Review 『MASTER マスター』 ~「ヴィラン(悪役)こそ映画の華」を再認識
Text by Kachi
2017/12/14掲載
巨大組織ワン・ネットワークは、チン・ヒョンピル会長(イ・ビョンホン)に対する会員たちのカルト的支持のもと、巨額な投資詐欺で急成長を遂げていた。知能犯罪捜査班の刑事キム・ジェミョン(カン・ドンウォン)は、プログラマーのジャングン(キム・ウビン)を抱き込みヒョンピルの逮捕を目指す。ところがすんでのところで裏をかかれ、ヒョンピルは逃亡。組織の裏切り者として命を狙われたジャングンは瀕死の重傷を負い、検挙の失敗でジェミョンはエリートコースから窓際部署へと追いやられてしまう。1年後、ジャングンとジェミョンはひょんなことで再会。ヒョンピルの不穏な動きを知った二人は再び、彼を追うのだった。

『MASTER マスター』は、2008年に発覚した韓国史上最悪の巨額詐欺事件「チョ・ヒパル詐欺事件」をベースにしている。2004年から4年間に渡り、架空のレンタル医療機器への投資を募り、被害額は4兆ウォンにも上ると言われている。2008年と言えば、リーマン・ショックが起こった年だ。世界同時不況の最中であり、韓国でもウォンが大幅に値を下げて通貨危機に陥っていた時期でもある。チョ・ヒパルが金融不安に前後して、庶民のささやかな夢につけ込み、暗躍したことを考えると、一層罪深く感じる。
劇中のチン・ヒョンピルは、元となった事件からは浮かび上がらない、悪人としての実像が魅力的に描かれている。ある時は誰もが信頼するカリスマ経営者。ある時はフィリピン英語を操り、スラム街の子供に食事を配る慈善家。容易く涙を流す一方、裏切り者はもちろん、自分自身を「抹殺する」ことすら厭わない。相手が求める人間像をふるまうこの男に、いかにして多くの人が騙されていったかが、真実味を持って観客に迫ってくる。
今回、カン・ドンウォンは「ジェミョンを演じるのがかなり難しかった」とインタビューで語っている。彼は『義兄弟 SECRET REUNION』『超能力者』『群盗』のように、自分の力ではどうすることもできない悲しい運命を背負った役の時が、一番胸に迫るものがある。それに比べてジェミョンは、人物の奥行きという点では若干の寂しさも否めない(だからこそ、左遷された時のカン・ドンウォンの表情が素晴らしい)。ここまで魅力の強い“悪”の前では、純粋善が個性を戦わせるのは難しいと改めて感じた。
だが後半、ヒョンピルと対峙することでジェミョンのキャラクターが尻上がりに立っていく。悪役が照り返しのように“善”を際立たせていったのだ。被害者が存在している限り、悪は現実世界で裁かれるべきである。同時に、こうして悪の魅力を存分に感じさせてもらえることこそ、フィクションの愉しみである。ヴィラン(悪役)こそ映画の華であることを再認識した作品であった。

今回、イ・ビョンホン、カン・ドンウォンといった俳優陣が相次いで来日し、日本公開を盛り上げてくれたのは、実に嬉しかった。特にカン・ドンウォンは『義兄弟 SECRET REUNION』以来7年ぶりの舞台挨拶であり、会場はファンの歓喜に沸いた。
もう一人の主演であるキム・ウビンの来日は叶わなかった。彼は5月に鼻咽頭がんの診断を受け、治療に専念しているところだと報じられている。劇中、ぼろぼろの身体からジャングンが生還し、ヒョンピルを追い詰めていくさまに胸を熱くして観ていた。キム・ウビンの復帰を心から待っている。
『MASTER マスター』
原題 마스터 英題 Master 韓国公開 2016年
監督 チョ・イソク 出演 イ・ビョンホン、カン・ドンウォン、キム・ウビン
2017年11月10日(金)より、全国上映中!
公式サイト http://master-movie.jp/
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