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Report 『弁護人』ソン・ガンホ来日記者会見&舞台挨拶 ~一流の俳優、高貴の人

Text by Kachi
2016/12/7掲載



 誰もがこの日を待ちわびていた。それが決して誇張ではないほどに、11月11日の日本外国人特派員協会の会見場はマスコミ関係者でひしめき合い、熱気が漂っていた。翌日の『弁護人』劇場公開を控え、主演を務めたソン・ガンホが来日記者会見を行なった。『グエムル -漢江の怪物-』以来、実に約10年ぶりだ。

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 『弁護人』は、2009年にこの世を去った、故・盧武鉉元大統領の弁護士時代にスポットを当て、1980年代の民主化勢力を弾圧した軍事独裁政権に、裁判を通して立ち向かった姿を描いている。食べることにも事欠いた貧しい青年時代から、金融弁護士として釜山法曹界で頭角を現し始めるあたりまでは、ソン・ガンホの真骨頂である「憎めない俗人」というキャラクターに魅せられるが、後半の法廷劇では、信念を持って闘い抜く弁護士として、骨太な演技力で物語を力強く牽引していく。韓国での劇場公開から2年以上経過しての日本公開であるが、ここ最近の韓国、日本、そして世界情勢の混迷は、皮肉にも本作の封切りに合わせたかのようである。さらについ先日、セウォル号事件の署名活動に参加したということで、朴槿恵政権が制作したとされる「青瓦台が検閲すべき文化人、芸術家9,473人」いわゆる「ブラックリスト」にパク・チャヌクらとともにソン・ガンホの名前も掲載されているとの報道があったばかりであった(政府はこのリストの存在自体を否定している)。

 予定時刻を少し過ぎ、ソン・ガンホと、本作のプロデューサーであるチェ・ジェウォン氏が姿を現した。

ソン・ガンホ:はじめまして、ソン・ガンホです(日本語)。10年ぶりに皆様にご挨拶できて、本当に光栄で嬉しく思っております。その間、どうして空白期間ができてしまったのか分からないのですけれども、今回、意味のある作品で皆様にご挨拶ができて格別な思いです。

チェ・ジェウォン:この『弁護人』は、数年前に韓国で公開されているわけですが、時間が経った今、こうして私が日本に来ましたのも、この作品に格別な愛情があるからです。そして、アメリカでトランプ大統領が誕生した時期にこの映画を上映していただいて、そして韓国と日本の国民の皆さんももう一度自分たちの生きている姿を振り返ってたくさんのことを考えられる、そんな意味のある映画だと思いますので、そういった考えを皆さんと共有したいと思いますし、その一助になると思います。

ソン・ガンホ:皆さんもご存じかと思いますが、韓国情勢は今混乱し、非常に残念な状況にあるのですが、この『弁護人』という作品は、今こそ、たくさんのことを提示できる時期ではないかと思います。それと併せて、最後は残念な形でお亡くなりになってしまった、盧武鉉元大統領の若い頃が描かれている作品です。若い時の、その人生に向き合う姿勢、身を粉にして献身する姿勢を改めて映画を通じて皆さんにご覧いただいて、韓国人に限らず日本の皆さん、中国の皆さんと共有できる映画でありますし、非常に意味のある作品だと思います。この映画を通して皆さんも私たちと同じ気持ちを感じ取っていただけると思います。


 ソン・ガンホが口にした「意味のある作品」という言葉。それをきっかけに二人からは、社会派の題材にたずさわった映画人ならではの言葉があった。チェ・プロデューサーが言及した、アメリカの次期大統領に選出されたドナルド・トランプ氏は、選挙戦では、女性や移民といったマイノリティへの攻撃的発言が目立った。保守的、孤立的とされるトランプ氏、そして韓国の現大統領の姿には、本作が舞台とした、政治が暴力的で愚かだった時代の指揮官たちが重なるようだ。

 韓国でも日本でもよく知られた実在の人物である盧武鉉氏を演じる上で意識したこと、弁護士役を初めて演じた苦労について聞かれると、ソン・ガンホは次のように答えた。

ソン・ガンホ:実は最初、オファーをいただいた時に「怖い」という気持ちになりました。残念な最後を迎えられてしまった、今は亡き盧武鉉元大統領のことを愛し、恋しく思う国民の皆さんが見守っているわけですし、ご家族の方もいらっしゃるので、その人生の一部をしっかり迷惑をかけずに上手く演じることができるだろうかと、俳優としての悩みがありました。でも至らなくても未熟でも、真心を込めて演技をすれば、皆さんと心を触れあわせることができると思い、勇気を出して演じました。


