Review 『ダンシング・クイーン』 ~民主主義の申し子は夢を追う
Text by 井上康子
2012/11/27掲載
今年、韓国で正月映画として公開され400万人を動員したヒット作。アジアフォーカス・福岡国際映画祭2012ではオープニング上映され、観客投票で第2位となった。中年夫婦が忘れかけていた夢に挑戦する姿を描いているが、夫の夢がソウル市長で、妻がセクシーなダンス歌手になること、という設定の奇抜さもあって注目を集めた。妻役のオム・ジョンファは実際にデビュー20年目の女優兼歌手であり、彼女の歌って踊るステージ・シーンは華やかでたいへん魅力的だ。劇中のメッセージと対応した歌の力も重なって、観客を大いに元気づける作品になっている。

まず、気になったのが主役2人の役名が、映画としては異例の俳優名「オム・ジョンファ」と「ファン・ジョンミン」のままであったことだ。
役柄の「ファン・ジョンミン」はエアロビクスのインストラクターとして働くジョンファの内助の功で、なんとか司法試験をパスして細々と弁護士をしている。市長選に出ることになったのも、駅のホームから酔っ払いが転落し、ジョンミンも誰かに押されて転落したはずみで酔っぱらいを救出したのが命がけの救出と誤解され、マスコミに注目されたためである。けれど、既存の政治家たちが資産を隠し、兵役逃れの過去を持ち、実状にあわない提言をするのを見て、自分は人々の思いをくみとる政治家になりたいと市民に語り始めると俄然カリスマ性を帯びていく。役柄名を同じにすることで、『ユア・マイ・サンシャイン』(2005年)でファン・ジョンミンが演じた主人公に代表される「ダサいが温かみがあり信念を貫くカッコよさがある」という彼のイメージがそのままこの作品のキャラクターに強く投影されている。
役柄の「オム・ジョンファ」はかつて学生街のクラブで歌って踊り「マドンナ」と呼ばれていたのに、夫と子供の世話に明け暮れる日々を過ごしていた。一念発起して、テレビの歌の勝ち抜き番組に出演したのがきっかけで、熟女グループ「ダンシング・クイーン」のメンバーに選ばれ、活動を始める。これも、オム・ジョンファが女優として最近は『ベストセラー』(2010年)、『ママ』(2011年)などの作品に母親役で主演すると同時に、セクシーな歌手としても活躍し、実際「韓国のマドンナ」と呼ばれていた彼女の経歴と重なっている。オム・ジョンファは歌と踊りと演技の3拍子が揃った唯一無二のエンターテナーとして圧倒的な存在感を放ち、タイトル通りこの作品の主人公は彼女だと言える。
脚本も監督のイ・ソックンが手掛けているが、トップスター2人を起用し、そのイメージを最大限に活かしつつ、政治と女性の社会進出という硬派のテーマを笑いと感動で描いており、若い監督だが老練である。
前半は『サニー 永遠の仲間たち』(2011年)のように、夢にあふれていた過去と、夢を忘れた現在が対比して描かれている。過去で強調されているのは1982年以降の民主主義の高まりである。1982年にジョンミンは釜山からソウルの小学校に転校する。将来の夢を「大統領」と自己紹介するのを聞くと、自由に大きな夢を語れる時代の明るさが感じられる。2人の出会いもこの時で、教師がジョンファの隣の席をジョンミンの席に指示したことを何と「民主主義に反する」とジョンファは抗議するのだ。イ・ソックン監督は1972年生まれで、ちょうど作品中の2人とほぼ同い年だが、「1982年」「民主主義の高まり」は強調されている。この年は「中高生の制服・髪型の自由化発表」があった年で、監督にとって何か民主化を強く意識できたことがあったのかもしれない。いずれにしろ、民主主義の申し子である2人が、自由に夢を語り、自由に意見を述べるという子ども時代を過ごしたということは、「歌手になる」「政治家になる」という夢を追う作品後半へつながる印象的な伏線になっている。
後半の山場はジョンミンがソウル市長選出馬のために、ジョンファに対して歌手を諦めろと命令したことによって起きる2人の葛藤である。しかし、あの「ファン・ジョンミン」が愛する妻の夢を断念させるはずがなく、予定通りの修復が行われる。韓国も日本も女性が母の役割や妻の役割を果たすことが社会の中で強く求められる。2001年に韓国で公開された『猟奇的な彼女』は大学生の女性主人公が、従来の女性の従順さやかわいらしさとは異なる、物おじせずに自分らしく振る舞う姿を見せて大ヒットした。それから11年後、妻で母でもある女性が夢を追うことが描かれ、その作品が大ヒットしたことに時代の変化を感じる。夫と妻の夢追いをうまく融合させたラストもさわやかだ。
『ダンシング・クイーン』
原題 ダンシング・クイーン/英題 Dancing Queen/韓国公開 2012年
監督 イ・ソックン 主演 ファン・ジョンミン、オム・ジョンファ
アジアフォーカス・福岡国際映画祭2012公式招待、2012大阪韓国映画週間上映作
福岡×釜山 日韓シネマ・エクスチェンジプロジェクト第1弾として2012年12月8日(土)より、T・ジョイ博多にて2週間限定公開
日韓シネマ・エクスチェンジプロジェクト公式サイト http://www.t-joy.net/cinemaex/
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Writer's Profile
井上康子。福岡市在住。毎年、シネマコリアでアジアフォーカス・福岡国際映画祭をレポート。本年はイ・ソックン監督や、『バラナシへ』チョン・ギュファン監督のインタビュー記事を執筆している。
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