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Review & Interview 『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』ビョン・ソンヒョン監督 ~ノワール映画への強い憧れが結実した、男と男の感情のドラマ

Text by Kachi
2018/5/2掲載



 韓国映画といえばノワール。韓流ブームに沸いた2000年代の日本で数多見られた「韓国式の恋愛映画」に取って代わったコリアン・ノワールは、その描写の容赦なさと過剰さで、今や韓国映画の代名詞的に使われるようになった。しかしジャンルとして盛り上がったぶん、最近はいくぶん粗製濫造の感も否めない。だから『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』を観たとき、衝撃と幸福感で全身がしびれた。「この映画がつまらないはずがない!」と確信するプロローグからタイトルバックまでのシークエンス。作り手の美意識が行き届いたカット。それでいて外見の耽美さでごまかさず、徹底的にドライな世界観。『新しき世界』や『アシュラ』といった名作群を一層濃密にさせた「男と男の関係劇」。ああ、こんな映画が観たかったのだ…!

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ビョン・ソンヒョン監督

 取材の場に現れたビョン・ソンヒョン監督は、本作の世界からそのまま出てきたかのようなやんちゃな“兄貴”だった。韓国のファンが作ったという、原題『不汗党』が艶やかに刺繍されたスカジャンに、ゆるくパーマのかかった金髪という出で立ちは、およそ私がこれまで取材した映画監督にはいなかったスタイルだ。実年齢も37歳と十分若いが、もっと年下といっても通用するだろう。一瞬ひるんだが、インタビューを始めてほどなく怖れは消えた。そしてよどみなく語られる、自作への熱意と実直さ、何より頭脳の明晰さに、すぐに好感を抱いた。

 「次の作品は骨太なノワール映画を撮りたいと決めていた」というビョン・ソンヒョン監督の長編第3作目は、王道のセクシー・ラブコメ『マイPSパートナー』から一転、漢が匂い立つ暗黒街を舞台にしている。「オセアン貿易」は、水産物を取り扱う巨大企業にして、裏社会に名を馳せる一大犯罪組織。会長のコ・ビョンチョル(イ・ギョンヨン)に可愛がられているジェホ(ソル・ギョング)は、服役中、ひときわイキの良い青年ヒョンス(イム・シワン)に出逢う。彼の度胸を見込んだジェホは、出所するとすぐに組織に合流させ、ヒョンスはジェホの右腕として才覚をふるっていく。だがヒョンスは、ある秘密を胸に抱いていた…。

 「脚本執筆当初からしっかりと決まっていた」という漁場でのプロローグでは、些細なやり取りから突如血なまぐさい応酬が展開され、観る者を作品世界へと力強く誘う。ここで交わされる世間話の中にある「罪の意識が武器を進化させた」という挿話が、大変興味深い。
「あのエピソードは、偶然思いついたんです。まだ本作がアウトローの映画になるのか全く分からない状態で、プロローグだけシナリオを書いて、その後を書く気にならなくなってしまったので一ヶ月休んでいました。執筆を再開したとき、ここで話している「罪の意識」が主題になると思い、続きを書き始めました。」
 『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』には、この「罪の意識」と「メロドラマ的な愛」が、あざなえる縄のようにしてジェホとヒョンスの運命に絡みついている。監督の作品へのこだわりは、よく練られたストーリーテリングと、積み上げられるエピソードやキャラクターへの綿密さに表れている。たとえば、ジェホがずっと野球のボールを手遊びのように壁や地面に当てている“一人キャッチボール”。ジェホはある理由から、どんな人間も信じることはない。表面上はカラリと明るいが、実は深い孤独に沈む男だ。この癖は「ジェホの寂しさを表現するための行為として、シナリオの段階から書いておいた」そうだが、ジェホのみならずヒョンスの心象を表す上で重要な鍵となる。

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 カットにも、監督のスタイルが徹底されている。絵コンテには入念な作り込みが見て取れるが、その分、制作上の苦労は尽きなかった。
「撮影現場でというよりも、計画を立てているときに悩みました。撮影監督や絵コンテ作家と意見が対立し、全く意見がまとまらなくて、結局は私の意見を通したのですが…。私はキャラクターの印象を決めつけてしまうような、派手で直接的な描写は避けて、観客には人間のドラマに集中してもらいたいと思っていたのです。でも、二人ははっきり分かりやすくさせたかったようですね。また、『きれいにまとめるためにはカットを追加した方がいい』と言われたシーンもありました。でも、私は絶対に追加したくなかったです。セリフについても、感情的過ぎる、逆にドライ過ぎるという指摘もあって、本当に何度も書き直しました。」
 監督の意向を通したことは、本作の品を格段に上げた。抑制されたシーンの余韻と予感は、むしろ観客のエモーションをかき立てる。だから本作は、何度も見直すごとに高鳴るのだ。

