Report ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2019 ~雪に囲まれた街で韓国映画の底力を見た
Text by hebaragi
2019/3/17掲載
今年で29回目を迎えた、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2019(以下、「ゆうばりファンタ」と表記)に参加した。期間中、たくさんの作品を見たが、韓国映画2本が強い印象を残した映画祭だった。
『人間、空間、時間、そして人間(仮題)』
キム・ギドク監督23本目の作品だが、監督自身がいわゆる「♯Me Too」運動の当事者として批判にさらされた影響を受け、本作は2018年のベルリン国際映画祭で上映されたのみで、韓国国内での上映は実現されていない。今回、ゆうばりファンタのオープニング作品として日本で初公開された。

『人間、空間、時間、そして人間(仮題)』
ストーリーは、廃軍艦に乗り合わせた年齢も職業も様々な人々が、空中浮遊という思わぬアクシデントに見舞われる中で、生き残りをかけた壮絶な争いを演じていくというものだ。
乗組員、国会議員、ヤクザ、売春婦、若いカップル、老人など様々な人々の人間模様が描かれている。同じ船に乗り合わせているにもかかわらず、国会議員だけは客室や食事が特別待遇となっていることに不満を持った他の乗客たちが立ち上がるが、ヤクザたちの脅しに屈してしまう。その後、帰れる見込みのない船の中で、食料の配給が減らされ、乗客たちの不満は極限に達し、殺し合いに発展する。そして最後に残ったのは身重な体のイヴだった。
時を経て、残されたイヴとその子が、老人が育てていた植物が生い茂った船内での生活を続けている。そして、イヴの子がイヴを襲うシーンで衝撃的なラストを迎える。
本作は、聖書やキリスト教をテーマにしていると同時に、政治家の腐敗や格差社会の問題を提起している。極限状況の中での人間の欲望と本能を赤裸々に描いており、見る者に強い印象を残した。
主演のアダム役にはチャン・グンソク、イヴ役に藤井美菜、イヴのパートナー役にオダギリジョー、そして謎の老人役にアン・ソンギが出演している。中でも藤井美菜とアン・ソンギの熱演が印象的だった。
映画祭プログラミング・ディレクターの塩田時敏氏は「この作品を、ゆうばりファンタで上映することに意義がある。監督の問題と映画は別。“罪を憎んで映画を憎まず”だ」と述べ、上映の趣旨を語っていた。一方で、ファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門審査委員長の白石和彌監督は、本作上映について「映画祭として作品上映について公式にコメントするとか、関連するシンポジウムを開催することなどを考えるべきでは」と開会式で語っていたように、様々な議論を呼んだことも事実である。塩田氏のコメントも理解できるし、白石監督の意見ももっともであろう。作品が素晴らしいだけにこのままお蔵入りさせるのはもったいないというのが、実際に見た観客の少なくない意見だと思う。しかし、本作がたくさんの人たちに見られる状況を実現するためには、キム・ギドク監督自身が社会に向けて何らかのアクションを起こす必要があるのではないだろうか。
『赤い原罪』
長編作品が対象のファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門で審査員特別賞を受賞した。

授賞式の模様
小さな漁村にある教会に修道女が赴任してくる。その街には足の不自由な男と精神病を患う中学生の娘の一家が暮らしている。男は、酒に溺れ、社会と神と聖職者を呪い、修道女に暴言を浴びせ、暴力を振るう。
そんな男と生活苦から働きに出ている娘を案じて、修道女は家庭訪問をしたり、娘の働く漁港を訪れたりして説得するが、教会の援助は断固として断られる。様々な方法を試みるが打つ手なしの状況で、上司の牧師からは、その家庭の問題から手を引くよう忠告される。その後も男は執拗に修道女につきまとい、最悪の悲劇が起きてしまう。40年後、再び漁村を訪れた修道女が教会を訪れる。そして、男と娘が満面の笑みを見せながら踊っているファンタジックなラストシーンを迎える。
本作はキリスト教をテーマとしており、聖職者のあり方など、タブーに触れるとも思われる内容から、韓国で様々な議論を呼ぶことが予想された。しかし、韓国で牧師たちを呼んだ試写会でも特に大きな批判はなかったという。ムン・シング監督は本作製作のために、10年間神学校に学び、2年間実際に教会で勤務するという異色の経歴を持つ。また、上映後のティーチインで「もし監督が修道女の立場だったら、あの家族に対してどうすべきだと思うか」という観客からの質問には、「どうすることもできない」と述べ、牧師として聖職者の限界を感じているかのようなコメントをしていた。

『赤い原罪』のムン・シング監督
本作が観客に突きつけるテーマはキリスト教にとどまらず様々な社会問題を含むもので、鑑賞後、重く、言いようのないやり切れなさを感じさせる。しかし、たとえ困難でも他者との関係をあきらめてはいけない、というメッセージを感じるものでもあった。
なお、新人監督の新たな才能を発掘するファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門では、『されど青春の端くれ』(森田和樹監督)がグランプリと批評家賞(シネガーアワード)をダブル受賞した。本作は高校生たちが主人公の、若さがほとばしる青春映画である。また、短編作品を対象としたインターナショナル・ショートフィルム・コンペティション部門も秀作揃いで、多くの作品が観客を魅了するなど、充実した4日間だった。

『されど青春の端くれ』森田和樹監督
ゆうばりファンタは次回で30回目を迎えるが、冬季開催は今回が最後で、2020年からは6月または7月の開催が予定されている。冬季開催に関わる経費削減や札幌からの集客増加を考慮すると同時に、名物の夕張メロンをテーマとした企画も検討されているという。今年のゆうばりファンタのテーマは「ファンタを止めるな!」だったが、「ゆうばりファンタを止めるな!」が関係者の思いだと聞いた。次回以降も充実した映画祭となることを期待したい。
ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2019
期間:2019年3月7日(木)~3月10日(日)
会場:北海道夕張市内各所
公式サイト http://yubarifanta.com/
Writer's Note
hebaragi。今回のゆうばりファンタでは、レポートした2本の韓国映画が多くの観客に衝撃を与え、上映後のオープニング・パーティーや居酒屋などで感想を語り合う光景が見られた。2本とも韓国映画の底力が感じられるものであり、何らかの形で多くの人々が鑑賞できる機会が実現することを願ってやまない。
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