Review 『茲山魚譜-チャサンオボ-』 ~歴史の狭間にいた存在をすくい取る、イ・ジュニク監督の優しく透徹したまなざし
Text by Kachi
2021/11/15掲載
1801年、朝鮮時代。正祖亡き後、丁若銓(チョン・ヤクチョン)ら兄弟は先王に仕えた学者であるにもかかわらず、天主教(キリスト教)を信仰しているため、時の権力者であった貞純皇后に迫害され、追放される。朝鮮半島の南西・黒山島に流刑となった若銓だったが、素朴な島民たちに対して次第に心を開いていく。その中に、昌大という青年がいた。彼は腕のいい漁師であると同時に読書家で、貧しいながらも学問への向上心が人一倍あった。島の豊かな海洋生物に興味を持ち始めていた若銓は、独学に頼らざるを得ない境遇に限界を感じる昌大に、自分の知識と引き換えに島の自然について教えるよう“取引”を持ちかける。

劇中、丁若銓による「茲山魚譜」の序文が紹介され、昌大という男がいかに博学で、誠実な人柄で、本書の編纂に大きな影響を及ぼしたかが語られる。しかし昌大の人物像を知らしめる文章は序文しかない。また、一方の丁若銓も、有名な「茲山魚譜」を著しているとはいえど、弟である三男の丁若鏞(チョン・ヤギョン)に比べれば学者として影に隠れている。こうして歴史の狭間に埋もれてしまう人物たちが、ある時代を生き抜いた忘れ難い一人の人間としてよく描かれているところに、イ・ジュニク監督の作劇の特徴がよく表れている。
「政治史や戦争のような通常の時代劇が描く観点ではなく、その中に登場する個人、一人一人にスポットを当てたかった。英雄が出てくる話ではなく素朴な人々の話だが、それゆえ観客の心の深部に何かを残すことを願いたい」(本作プレスより)
と語っているように、人間への優しさと透徹したまなざしが貫かれているのだ。役者陣もよい。ソル・ギョングとピョン・ヨハンが、気取りのない師弟の絆を結ぶ若銓と昌大という人物を、等身大で演じていて、彼らの化学反応というべき掛け合いが時にユーモラスに、時に緊張感あふれるようにとらえられている。
また、シンプルに時代劇として興味深いだけではなく、現代社会への批評的な側面も見られるのも面白い。若銓が流れ着いた黒山は朝鮮半島の端で、それまでの暮らしとは打って変った生活を強いられるが、都会暮らしで見失っていたものをみつけだしていくようでもある。モノクロームのやわらかな映像で語られる若銓と昌大ら島民たちの日々は、まるで現実の日々に疲弊する私たちを癒すかのようだった。
『茲山魚譜-チャサンオボ-』
原題 자산어보 英題 The Book of Fish 韓国公開 2021年
監督 イ・ジュニク 出演 ソル・ギョング、ピョン・ヨハン、イ・ジョンウン、ミン・ドヒ、リュ・スンリョン
2021年11月19日(金)より、シネマート新宿ほか全国順次ロードショー
公式サイト https://chasan-obo.com/
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