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Review & Interview 東京フィルメックス上映作『恋物語』イ・ヒョンジュ監督 ~マイノリティが歩む人生を見つめるような映画を作りたい

Text by Kachi
2017/1/10掲載



 東京フィルメックスで、『私たち』のティーチインの最中、流暢な韓国語でこう語った女性がいた。
「最近の韓国映画、特に商業映画では、メインとなっているのは成人男性で、女性や子どもは排除されているように感じていました。このような映画を作って下さってありがとうございます」
 確かに2016年の韓国を盛り上げた映画を見渡すと、ダブルヒロインが健闘した『お嬢さん』や、興行は不入りだったものの評論家から支持された『荊棘の秘密』を除けば、多くの作品は男性俳優が主役である。そんな中、第17回東京フィルメックスのコンペティション部門で上映されたイ・ヒョンジュ監督『恋物語』の主人公は二人の女性であった。

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『恋物語』の韓国版チラシ

 大学院でインスタレーションを学ぶユンジュ(イ・サンヒ)は、卒業制作の材料探しで訪れた古物回収商の店先で、ジス(リュ・ソニョン)に心を奪われる。その後二人は偶然再会し、ジスの手慣れたアプローチにユンジュがぎこちなく応え、関係が深まっていく。

 顔に降り注ぐ夕時の陽光に目を細めながら、ユンジュがジスを見初める冒頭のシークエンスだけでも、本作のデリケートな美しさを語るのに十分だ。大きな音を立てるようなドラマティックな始まりではないのに、静謐な空間にユンジュの胸の高鳴りが聞こえてくるようで、こちらまで息が上がる思いがする。

 ボーイッシュに見えて、実はとても臆病なユンジュを演じたのは、監督の前作『ごく普通の家族』(原題 バカンス/ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2015上映作)でも主演したイ・サンヒだ。繊細にうつろう彼女の表情からは、一瞬も目が離せない。積極的なジス役のリュ・ソニョンは、スクリーン越しに視線を送られてもときめいてしまうほど、はっとするような容姿だ。静と動が好一対となったキャスティングである。
「ユンジュ役のイ・サンヒさんは、私が通っていた学校の友人の短編映画に出演していて、作品の準備をしていた時に、こちらから声を掛けました。彼女の長所は、映画を画面として観ているうちに、いつしかそのことを忘れて、現実にそこにいるように感じさせる、映画的な顔立ちを持っていることです。短編『ごく普通の家族』はコメディであったため、そういう一面は入れられませんでしたが、今回は意識的に見せることができました。

 ジス役のリュ・ソニョンさんは、オーディションでイ・サンヒさんよりも先にキャスティングしていました。向かいあって座ると、人の心を掴むようなところがあって、実に魅力的な女性だと思いました。オーディションでも、思ったことを自信を持って話すなど、緊張もしていなかったです。そういうところがジスにあうと思いました。

 問題は、女性二人の作品なので、彼女たちの演技というより、ルックスの差でした。二人の友人のキャラクター造型にも関係するからです。でも、その後イ・サンヒさんが決まり、バランスが取れた形になりました」
 劇中のセリフによれば、ユンジュは32歳。筆者と同年齢だ。そろそろ自分がどういう人生を歩んでいくか決めなければならない年齢で、青臭く誰かに恋い焦がれてばかりいられない。だが、卒業制作に手がつかないほど、ユンジュはジスとの恋にのめり込んでしまう。
「劇中の配役と、二人の女優の実年齢は同じで、撮影当時のイ・サンヒさんが32歳、リュ・ソニョンさんが27歳です。ユンジュの方が年上であるのがいいと最初から思っていました。年上の方が経験豊富というのが普通ですが、この映画ではユンジュの方が色んなことに目覚めるのが遅かったという風にしたかったのです。『私はもう恋愛なんて関係ないんだ』『セックスなんてつまらないものなんだ』と決めていた矢先に恋が訪れる、という風にできたらいいと考えていました。ジスは年下ですが、相手をリードしていき、色んな冒険をするタイプ。でも、だからこそ傷ついたこともあるでしょう」
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イ・ヒョンジュ監督

 恋愛とはお互いの感情のバランスだが、ユンジュが自身の感情を抱えきれなくなるにつれ、ジスとの関係も次第に危うくなり、上手く気持ちが伝わらないもどかしさに苦しむ。また、ユンジュは友人に、ジスとの関係を打ち明ける。男友達は悪意のない驚きとともに受け入れるが、のちに意図せずユンジュを傷つけてしまう。一方で、「きわどい冗談も言いあえる気楽な仲だと思っていたユンジュが同性愛者だと知って、裏切られた気持ちになった」(イ・ヒョンジュ監督のティーチインより)ルームメイトの女性からは、手ひどく冷遇される。『恋物語』は、「自分の感情とつきあう難しさ」が主題でもある。
「同性愛という視点だけにこだわらず描写したいと思いました。ある人がある人と出会う状況は、どういうものなのかと考えた時、至極一般的なコンビニという場所にしました。もちろん、レズビアン・コミュニティとしてのバーなどで出会うことも頭にありましたが、普通の男女であれば、こういうところで出会うこともあるでしょうから。この二人だけが特別なんだ、と捉えられるのは避けたかったのです。自分の性的アイデンティティについて、身構えてカミングアウトしたわけではなく『まだはっきりしないけれど、自分のことがようやく分かった。女性が好きだというのが今の気持ちだ。あなたが親しいから話すんだ』という風に描きました。子供が美味しいものを食べて『ああ美味しい!』と言うみたいに。

