Review 『リトル・フォレスト 春夏秋冬』 ~生き物と自然を愛する監督の真心が詰まった作品
Text by 加藤知恵
2019/5/12掲載
五十嵐大介の同名漫画を原作として韓国で映画化された『リトル・フォレスト 春夏秋冬』が、5月17日(金)より公開される。原作は農村で自給自足生活を送った作者の経験をもとに、女性主人公が東北地方のある村で農作業や料理をしながら、友人とともにささやかな日常を楽しむ姿を描いた人気作品だ。2014年には橋本愛の主演で日本でも映画化されている。韓国版の女性主人公は『お嬢さん』(2016)で強烈な印象を残したキム・テリが演じ、幼馴染2人の役を、イム・スルレ監督が見出した若手女優チン・ギジュと、変幻自在の魅力で引っ張りだこの俳優リュ・ジュンヨルが演じている。

教員を目指してソウルで学生生活を送るものの、採用試験に落ち、恋人との関係もこじれ、逃げるように故郷の村へ帰ってきたへウォン(キム・テリ)。しかし父親は幼い頃に病気で他界しており、母親はヘウォンが大学を受験した日に1枚の手紙を残して村を去っていた。再会した幼馴染のウンスク(チン・ギジュ)に「お腹がすいて帰ってきた」と語る彼女は、真冬の誰もいない家で、黙々と一人で料理を作っては食べる。
すいとん、蒸し餅、お好み焼き、サンドイッチ。手間のかかるものからシンプルなものまで、彼女の料理はとにかく丁寧だ。そして花びらを添えたパスタや、油に入れた瞬間にふわっと広がる山菜の天ぷらなど、目にも美しく心地よい。インスタントではなく自身の手でじっくりと時間をかけて作ったものを味わうことでへウォンの心は浄化され、慌ただしい都会生活での疲れが癒えるとともに、知らぬ間に彼女を覆っていた意地やプライドから解放されていく。
そうして作った料理を一緒に味わえば、相手との絆も深まるものだ。ヘウォンはウンスクやジェハ(リュ・ジュンヨル)と、自家製マッコリを飲みながら本音を語り合い、激辛トッポッキを食べながら涙を流して傷を慰め合う。そんな“人と人とを結ぶ媒体としての料理”こそ、イム・スルレ監督が本作で描きたかったものだという。
また監督は、動物愛護団体の代表として熱心に活動していることでも知られる。監督の動物への愛情は、本作でも随所に現れる。一人で暮らすへウォンの寂しさを思いやり、ジェハが連れてきた子犬のオグは、いつしか彼女の大事な話し相手になっていく。へウォンが編んだ小さなマフラーを巻いて走り回るオグの姿は何とも愛らしい。実はオグの名前は、キャストとしてエンドロールにもクレジットされている。また牛や鶏といった家畜動物への眼差しも温かく、登場する料理に肉類は使われない。撮影現場でも、幼虫や蛾に至るまで傷つけないよう配慮が徹底されていたそうだ。
少し休むだけのつもりで村へ帰ったへウォンだが、自然の営みの中で作物を育て、友人や動物と穏やかな時間を過ごすうちに、いつしか季節がめぐっていく。CGやセットを一切使わずに春夏秋冬全ての場面を撮影したため、撮影期間は丸1年を要したという。四季折々の山里の風景が収められた映像は、写真集を見ているかのように全てのカットが美しい。新芽を見て生命の神秘に感動し、嵐に吹かれて自然の厳しさを味わう。作物を育てる過程で、物事には全てタイミングがあることを知り、それを待つことの大切さも学ぶ。そうして成長したへウォンは、ようやく母の真意と愛情に気付き、自分の人生に対する答えも見つけていく。
イム・スルレ監督は自身のことを、「観客数などの数字よりも、映画を作る過程を大事にするタイプだ」と語る。その監督が「これまでの現場の中で、最も穏やかで楽しかった作品」と言い切る『リトル・フォレスト 春夏秋冬』。じっくりと時間をかけて監督の真心と愛情を詰め込んだ一作を、ぜひ味わってみてほしい。
『リトル・フォレスト 春夏秋冬』
原題 리틀 포레스트 英題 Little Forest 韓国公開 2018年
監督 イム・スルレ 出演 キム・テリ、リュ・ジュンヨル、ムン・ソリ、チン・ギジュ
2019年5月17日(金)より、シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
公式サイト http://klockworx-asia.com/little-forest/
Writer's Note
加藤知恵。イム・スルレ監督が2011年に『牛と一緒に7泊8日』で東京国際女性映画祭へ招待された際、アテンドを担当した私は、監督に依頼されて日本動物愛護協会の方との交流の場を設けたことがあります。日本の現状について真剣に質問される姿が印象的でした。作品においても一貫して動物への愛情を表現し続ける監督の笑顔は、ますます深みと温かみを増していると感じます。
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