Review 『新感染 ファイナル・エクスプレス』 ~ゾンビ映画の「澄み切った絶望」という救済
Text by Kachi
2017/8/27掲載
もしもあなたが今、日々の理不尽さに打ちひしがれているならば、迷わず『新感染 ファイナル・エクスプレス』を観ることをお勧めしたい。この映画の清新な絶望が、生きることに打ちひしがれた観客の心に寄り添ってくれるのだ。

『新感染』は、周到な脚本と綿密な伏線による映画だ。たとえば高校生のヨングク(チェ・ウシク)がサッカーではなく野球部員なのは、後に攻撃手段となるバットが身近だからだろうし、目が悪いというゾンビたちの弱点も、列車という乗り物の特性を考えればこそ活きてくるのである。
旧来の映画に登場するゾンビの多くは、頭を銃で撃つことで退治できた。この映画では、バットで殴ろうが高いところから落ちようが、しぶとく襲いかかってくる(韓国では欧米ほど銃が身近ではないことも、その理由なのかもしれない)。基本的には動きをくい止めるという手段しか、一般市民の登場人物たちは持っていない。『哭声/コクソン』のように死体を人外の力で操るようなゾンビもいる。『新感染』のゾンビは、ゾンビのキャラクターとしての造型はさほどグロテスクでもなく、発生源は曖昧にされている。
劇場公開にあたって来日したヨン・サンホ監督は、ゾンビ映画の本質を「愛した人が全く分からない何者かに姿を変えてしまう恐怖と、自分がゾンビになって、愛する人を襲うかもしれない恐怖」と話す。本作を観ると、愛する誰かを襲う恐怖に力点が置かれているところが興味深い。『アシュラ』のようなやくざ映画で、「呼兄呼弟(ホヒョンホジェ)」の契りを交わした兄貴と弟分とが、血の涙を流しながらしばき合う泣かせどころを容易に想起させる。さらに踏み込んで言えば、南北分断によってお互い同胞に銃口を向けなければならない業を背負い続ける、朝鮮半島の民に共通する恐怖なのかもしれない。こうした「加害者の恐怖」は本作のサブテーマであり、かつ湿っぽくもならず、ゾンビ映画の基本と調和している。
ゾンビ映画で観ていて最も興が削がれるのは、生き残る人物が、神としての作り手によって選別されていると感じる瞬間だ。つまり、警告を聞かない不届き者、性悪な輩が真っ先に餌食となり、真面目でおとなしい彼や彼女は危機一髪逃れていく、という風にである。しかしそれはある意味、因果律に行儀よく支配されたおとぎ話である。目に見えるものに対し、気配を感じた瞬間に容赦なく襲いかかってくる化け物たちが、どうして被害者を選り分けられるのだろう。真面目。実直。親切。そうした行動原理は、生き残るという局面では一切関係ない。あまりに無慈悲かもしれない。しかし、澄み切った無慈悲さにしか、救われない感情というものがこの世界には存在している。観る者の情緒にたたみかけながらも、ゾンビ映画ならではの非情さも持ちあわせているからこそ、本作は胸を撃つゾンビ映画に仕上がっているのだ。
『新感染 ファイナル・エクスプレス』
原題 부산행 英題 TRAIN TO BUSAN 韓国公開 2016年
監督 ヨン・サンホ 出演 コン・ユ、チョン・ユミ、マ・ドンソク、キム・スアン、キム・イソン、チェ・ウシク、アン・ソヒ
2017年9月1日(金)より、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
公式サイト http://shin-kansen.com/
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