Report 第23回釜山国際映画祭(2) ~巨匠イム・グォンテクに遭遇…『102番目の雲』
Text by Kachi
2018/12/9掲載
イム・グォンテク監督の102作目である『火葬/化粧』の撮影舞台裏を捉えたドキュメンタリー映画『102番目の雲/Cloud, Encore』で、一瞬取材を忘れるサプライズがあった。上映後、本ドキュメンタリーを手がけたチョン・ソンイル監督のQ&Aの直前で誰かが紹介された。後方の座席にいた私は、観客席の中央付近でゆっくりと立ち上がり、脱帽して挨拶した人物が、イム・グォンテク監督その人だとすぐに反応できなかった。韓国映画界のレジェンドの登場に会場が色めき立つ。釜山に行って最初に出くわした映画スターがイム・グォンテクとは! さすがに体力は年相応の様子だったが、映画を観た限りでは、細部への目配せはますます冴え渡っている。ちなみに私は見逃してしまったが、今映画祭では本作の前編であり、異なるアプローチで制作された『緑茶の重力/Gravity of the Tea』も上映されている。

『102番目の雲』
『火葬/化粧』は、2015年に韓国で公開された。癌で余命いくばくもない妻と、自身の課に新しく配属されてきた若い女性部下との間で揺れ動く、化粧品会社重役の中年男性の心情を綴っている。
重役として個室にいる部長役のアン・ソンギが、観葉植物の隙間から部下をこっそりとのぞき見する。何度かカットがかかり、視線の高さについて微妙な調節が要求される。下品さや卑わいさは不思議と感じない。舞台裏を知って感じたのは、3年前に『火葬/化粧』を観たときに感じた官能美が、視線の語りに支えられていることである。
『火葬/化粧』で特に印象深かったのは、死期が近づき一人で排泄も困難になった妻を、夫が入浴させるシーンだった。妻の汚れた陰部を夫が洗おうとするのを、羞恥心から力ない手で拒む妻の慟哭が胸に響く。どんな姿を晒そうとも、愛する伴侶として夫から認めていてもらいたいという欲求。迫真という一言では言い表せない演技には、鑑賞当時も畏敬の念を抱いたのだった。『102番目の雲』は、妻を演じたキム・ホジョンの、女優として最も過酷な本シーンの撮影前の強ばった表情をとらえている。イム・グォンテクは彼女に、懇切に重要さを伝える。撮影していて気分のいいシーンではないことは確かだ。でもこれは、彼女にとっての“化粧”なんだと。化粧とはただ美しく飾るばかりではない。性は人間の生そのものと分かち難いという事実に、真剣に向き合うがための描写なのだ。
『火葬/化粧』そのものを観ていないとなかなか理解の難しいドキュメンタリーではあるが、むしろ今こそ、『火葬/化粧』『緑茶の重力』とともに上映されるべきではないだろうか。『風の丘を越えて~西便制』の劇中歌の「夢、夢、全て夢」という一節が、撮影の合間にうたた寝をするイム・グォンテクの姿に重ねられるシーンの茶目っ気も良かった。
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第23回釜山国際映画祭
期間:2018年10月4日(木)~10月13日(土)
会場:釜山市内各所
公式サイト http://www.biff.kr/
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