Review 『かぞくのくに』に見る北朝鮮の「人間」の姿
Text by Kachi
2012/8/9掲載
1959年から1984年までの間、在日コリアンを北朝鮮に移住させる事業、いわゆる「帰国事業」が行われていた。9万人にもなった帰国者には、北ではなく南の韓国が故郷の人や日本で生まれ育ったコリアン、そして彼らと結婚した日本人妻も多く含まれていた。当時の北朝鮮は、アメリカの影響を強く受けている軍事独裁政権の韓国よりも、ソ連の下で社会主義国として安定していたのだ。日本では差別と偏見で将来に希望を持てない。「主席」の恩恵を受けながら“地上の楽園”を作っていく「帰国事業」に、誰もが夢を抱いたとしても不思議ではない。

『かぞくのくに』は「帰国事業」で北朝鮮へと渡った兄・ソンホが、病気治療のため3ヶ月の滞在が許可され25年ぶりに日本の家族のもとへ帰って来るところから始まる。妹のリエら家族、友人が再会を喜ぶが、ソンホは無口であった。医師の診断の結果、良性の腫瘍だが経過を見るために3ヶ月では治療ができないと言われてしまう。母とリエは他の病院を探し、父は滞在の延長を申し出ようとする。しかし突然「明後日帰国せよ」との命令が下る…。
親元を離れて渡った国では目立つことも自分の意見を言うことも許されず、適応していくために兄は妥協し、感情を抑えて生きるしかなかった。たった一度激高したソンホが父に言い放った「分かるわけない」という一言には、25年という歳月が家族の間に生んだ溝を感じさせる。しかし『かぞくのくに』は、そんな痛みをはらみつつもあからさまな批判に終始することなく、北朝鮮に暮らす「集団」ではない「人間」の姿をきちんとすくい取る。象徴的なのは、北の監視人として帰国者に張り付いているヤン同志だ。厳しい目つきでソンホを見張る彼だが、「祖国」が禁じる「腐って病んだ資本主義社会」を、日本でこっそり味わっている。マスゲーム、軍事パレード、「将軍様万歳」といったキーワードでは語られなかったその姿にクスリとさせられるが、同時に私たちが北朝鮮に対する時に忘れていた大事なこと、「その国でどんな人間も我々同様に生きている」ことに気づかされる。
心に複雑なものを抱えて妹を思いやる兄・ソンホを井浦新が、ソンホとは対照的に感情豊かに生きる妹・リエを安藤サクラが好演。そして、自身も家族を題材にした『息もできない』で監督・主演をしたヤン・イクチュンが、厳しさと悲しさを眼差しにたたえた北の監視人ヤンにピタリとはまっている。
梁英姫(ヤン・ヨンヒ)監督には三人の兄がいるが、皆「帰国」している。三人の兄を投影したソンホが、監督の分身のリエにかけた「もっとわがままに生きろ」という言葉と、ラストでのリエの行動。政治的な問題を扱いながら「与えられた人生をどう精一杯生きるか」を考えさせてくれる作品である。
映画の公開にあわせ、梁監督の手記『兄―かぞくのくに』(小学館、2012年)が刊行された。そこでは映画の元となったエピソードも含めた「家族の話」が綴られている。赤裸々に語られた事実は切なく、読む者は言葉を失うが、映画をより深く味わうためにあわせて読んでもらいたい。
『かぞくのくに』
日本/英題 Our Homeland/2012年
監督 梁英姫(ヤン・ヨンヒ) 主演 井浦新、安藤サクラ、ヤン・イクチュン
2012年8月4日(土)より、テアトル新宿、109シネマズ川崎ほか全国順次ロードショー
公式サイト http://kazokunokuni.com/
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Reviewer's Profile
Kachi。1984年、東京生まれ。図書館勤務。イ・チャンドン監督の『オアシス』で韓国映画に目覚めました。
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