Interview 『合唱』 チョ・ジョンレ監督
Text by 加藤知恵
2012/11/18掲載
実在する国立伝統芸術高校の合唱団「ドゥレソリ」(「田植え歌」の意)の創立エピソードを映画化した作品『合唱(原題 ドゥレソリ)』が、「コリアン・シネマ・ウィーク2012」(10月20日~10月23日@韓国文化院・ハンマダンホール)で日本初公開された。

伝統音楽という特殊な分野を専攻していても、高校3年生になれば、進路選択や受験に伴う不安と重圧が圧しかかる。家庭の事情も三者三様。将来の展望が見えぬまま、鬱々と日々の授業や稽古をこなすだけの少女たち。そんな中、ひょんなことから合唱大会への出場を余儀なくされる。伝統音楽しか知らず、楽譜も読めない彼女たちにとって合唱は未知の世界。当然反発が起こる。しかし仲間と共に歌い、感性のままに豊かなハーモニーを楽しむ時間は彼女たちの心に活力と潤いを与え、いつしか皆前向きな気持ちで受験や人生に向かいあうようになっていく。
伝統音楽と合唱を融合させた美しい楽曲と迫力ある歌声、そしてまるでドキュメンタリーのように子供たちの自然でありのままの姿を捉えた映像。本物の素材の良さで勝負した潔い演出に、文句なしの感動を覚えた。
ティーチイン 2012年10月20日(土)上映後
── [司会]今回はプロの役者ではなく実際の学生が演じています。その点も含め、制作過程でのお話を教えて下さい。
通常、韓国で劇映画を1本撮る場合、低予算といっても5億から8億ウォン程度はかかりますが、この映画は1億ウォンにも満たない8千万ウォンという超低予算で、苦労して作った作品です。そのためプロの俳優はほとんど起用せず、主人公たちは自分自身の名前でそのまま登場して演じています。ほぼ全員が演技未経験で、最初は固くてぎこちなかったのですが、撮影が進むにつれてどんどんと上達し、最後まで楽しい雰囲気で映画を撮り終えることができました。
撮影の裏話ですが、映画の中で主人公スルギが歌っているのは、韓国の伝統音楽でパンソリといいます。歌にあわせて、その隣で太鼓を叩く人がいますよね。私は大学時代に映画を専攻した後、ちょっとしたきっかけでパンソリに興味を持ち、太鼓を叩く鼓手の資格をとるまでになりました。映画の中でのパンソリのシーンは全て私が直接演奏しています。また『宮廷女官チャングムの誓い』というドラマをご存じの方もいらっしゃると思いますが、ドラマの導入部で流れるテーマ・ソングは、この映画の主役のスルギという子が幼い頃に歌っています。
最後にもう一つ紹介させていただくと、この作品は超低予算で作られたインディーズ映画ですが、国内の映画祭で受賞し、海外の映画祭へも招待されました。それにより韓国のインディーズ劇映画としては史上初めて、メジャー配給会社を通じて全国の劇場で公開されるという快挙を成し遂げました。そして、今日はこうして日本にも招待いただき、皆様にお会いすることができて心からありがたく思っております。
スルギが歌う『宮廷女官チャングムの誓い』テーマ・ソング「オナラ」(韓国プロモーション時)
── 音楽ドキュメンタリーはよく見るのですが、ドキュメンタリーではなく劇映画で作ろうと思った理由や狙いを教えて下さい。また、ご自身で太鼓を叩かれたそうですが、監督がこれまで音楽とどのように関わって来られたのかを教えて下さい。
この映画は韓国の教育事情を扱っており、韓国の青少年は大学入試に関して非常に苦痛を感じています。ノンフィクションとフィクションの割合は7:3程度ですが、実際は現実の話の方がよりハードで映画らしい内容です。最後の写真に写っていたこの主人公のモデルになった生徒たちは、今では大学に進み楽しく元気に過ごしていますが、中高生時代は映画で表現できないほどひどいいじめをするような問題児でした。しかし、そんな彼女たちが合唱を通じて成長する過程をより効果的に描くため、ドキュメンタリーよりも劇映画という形式を選択しました。
国楽については『風の丘を越えて~西便制』という映画を見たことがきっかけで関心を持ち、演奏するまでになりました。次回作も次々回作も、韓国の伝統音楽や伝統衣装を素材にした作品を制作する予定です。
── 先輩の実話を後輩が演じたそうですが、実際の撮影を通じて最初と最後で生徒たちが変化した点はありましたか。また、それを見て監督が感動されたことなどもありましたでしょうか。
