Interview 『建築学概論』 イ・ヨンジュ監督
Text by 加藤知恵
2012/11/19掲載
10月20日(土)から23日(火)まで韓国文化院・ハンマダンホールで開催された「コリアン・シネマ・ウィーク2012」にて日本初公開となる『建築学概論』を見た。

現在の主人公を演じるハン・ガインとオム・テウン
建築学科の新入生スンミンと音楽科の女子学生ソヨンとの初恋の記憶、そして15年後に再会を果たした2人の関係を、過去と現在が交差する構成と美しい映像・音楽によって抒情的に描いた作品。韓国での公開当時、恋愛映画史上最高の410万人を動員した大ヒット作であり、前評判を受けて会場は満席だった。ティーチインで質問をする観客の中にも旅行中に現地で何度も見たという人や、直接監督に韓国語で感想を述べようとする熱心なファンの姿が目立ち、この作品の人気の高さがうかがえた。質問の内容も場面の解釈や音楽についてなど、比較的マニアックなものが多い。その全てに身振り手振りや冗談を交えたマシンガン・トークで気さくに回答する監督の姿が印象的だった。
ティーチイン 2012年10月21日(日)上映後
── 済州島の家が大事なテーマになっていますが、この家は監督ご自身が設計されたのでしょうか。また、その家はまだ残っているのでしょうか。
実はこの作品は、最初にシナリオを書いてから実際に制作に入るまで10年かかっています。家は土地を選んで購入しなければデザインに進めないので、一人で構想を膨らませ、実際に映画の制作が決まってから建築学科の同期で現在設計事務所の所長である友人と一緒に設計しました。映画で使った家は元々済州島にあったものを購入し、セットで増築・改築しました。現在は制作会社が全て取り壊し、別の土地に映画とほぼ同じ形態の家を建て直しています。済州島の一つの名所としてカフェと「建築学概論記念館」を兼ねて、来年6月にオープンする予定です。
── 済州島のロケーションが非常に美しかったのですが、ソヨンの実家として済州島を選ばれた理由を教えて下さい。
この映画ではソウルの江南と江北の問題や、地方から上京してくる学生のエピソードが描かれていますよね。韓国の学生は大学1年の時に空間的・文化的な衝撃を受け、一種の成長痛のようなものを味わいます。まずはそこに共感していただけると嬉しいです。済州島を選択したのは、唯一の島としてソウル以外で最も強い個性を持っている場所だからというのが一つです。また済州島の出身者はソウルに上京して長く生活をしても、ある程度歳を重ねると済州島に帰る方が多いので、そのような点が映画にあっていると思いました。

ティーチインの模様
── 大学時代のボーイズ・トークが面白かったのですが、脚本は監督の経験から書かれたのですか。また、主演のハン・ガインさんは確か初恋の人と結婚されたと聞いたのですが。
ひとまずハン・ガインさんのご主人は初恋の人ではありません(笑)。はっきりと申し上げておきます。彼女は若い頃からたくさん恋愛を経験してきたと聞いています。主人公については全てが私の経験談ではありませんが、共通点は幾つかあります。まず日本は違うかもしれませんが、韓国では家を転売しながら引っ越しすればするほど蓄財ができるというシステムもあり、一つの町に長く住み続けることはほとんどありません。しかし私は主人公のスンミンのように、幼い頃からずっと同じ家で暮らしていました。登場人物では、私はスンミンよりはむしろ友人のナプトゥクに似ていると思います。ただ、スンミンの母は私の母がモデルです。母とは冷蔵庫についてよくケンカをしました。また、映画の設定とは違いますが、私にも初恋の人はいました。私の初恋相手はスジ(過去のソヨン役)よりもずっと美人です(笑)。今でもたまに連絡を取りあう仲ですが、この映画がヒットしたことで、周りの友達にご馳走するはめになっているようです。
