Review & Interview 『わたしたち』ユン・ガウン監督 ~大人になったはずの心を今も締め付けてくる作品
Text by mame
Photo by Kachi
2017/9/13掲載
ジャンケンで自分のチームのメンバーを順番に選んでゆくのはリーダー格の子だろうか。ソン(チェ・スイン)はじっと待っている。彼女の決して言葉に出さない、「でも選ばれたい」という気持ちが滲み出た緊張した面持ちを、カメラはずっと追い続ける。やがてその表情が落胆に変わり、とぼとぼと寄る辺なく歩き出す姿を見つめるうちに、いつしか自分も心細い思いをしたあの頃を思い出して、鼻の奥がツンとしてくる。クラスでうまく人間関係が築けない彼女を救ってあげたい思いに駆られるが、方法は大人になった今でもわからない。「ああすれば良かったのかな?」「どうしてそんな事をしてくるんだろう?」 級友の行動に眉をひそめたり、憤慨したり、戸惑いを隠せない自分は、見た目はすっかり大人でも、あの頃と少しも変わってはいないのだと気づかされる。大人になったはずの心を、今も締め付けてくる作品が『わたしたち』だ。

主役の二人、ジア(左)とソン(右)
苦い思い出を残して1学期が終わった日、長い夏休みが始まる日に、ソンは転校生のジア(ソル・ヘイン)と出会う。閉鎖的な学校空間が全てである小学生にとって、そこから解放された状態で知り合った友だちというのは特別だ。いつもとは違う自分になれたような、特別な気分を味わう事が出来る。それはジアにとっても同じだったのだろう。ふたりは瞬く間に仲良くなる。毎日を一緒に過ごすにつれ、お互いの家庭環境の違いも理解するが、そんな事はふたりの障害にはならない。問題が起こるのは、いつだってあの閉鎖的な空間に戻ってからだ。夏休み中、あんなに仲の良かったふたりが、ぎこちなくなってしまった理由を、ソンもうすうす気づいている。ジアは、何も言わなくても気づいてほしいと思っている。でも不器用なソンは、直接ジアに問いかける。それだけ、失いたくない友だちなのだ。ジアにとってもソンが、そうであって欲しいと願った。夏休みにケンカしてしまっても、なんとなくきっかけをつかんで、仲直り出来たふたりなのだから。招待制の誕生日会、仲良しの間だけで回されるお揃いのマニキュア…。小学生の、特に女子の世界はいつだって、周りに見せつけるのが目的のごとく残酷だ。

ソン(右)の弟ユン(左)はトリックスター的存在
父親と祖父の不和、級友に殴られていつも傷だらけな弟、ユン(カン・ミンジュン)。ソンの視点を通して、「わたしたち」の周りには、「わたしたち」とは違う世界がある事を、ソンはなんとなく理解してゆく。どんなに殴られても懲りないユンが発したある言葉をきっかけに、ソンは「わたしたち」の世界を変えるために、ジアと向き合おうと決心する。彼女たちがこれからもずっと友だちでいられるかどうかなんて誰にもわからない。でも、もう一度仲良くなりたいという気持ちが、ソンの中にあるのは確かなのだから。「嫌なら良いんだけど…」とおずおずと相手の顔色を窺ういつものソンとは違う、確固とした思いが彼女の心を奮い立たせる。ソンの瞳の奥に燃える熱い輝きに気づいた時、圧倒されたのは、見つめられたジアだけではないはずだ。
ユン・ガウン監督インタビュー
── 劇中、ソンがホウセンカでジアの爪を染める場面と、リーダー格のボラ(イ・ソヨン)たちがお揃いのマニキュアを見せ合う場面が対照的でした。染めた爪は時間が経たないと落ちない反面、マニキュアはすぐに落とせるという特徴を活かした演出かと思いましたが、どんな意図がありましたか?
私は映画の中のものに何か象徴的な意味を込めるのは苦手なんです。ホウセンカについては自分が小さい時によくやった遊びで、最近の子はやらないのですが、ちょっと古臭い感じや、友だちを慰めるために手先の器用なソンが思いつく事として似合っていると思い、入れました。ホウセンカを決めてから、対比としてボラたちのマニキュアを考えたのですが、出来上がってみると、思ったよりもディテールとして効果的に働いていると感じました。完成後には、「ホウセンカ=本当の友情、マニキュア=その場限りの友情」という感想もあったりして、観る側が私が考えた以上に良い解釈をしてくれたようです。

ユン・ガウン監督
── 長編作品は今回が初めてですが、これまでに影響を受けた作品、作るにあたって参考となった作品はありますか?
いつも「これは新しいな」と思った作品からは心を揺さぶられるほど衝撃を受け、影響を受けた作品も数え切れないくらいたくさんあります。撮影にあたっては、子供が出てくる作品をたくさん観たのですが、大人と子供が出る作品、または子供ひとりにフォーカスを当てた作品はあったものの、今回のように子供のみ集団で出てくるような作品は意外と少なく、これを参考にした、というものはありません。個人的に好きなのは、是枝裕和監督の作品や、ダルデンヌ兄弟の作品です。作品を作るにあたり、壁にぶつかった時は、彼らやケン・ローチ監督のインタビュー記事を読んで、俳優との接し方を学んだりしました。
── 企画に参加されたイ・チャンドン監督からは、どのような感想をもらいましたか?
イ・チャンドン監督とは、シナリオの段階でのみ一緒に作業をしたのですが、初期のシナリオは今とは全く違い、もっと大人の目線から子供を見たような、脚色の入った内容でした。2週間に一度ほど、シナリオを提出しては、具体的にどこが、というよりは全体の流れとして「なんだか嘘くさい、真実じゃないね」と言われて改良を重ね、6ヶ月程経った頃、「つまらないかもしれないけど、自分が子供の頃、実際に体験した話を題材にしよう」と今のシナリオを出したところ、OKが出ました。編集の段階でも何度か観ていただき、コメントを寄せて下さったのですが、完成後初めての試写の際に来て下さった時が一番緊張して、目も合わせられない程でした。監督はもともと弟子たちの事をめったに褒めないタイプなのですが、その時は「おつかれさま。君の映画だね」という感想をいただき、監督にとっては褒め言葉ではなかったかもしれませんが(笑)、まさにそれこそが自分の一番聞きたい言葉だったので、本当に嬉しかったです。映画が公開されてからも、「みんなが好きになるような映画になっていて嬉しい。映画館の中は静かだったけれど、おそらくこの先、熱い愛をもらえる作品になる」という感想をいただき、胸が熱くなりました。
『わたしたち』
原題 우리들 英題 The World of Us 韓国公開 2016年
監督 ユン・ガウン 出演 チェ・スイン、ソル・ヘイン、イ・ソヨン、カン・ミンジュン、チャン・ヘジン
2017年9月23日(土・祝)より、YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国順次ロードショー
公式サイト http://www.watashitachi-movie.com/
Writer's Profile
mame。「いじめがテーマ」と捉えられがちな本作だが、『わたしたち』には、劇中では語られない場面にも、「こうした考えがあっての行動だろうか」とそれぞれのキャラクターに思いを馳せてしまう瞬間がある。語り口は寡黙に見えるのに、いつまでも心に余韻を残すイ・チャンドン作品に通じる「余白の優しさ」を感じ、鑑賞後は懐かしい友だちとの日々を思い返していた。
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