Report ソウルの映画館から ~『恋物語』との心ときめく出会い
Text by hebaragi
2017/1/9掲載
「一期一会」とは様々な場面で使われる言葉だが、映画もその例外ではない。公開される映画のほとんどがDVDで発売される日本映画には、後日見るという選択肢も残されているが、韓国映画は日本での劇場公開はもちろん、輸入盤を含めDVDの発売もされないものが少なくない。
2016年の年末、ソウルの映画館を訪れる機会があり、何本かの韓国映画を見た。その中でも『恋物語(原題 恋愛談)』は筆者に強い印象を残し、まさに一期一会を感じさせるものだった。

『恋物語』の韓国版チラシ
『恋物語』は、美大生ユンジュ(イ・サンヒ)と飲食店で働くジス(リュ・ソニョン)という二人の若い女性同士の恋愛がテーマ。ゴミ捨て場で何気なく出会った二人がコンビニで再会し、身分証明書を忘れてタバコを買えないジスの代わりにユンジュが買ってあげてから関係が少しずつ近づいていく。お互いにひかれていく二人の心理描写が細やか、かつ丁寧で、ストーリーがしっとりと心にしみていく。大事件が起こるわけではないが、何気ない会話や言葉を交わさなくても通い合う二人の心の交流の美しさに心惹かれる。とりわけ、二人の距離が接近してきても、どこかに戸惑いがある微妙な関係を反映した表情が秀逸だ。
ある日、ユンジュがボーイフレンドに自分とジスの関係をカミングアウトするシーンがある。ボーイフレンドは表面上理解を示すように見えたが、ユンジュは心穏やかではない。二人の愛情がこのままずっと続くかと思えたストーリーの中盤、母親が急死したため実家に帰るジス。ユンジュは、ジスに会えなくなった時間に堪えきれず、彼女に会いに行く。しかし…。ユンジュを迎えたジスはどことなく冷淡で、ジスの父親もどこか怪訝な表情でユンジュを迎える。このあたりから二人の関係が微妙に変化していく。そして、ジスが実家からソウルに戻り、二人は再会する。
再会後の二人の愛の行方は観客の想像力にゆだねられている。余談だが、本作では、二人の主人公がタバコを吸うシーンが多い。しかし、それも作品の演出上必然性が感じられるもので、違和感は全く感じられなかった。「心がときめく」という恋愛の本質を描いた秀作といえよう。本作は、全州国際映画祭の韓国コンペ部門で最優秀賞を受賞したほか、バンクーバー国際映画祭、サン・セバスチャン国際映画祭などで上映された。さらに2016年の東京フィルメックスでも好評を博し、韓国では11月からソウル市内のミニシアターで公開がスタートした。

監督トークショーの模様
筆者が本作を見たのはソウル随一のファッショナブルな街として知られる狎鷗亭(アックジョン)にあるミニシアターだが、約100席がほぼ満席。かつ女性比率高めの観客層だった。そして上映終了後は自然に拍手が起き、一人も席を立たず、隣の女性が涙ぐむなど、客席全体に感動の余韻が広がったと思っていたら、なんとこの日が上映最終日で、イ・ヒョンジュ監督のトークショーがあることが判明。監督の舞台挨拶のあと、質問コーナーでは10人を超える観客が手を挙げ、ひとつひとつの質問に丁寧に答える姿が印象的だった。
質疑の中で、ジス役の女優のキャスティングは声を重視して決めたなど、興味深い話も出て、本作の理解がより深まった。1時間にも及ぶトークのあと、監督は映画館の外で出待ちをしていた大勢のファンに囲まれ、気軽にサインやツーショットに応じるなど、気さくな面も見せてくれた。筆者も劇場前で少しだけ監督と話ができた。「日本から見に来た」と声をかけると「どこから来たんですか。ありがとうございます」と答え、「日本でも劇場公開されるとよいですね」と言うと「まだ決まってないんです」と応じた。本作が日本で公開されれば、韓国同様たくさんの観客を魅了することだろう。

イ・ヒョンジュ監督
滞在中は他にも映画を見た。とあるきっかけで、10年前に戻ることができる薬を手にした男性をとりまくストーリー『あなた、そこにいてくれますか』は、ユニークな設定が興味深いドラマ。『パンドラ』は、韓国を突然襲った大地震と原発事故がテーマであり、迫力あふれる映像に圧倒された。一方で、少しでも早く避難しようとマイカーで移動する住民で渋滞する様子や避難所の風景などは、東日本大震災を彷彿とさせるものだった。さらに為す術もなく苦悩する大統領や政治家たちの様子が描かれていたことも印象に残る。イ・ビョンホン扮する大物詐欺師とカン・ドンウォン扮する刑事の二人を中心にストーリーが展開するクライム・アクション『マスター』は、豪華キャストとテンポの良さが観客を魅了する作品だ。
ここ最近のソウルの映画館事情についてふれておきたい。韓国は日本同様シネコン全盛で、CGV、ロッテシネマ、メガボックスの3大チェーンが全国主要都市のターミナル駅周辺などに展開している。一方でミニシアターも存在しており、ソウルを中心にシネコンでは見られない韓国のアート系作品やヨーロッパ映画が上映されている。かつてはソウルの光化門に3つのミニシアターが軒を連ねていたが、ここ1年ほどで2館が閉館した。残念なニュースだが、そのかわりソウルでシネコンにミニシアターが併設されるようになったことは特筆すべきことといえる。筆者が『恋物語』を見たミニシアターも「CGV狎鷗亭」併設のミニシアター「アートハウス」であり、3スクリーンを擁し、熱心な映画ファンの注目を集めている。

韓国では『君の名は。』が1月より公開中
なお、映画館事情で以前から変わっていないのは、シネコンでのエンドロール開始と同時の場内点灯と観客早帰りであり、本編上映前に近日公開作品の予告編がなく商品のCMが流れることだ。エンドロール終了前まで室内灯を点灯せず、商品CMがなく予告編が流れるミニシアターとは好対照といえる。
『恋物語』
原題 연애담(恋愛談) 英題 Our Love Story 韓国公開 2016年
監督 イ・ヒョンジュ 出演 イ・サンヒ、リュ・ソニョン
公式サイト http://ourlovestory.modoo.at/
第17回東京フィルメックス<東京フィルメックス・コンペティション>招待作
日本劇場未公開
Writer's Note
hebaragi。ソウル滞在中は映画館にいる時間が圧倒的に長く、映画の幕間での食事処に悩むことも多い。今回は映画館近くの韓国料理店に初めて入り焼き肉を注文したところ、あまりのボリュームに驚いた。映画だけでなく、飲食店との一期一会も楽しみのひとつだ。
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