── 作品で流れる展覧会の「記憶の習作」という歌が好きなのですが、どのような意図で選曲されたのか教えて下さい。
過去の場面は1990年代前半の設定ですが、この曲は1994年に発表された曲です。10年間シナリオを修正していく過程でこの曲を聴き、映画に良くあいそうだと思って選びました。また面識はありませんが、歌手のキム・ドンリュルさんは偶然にも建築学科の後輩です。そのような不思議な縁もありました。
── とても心に残るエンディングでしたが、たとえば2人がハッピーエンドで終わるような、違うバージョンは考えられなかったのですか。
昔シナリオを様々な制作会社に売り込んでいた時期は、会社の方からハッピーエンドを強要されることもありました。当時は大分葛藤もありましたが、今回引き受けて下さった制作会社は最初に私が書いた通りのエンディングを支持して下さいました。勇気の要る判断だったと思います。とても感謝していますし、このエンディングを守ることができて良かったと思っています。ちなみに制作会社に売り込んでシナリオを修正していた時期には、ハン・ガインさんが演じる現在のソヨンが元アイドル歌手だという設定まで存在しました。日本で言う「モーニング娘。」や「SPEED」のようなアイドルが、30歳を過ぎて引退するような話ですね。そのようなバージョンまで書きましたが、あまりにも映画にあわないので、結局は初心に帰って2003年に書いた初稿の内容に落ち着きました。

── スンミン役のオム・テウンさんとイ・ジェフンさんは元々の雰囲気が全然違いますが、キャスティングや演出などのエピソードがあれば教えて下さい。
当初は現在と過去でダブル・キャストの想定はしておらず、同じ俳優が演じ分ける予定でした。年配過ぎると過去の場面があわないし、若すぎると現在の設定に違和感があるので、中間の年齢の俳優を探していたんです。しかし条件にあう男性の俳優が見つからず、ダブル・キャストに変更しました。結果的にはダブル・キャストにしたことで映画的な効果は高まったので、良かったと思っています。ただオム・テウンさんが過去の場面も全部自分で演じると言い張り、それを止めるのが大変でした(笑)。
── 告白をしようとしたスンミンがソヨンの家の前で待っていて、酔っ払ったソヨンが先輩と一緒に家の中に入るシーンがあります。あの後、私は何もなかったと思っていますが、監督の頭の中ではどのような設定だったのでしょうか。
まずご参考までに、DVDを購入して見ていただくと分かります(笑)。それは冗談ですが、その答えは、私にも分かりません。シナリオを執筆中も撮影中も、最大限想像を掻き立てるようにするのが目標でした。主人公のスンミンすら事実を知らず、何もなかったはずだ、いや何かあったはずだ、と想像だけが膨らんでいく。そして結果的に最悪の状況だった場合のことを受け入れる自信がなくて逃げてしまった、情けない男の反省文というのがこの映画のテーマです。結果を予想できるものは全て省いて、私にも分からないという気持ちで作りました。
── ソヨンが放送室から出てきてスンミンと待ち合わせる場面が「初恋」というドラマと似ていますが、関係はありますか。また、015Bの「新人類の愛」という曲を使用されたのも、当時ヒットしていたからという理由でしょうか。
私はドラマを見ないので、その作品も知りません。真似をしたわけではありません(笑)。「新人類の愛」については、まず私が好きな曲というのが理由です。実は「記憶の習作」よりもずっと好きでした。音楽というのは時代背景を表すのに最も効果的なので、選曲には大分悩みました。どんな曲を使えば皆が当時の空気感を思い出してくれるのか、アンケート調査も行って選んだのが、「新人類の愛」とマロニエの「カクテルサラン」です。他にも使いたい曲がありましたが、予算の都合上この2曲になりました。
── 成長したソヨンが事務所に訪ねて来た時、スンミンが彼女に気付かないのは、分かっていたのに分からない振りをしたのか、本当に忘れていたのかどちらでしょうか。