 ソン・ガンホが実在の歴史的人物を演じるのは、『王の運命(さだめ) ―歴史を変えた八日間―』に続いて2作目だ。しかし、故・盧武鉉元大統領については、韓国人ではない筆者にすら未だ鮮明な記憶が残っている。ソン・ガンホほどの名優の口から出た「勇気」という言葉に少し驚くとともに、本作に賭けた並々ならぬ決意に思いを馳せる。

ソン・ガンホ:今回演じたのは専門的な職業だったので、苦労はありました。法廷の用語もあり、台詞も膨大で大変でした。公判のシーンも全部で5回ありますが、それぞれが違ったリズム感を持ち、特色もありますので、それを立体的に生かすために、それぞれを差別化させて演じるということが難しく、悩みました。ですので、個人的にセットには何日か前に入って、そこで第1次公判から5次公判まで、一人で練習したのを覚えています。


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 質疑応答に入り、報道陣からは口々に演技についての賞賛を受ける。そのたび、「ありがとうございます!」と日本語で答えながら笑顔を見せる。その茶目っ気に、会場は幾度も笑いに包まれる。まずは、ここ数作のソン・ガンホの演技における「深み」について、長いキャリアの中で演技への態度や考え方へ変化があったか、という質問がされた。

ソン・ガンホ:私も自然と年を重ねているわけですが、その中で人生全体を見渡すような視点が出来てきます。人生には色々な時期、逃走している時期や、大きな声をあげて叫んでいるような時期などがあったりしますが、今は人生を見渡すような傾向にあるように思います。ですので(変化と言えば)、人生を見守って寄り添っているような自分の立ち位置ですね。

チェ・ジェウォン:少し付け加えさせていただくと、初めてソン・ガンホさんと一緒にお仕事をしたのが『殺人の追憶』だったのですが、本当に演技の上手い俳優さんだなあと思っていました。その後、いろんな映画に出演されて作品も重ねられ、月日も流れていく中で、今は映画全体を見渡せる視点をお持ちだと思います。自分一人のことを考えて演じるのではなく、共演されている俳優さんとの調和も考えて演技をされたり、映画の方向性をしっかりと提示してくださる俳優さんだと思います。本作に続いて、新作『密偵』でもご一緒しましたが、そのように感じました。作品を重ねるたびに年輪となって慕われていくような俳優さんだと思います。世界のどこに出しても恥ずかしくない俳優であると自負心を持っています。


 『弁護人』のヤン・ウソク監督は、本作が映画監督として初めてである。ソン・ガンホよりもキャリアが若い監督との作品づくりについて、質問が及ぶ。

ソン・ガンホ:驚いたことがありました。監督にお会いして、この映画の物語を、いつの時点で構想していたのか気になっていて、もし盧武鉉元大統領が亡くなった後に考えたとしたら、少しがっかりするなあと思っていました。ところが、監督はこの物語を構想したのは1990年代の序盤だとおっしゃるんですね。自分がいつか映画監督になったら、是非これを映画にしたいと思っていたと言ってくださり、大きな感動を覚えました。監督の中には、何か政治的な背景があったわけではなく、時代を描くだけでも感動が与えられると思っていらしたようです。


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 「後半の裁判シーンで、ソン・ガンホ演じる弁護人ソン・ウソクの論理的な問いかけが、理不尽に覆されるという繰り返しに、そうした理不尽を乗り越えて進んできた韓国の20年の民主化の歴史そのものが表わされていると感じた」という報道陣から、裁判シーンを支えていたソン・ガンホの迫力についての問いかけがあった。

ソン・ガンホ:第1次から第5次の裁判シーンは、本当にどう演じたらいいか何日も考えていました。そのせいで、あのシーンにおける感情やリズムが自然発生的に身についたのだと思います。今お話しくださった記者の方の発言の中に正解があったような気がするのですが、あのシーンにおける演技は、テクニカルな要素ではなかったと思います。あの時代はまさに、故・盧武鉉元大統領をはじめ、私も含めて多くの韓国人が望んでいた民主化への思いが込められていたと思います。そんな熱い思いが自然と出てきたのだと思います。また、裁判は同じような形で実際も行われていたそうで、故・盧武鉉元大統領も同じように無視されたり、ちょっと辛い目にあったりされたそうです。モハメド・アリのボクシングのシーンも台詞で言っていましたけれども、あのくだりも実際にお話しになったことを映画の中に取り入れたそうですが、ソン・ガンホという役者の気持ちもミキシングされていたように思います。


