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Interview 『きらめく拍手の音』イ=キル・ボラ監督 ~両親の聞こえないという部分を自分なりに読み解きたいのです

Text by Kachi
2017/5/28掲載



 耳の聞こえない両親への視線が優しく、何より主役の二人が実に魅力的だ。しかし、この作品は、家族の美談ばかりが映し取られているわけでも、そうした撮影対象の良さだけを頼みにしたドキュメンタリーでもない。ある少女が葛藤の中で成長し、カメラを手に表現者となる過程を、誠実に紡いだ記録でもあるのだ。両親の代わりに早くから大人の世界に直面せざるを得なかったコーダ(CODA, Children of Deaf Adults:ろうの親を持つ健聴の子)として、時に反発し、寄り添い、そして互いの世界を分かちあっていく姿に、最後は心を掴まれた。


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イ=キル・ボラ監督


── 監督の「イ=キル・ボラ」というお名前ですが、お父様(イ・サングク)とお母様(キル・ギョンヒ)の姓をそれぞれ取られたんですよね?

この映画の作業を通して、母と父、それぞれに関する話をたくさん聞きました。母と父の出会いがあって私がいることを改めて感じたので、両親の二つの名字を自然に使いました。また、韓国だと「イ・ボラ」は平凡な名前ですが、「イ=キル・ボラ」なら、韓国語で「この道を見ろ」になります。そういう意味ならいいなと、この名前で活動を続けています。

── 監督が「自分の両親は、他の人の父や母とは違うところがあるのかもしれない」と感じたのは何歳くらいですか? 何かきっかけがあったのでしょうか?

自然と知っていきました。たとえば、幼稚園での保護者対談に私も同席しなければいけないとか、そういう時に「私の両親は他の家とは違うのかな」と思いました。

── 手話について、監督と弟さんは自然と覚えたのですか?

私の場合、先に手話言語を習得して、次に音声言語を覚えました。弟の場合は、寝ている時に私が話しかけたりして、音声言語が先でした。コーダの場合、長子が先に手話を覚えて、二番目以降の子どもが音声言語を先に覚えるということがよく言われます。


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── 作品を撮るにあたって、コーダの方々と交流したりしましたか?

韓国ではコーダという存在があまり知られていませんので、この映画ができた後に、コーダの組織ができたんです。ですので、他のコーダに会ったこともなかったですし、コーダに関する本も映画も読んだり観たりすることがなかったんです。この作品を撮った時は、本当に無謀なことをしたわけです。

── 監督のおばあ様は手話ができないので、息子であるお父様の口の動きを見て発話を理解しているとのことでしたが、お父様とはどのようにコミュニケーションをとっていらしたのでしょう?

コミュニケーションはできなかったそうです。父の場合、(監督の叔父である)弟もろう者ですが、家族は誰も手話ができませんでした。ろう者がやがて結婚をし、生まれた子どもが手話を覚えるということになるのですが、私の父も母も、生まれた時に家族の中にろう者は自分だけだったので、意思の疎通といっても「ごはん食べた?」「お腹が空いた」「お金あげようか?」くらいしかできません。だから母は、子どもの頃本当にもどかしかったそうです。自分の言葉を誰も分かってくれないし、自分も家族の言っていることが分からないから。かなりのストレスで、髪の毛を全部抜いたり、土を食べたりという行動をしてしまったと、言っていました。手話という言語を覚える前のことです。9歳の時に初めて言語を覚えたという子どもの気持ちがどんなものだったのか、想像がつかないですよね。

── 映画の中のお二人はとても明るくチャーミングで、そんなもどかしい時期を過ごしていたなんて想像できません。

私も時々そう思います。今も、私と弟がいなかったら、両親の家族とは意思の疎通ができないんです。当時は祖母たちは田舎に住んでいて、韓国は国として大変な時期だったので、手話の存在自体も、それを教えてくれるところがあるというのも知らなかったそうです。今では手話ができる家族が増えたので、祖母も「私ももっと早く手話を覚えていたらよかった」と言っていました。

── 作品の内容について、環境音に感動しました。お父様が見ているシーンは無音で、ろう者の世界を表現しているのだと思いますが、一方、その傍らでコーヒーが入れられる音や、時計の秒針といった音も聞こえてきます。こうした繊細な音を、健聴者である自分が聞き逃して生活しているということに気づかされ、映画にある静かな美しさを感じました。こうした演出には、どのような意図があったのでしょうか?