私は気付いていたけど知らない振りをしていたという認識で、俳優にもそのような演技を要求しました。ただ、あまりにも露骨にはしないでくれと言いました。私はスンミンの過去の場面は失敗した初恋の話で、卑怯な男の反省文だと思っています。彼はその後、成長する過程でソヨンに向かって「目の前から消えてくれ」と言ったことをどれほど後悔したでしょう。何であんなことを言ってしまったのだろうと後悔しながら30代になり、もうそんな真似はしないと自分でも信じていたところに突然ソヨンが現れて、無意識に彼女の昔の姿が思い浮かんだのではないでしょうか。そしてあまりにも動揺して、知らない振りをしてしまった。結局は卑怯な男のままだったということです。
インタビュー 2012年10月22日(月)
── 建築学を専攻されてから映画の道へはどのような経緯で進まれたのですか。
韓国では映画学科出身者も多いですが、ポン・ジュノ監督のように他の分野から映画監督になった人もたくさんいます。私は建築学科を卒業後、4年間設計事務所に勤めていました。映画制作を本格的に始めたのはその頃です。元々は建築家になるのが夢で、浪人して建築学科に入ったほど建築に憧れていました。しかし実際に実務を経験してみると、幻想が崩れてしまいました。組織での生活も私にはあわなかったのかもしれません。そんな中で設計事務所に勤めながら文化センターで短編映画を作り始め、一年ほど休職して真剣に映画を撮ってみようかと思い始めた頃、『殺人の追憶』(2003)の演出部へ参加が決まりました。その後ももう少しだけ、もう少しだけと思って続けているうちに、今や後戻りできない状況に至っています(笑)。

── 建築も映画も、組み立てて作り上げるプロセスは共通していますよね。今回の作品も過去と現在がオーバーラップしていく構成や心理描写・音楽・美術などが美しく調和されている点が魅力的でした。どのように作品のアイディアを得て、どのような流れでシナリオを書かれるのですか。
この映画の場合は、やはり建築を専攻した経験から、家を建てる話で映画を撮りたいと思ったのが始まりです。そこからまず現在と過去が交差する構成が決まり、その他のアイディアも少しずつ発展させていきました。
── シナリオは、他の人のアドバイスも取り入れて修正されたのですか。
アドバイスというよりも、制作会社から「こう変えるべきだ」という要求はありました。2003年の初稿から劇場公開の前日まで10年間、ずっと「あまりにもさっぱりしすぎている(ストーリーが平坦すぎる)」ということを言われ続けてきたんです。もっとトラブルや葛藤を盛り込めだとか、ソヨンが不倫する設定にして悪い夫を登場させろだとか、色々な指示がありました。元々は『不信地獄』(2009)より前にこの作品でデビューするつもりだったので、とにかく制作までこぎ着けようと、何度もシナリオを書き直しました。そんな中で今回の制作会社(ミョン・フィルム)に出会い、最終的に初稿の内容に戻りました。淡々とした話であってもシナリオが良ければヒットすると信じていましたが、ベスト・パートナーともいえる、本当に良い制作会社に出会ったなと思います。
── 監督は同じ家で長く過ごされたそうですが、ソウルのどの辺りの、どのような家にお住まいだったのですか。
場所は龍山区の東部二村洞というところで、2歳から38歳までの約35年間、同じアパートで暮らしていました。正直な話、その家にはすごく不満がありました。私の家は建築学的に特異な形態で、自分の部屋の外壁に窓がなかったんです。それにかなりのストレスを感じ、中学・高校時代は自分の感性が侵されていると思っていました。だからこそ空間に対する欲が芽生えて、建築学科に入ったのかもしれません。結果的には母に感謝しないといけませんね(笑)。
── 主人公の2人が会う秘密の場所、初雪の日の約束の場所である空き家には、憧れや懐かしさなど、何か監督の思い入れがあるのでしょうか。
