Review 『ハナ 奇跡の46日間』 ~北朝鮮描写に見る若手監督の心意気
Text by 井上康子
2012/11/23掲載
1991年の世界卓球選手権大会で、北朝鮮と韓国は統一チーム「コリア」を結成し、無敵の中国を破って優勝を果たしたという実話が題材。チーム結成から優勝までの46日間が描かれている。事実とは異なるフィクションを含めて再構成されており、事実を変えてまで伝えようとした作り手の思いを感じることができる。トップスターのハ・ジウォンとペ・ドゥナが南北のトップ選手を好演している。北の選手と南の選手が突然ひとつのチームにされて生じた葛藤を乗り越えて、強い絆をもち、優勝するまでが、北の政治体制の厳しさも含めて描かれていることで、手ごたえがある作品になっている。

左:ペ・ドゥナ演じる李芬姫(リ・ブニ)、右:ハ・ジウォン演じる玄静和(ヒョン・ジョンファ)
南北の選手の葛藤は政治体制の違いと恋愛観の違いにより生じる。南側に「イルソン」という名の選手がいるのだが、「金日成(キム・イルソン)」と同音のため、南の選手が「イルソン」と呼び捨てにするのを聞いた北の選手は「今度言ったら殺してやる」と激高し、北の選手が政治体制に強く拘束されていることを見せている。一方、その北の選手のクールさに恋心を抱いた南の選手は猛烈にアタックを開始するが、彼女のやり方は当時の韓国女性としてはかなり大胆である。これらのシーンは体制に拘束されている北と個人の自由な振る舞いが許される南の差異をやや誇張気味に描くことで際立たせている。
ライバルとしての神経戦もあるが、同世代で共通の目的がある彼らは短い時間で仲間になれる。それでも、しこりになるのが経済格差である。ペ・ドゥナ演じる北のリ・プニは肝炎で練習もままならない状態なのに最強の選手であるために大会に参加させられている。ハ・ジウォン演じる南のトップ選手ヒョン・ジョンファは治療のためにも「南に来ない?」と誘うが、プニは自身のアイデンティティが北にあることを述べ、毅然と拒否する。これは『JSA』でソン・ガンホが演じた北の兵士が、南の兵士に「(好物の)チョコパイがいくらでも食べられる」と誘われたのに対して、ほおばっていたチョコパイを吐き出して拒否を示した有名なシーンを思い出させるが、ペ・ドゥナも感情を押さえた演技で貫禄を見せている。
事実を変更した設定には作り手の強い意志が込められている。実際は北の選手も準決勝に出場したのだが、映画では「北の選手が仏のコーチとたまたま接触があったことなどが保安上問題になり、選手はホテルに拘束され準決勝に出場できなかった」というストーリーになっている。南の選手たちは準決勝を何とか勝ち抜くが、北の選手と一緒に決勝戦に出場できないことにいたたまれなくなり、雨の中、ひざまずいて北の選手の参加を乞う。ジョンファの叫びに心を動かされた北出身のチーム監督が、監視員の隊長に参加の意向を訴えると、冷酷に役割を果たしてきた彼は苦悶するが「見なかったことにする」と告げるのだ。そこからは「監視員も感情を持つ人であり、非情な国家に対する時にすべて個人は同じように弱い立場なのだ」という成熟したメッセージが伝わってくる。
『JSA』では南北の兵士は凄惨な最後を迎えたが、本作では南北の選手は優勝後に別れるものの心を通わせたままであることが強調され、未来への希望を残していることに監督の心意気を感じる。『JSA』のパク・チャヌク監督がイメージできなかった南北共通の未来を、本作でデビューした30代の若手監督ムン・ヒョンソンはイメージできるのだろう。

女子団体のうち3選手は配役名も実名。右から2番目がハン・イェリ演じる兪順福(ユ・スンボク)
映画ではダブルスで優勝が決まっているが、実際は兪順福のシングルスで決した
世界卓球選手権の会場は日本の千葉県幕張メッセだった。決勝戦で、精神的な弱さを持つ北の若手選手ユ・スンボクが、弱さを克服できたのは、会場を埋め尽くした在日の人々の応援のおかげであった。同じ民族が北と南に別れて存在するという以外に、在日同胞の存在もまた大きく伝えていることを日本に住む私たちは意識しなくてはならない。
『ハナ 奇跡の46日間』
原題 コリア/英題 As One/韓国公開 2012年
監督 ムン・ヒョンソン 主演 ハ・ジウォン、ペ・ドゥナ
移動映画村「韓の風」 in ベイサイド、2012大阪韓国映画週間上映作
2013年4月20日(土)より、オーディトリウム渋谷ほか全国順次公開
公式サイト http://hana46.jp/
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Interview 『ハナ 奇跡の46日間』 ムン・ヒョンソン監督
Writer's Note
井上康子。福岡で開催されたイベント、移動映画村「韓の風」で鑑賞。1990年代の後半、交流があった韓国の方と北朝鮮の話題が出た時に、私が「だって同じ民族でしょう」と言ったのに対して、「北の統率されたマスゲームを見る度に、戦争になったら負けると思う。小学生の時から北は鬼だと徹底した反共教育を受けて、今も自分の中に北は鬼というイメージが染みついている」と返され、自分の気楽な発言に恥じ入ったことがある。彼女がこの作品を見たら何と言うだろう。彼女はパク・チャヌク監督とほぼ同世代だ。
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