Review 映像の力で正義を描く ~『トガニ』から『ポエトリー』
Text by Kachi
2012/9/3掲載
韓国映画で興味深いのは、何か事件や社会的な問題が起こると、それを題材とした作品が数多く作られることだ。映像の力で現実の事件を描き、そこに関わる者たちの葛藤を追求することは、時として真実以上の力で迫ってくる。

『トガニ 幼き瞳の告発』
今まさに日本で公開中のファン・ドンヒョク監督『トガニ 幼き瞳の告発』(以下『トガニ』)が韓国社会を変えた原動力は、施設の美術教師イノと地元の人権センター幹事のユジン。しかし勇敢に加害者へ立ち向かっていくユジンと比べると、イノはいわゆる平凡な普通の人間だ。一人娘ソリの良き父として安定した職を得ることを母から求められ、葛藤を抱きながら生徒たちに接する。だが平然と横行する暴力を目の当たりにした瞬間、なかば反射的に“トガニ”=闘いのるつぼへ足を踏み入れる。ラストシーン、容赦ない放水を受ける不当判決へのデモのシーンでイノが声を上げるのは自分たちの正しさでも判決への不服でもなく、決して踏みにじられてはいけない、かけがえのない存在についてだ。観客は突き進むヒロイン、ユジンに快哉を叫びながら、平凡なイノが葛藤しつつ正義を手にしていく姿を自分たちと重ね合わせていけるのである。

『Anesthesia/隠された真実』
ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2012で上映された『Anesthesia/隠された真実』(以下『隠された真実』)も、実際に起きた医師による女性患者への麻酔を使った強姦事件を基にしている。犯行を訴えようと現場を隠し撮りしたジヒョンを婦長は「被害者のためにならない」と思いとどまらせ、被害者からは「その正義感はうんざり」となじられる。自らの心身を責め苛んだ末の彼女の決断は誰も救われないが、そもそもほぼ加害者側の立場のジヒョンがどんなことをしても、被害者への罪は贖えない。声をあげられずに泣くしかないジヒョンが、そんな自分の弱さに向き合ったことこそ正義のあらわれなのだ。

『ポエトリー アグネスの詩』
『隠された真実』はキム・ソギョン監督が大学(韓国芸術総合学校)の授業で製作した短編だが、そこで「実際の事件を基に映画を撮るように」と課題を出したのは、あのイ・チャンドンだった。彼も、2004年に起きた女子中学生集団強姦事件に強く衝撃を受け、『ポエトリー アグネスの詩』(以下『ポエトリー』)を製作している。詩を書くとは「自分のいる場所」で「美しさを見つけること」だと教わったミジャは、しかし綺麗と思った花がまがい物だったように、「自分のいる場所」の汚泥に気づいてしまう。早く被害者の母親と示談しようと画策する加害者の父親たち。事を荒立てたくない学校。そして何よりもミジャを絶望させたのは、仲良し6人組で同級生ヒジンを日常的に性暴行し、自殺に追いやっても平然としている孫のジョンウクだった。深刻な事件の真実や正義へあえて踏み込まず、ミジャが詩を生み出していく心の旅と被害者へ思いを寄せていく道行きとを重ね合わせるという誰も思いつかないような設定は、これまで大上段からではなく市井の人々の清さや濁りに寄り添い続けてきたイ・チャンドンならではといえる。ミジャの戦いは、イノとユジンのような当事者としての命がけの死闘ではなく、ジヒョンのように事件を暴くことだけを正義と声高に叫ぶものでもない。
『トガニ』の裁判後発生した霧は、すべてを白く覆い尽くしていく。『隠された真実』終結部、ジヒョンの決断は電気の消えた診察室の闇に消える。『ポエトリー』の結末で流れる川は、ヒジンに重なったミジャの思いを乗せるように流れていく。主人公たちの闘いや苦しみが見えなくなっても、その軌跡は私たちの感覚をゆさぶり続けるのだ。
『トガニ 幼き瞳の告発』
原題 トガニ(るつぼ)/英題 Silenced/韓国公開 2011年
監督 ファン・ドンヒョク 主演 コン・ユ、チョン・ユミ
2012年8月4日(土)より、シネマライズ、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー中
公式サイト http://dogani.jp/
『Anesthesia/隠された真実』
原題 麻酔/英題 Anesthesia/2011年
監督 キム・ソギョン 主演 ペク・ソンジュ、パク・ミョンシン
2012年9月1日(土)~9月30日(日)、ブリリア ショートショート シアター「世界四大映画祭プログラム」にて上映中
ブリリア ショートショート シアター公式サイト http://www.brillia-sst.jp/
『ポエトリー アグネスの詩』
原題 詩/英題 Poetry/韓国公開 2010年
監督 イ・チャンドン 主演 ユン・ジョンヒ、イ・デビッド、キム・ヒラ
飯田橋ギンレイホールにて2012年9月14日(金)まで『素晴らしい一日』と二本立て上映中
公式サイト http://poetry-shi.jp/
Reviewer's Note
Kachi。1984年、東京生まれ。図書館勤務。『ポエトリー』でヒジンの母を演じていたパク・ミョンシン。最愛の娘を失くした辛さ、示談に持ち込もうとする加害者の親への怒り、不安定な生活と示談金との間で揺れる気持ちの全てが入り交じった複雑な表情は忘れられませんが、『隠された真実』では一転、ジヒョンに告発させまいと立ち回る老かいな婦長に扮しています。偶然とはいえ同様のテーマで、圧力をかけられる側とかける側という真逆の役の演じ分けは本当に見事でした。
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