空き家というか「廃屋」というものの佇まいに、私は純粋に美しさを感じます。持ち主について想像力を掻き立てられる点も魅力ですね。幼い頃に友達の家に遊びに行くと、家具や部屋の装飾を見て、この子はこんな子なのかなと無意識に想像したものです。そして家ごとに独特の匂いもあって、それが友達一人一人の記憶と結びついたりする。そういう感覚を再現したいと思いました。また映画の中で現在の2人が新しい空間を作っているならば、共通の記憶の中の空間というものも必要かと思い、それならば空き家にしようと。実は初稿の段階でイメージしていたのは、「敵産家屋」と呼ばれる日本式家屋(日本の統治時代に建てられた2階建ての木造住宅)でした。私が幼い頃は、まだそのような家が空き家としてたくさん残っていたんです。韓国人全般が「敵産家屋」を懐かしく思うかどうかは分かりませんが。実際に春川(チュンチョン)で一つ候補を見つけましたが、残念ながらロケの許可が下りませんでした。
また家に関連してお話しすると、このシナリオには韓国の投資文化に対する批判も込められています。皆、経済的な効果を期待してマンションばかりに住みますよね。私の母でさえ「この家は住みやすい」ではなく「この家は値上がりしそう」と言って選ぼうとします。最近では不動産の価格が暴落してしまい、借金をして大きな家を購入したのに貧乏になった人を「ハウス・プアー」と呼びます。家というものに対するそのような幼稚な認識を卒業するためには、個人住宅の文化が復活しなければいけません。しかし韓国ではマンションやオフィスの依頼ばかりで、町に密着して個人住宅を設計して生計を立てるような建築家がいないんです。建築の基本は住宅だと思うし、私も建築の仕事に就いて家を建てるのが夢だったのですが。幻想が崩れたというのはそういう理由です。

過去の主人公を演じるイ・ジェフンとスジ
── 映画の恋愛の部分についてうかがいます。作品中、女性のずるさや男性との駆け引きがリアルに描かれていると感じましたが、女性の心理はスタッフ・俳優など、女性の意見も参考にされたのですか。それとも監督自身の感覚で書かれたのですか。
後者です。私は少し女性的な部分があって、あだ名も「おばちゃん」です(笑)。それでも嘘を書いてはいけない、自分が経験したり確実に理解していることを書いてこそ良い映画になると思っていたので、推測で書いた部分は苦労しました。もう二度と恋愛映画は撮るまいと思いました。男性の心理はすらすらと書けるのですが。作品の解釈については、男性観客と女性観客で違いがあるようです。男性は単純に「男性が主人公の恋愛映画」と捉えるのに対して、女性のある評論家は「男性は初恋を忘れられず、女性は最も強烈だった恋を忘れられない」と、違う目線で書いていましたね。ソヨンについても「漁場管理」と冗談を言う人もいました。魚を飼うように、何人も男性をキープして管理するという。しかし私自身はソヨンがそんなキャラクターだとは考えていませんでした。男性が好きになるタイプの女性は、女性には好まれないんでしょうか(笑)。
── 最終的にスンミンが結婚する女性は、ソヨンとは全く違うタイプですよね。自分の感情に素直だし、どんどん新しい人生を切り開いてアメリカへ留学もしてしまう。そういう女性を選んだ事はハッピーエンドだったんでしょうか。ちなみに監督自身はどちらのタイプの女性がお好きですか(笑)。
私自身はソヨン派ですが(笑)、これがハッピーエンドだと思っています。ウンチェ(結婚相手)のキャラクター設定もすごく悩みました。私の考えではソヨンはまだ成長過程にいて、スンミンは過去に成長痛を味わい、ソヨンは現在同じ痛みを味わっている。ウンチェはこの2人よりもずっと成熟した人物を想定していました。しかしハン・ガインさんの美貌は際立っているので、ウンチェ役に中途半端な人が来てはつり合いが取れない。観客が納得できる女優を選ぼうと迷った結果、コ・ジュニさんにお願いしました。彼女は現代的な顔で背も高く、ビジュアル面では申し分なかったので。しかし実際に会ってみると、思いのほか愛嬌のある人で驚きました。私がイメージしていたウンチェは物静かな女性だったからです。結局はジュニさん本人の個性とあわさってウンチェのキャラクターが出来上がりました。