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 また、ジェホを演じたソル・ギョングにとって、この映画は大きな意義を持ったようだ。個人的には、金正日になりきってしまう落ち目の俳優に扮した『私の独裁者』でのソル・ギョングであることを忘れさせる長セリフと北の独裁者ぶりは、さすがと思ったのだが、彼自身はここ最近、興行収入に泣かされることが多かった。しかし、ソル・ギョングはやはり“ソル・ギョング”だ。かき上げたヘアーとダブルのスーツでキメた、これまでにない大人の色気が充満するジェホを演じ切ったことで、韓国ではファン層が拡大し、映画雑誌『MAX MOVIE』は一冊丸ごとソル・ギョング特集を組んだ。もちろん撮影中も、とびきりなナイスガイであったらしい。
「大先輩のソル・ギョングさんなので、最初は本当に緊張しました。でもソル・ギョングさんて演出に口を出すことはなく、こちらがお願いすると何でもしてくれるんです。現場では愚痴をこぼしたり、苦言を言ったりするんですけれども、それは彼なりのクセらしいんですね。撮っているうちに私のことを信じてくれているようでした。ある日、釜山で一緒にお酒を飲んだとき、酔ったソル・ギョングさんが『僕らは合うよね』と言ってくれたのが嬉しかったです。」
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 華麗な変身は、ヒョンスを演じたシワンにもいえる。反政府主義者の濡れ衣を着せられ、警察から苛烈な拷問を受ける被害者を演じた『弁護人』での、アイドルと思えぬ群を抜いた演技力と、役柄へのひたむきさが記憶に新しい。だが、初めてのノワール映画となる本作はまるで違った魅力を見せ、役者としてもう一段上のステージへ上がった感がある。
「ノワール映画というせいか、シワンさん自身の役作りでは、暗い感じのキャラクターになっていました。でも、成長期の少年だったヒョンスが次第に悪党になっていくという、多彩な幅を見せたかった。ヒョンスが初めから重く気取ったようだと、観客が距離感をおぼえてしまいます。そこでシワンさんに『序盤は明るいキャラクターでいこう』と大枠だけ示して、他はほとんど口出しをしていません。ただ、ある場面でヒョンスが泣きますが、実は事前には『まだ涙は流さないでほしい』とディレクションをしていました。あとでシワンさんに『悲しかったの?』と尋ねましたが、『そんな気持ちではなかったけど、涙が出てきた』そうです。それがとても悲しげで、当初の演出とは違いましたが使わざるを得ませんでしたね。」
 新世界を開いた二人の俳優がぶつかりあった本作は、ヒョンスに対するジェホの愛情が増すほどに罪悪感が深くなり、映画のトーンは破滅へと向かっていく。愛は常に優しく暖かなわけではない。時として間違った一線を踏み越えてしまうような、危うさと残酷さを孕んでいる。そして、そんな危険で間違ったものに惹かれてしまう瞬間が、生きていく中では訪れることがあるのだ。ジェホとヒョンスという二人の無骨な男二人による感情のドラマは、やがて愛のアンビバレンスへとたどり着くのである。

 次回作は選挙戦略家を主題にした政治映画だそうだ。シナリオも最終段階に入っているそうで、再び「関係性の物語」だそうだ。嬉しいことに、再びソル・ギョングとタッグを組んでくれるかもしれないという。もう、否が応でも期待が膨らんでしまう。尽きることを知らない才能は、またドキドキさせてくれることだろう。


『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』
 原題 불한당: 나쁜 놈들의 세상 英題 The Merciless 韓国公開 2017年
 監督 ビョン・ソンヒョン 出演 ソル・ギョング、イム・シワン、キム・ヒウォン、チョン・ヘジン、イ・ギョンヨン
 2018年5月5日(土・祝)より、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
 公式サイト http://norainu-movie.com/


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