Report マンスリー・ソウル 2019年7月 ~『主戦場』『わが国の語音』を見て思う、映画を通して歴史を学ぶということ
Text by hebaragi
2019/8/10掲載
梅雨明け直前、7月下旬のソウルは連日の雨だった。今回は韓国映画5本(『わが国の語音』『レッドシューズ』『遊郭のお坊ちゃん』『グッバイ・サマー』『真犯人』)、アメリカ映画1本(『主戦場』)を鑑賞した。以下、今回印象に残った2本の作品を紹介したい。
『主戦場』
日系アメリカ人2世、ミキ・デザキ監督作品。いわゆる慰安婦問題に対する賛否両論の日米韓の論客27人のコメントを中心に展開する骨太のドキュメンタリー。日本では今年4月に全国公開され、たくさんの観客を集めた問題作であり、最近では、日本国内で右派の関係者が上映差し止めを求めるなど、その後も話題を提供し続けている。7月25日から韓国でも公開がスタートした。

『主戦場』韓国版ポスター
鑑賞した上映回は、モーニングショーにもかかわらず大勢の観客が詰めかけており、この問題に対する韓国での関心の高さがうかがわれた。監督は、この問題に関心を持ったきっかけとして、右翼による、元朝日新聞記者・植村隆氏本人と家族に対する陰湿な脅迫を挙げている。作品中の数々のコメントの合間には、当該脅迫のシーンや新大久保でのヘイトスピーチ、学校でこの問題について何も教わらず何も知らない日本の若者へのインタビューなど、日本人として目をそむけたくなるシーンも多数登場する。
作品を見ての率直な感想だが、フラットな目で見ても、否定派(右派)の主張には無理がある印象。彼らの思考回路の根底には人権軽視や国粋主義、アジア蔑視の思想がある。さらに極めつけは「国家は謝罪してはいけない」などと語る論客の登場だ。右派の論客たちは揃って尊大な態度で胸を張り、時々、嘲り笑いながら的を射ているとは思えない発言を繰り返す。コメントの内容以前に「人としての姿勢としてどうなのか?」という疑問を感じさせる。実際、日本公開時の上映会場では右派の論客のコメントのシーンで観客から失笑が漏れていたほどである。一方、事実に基づいて淡々と語る肯定派のコメントのほうには説得力を感じた。なお、右派論客の背後には、明治憲法への回帰を指向した憲法改正を企図する日本会議が活動していることを図式化して説明したシーンは興味深かった。
作品中、日本の若者へのインタビューで、慰安婦問題を「知らない」と答えるシーンが登場するが、彼らばかりを責めることはできないだろう。現在、日本の中学校の大部分の歴史教科書には従軍慰安婦についての記述がないからだ。現在は民間作成の教科書だが、事実上の国定化がすすみ、政権の意向に反する記述があると検定が通らなくなっているという。世界各国の「報道の自由度」ランキングでも、日本は2010年には10位だったが、その後順位を下げ続け、現在71位となっていることが紹介される。
ラスト近く、戦後、A級戦犯を拘置所から釈放して総理大臣にし、日本に再軍備をさせたアメリカに対する批判が描かれる。そして、その孫が総理大臣になり、平和憲法の改正を企図していることも淡々と描かれ、見る者に考えるきっかけを提供している。
監督は本作の韓国公開に際して訪韓し、韓国紙・東亜日報のインタビューに次のように語っている。「韓国と日本の間での情報の差が、たびたび論争と戦いを招いているようです。慰安婦問題を紹介し、両国の人々が知らなかったことを知れば憎しみが減り、生産的な議論ができるのではないでしょうか?」 さらに昨今の徴用工問題については「日本政府が強制労働問題について、貿易制裁で対応することは残念だ。これは人権問題であり、外交問題ではない」と述べている。
また、監督は日刊ゲンダイのインタビューにも答えて本作の制作意図を「(作品を見ている人に)“こう考えてほしい”と訴えるのではなく、見ている人に慰安婦とは何かを自分で考えて議論してほしい」ともコメントしているが、全く同感だ。一方、本作は、日本にもさまざまな意見があることを韓国の人々に知ってもらうきっかけとしても有意義な作品であり、たくさんの人に見てほしいと願う。
なお、韓国では8月に公開される、今年1月に他界した元慰安婦のおばあさんが主人公のドキュメンタリー『金福童(キム・ボクトン)』の予告編が、『主戦場』上映前に流れていたことを付け加えておきたい。
『わが国の語音』
ハングルを作った朝鮮国王として有名な世宗大王と、彼の下で実際に作成作業にあたった僧侶たちを主人公に展開するストーリー。全編を通して、ソン・ガンホが演じる世宗大王の重厚な表情が印象的。また、パク・ヘイルが演じるシンミ僧侶を中心とした僧侶たちの信念に基づく表情も印象に残る。

『わが国の語音』
世宗大王については、かつてTVドラマ「根の深い木」などでも描かれてきたが、本作ではハングル創製についての詳細な経緯を描いている。冒頭、日本の室町時代の僧侶たちが訪韓して世宗大王に謁見し、儒教を中心にした国づくりを進める朝鮮王朝には仏教の経典は不要だろうと、高麗八万大蔵経を引き渡すよう求めるシーンが登場するが、日本と朝鮮王朝との間の知られざる歴史のひとこまが垣間見えるシーンだ。その後、世宗大王の指示により、僧侶たちのプロジェクトチームが昼夜を問わず精力的にハングル作成作業を進めていく。サンスクリット語やチベット文字を参考にして試行錯誤を重ね、全く新しい文字を作っていく様子は興味深い。本作の制作意図として、数々の困難の末に作り上げられたハングルの大切さをアピールすることが挙げられていたが、その意図は達成されているように感じた。
Writer's Note
hebaragi。30年前から日韓関係を見つめてきたが、最近の関係悪化に心を痛めている。政治家ではない、ふつうの韓国の人々は日本文化を愛し、2018年には年間750万人を超える人々が日本を訪れている。また、根強いK-POP人気やチーズハットク・ブームに見られるように、日本での韓国人気も続いている。ふだん、サムスン社のギャラクシーのスマートフォンを使い、知人との連絡は韓国発祥の「LINE」という人も多いだろう。もちろん、お互いの国の映画を通して学ぶことも多いのではないだろうか。一方で、日本と韓国での歴史教育の質量の差が相互理解の妨げになっているのではとも思う。日本の学校ではヨーロッパの細かな歴史は日付まで習うのに対し、朝鮮半島の歴史を習った記憶がほとんどない。世宗大王も朴正煕も柳寛順も德恵翁主も金子文子も、全て韓国映画で学んだ。創氏改名や軍艦島の存在もしかりだ。今の葛藤状況を良い方向に向かわせるために一市民として何かできることはないか、考える日々が続いている。なお、日韓関係は悪化しているが、今後も今までどおり「マンスリー・ソウル」を続けていくことをお知らせする。今回のソウル訪問の際にも、行きつけの屋台の顔見知りの女性から「こういう大変なときにも来てくれてありがとう」と声をかけられた。こういうときだからこそ今までどおりの交流を続け、お互いの文化にふれ、紹介していくことが必要との思いを強くしている。
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