Review 『はちみつ色のユン』 ~素朴なアニメーションで描かれたマイノリティの心の成長記録
Text by 井上康子
2012/12/22掲載
朝鮮戦争後の混乱と非嫡出子を恥辱とみなす風潮のため、多くの孤児が生まれたが、血縁を重視する韓国社会では養子は歓迎されず、これまでに20万人を超える子どもが国際養子となって出国した。本作は自身が養子としてベルギーで育ったユン・エナン監督の自伝である。5歳で出国してから、40年後に自分のルーツを探しに韓国を訪れるまでが、アニメーションに実写を併せて映し出される。アニメーションのパートは素朴な人物画から大胆な抽象画まで自由自在で素晴らしく、主人公ユンの感情を確かに伝えてくれる。

養家には4人の実子がいたが、幼い子ども同士は何の屈託もなく兄弟になる。林で遊ぶユンは万能感にあふれていて、妹の頭にりんごをのせるや、命中するものと決めて棒矢を射ってしまう。主観と客観、現実と非現実が入り混じる特別な感覚をもった本当の子どもが生き生きと跳ねまわっているのには欧州の児童文学作品の趣がある。この子たちの姿には誰もが魅了されるだろう。
元気いっぱいに見えるユンだが、置き忘れものをつい盗んだことで母に「腐ったりんご」と罵られると、巨大な腐ったりんごに変身してしまい、記憶にない実母を求める。養親に捨てられはしまいかという不安が彼の心の隅から消えることはない。アニメーションでないとできない大胆な描写で子どもの感情をリアルに見せているのが本作の特長である。
新しい妹が韓国から迎えられると、彼は自分が家族の中で異質な存在だということに気づく。それが「自我」を意識した最初で、複雑な状況に置かれたユンはアイデンティティの模索を続ける。自分を遺棄した韓国への嫌悪は強く、極東、特に日本文化への興味に、人種的に外観が似ていることも重なって、自分が日本人だと思い込もうとする時期もある。日本のアニメを中心としたサブカルチャーへの思い入れはマンガ作家としての監督の原点でもあり、ほのぼのとした愛着をもって描かれている。
筆者はソウルの金浦空港で養子として出国を待つ乳幼児を何度も見かけたことがある。親に捨てられ、国に捨てられ、養父母は実父母でないことが自明である。居住国ではマイノリティで、成人して韓国に戻る機会を得ても居場所はない。あまりにも過酷な彼らの人生を想像しようとしただけで息が苦しくなった。そういう人生がどういうものかを個人の体験として示してくれたのが本作であった。
けれど、本作の価値はそれに留まらない。親に捨てられないかと主観の世界で怯えていた子どもが、家族に支えられ、悩みながらも、絵画を自己表現の手段にし、自分を客観的に見つめることができる大人になるまでの成長記録として美しい輝きを放っている。

韓国では映画『冬の小鳥』を代表として、映画やドラマの素材として国際養子はこれまでも取り上げられてきた。最近では人気作家キム・ヨンスが米国に送られた養子を登場させた小説『파도가 바다의 일이라면 / 波が海の業ならば』がベストセラーになっている。
また、現実の世界でも、今年、フランス政界では韓国からの養子出身女性のフルール・ペルラン大臣が誕生するという華々しい出来事があった。ユン監督も「多様性」が自身のアイデンティティを支えるものであることを示唆しているが、マイノリティに配慮し、文化の多様性を尊重する仏社会の懐の広さには敬意を抱かざるを得ない。
韓国のマスコミ記事には、ペルラン大臣の誕生について、「自慢よりも恥ずかしさが先だった」「彼女が大臣になったという事実を喜ぶことを止める必要はないが、仏社会の健全性を見習うことが緊急だ」という声が載せられている。本作は、来年、韓国で公開予定である。この作品の上映がきっかけになり、また、多くの人が、国際養子の存在に関心を持ち、意見を述べるのを願っている。
『はちみつ色のユン』
原題 Couleur de peau : Miel 肌の色:はちみつ色/2012年/フランス・ベルギー・韓国・スイス
監督・脚本 ユン、ローラン・ポアロー
2012年12月22日(土)より、ポレポレ東中野、下北沢トリウッドほか全国順次ロードショー
公式サイト http://hachimitsu-jung.com/
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Writer's Note
井上康子。福岡市在住。『はちみつ色のユン』は、見た人の心に生涯留まり、その人の支えになる貴重な作品である。多くの人に見てほしい。
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