韓国の青少年は入試のために夢を諦め、地獄のような毎日を送っていますが、今回出演している子供たちも高校3年生です。普通は高校3年生といえば入試の準備に追われてサークル活動や映画の撮影をする余裕はありませんし、両親からも当然反対されます。そのような状況で撮影中に泣き出す子供もいました。そして子供たちは今回初めて演技に挑戦したので、最初はとても大変そうでした。しかし芸術を専攻するだけあって、皆非常に好奇心が旺盛なんです。この映画は子供たちが演じやすいように、ほぼシナリオの順序通りに撮影しましたが、最後に近づくに連れて演技もどんどん上達し、表情も生き生きとしていきました。そして一番最後のシーンを撮り終えた時には、子供たちも私もスタッフも皆感動して涙を流しました。合唱団「ドゥレソリ」は今も毎年定期公演を行っており、部員も増え続けています。皆勉強も一生懸命頑張っていて、非常に模範的な合唱団として今後も活躍してくれると思っています。
── 撮影期間はどのくらいですか。それとクビになった先生がその後どうなったのか、そして公演の後、校長先生の反応はどうだったのかが気になります。
撮影期間は40日程でした。ハム・ヒョンサン先生は一年毎に契約更新をする非常勤講師です。実際には映画のように解雇はされていませんが、解雇に近い処分は何度も受けました。「ドゥレソリ」は勉強を最優先すべき受験生にとっては、学校の中のガンのような迷惑な存在だったからです。それでも生徒が団結し一生懸命練習したことで、コンクールに出場して賞まで獲得しました。そして最終的には彼女たちのほぼ100%が大学に進学しました。「ドゥレソリ」が当初問題児の集団であったことを考えると、これは想像もできなかった快挙です。その結果、彼女たちは一気に学校が誇るスターになりました。いわば小さな奇跡のような出来事です。結局は元々勉強が得意だったからではなく、自分のやりたい事を意志と自信を持って貫いたことが成功の秘訣だったのではないかと思います。
実際の校長先生は映画の制作に非常に協力的な方でしたが、実は撮影中に解雇されてしまいました。その後1年間後任の先生もみえなかったので、私は撮影期間中ずっと身を縮めて気を遣っていました。しかしこの映画が賞を取ったり海外に招待されたことで、学校側の私や作品に対する評価も大分変りました。

ティーチインの模様
── エンディングで突然ラップの曲が登場しましたが、あれはなぜでしょうか。
エンドロールのラップは「ドゥレソリ」のメンバーの一人が作りました。ピリという伝統音楽の笛がありますが、その楽器を専攻する学生がラップが好きで作ったので、最後に流すことにしました。映画の中の他の曲は全てハム先生が作曲しましたが、エンディングの曲だけは子供たちと先生が一緒に作っています。
── 監督の経歴について伺いたいのと、インディーズ映画を撮られていることについてお聞きしたいです。
私は『おでき』という短編映画で2000年にデビューしました。その作品でもプロの俳優を起用せず、実際の家族をキャスティングして撮影しましが、国内の映画賞を受賞し、フランスなど海外へも招待されました。デビュー作は短編でしたが、元々ドキュメンタリーに関心があり、その後はTVドキュメンタリーを中心に20本ほど制作しました。この『合唱』の前に3年間ほど中高生の現状を取材したことで、韓国の青少年がどれほど辛い思いをしているのかを知り、この作品を撮るきっかけになりました。今は「高陽ワンダース」という独立球団を追いかけたドキュメンタリーの撮影が1年ほどかけて終わったところで、来年3月の公開に向けて準備中です。また韓国の筆を素材にした作品が来年の秋に公開予定です。
── [司会]その野球の映画は日本でも撮影されたそうですが。
球団に同行して約1年間、彼らの姿を記録しましたが、3ヶ月ほど日本の松山と高知で撮影を行いました。「高陽ワンダース」について少し説明すると、韓国のプロ野球チーム「SKワイバーンズ」の元監督で金星根(キム・ソングン)さんという在日韓国人の有名な監督が現在指導するチームです。状況は若干「ドゥレソリ」にも似ていますが、各選手が経営難や様々な困難を経験する中で、それでも野球を続けるために涙を流して努力し、最後のチャンスだと追い込まれながら頑張っています。しかし、そんな球団から今年はなんと5人の選手がプロ野球チームへ入団することが決まりました。ここでも小さな奇跡が起こったわけです。私も彼らを取材しながら何度も感動し、今は最後の編集作業を進めています。もし機会があれば、またこの場で皆さんにお見せすることができれば幸いです。