 ただ、社会的には(同性愛のカミングアウトを受け入れるのは)難しいとされていますし、リアリティに基づくことが重要でしたので、(自然さを意識しつつも)あのようなシーンになりました。別のインタビューで、女優二人に対し『同性愛者を演じるのは難しくなかったか?』という質問があったのですが、『同性愛者を演じることが難しいのではない。それより、男性に置き換えるとかそういうことではなく、相手を好きだという表現をすることが大変だった』と答えていました」
 以前、アジアンクィア映画祭の共同代表である入美穂さんから、レズビアン映画の現状について「ポルノ・ムービーのイメージがつきやすく、商業映画のルートに乗りづらい」という懸念を伺ったことがある。ポルノグラフィーやコメディは、表現手段として重要だが、時に安易な方面に回収されてしまう。本作のベッドシーンは肌の露出こそ少ないが、服の擦れる音や、ユンジュに触れて生々しく崩れるジスの唇まで捉え、二人の性欲をむき出しに表現している。しかし、刺激的なワンシーンとして終わる危うさがないのは、セックスに至った内面が掘り下げられているからだ。カメラは二人の情事を抑制的に映していて、盛り上げるような音楽もない。
「とにかく自然にしたかったのです。二人にも気楽な気持ちで演じて欲しかったですし、誇張したくありませんでした。演技で見せているのではない自然な二人の形に私たちが付いていく、という感じですね。ベッドシーンは、後半にセットへ移動した際、まとめて撮りました。セットに移った初日の夜に最初のベッドシーン、2日目に昼のを撮りました。決まった絵コンテがあったわけではなく、まず二人に動線だけ説明し、一通り動いてもらい、手持ちカメラで方向などを変えつつ、3回か4回撮影しました。その後、足りないところを部分的に取り直しました。二つのシーンに分けたのは、酔った勢いでセックスをしたように見られたくなかったからです。一度そういう関係になりかけて、止めた。そして二人に考える時間を与えて、昼に恋が芽生えるということでスタートさせたいと思いました」
 映画でレズビアンについて伝えていくことは難しいはずだ。クィア映画であるのもさることながら、女性の権利が弱い韓国では、レズビアンはゲイ以上に生きづらく、より歓迎されない現実があるからだ。女性監督として映画を撮り続けるハードルも、男性以上に越えがたいものがある。何より映画にかかわること自体、今は困難な時代である。イ・ヒョンジュ監督の映画づくりへの情熱を支えているのは何か。
「もし学校(韓国映画アカデミー)の金銭的支援がなく、他から援助を受けて稼ぐ映画にしなければならなかったら、『恋物語』のように、キャスティングも撮影方法も自由な作品を作れなかったでしょう。韓国では女性の映画監督も少ないですし、作品を一本撮って、次回作に意欲があっても、なかなか選ばれずに待っている時間が、男性監督よりも長いと思うんです。大変残念で、私も『次はもう撮れないんじゃないか』と不安になる時があります。

 レズビアンについては、私たちも敏感に気づけるわけではなく、存在はしているのになかなか見えないから、知らないから差別してしまうのではないかと思います。当事者も、表に出てしまうと自分の人生が壊れてしまうのではないかと、行き過ぎた考えを持ってしまうのではないでしょうか。同性愛者だけでなく、マイナーな人々というのは韓国にたくさんいて、みんな同じように思っている気がします。そしてマイナーな人というのは、コメディのモチーフとして消費されがちです。そうではなく、マイナーな人たちがそれぞれ歩んでいる人生を見つめるような映画を、私は作っていきたいです」
 ユンジュを傷つける友人たちは、攻撃的なホモフォビアというわけではなく、無自覚なままに少数者の声を封じ込める多数派の人々だ。そうした無知ゆえの偏見や表面化しにくい差別、そして己の正しさを喧伝したいがためだけの多数派批判が、最近の社会には、よりはびこっていように、筆者は感じている。イ・ヒョンジュ監督がマジョリティの鈍感さに自らの「正義」を振りかざすこともせず、無知や無自覚に対して意識的だからこそ、『恋物語』は信じられる映画なのだ。

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イ・ヒョンジュ監督

 今回、東京フィルメックスのコンペ部門では2本の韓国映画が上映されたが、偶然にもこの2作品の英題は、『私たち』は『The World of Us』、『恋物語』は『Our Love Story』で、「私たち」という代名詞が共通して含まれている。この一人称が、パーソナルであり外へ開かれているように、たった一人の「私」と、この世界にいるたくさんの「私たち」が、これらの映画の中には見つけられる。もしイ・ヒョンジュ監督が手近な演出を選んでいたら、『恋物語』はきっと誰かの絵空事のラブ・ストーリーであっただろう。『私たち』が「子供とはこういうもの」という大人側のステレオタイプに陥っていたなら、子供たちは、観客の目にああまで魅力的に写っただろうか。嘘つきで強情で、大切な友達に「ごめんね」すら言えなかったあの日の「私たち」も、大人になっても愛の伝え方が下手な「私たち」も、確かにスクリーンの中にいたのだ。


第17回東京フィルメックス
 期間:2016年11月19日(土)~11月27日(日)
 会場:有楽町朝日ホールほか
 公式サイト http://filmex.net/

『恋物語』
 原題 연애담(恋愛談) 英題 Our Love Story 韓国公開 2016年
 監督 イ・ヒョンジュ 出演 イ・サンヒ、リュ・ソニョン
 公式サイト http://ourlovestory.modoo.at/
 第17回東京フィルメックス<東京フィルメックス・コンペティション>招待作
 日本劇場未公開


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