Report 第31回東京国際映画祭 ~劇映画『ミス・ペク』、記録映画『クロッシング・ビヨンド』、ベトナム版サニー『輝ける日々に』
Text by 加藤知恵
写真提供:映画祭事務局
2018/11/20掲載
10月25日から11月3日までの10日間、第31回東京国際映画祭が開催された。今年上映された韓国人監督の作品としては、児童虐待の連鎖の克服をテーマにした劇映画『ミス・ペク』と、平昌2018冬季オリンピックの公式記録映画『クロッシング・ビヨンド』の2本があった。

『ミス・ペク』
『ミス・ペク』は女性監督イ・ジウォンによる長編デビュー作である。映画祭開幕の2週間前に韓国内で公開されたが、当初は低予算映画ということもあり劇場確保に苦労したものの、現在まで口コミでじわじわと観客動員数を伸ばして注目を集めている。主演を務めたハン・ジミンが、韓国の映画評論家協会賞に続き、ロンドン東アジア映画祭で主演女優賞を受賞したことも話題となった。ストーリーは、2016年に7歳の少年を実父と継母が数ヶ月間トイレに閉じ込めた末に冷水を浴びせるなどして死亡させた事件を中心に、いくつかの児童虐待事件のエピソードを織り交ぜて書き上げた、監督のオリジナルである。過去に監督の自宅の隣室にも虐待されていると思われる少女が住んでおり、廊下ですれ違った際に訴えるような視線を感じたが、何もしてあげられないまま別れてしまったことへの罪悪感から本作のシナリオを執筆したという。

イ・ジウォン監督
幼い頃に母親からの虐待を受け、捨てられた過去を持つペク・サンア(ハン・ジミン)は、高校時代に自分をレイプしようとした相手を負傷させて以来、前科を背負いながら肉体労働を掛け持ちする日々を送っていた。しかしある日、真冬の路上にボロボロの薄い服1枚で立ちつくす少女ジウン(キム・シア)を目にし、思わず食事を与えてしまう。ある種蔑称でもある「ミス・ペク」と名乗りながら他人を拒絶し、黙々と働いて金を稼ぐことだけを支えに生きていたサンアだったが、ジウンとの出会いによって蓋をしていた感情が徐々に露出するようになる。本当は母親のことを愛したかったのに、それができなかったことへの悔しさ、行き場のない怒り。度々挿入される回想シーンと共に現れるサンアの繊細な心理描写に、監督の演出手腕が感じられる。色落ちした髪、化粧っ気のない肌に濃い口紅を引き、荒んだ表情で煙草を吹かし、道端に唾を吐く、清純派女優ハン・ジミンの“変身”ぶりも圧巻である。

東京国際映画祭「アジアの未来」部門のプログラミング・ディレクター石坂健治氏は、Q&Aにおいて本作を「韓国映画らしい部分もありながら新しい作品」と評価した。重い社会問題を素材にし、観客の感情を揺さぶるドラマチックな展開を見せながらも、穏やかな救いに溢れた作品。その救いの部分に新しさが感じられるのではないかと思う。サンアは社会的地位も権力もない、いわば弱者の立場にある女性だが、ジウンに寄り添い、必死に守り、支え合うことで自身の傷をも癒やしていく。一途にサンアをサポートし、最後まで彼女の意思を尊重しようとする刑事ソプ(イ・ヒジュン)とその姉フナム(キム・ソニョン)の存在も温かい。「どこかにいる別のジウンを救いたいという気持ちでこの作品を作った」と熱く語る監督の姿は、サンアのキャラクターと重なっていた。

『クロッシング・ビヨンド』
もう1つの韓国作品『クロッシング・ビヨンド』は、今年の東京国際映画祭のラストを飾る作品として特別上映された。上映前には「2020東京オリンピック応援イベント」とのテーマでトークショーも行われ、今年の平昌オリンピックに出場した日本人女性選手3名をはじめ、本作のイ・スンジュン監督、東京オリンピックの公式記録映画を担当する河瀬直美監督、製作スポンサーとなるオリンピック財団のアンニャ・ウォサック氏も登壇して競技や撮影の裏話を語った。

朝鮮戦争と南北分断についてのテロップから始まる本作だが、被写体となっているのは韓国や北朝鮮のみならず、様々なハードルを乗り越えて平昌の地を踏んだ世界各国の選手たちである。アメリカで養子として育ったアイスホッケーの韓国代表選手パク・ユンジョンや、オランダ代表でガーナ人初のスケルトン選手アクワシ・フリンポン、タリバンによる虐殺を逃れた末にアルペンスキーでの五輪出場を目指したアフガニスタン人選手サジャド・フサニなど、彼らにとってのハードルは国境だけではない。「開催国である韓国の特色とは何かを考えた時にまずは南北分断の状況が思い浮かんだが、選手個々人が直面する様々な壁や、それを乗り越える姿も捉えたいと思い、テーマを決定した」と監督は言う。