インタビュー 2012年10月22日(月)
── 監督も伝統芸術高校の学生と同様、映画学科という特殊な学科を選び、実際に受験戦争を経て入学されていますよね。ご自身の受験生時代はいかがでしたか。映画学科を選択された理由や当時のエピソードがあれば教えて下さい。
実は高校時代に劇団で俳優として活動していたのですが、韓国の演劇界は映画界よりも厳しい状況にあります。映画学科に進学したのは、映画学科出身であった当時の演劇の先生に「演劇を続けたいのなら映画学科で演出も同時に学んで幅広い視野を身に付けた方が良い」とアドバイスを受けたからです。しかし、映画学科に出願するというと、高校の先生や両親には猛反対されました。自分でいうのは恥ずかしいですが、私は勉強が得意な生徒でした。当時は演劇学科や映画学科は社会的な評価が低い傾向にあり、学校側としては、日本でいう東大や早稲田のような名門大学に合格させて、高校や先生の名声を高めたいというのがありますよね。それに将来苦労するのが目に見えていますから、両親も同様に嫌がりました。それでも何とか両親や学校を説得して、受験しました。私自身もまた自分のやりたいことに対する意志・執着を貫いて今に至っています。
韓国では、大学入試を巡る状況が昔に比べてより深刻な社会問題になっています。OECD加盟国の中で、韓国は10年間続けて自殺率が1位という嬉しくない記録がありますが、青少年の自殺率も増え続けています。しかし社会全体には「自殺するのも仕方ない」という雰囲気が漂っていて、それが一層彼らを苦しめているのです。「ドゥレソリ」の生徒と出会う前に数年間韓国の青少年を取材したのですが、高校でサークル活動を行っている子供たちはとても表情が明るくて生き生きしているんですね。一方で受験勉強だけに追われている子供たちは、毎日地獄のような日々を送っています。サークル活動をする子供たちは過去の自分にも重なって見えました。また取材を通じて子供たちと接するうちに、彼らの辛い現状を何か文化的な物で解放してあげたいと考えるようにもなりました。そんな時に「ドゥレソリ」に出会い、このような活動が青少年の希望になるのではないかと思い、映画化を決めたわけです。

チョ・ジョンレ監督
── 今作業されている独立球団の映画も、苦しい中で夢を持って頑張る選手が主人公ですよね。やはり作品を作るうえで、そのような人を応援したいという気持ちが根底にあるのですか。
(日本語で)もちろんです(笑)。私は好きな映画のジャンルは幅広くて、スリラーやホラー、刑事物など何でも見ます。特に日本のドラマでは「新参者」や「ストロベリーナイト」が大好きで、何度も繰り返して見ました。しかし実際に自分がシナリオを書くとなると、自然に夢や希望を追い求める話になるんです。現在準備中の作品が5本ありますが、全て夢に関する内容なので、そういう話に関心があるのだと思います。
── 映画のモデルになった「ドゥレソリ」の一期生は100%大学に進学できたというお話がありましたが、大学卒業後はやはり皆、国楽(伝統音楽)の歌い手・奏者になるのですか。また職業として国楽を続けていくうえで苦労はないのでしょうか。
この撮影に参加した「ドゥレソリ」のメンバーもほぼ全員大学に進学しました。しかし面白いエピソードですが、その内の3人はこの映画をきっかけに演技の道へ進んでいます。大多数の生徒はそのまま国楽を専攻してプロの音楽家になりますが、韓国では伝統音楽の技能を活かせる場は限られていて、決して安泰とはいえません。子供たちには希望もあり、夢や目標もあるので、そのような現状は非常に残念です。大学進学と同様に、就職の際もまた大きな葛藤を抱えることでしょう。今後機会があれば、彼女たちの大学卒業後の姿も撮ってみたいと思っています。
── 実際に国楽に携わる方々もこの映画を見られたと思いますが、何か反響はありましたか。
