Review 『KCIA 南山の部長たち』 ~イ・ビョンホンが、政界を支配するマッチョイズムから転がり落ちた悲劇を体現
Text by Kachi
2021/1/24掲載
イ・ビョンホンは不思議な俳優だ。
元祖韓流四天王の一人に数えられ、端整な顔立ちと低い声は今でも紛う方ない美形俳優だ。にもかかわらず…、いやだからこそ、綺麗な己を破壊するが如く、映画となると精神的にも肉体的にも痛めつけられるキャラクターを演じることが多い。特にウ・ミノ監督と初めて組んだ『インサイダーズ/内部者たち』に至っては、右手を切り落とされるチンピラ役を熱く演じた。痛ぶられ、汚れる自分を楽しんでいる風だった。

ウ・ミノ監督の最新作『KCIA 南山の部長たち』は、1960~70年代にかけて18年に渡る独裁政権の中心にいて、司法・立法・行政までその手を広げ、90年代まですべてのメディアが恐れていた中枢機関「中央情報部(通称 KCIA)」を舞台とし、1976年10月26日、KCIA部長の金載圭が宴席場で朴正煕大統領と大統領府警護室長の車智澈を射殺した事件を題材にしている。映画は暗殺からさかのぼること40日前、元KCIA部長パク・ヨンガク(クァク・トウォン)が、アメリカの下院公聴会でパク大統領(イ・ソンミン)の悪政を告発する会見シーンから始まる。裏切った腹心を大統領が許すはずがなく、キム・ギュピョンKCIA部長(イ・ビョンホン)とクァク警護室長(イ・ヒジュン)は、それぞれが事態を収拾するために奔走していく。
パク・ヨンガクの件のみならず、当時国内で続発していた政治デモの鎮圧をめぐっても、軍隊動員も辞さない強硬姿勢のクァク警護室長と、アメリカや世界の反応を注視しつつ穏当に対処すべきと主張するギュピョンは対立する。一方で、大統領はことあるごとにギュピョンを面罵し、クァクと親密さを増していく。権利欲がうずまく青瓦台において、使命感と忠誠心と友情でつながる彼らは、そのどれかひとつでも欠かせないバランスを保った共同体の関係にある。男性社会におけるマチズモの弊害で、皆、父親同然の存在から否定されることが何よりも怖い。男らしさ失格の烙印と同じだからだ。硬質なノワールジャンルのルックをみせる本作だが、共同体からつまはじきにされたか細いギュピョンの心のひだを表現するかのように、イ・ビョンホンは繊細な演技をみせている。
映画中盤でギュピョンがクァクと一触即発のもみあいになるシーンでは、それまで抑えていた声のトーンが一転、高く鼻にかかったようになり、彼の隠れていたみじめさや情けなさを浮きだたせる。本作でイ・ビョンホンは、政界を支配していたマッチョイズムから転がり落ちた悲劇を、感動的に体現してくれた。まるで人間の原初的なみじめさをすべて引き受け、演じてくれているような気すらしたのだった。
『KCIA 南山の部長たち』
原題 남산의 부장들 英題 The Man Standing Next 韓国公開 2020年
監督 ウ・ミノ 出演 イ・ビョンホン、イ・ソンミン、クァク・トウォン、イ・ヒジュン、キム・ソジン
2021年1月22日(金)より、シネマート新宿ほか全国ロードショー
公式サイト http://klockworx-asia.com/kcia/
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