りました。
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