あえて静かな音を強調しようとしたのではなく、音声言語を使っていない家に育っているから、そういった音は自然と込められたと言えますね。でも、映画を観ている人たちが、「聴覚障害を持つ人々の世界は何の音もしないのでは?」と思いがちでしょうが、「あ、思ったよりも音がたくさんあるんだな」と感じてくださったのではないでしょうか。


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── お父様は少し聞こえるのですか?

補聴器をつければ本当にかすかに「音というものがあるんだな」ぐらいになら聞こえると言ってました。音というのはたくさん聞くと「こういう周波数の時にはこの音なんだな」「音声言語の時はこういう音なんだな」と認識できるのですが、私の両親は音自体を聞いたことがないので、父は若干聞こえても「気分がよくない音だな」くらいに感じるだけみたいです。

── 監督はやがてご両親との葛藤があり、高校を退学し、旅に出て、その後ご両親の世界を受け入れていきます。具体的にはどういうことがあったのでしょうか?

両親と私の葛藤というよりも、私と世界の葛藤、家族と世界の葛藤があったといえます。いつも周りの人たちに変な目で見られるとか、差別をされるという壁にぶちあたったり。でも、常に両親には強固で完璧な、彼らの言語とろう文化があって、二人はそれを信じていました。ドキュメンタリーを私が撮ろうとした時、両親の世界は本当に美しくて幸せな世界なんだなと改めて感じました。

── この作品は、監督ご自身の中にあったことや、両親との関わりあいから自然に出てきたようですが、作品を撮られるにあたって何かご覧になったり、参考にしたりしましたか?

韓国の作品『マイ・プレイス』(2014年/パク・ムンチル監督)、家族に関するドキュメンタリー映画です。妊娠した妹を長男が撮りながら、家族の各自それぞれに居場所=マイ・プレイスがあるということを語っていて、人は自分が居るべき場所が必要なんだと教えてくれました。その映画の構成を参考にしました。本はマックス・ピカート「沈黙の世界」です。

── その本は、耳の聞こえない方々についての著書ですか?

というよりも、話す言語とは何かについての哲学書でした。

── 話す言語についての本を参考に、ろう者のご両親の映画を作られたというのが面白いですね。

私は言語学に関心があります。両親の聞こえない世界をそっくり経験することはできないので、両親の聞こえないという部分を自分なりに読み解きたいのです。

── 今おっしゃったことに少し関係しますが、今の世界は、違いを認めることに不寛容だと感じています。耳の聞こえないご両親という「自分とは違う世界」を分かりあっていく経験を映画にされた監督としては、不寛容さに対して、どうすれば打ち勝てると思いますか。

すべては「自分とは違う」という考え方を持つことです。そういう前提なら、最初から理解する必要がないですよね。当然そうあるべきだと思うのですが…。日本の状況は分かりませんが、特に韓国は「みんな同じでなければいけない」という考えが強いんです。みんなが勉強するから自分もしなければいけない。みんな大学に行くから自分も。みんな就職するから自分も。みんな結婚するから自分も…といったようにです。最初から「みんなそれぞれ違う」と思っていれば、自分の人生を自分なりに生きていけて、たくさんのことができますし、解決できるのですが、未だに障害者や人種差別、女性差別、マイノリティへの差別があって、事件や事故も起きています。他人を認めない、違う存在を認めないところから来ていると思っています。



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『きらめく拍手の音』
 原題 반짝이는 박수 소리 英題 Glittering Hands 韓国公開 2015年
 監督 イ=キル・ボラ 出演 イ・サングク、キル・ギョンヒ、イ=キル・ボラ、イ・グァンヒ
 2017年6月10日(土)より、ポレポレ東中野ほか全国順次公開
 公式サイト http://kirameku-hakusyu.com/


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