Review 『短い記憶』
Text by mame
2012/6/19掲載
ヘファ(ユ・ダイン)とハンス(ユ・ヨンソク)は、若くして子を授かるが、子供は生まれてすぐに死んでしまう。父親であるハンスは、子供が生まれる前に彼女の前から姿を消し、2人はそれ以来会っていない。5年ぶりに現れた彼を、彼女はなじり、無視する。そんな彼女に食い下がり、彼は死んだはずの2人の子は、実は養子に出されて今も生きていると告げる…。

良い意味で韓国映画らしくない作品でした。必要最小限のセリフと効果音、そして韓国の冬の白い空気。それが主役2人の若さをより引き立たせています。ここでいう若さとは、ハツラツとした、まぶしい若さではなく、若いが故に迷い立ち止まってしまう、そんなもどかしい若さのことです。
この作品には実にたくさんの犬が出てきます。主人公であるヘファが働いているのも動物病院で、彼女は捨てられている犬を見ると放っておけずに、自分の家に連れ帰って育てています。
犬は多産のシンボルとして知られます。犬は父親が誰か分からなくても、1人で産むことができるのに対して、まだ若い2人は、自分達が親になることを怖れ、逃げ出したい気持ちでいっぱいになり、その結果子供を失ってしまいます。子供を失ったつらさは、5年経った今でも、2人の心に深く刻まれて、今後も消えることはないでしょう。それでもこの作品には、意外に悲しい雰囲気は漂っておらず、動物病院の院長やその子供、そしてたくさんの犬達がヘファの心を癒してくれている、そんな優しい空気に包まれています。
5年の時が経っても、2人はまだ若いままであり、過去を振り返りつつも、前に進んでいくしかない、そんな希望を感じさせるラストになっています。

監督のミン・ヨングンはドキュメンタリー出身の若手でこれが長編デビュー作。ドキュメンタリーで培った細やかな描写や、暗喩的な映像が随所に盛り込まれていて、派手な演出はないものの、つい引き込まれてしまいます。また、主役のユ・ダインの澄んだ瞳は、次世代のぺ・ドゥナを彷彿とさせて、観る者の心に深く残ります。
日本での公開は初夏になりますが、韓国の寒い冬と、それを暖める小さな出来事を綴った若い2人の成長物語は、きっと多くの人の心に残るでしょう。

『短い記憶』
原題 ヘファ、ドン/英題 Re-encounter/韓国公開 2011年
監督 ミン・ヨングン 主演 ユ・ダイン、ユ・ヨンソク
2012年6月9日(土)より、全国のコロナシネマワールドほかにて順次公開
2012年8月18日(土)より、キネカ大森にて上映
公式サイト http://mijikaikioku.jp/
Reviewer's Profile
mame。1983年、岡山県生まれ。2004年、韓国・弘益大学美術学部に交換留学。韓国映画は留学を決めるきっかけにもなった。専攻は木版画。現在は会社勤めをしながら作品制作を続けている。
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