Report マンスリー・ソウル 2019年11月 ~大ヒット公開中、『82年生まれ、キム・ジヨン』に見る韓国社会の今
Text by hebaragi
2019/11/8掲載
原作は日韓でベストセラーになった小説。小説のヒットをきっかけに女性たちが声をあげ、いわゆる#MeToo運動につながったとも言われるなど、社会現象にもなった。鑑賞した日は上映スタート間もない週末だったが、劇場にはキム・ジヨンと同年代の女性を中心に、たくさんの観客が詰めかけていた。すでに観客動員は280万人を突破した模様(11/7現在)。映画鑑賞の前に原作を読んでいたので、作品世界にスムーズに入り込むことができた。

『82年生まれ、キム・ジヨン』
まずは、キム・ジヨン役チョン・ユミのピュアで凛としたたたずまいに注目だ。髪をまとめ、背筋を伸ばして淡々と家事や育児をこなすオープニングが強い印象を残す。一方、それは本来の自分の生き方ではないとの思いから、やり場のない閉塞感を醸し出しているキム・ジヨン。なぜ、出産・子育てに際して女性だけが一方的に人生を変えていかなければならないのかについても納得していない。
少女時代からの家庭内での男尊女卑や通学バスでのセクハラ、会社での様々なハラスメントなどの理不尽な出来事が、次々と彼女を襲う。しかし、映画はそうした問題を声高に主張するのではなく、しっとり静かに、ときには軽いユーモアを絡めてストーリーが展開する。一方で、作品に込められたメッセージはしっかりと伝わってくる2時間だ。
女性社員限定の男性社員へのお茶汲みや、会議中にタバコをぷかぷかふかし、下品で差別的な冗談を連発する男性上司などは、筆者が就職した80年代には珍しくなかったことを思い出し、苦々しい気持ちになる。また、男性たちが、連れだって会社の屋上や公園でカップコーヒーを飲みながら、不用意で身勝手な振る舞いを繰り返すのも不快以外の何物でもない。さらに気づかされるのは、事あるたびに顔を出す、韓国社会に根強い家族の重さだ。
しかし、様々な困難に直面しながらも、常に前を向き、道を切り開いていくキム・ジヨンの生き方は清々しく、なんとも愛おしい。作品中、キム・ジヨンは横顔で語る絵コンテが多いが、この手法によって、彼女の心理を丁寧に描写することに成功している。また、妻を気にかけてはいるが、無力な夫役、コン・ユの演技も秀逸だ。
紆余曲折が続くストーリーだが、キム・ジヨンと主治医の精神科医との対話によって次第に彼女の気持ちが変わっていく。さらに、元の同僚や女性の上司との良好な関係から、少しだけ希望が感じられるラストに救われる思いだ。韓国には今もたくさんのキム・ジヨンがいるに違いない。同様に女性差別が根強く、韓国同様に女性が生きづらい社会と言われている日本、なかんずく男性たちにぜひ見てほしい作品だ。問われているのは韓国社会だけではなく、世界共通の社会のあり方なのだ。「娘が生きる世の中は、私が生きてきた世の中より良くなっていなくてはなりませんし、そう信じ、そのようにするために努力しています」という小説原作者の思いは切実だ。日本公開を切望したい。
Writer's Note
hebaragi。公開中の『天気の子』にもたくさんの観客が詰めかけていた。初日の興行収入は『ターミネーター:ニュー・フェイト』『82年生まれ、キム・ジヨン』に次ぐ3位を記録。公開にあわせ、10月末には新海誠監督がソウルを訪れ、舞台挨拶が行われた。記者会見に応じた監督は「長編第一作『雲のむこう、約束の場所』が韓国で受賞して以来、韓国に特別な愛情を持っている」と語ると同時に「3年後、日本と韓国が仲直りして、新作を持って戻ってきて韓国のお客さんたちと良い時間を過ごせれば幸せだと思います」とコメントしたとのことだ。監督のこうした行動に敬意を表したい。まさしく「愛にできることはまだあるよ」である。文化の力を信じたい。
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