── 先ほど「男性は初恋を忘れない」という言葉もありましたが、日本よりも韓国の男性の方が、初恋というものをより美化して捉える傾向があると思うのですが。
意外ですね。日本の映画や漫画を見た限りでは、初恋の描写や恋愛感情の表現は韓国の作品よりずっと繊細に美しく描かれている気がします。例えば「H2」という漫画の、お互い好きなのに言い出せない場面のように。実は韓国の新世代の若者や中国人の観客からは「なぜはっきり言わないのか、いらいらする」という感想もありました。西洋の方はもっとそう思うんでしょうね。私はそういう情緒を理解してもらうことが大事だと思うので、日本の観客はきっと気に入ってくれるだろうと期待しています。
── 純粋だからこそ上手く気持ちを表現できないという美しさはすごく理解できます。それとは別に、初恋はかなわないからこそ美しいという認識もありませんか。
もしこの映画を一言で要約するならば「未完の過去を復元する話」です。初恋の失敗は、言わば未完成の状態ですよね。ただ、この映画が過去の恋を美化しているのは、初恋だからという理由だけではありません。日本の場合は分かりませんが、韓国では大学1年生は人生で最も輝いている瞬間です。学校の周辺だけで遊んでいた小学生が初めて母親と離れて一人で市内の映画館に行ったり、高校生が初めて友達同士で地方へ旅行に出かけたり、そんなふうに自分の周りの空間が少しづつ拡大しながら、大学1年生になるとそれが一気に弾けて広がる。学校もずっと遠い場所にあって、皆で合宿をしたり、海外に行ったりもする。私も幼い頃からずっと同じ町に住んでいたので、大学1年生の時にソウルという都市に対する認識が変わりました。江南や地方出身の友達にも出会い、彼らと色んな話をするのが面白くて、カルチャー・ショックも受けました。大学1年生の頃の思い出は、いつも夏の日のようです。だからこそ当時の初恋の記憶を思い出すと、全てが美化される。それに対するノスタルジーというのがこの企画のコンセプトでした。

── 演出に関してですが、済州島の自然に限らず、登場人物の家や線路を歩いていたシーンなど、ロケ地の一つ一つが素敵でした。選ばれた理由やポイントはありますか。
監督というのは撮影日程や俳優の演技・美術の選択・カメラのアングルなど、たくさんの内容を時間内に決めなければいけません。その際に基準はありますが、私はその基準そのものが私の映画の色であり、更には才能だと思っています。映画にあうかどうかという、本能的な判断ですよね。ただ一つ、あまりにもファンタジーな雰囲気やごちゃごちゃした感じにならないようには気をつけました。例えばネット上では、この映画がクァク・ジェヨン監督の『ラブストーリー』(2003)とよく比較されます。しかし私はこの2本は少し本質が違うと思っています。『ラブストーリー』はファンタジーの要素が強いけれど、『建築学概論』はむしろホ・ジノ監督の『八月のクリスマス』に近いかなと。今回、日常的に使われない表現は台詞でも避けましたし、背景やセットも自然なニュアンスを活かそうとすごく努力しました。唯一ナプトゥクだけがファンタジーの要素でした(笑)。それくらいのバランスを維持しようと心掛けました。
── ダブル・キャストにも全く違和感がありませんでしたが、演技には細かく指示をされましたか。それとも俳優に任せたのでしょうか。
