Review 『今、会いましょう。』 ~北朝鮮の人と共にいる韓国人の私
Text by 井上康子
2019/8/12掲載
7月に開催された第33回福岡アジア映画祭2019で『今、会いましょう。』を見ることができた。韓国の統一部(北朝鮮との統一、交流や人道支援などを担う国家機関)が製作したオムニバス映画で、原題は『私たち、今、会いましょう』だ。映画を見る前の「北朝鮮の人々と今会うのは無理なのでは」という疑問に対して「北朝鮮の人々と、いつか将来にではなく、今共に過ごすのだ」という強い意思を3監督が見せてくれた。

『今、会いましょう。』
国家人権委員会製作映画に参加した経歴から、カン・イグァン監督(該当作品:オムニバス『視線の向こうに』中『歯二つ』、『未熟な犯罪者』)、プ・ジヨン監督(オムニバス『視線の向こうに』中『ニマ』)が依頼を受け、公募で選ばれたキム・ソユン監督が加わっている。統一部が作品内容を規制することはなく、監督たちは自由な創作ができたそうで、3監督の個性を存分に堪能できる。
『運転手先生』キム・ソユン監督
開城工業団地の食堂に食材を配達するソンミンはそこで働く北朝鮮女性スッキに一目惚れ。スッキはソンミンが携帯プレーヤーで音楽を聴くことに興味をもつ。監視の目を避けて倉庫に行くと、ソンミンはおずおずとスッキの耳にイヤホンを差し込む。二人の気持ちが通じ合う瞬間だ。だが、韓国への帰途にソンミンは開城工業団地の操業停止を聞かされる。これから恋人になるはずだった二人が南北間のトラブルにより、会うことができなくなってしまう。南北問題が心に沁みる若者のラブストーリーとして昇華されていた。

キム・ソユン監督
ゲストとして登場した監督は映画を専攻する大学院生で清純な印象は作品のイメージと重なった。開城工業団地は、韓国が南北経済協力事業として軍事境界線に近い北朝鮮の開城で造成したもので、北朝鮮が弾道ミサイル発射実験を行ったことにより、2016年2月に操業停止された。監督はそこで働いていた人たちを取材したが、さらにドラマチックな話も聞いたそうだ。
『私達上手くやれる』カン・イグァン監督
間もなく結婚する予定のカップルなのに、二人の間はぎくしゃくしている。女性は寒がりで男性は暑がり、女性はパイナップルが嫌いなのに男性はそれを忘れてパイナップル入りのピザを注文して喧嘩になる。北朝鮮は登場せず、どこが南北の話なのだろうと目を凝らして、ようやく二人の関係が南北関係に例えられていることに気づいた。女性はタトゥーを好まないが、男性はタトゥー師。好みも価値観も全く異なる二人だが、共に踊ることで、和解し、譲歩していく。
二人の激しく、素早く、そして、男性が上半身・女性が下半身中心の異なる動きで一体感を見せる踊りは異質な私たちが共に生きるという強いメッセージを放っていて、このような斬新な表現方法があるのだと胸が高鳴った。
『もしもし』プ・ジヨン監督
ジョンウンは北朝鮮からの間違い電話を受ける。電話の女性は携帯が壊れて、脱北した息子の電話番号が分からなくなり、記憶に頼って誤ったという。食堂と清掃の仕事を掛け持ちして母を世話しているジョンウンは、お金欲しさで女性の息子を探し始める(プ・ジヨン監督作品『明日へ』でも厳しい仕事に耐える労働者を演じたイ・ジョンウンがコミカルな味わいでジョンウンを好演)。
一方、ジョンウンには北出身の母がいる。認知症になった母は北で妹が亡くなったことが了解できず、妹に再会することが生きる目標になっている。二人の女性が電話でのコミュニケーションを重ねる中で、互いが相手の立場では出来ないことを代わりに行うという関係が築かれていく。とても温かみのある作品だ。
中国との国境近くで中国の携帯を持っている北朝鮮住民は韓国との通話が可能だそうだ。そのようにして南北間でコミュニケーションが取られていること、また、脱北者が継続的にいるということは新たな離散家族が生じているということで、こういう状況での統一を考えたのが本作のスタートだったと韓国での取材で監督は語っている。
2000年に韓国で公開された『JSA』は北の人も人間だが、共に生きていくことはできないと訴えた。あれから19年、映画の中でここまでの進展が見られるとはと、しばし感慨にふけった。
第33回福岡アジア映画祭2019
期間:2019年7月5日(金)~7月7日(日)
会場:アンスティチュ・フランセ九州 5Fホール
公式サイト http://asianfilm.tk/
Writer's Note
井上康子。大人になって読み始めた、加古里子の絵本が大好き。『だるまちゃんとてんぐちゃん』は異質な二人の葛藤と和解の話だと予想していたら違っていた。徹頭徹尾、主人公だるまちゃんは自分には無く相手が持っているものに好奇心を抱き憧れる。異質なこと自体には差別や葛藤の根拠になるものは何もないのだと思い起こさせてくれた。
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