イ・スンジュン監督と河瀬直美監督
監督が任命されたのは昨年の10月で、本作が初披露されたのは1年後にあたる先月の釜山国際映画祭である。財団のリサーチ部と協力して取材対象を決定した後、撮影は昨年12月から今年5月までの半年間に集中して行われた。これを聞いた河瀬監督は思わず「クレイジースケジュール」と漏らして会場の笑いを誘い、その完成度の高さに驚きを見せていた。日本でも劇場公開・DVD化されている、共に障害を持つ夫婦の愛を収めた『渚のふたり』、盲ろう・知的障害を持つ女性とその母の日々を追った『月に吹く風』(日本未公開)などを発表し、被写体へ誠実なまなざしを送り続けてきたイ・スンジュン監督は、韓国内のみならず海外でも評価が高い。今回も撮り溜めた膨大な量の映像のうち、使用されなかったパートは多々あるものの、完全にカットされた人物は1人もいなかったという。会場の観客からは「河瀬監督のように劇映画も撮られるのですか?」という質問が上がったが、これに対し監督は「高校時代からずっとドキュメンタリーに興味を持ち、撮り続けてきた。今後もそのつもりだし、劇映画を撮る自信はない」と答えていた。また再来年の東京オリンピックについては、「監督としてではなく、一観客として競技を楽しみたい。河瀬監督の撮影現場にも顔を出して隣で見学したい」と語り、監督同士で笑顔を交わしていた。
韓国人監督の作品ではないものの、最後に併せて紹介したいのは、今年の8月に日本版の『SUNNY 強い気持ち・強い愛』も公開された韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』(2011)のベトナム版、『輝ける日々に』である。原作の投資配給会社CJ E&Mがベトナムの制作会社と共に新会社を設立して共同投資を行い、合作された。

『輝ける日々に』
入院中の母親の見舞いに訪れたヒュー・フォン(ホン・アィン)は、末期癌を患い闘病中の高校時代の友人ミ・ズン(タィン・ハン)と偶然に再会する。彼女の余命がわずかと知ったフォンは、当時「荒馬団」というグループを結成して親密に過ごしていた友人たちを探し出し、ズンに会わせることを決意する。そして25年の時を経てそれぞれの生活を送る彼女らを追う中で、夢とパワーに満ち溢れていた当時の自分たちを懐かしく回想するのだが…というストーリー。
ソウルオリンピックを前に民主化の気運が高まる1980年代後半とその25年後を描いた韓国版に対し、ベトナム版は、ベトナム戦争終結を経て南北統一に至る1975年とアメリカとの融和が進む2000年が時代背景となっている。この2つの時代を選んだ理由についてグエン・クアン・ズン監督は「1975年はベトナムにとって全てが変わり始めた年であり、人々の貧富の差が逆転するような変化も起きた。そして2000年はベトナム経済が成長・発展を遂げて上向きになり、生活も落ち着いて過去を振り返れるようになった時期であり、両方とも重要な時代だ」と語っている。また、ホーチミンやハノイのような大都市ではなく中南部の高原地帯ダラットを舞台にした理由は「ダラットは涼しく景色も美しいため、撮影における体力の消耗も少なく、“若い頃の夢”をロマンチックに表現するのにも適していたから」とのことだった。

左からプロデューサーのヴー・クイン・ハー氏、主演のホン・アィン、監督
時代や地域、テーマ曲はアレンジされているものの、冒頭の起床・食事シーンといった細かなカット割りから登場人物の設定、ストーリーの流れに至るまで、本作は原作の韓国版に忠実に作られているといった印象だ。個人的に大きな違いを感じたのは主人公フォンの夫のキャラクターくらいだろうか。韓国版や日本版では、家庭に関心が薄く、義母の見舞いも金だけを妻に渡して済ます多忙なエリートビジネスマンとして登場するが、ベトナム版では自ら見舞いの品を用意し、妻や娘にも優しい言葉を掛ける家族思いのキャラクターである。「家族の絆が強い」「年長者を大事にする」「レディーファースト」といったベトナムの国民性が反映されている気がしたが、このような部分こそが、ベトナムにおける韓国コンテンツのリメイクをヒットさせているという見解もある。ベトナムでは『怪しい彼女』(2014)のリメイク版『ベトナムの怪しい彼女』(2015)が歴代映画興行ランキング1位を記録したのを皮切りに、『カンナさん大成功です!』(2006)のリメイク版も昨年に公開、本作が今年3月に公開されて歴代5位にランクインすると、『過速スキャンダル』(2008)と『猟奇的な彼女』(2001)のリメイク版も相次いで公開された。また1995年に韓国でブームを巻き起こしたドラマ『砂時計』も、現在両国の合作で映画化が進められているそうだ。情緒的に共通するところが多いといわれる韓国とベトナム。今後もどのような作品が生まれてくるのか楽しみである。
第31回東京国際映画祭
期間:2018年10月25日(木)~11月3日(土・祝)
会場:TOHOシネマズ六本木ヒルズ、EXシアター六本木、東京ミッドタウン日比谷ほか
公式サイト https://2018.tiff-jp.net/ja/
Writer's Note
加藤知恵。『サニー 永遠の仲間たち』は現在ハリウッド版も製作が進められているとのこと。短い期間に1つの作品を3ヶ国バージョンで鑑賞(韓国版はNetflixで再見)するのは個人的にも初めてで、とても興味深かったです。
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