演技指導というよりは、こんなふうにしてほしいとニュアンスを伝えました。それで良くなる俳優もいれば、要求をすると逆に上手くいかない人もいます。どちらかを素早く察知して、放任するのかはっきり伝えるのか分けますね。演技経験の少ない人はあれこれ言ってもすぐに適応できないので、本人に任せた方がいい気がします。今回の場合、スジにはほとんど演技指導をしていません。その代わりに何度もテイクを重ねました。一番気を遣ったのは、緊張しないようリラックスさせることです。「気負って演じようとせず、自分自身の言葉で台詞を言えば良い」と言い続けていたら、クランクインの2・3日後くらいから感覚を掴んだらしく、大分良くなりました。結局最初の1・2日目に撮影した場面はトーンがあわなくなったので、後日アフレコをしました。
── それでは最後に、今回はあまりファンタジーな雰囲気にしたくなかったとのお話ですが、逆にすごくスケールの大きな海外との合作や、歴史大作などのジャンルには興味はありませんか。
今は次の作品を検討中の段階ですが、合作に興味はありますね。引退するまでに一度は海外で生活して映画を撮ってみたいと思っています。ハリウッドではなくアジア、特に日本が良いですね。私の場合、中学・高校時代や大学1年生など、自分の感受性を形成する時期に一番影響を受けたのが日本文化なんです。まだ日本文化が解放されていない頃に日本のアニメの海賊版を苦労して手に入れて、バイブルのように皆で回したりしていました。松田聖子も大好きでしたし(笑)。当時は大分差があったので、日本はこんなに先進国なのかと衝撃を受けました。だからこそぜひ一度一緒に仕事をしたいというロマンがあります。英語や中国語は演技と同じくらい自信がありませんが、日本語は真剣に勉強したいと考えています。
取材後記
ティーチインやインタビューにおける監督の回答の中で、何度も繰り返されたのは「映画に良くあうだろうという判断」「共感してほしい」という言葉。制作過程でも最優先するのは自分の直感や感性であり、見る側にも細かな説明による理解ではなく、純粋に画面から感じ取ることを求めている。しかし実際にはその一つ一つの演出に明確な意図があり、質問に対して、まるで映画を見ているかのように具体的なイメージを提示しながら答えてくれる。感性と理性、主観と客観の両面から同時に冷静な分析のできる、非常に鋭利な人なのだと感じた。
「日本の作品を見て気になったのは、子供たちが夏休みに毎朝ラジオ体操に参加してカードにハンコをもらう場面。まっすぐなイメージですね」とのこと。監督独自の視点・感性で作られる日韓合作映画がどのような作品になるのか、ぜひ期待したい。
コリアン・シネマ・ウィーク2012
2012年10月20日(土)~10月23日(火)@韓国文化院・ハンマダンホール
公式サイト http://www.koreanculture.jp/
『建築学概論』
原題 建築学概論/英題 Architecture 101/韓国公開 2012年
監督 イ・ヨンジュ 主演 オム・テウン、ハン・ガイン、イ・ジェフン、スジ
コリアン・シネマ・ウィーク2012、2012大阪韓国映画週間上映作
2013年初夏、新宿武蔵野館、シネマート心斎橋ほか全国順次公開
公式サイト http://www.kenchikumovie.com/
特集 コリアン・シネマ・ウィーク2012&2012大阪韓国映画週間
Interview 『合唱』 チョ・ジョンレ監督
Interview 『合唱』 ハム・ヒョンサン先生&チョ・アルムさん
Interview 『建築学概論』 イ・ヨンジュ監督
Interview 『ハナ 奇跡の46日間』 ムン・ヒョンソン監督
Review 『建築学概論』の魅力とヒットの理由
Writer's Profile
加藤知恵。東京外国語大学で朝鮮語を専攻。漢陽大学大学院演劇映画学科に留学。帰国後、シネマコリアのスタッフに。花開くコリア・アニメーションでは長編アニメーションの字幕翻訳を担当している。
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