反応は全体的にとても良かったです。これまでに高校生を扱った映画は、快活な面ばかりを強調した非常に明るい作品か、もしくは妊娠・ドラッグ・セックスなどの問題を含んだ非常に陰鬱な作品か、両極端でした。私は彼らのありのままの姿を捉えた作品がないことを残念に思っていたので、国楽専攻という特殊な立場である以前に、現代を生きる高校生の話としてこの映画を撮りたかったのです。大部分の国楽関係者はその意図に共感し、励まし、勇気を与えて下さいました。しかし、ごく一部からは「国楽を専攻する生徒が汚い言葉で罵りあったり、お酒を飲む場面が許せない」と批判も受けました。その時はまだ韓国社会では全てが受け入れられないのかと悔しくなりましたが、基本的には応援して下さった多くの皆さんのお陰で、劇場公開までたどり着けたことに感謝しています。
── この作品では生徒たちのキャラクターが皆個性的で、うまく引き出されていますが、オーディションの時のエピソードやキャスティングの理由を教えて下さい。
オーディションは面白い子供たちがたくさんいました。演技未経験の子ばかりですが、映画の撮影ということで皆楽しそうで、一生懸命演技に挑戦する姿がとても可愛らしかったです。その光景も全て撮影し、ミニドキュメンタリーとしてYOUTUBEにアップしています。その映像を見れば、映画の全体像がよく理解できると思います。エピソードは色々あるのですが、主人公の2人、スルギとアルムについてお話しすると、実は当初アルムのキャスティングにはスタッフ全員が反対していました。オーディションでの点数も一番低かったですし、彼女は他の子に比べて表情や雰囲気に若干暗いイメージがありますよね。しかし私は映画の中では彼女のようなキャラクターも必要だと思い、絶対に彼女を使いたいと主張しました。実際に撮影中も演技の面で非常に苦労しましたが、本人も頑張ってやり遂げましたし、私も最後まで愛情を持って接していましたので、結果的には大成功でした。逆にスルギはオーディションでも卓越した実力を見せ、点数も全ての項目でトップでした。
『合唱』ミニドキュメンタリー(メイキング)
取材後記
日本のドラマを見て独学で身に付けたという得意な日本語も交え、全ての質問に真剣に、丁寧に答えて下さったチョ・ジョンレ監督。ティーチインでも常に感謝の言葉を忘れず、韓国で報告を待つ生徒たちのことを嬉しそうに語る誠実な人柄が印象的だった。しかし、その穏やかな笑顔の内側に秘められた情熱と向上心は相当なものだ。実は『合唱』も、シナリオを持ち込んだ制作会社に全て断られ、最終的に監督本人が借金した8千万ウォンで何とか撮りあげたという苦労の結晶。また伝統音楽好きが高じてパンソリの鼓手にもなり、現在は伝統文化をベースにしたコンテンツ制作会社を運営するまでに至るというエピソードにも驚かされる。これぞという目標に向かい、一途に突き進む意志の強さ、どんな時も自信を失わず夢を持ち続けるポジティブな姿勢、そして監督の制作意欲の根底にある、社会に伝えたい、応援したい、現状を変えてあげたいという思いは、自己満足の世界を越えて必ず作品に反映され、観客に本物の感動を与えるのだと実感した取材だった。
コリアン・シネマ・ウィーク2012
2012年10月20日(土)~10月23日(火)@韓国文化院・ハンマダンホール
公式サイト http://www.koreanculture.jp/
『合唱』
原題 ドゥレソリ/英題 DURESORI : The Voice of East/韓国公開 2012年
監督 チョ・ジョンレ 主演 キム・スルギ、チョ・アルム、ハム・ヒョンサン
コリアン・シネマ・ウィーク2012、2012大阪韓国映画週間上映作
韓国版公式サイト http://www.duresori.co.kr/
特集 コリアン・シネマ・ウィーク2012&2012大阪韓国映画週間
Interview 『合唱』 チョ・ジョンレ監督
Interview 『合唱』 ハム・ヒョンサン先生&チョ・アルムさん
Interview 『建築学概論』 イ・ヨンジュ監督
Interview 『ハナ 奇跡の46日間』 ムン・ヒョンソン監督
Review 『建築学概論』の魅力とヒットの理由
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Writer's Profile
加藤知恵。東京外国語大学で朝鮮語を専攻。漢陽大学大学院演劇映画学科に留学。帰国後、シネマコリアのスタッフに。花開くコリア・アニメーションでは長編アニメーションの字幕翻訳を担当している。
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