Interview 『福岡』チャン・リュル監督 ~時間も空間も俯瞰して「なぜ」と問う
Text & Photo by 井上康子
通訳:井芹美香
2019/10/13掲載
チャン・リュル監督がアジアフォーカス・福岡国際映画祭(以下、アジアフォーカス)でのゲスト来福を繰り返し、福岡を気に入り、福岡で支援を受けて撮った作品『福岡』が遂に上映された。「空間と呼吸しながら」と言われる独自な撮影スタイルとはどのようなものかをはじめにいろいろ語ってもらった。
アジアフォーカス2018で『福岡』のメイキングが上映された折にも監督から話を伺った(「Interview 映画『福岡』撮影を終えたチャン・リュル監督 ~福岡の街と映画『福岡』に魂を奪われた」)。映画制作が具体化するまでの過程やキャスティングについてはそちらをご覧いただきたい。

『福岡』
── 『福岡』上映後のシンポジウム「チャン・リュル監督と映画「福岡」の(秘)レシピ大公開」では、シナリオがなく、撮影現場で様々な決定がなされるのでスタッフが苦労したことが話題になりましたが、シナリオがないということは台詞も具体的には決まっていないということですか?
台詞は私の頭の中にすべてあります。撮影現場に行って、現場に合うように、俳優たちにこう言ってほしいと伝えます。そして、俳優たちが話し易いように少し変えてもらい、最終的な台詞になります。私と仕事をする人たち、カメラマンも含め、俳優も、みんな直前までどういう撮影をするのか知りません。『福岡』に限らず、それが私のスタイルで他の作品も同様です。この空間で何時から何時まで撮影できると決まった時は先ず私一人だけでその場所に入ります。みんなには外へ出てもらいます。そういう時間を10分取ります。10分の間に私の頭にあった台詞や動きをシミュレーションしてみてこれは違うと思ったら変えていきます。その後にカメラマン、助監督、音声を入れます。彼らと話しながら、ここにカメラを置いてといった指示を出します。それから、スタッフには出てもらい、俳優を入れます。俳優にこういう演技をと指導します。そして、照明を配置して撮影に入ります。
── 俳優たちは今やっていることが全体の中でどういう意味を持つかが分からない状態だと思いますが、それで不安になったりすることはないのでしょうか?
俳優たちは、どんな人のどんな話という基本的なことは分かっています。けれど、今日、ここで、何を撮るかは伝えません。これで問題が生じないのは監督が連続性を持っているためです。編集でつなぎ合わせることができます。演劇だったらできないことですが、映画ではできるのです。このような撮影のやり方には長所と短所があります。短所はさっき指摘があったように俳優が不安になることですが、俳優は全体がどういうものかを知ってしまうと計画的な演技になってしまいます。長所として言えるのは、俳優本人も思いがけない良い演技ができることです。それで私の演出方法に賛同してもらえています。
── ユン・ジェムンさん演じるジェムンと、クォン・ヘヒョさん演じるヘヒョは学生時代に同じ女性を好きになり、彼女が二人の前から姿を消したことから、28年間音信不通になっていました。ソウルのジェムンが福岡のヘヒョを訪ね、彼らは和解したようにも見えましたが、していないようにも見えました。ラストは不思議なシーンでした。
いろいろな観方をしてもらったらいいです。私は、彼らは和解のために再会し、和解したように見えるが、心はどこか閉ざされたままで、完全な和解ではないと思いました。世界の至る所で、いろいろな事情で和解をしたいと思う人がいますが完全な和解に至るのは難しいことです。
── 福岡の観客の感想で印象に残ったものはありましたか?
「知っている場所なのに違って見えました」と言われたことです。『慶州(キョンジュ) ヒョンとユニ』が韓国で公開された時も同じように「違って見えた」と言われました。その空間に慣れ過ぎていない人にしか見えないものがあると思います。

チャン・リュル監督
インタビュー時には今回上映された『群山:鵞鳥を咏う』についても話を聞いた。映画化を思い立ったのは植民地時代の建築物が残る木浦を訪れた際に高齢者が植民地時代の痛みを今も抱えていることが分かり「それがなぜか知ろうとしたため」と語った(木浦での撮影が困難であったため同様に植民時代の建築物がある群山に変更)。
作品の背景として監督の出身地である中国の朝鮮族自治州延辺が何度も登場するのだが、ムン・ソリ演じるソンヒョンの「満州にいた祖父が戻ったから私は韓国人になったが、戻っていなかったら私も朝鮮族で、すべては偶然」という台詞が「偏見のなさを表していて彼女を好きになった」と筆者が言うと、「そんな彼女でも朝鮮族に間違われると怒っていた」と別の笑いを取った場面を示し、「そこを克服していかなくては」と作品にはなかったことを付言した。
植民地時代の痛みも、朝鮮族であることの痛みも、愛する人を喪失した痛みも、怒りを込めず、時間も空間も俯瞰して、静かに「なぜ」と問いかけている。作品を見て、話を聞けて、そんなふうに思えた。
アジアフォーカス・福岡国際映画祭2019
期間:2019年9月13日(金)~9月19日(木)
会場:キャナルシティ博多(ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13)ほか
公式サイト http://www.focus-on-asia.com/
Writer's Note
井上康子。チャン・リュル監督作品『春の夢』でユン・ジョンビン監督演じる人物の台詞「羊串食べに行こう」から気軽でおいしそうと羊串が気になっていた。ソウルで朝鮮族の一家が営む「故郷羊串」のラム肉は柔らかでジューシー。粉末ダレにはカレーでお馴染みのクミンが使われていて、口に含むと遥か中央アジアへと誘われた。
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