 韓国のマスコミからは、『弁護人』で描かれた韓国現代史をあまり理解していない日本人へ伝えたいこと、そしてやはり、件の「ブラックリスト」について質問がおよぶ。ソン・ガンホはやや苦笑いを浮かべながらも、おそらく彼が現時点で言える最も誠意ある答えを口にした。

ソン・ガンホ:ブラックリストについては、自分がリストに入ってしまったことによって、「国民に対して申し訳ない」と思う気持ちがやや薄れました。本作は、盧武鉉元大統領の政治哲学や政治家としての姿を語るための映画ではないと思います。軍事独裁政権による暗黒の時代を生きた、その姿を描こうとしているのだと思います。抱えきれないほどの圧力があった時代に一人の若者が真摯な気持ちで人生に向き合い、献身する姿が描かれていますので、その点が現代を生きる多くの人たちの気持ちをゆさぶったのではないかと思います。そしてまさにそういった点を描くことがこの映画の究極的な目標だったと思います。そしてそれが観客の皆さんにもしっかりと伝わったと思います。


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 司会者からは、韓国で封切られた新作映画『密偵』が750万人の観客を動員し、ソン・ガンホは韓国の俳優で初めて主演映画の累計観客数が1億人を突破したことが発表され、会場からは拍手が起こる。だが当のソン・ガンホ本人は、こう謙遜し声を出して笑う。

ソン・ガンホ:1億人という数字が出ているわけですが、俳優としてはお客さんのことを計算しながら作品を選んだり、遠慮したりということはしていないですよね。おそらく、ある記者の方が累計観客数を「(計算してみると)面白いんじゃないか?」と思って記録を探して、数字をまとめてくださったのだと思います。映画の宣伝を担当しているワーナー・ブラザースの広報チームも、うまくまとめて記事にしてくれたのではないかと思います。決して、私がこの数字をあげてくださいと言ったわけではありません(笑)。


 そして最後に、チェ氏から「プロデューサーだけが知るソン・ガンホの素晴らしさ」が語られ、会見は締めくくられた。

チェ・ジェウォン:映画は、監督、シナリオ、プロデューサー、俳優がいなければなりません。私以外の3つの要素が大事になってくるわけです。ソン・ガンホさんと長く作品を撮ってきて、今はとても親しい友人としてお会いする中で感じたのは、ソン・ガンホさんという俳優は、映画を作るという作業の中でその3つの要素の単なる一つではなくて、しっかりと映画を撮っていく上でのパートナーだなとよく感じています。『弁護人』の演出を務めたのが新人監督だったのですが、非常に感動的な作品を撮れたのも、主演俳優がどれほど見事な演技を見せてくれたかにかかってくると思います。今後『密偵』という映画をご覧になった時にもまた感じられると思いますが、日本との縁があまり良くない時代の物語ではあります。その中で淡々と、時に熱い表現で演じてくれています。日本の観客の皆さんに観ていただいても決して恥ずかしくない作品が出来あがったと思っています。その反面、ソン・ガンホさんはとても繊細な面があるんです。一般の方よりももっともっと感傷的になっているところもありますし、また見た目は骨太に見えるかもしれないのですが、誰もが鈍感に見落としてしまうようなところも敏感に反応される時があるんですね。ですので、緊張しながら世の中を見渡しているんだなと感じることが多いです。私としてはソン・ガンホさんがいない現場にいくと心も体も楽ですが、ソン・ガンホさんが現場に来るといきなり緊張してしまうことがよくあります。それからソン・ガンホさんは、日本のビールが大好きです!


 翌日の舞台挨拶は、満員のファンたちで沸きに沸いていた。登壇したソン・ガンホは、「韓国と日本は近い国ですが、文化も歴史も違います。でも、映画というのは本当に美しくて大きな役割を担っていると思います。映画を通して心が一つになって触れ合えたり、お互いを理解し合えたり、共有できたりするからです。そういう意味では、文化において映画というのは美しい、非常に大切な役割を担っていると思います。『弁護人』、あるいは他の韓国映画を通して皆さんは韓国のことを知って下さり、そして私たちは日本の映画を通して日本のことを知りたいです。そういうきっかけになってくれたら嬉しいです」と語りかけた。自身の作品だけでなく、すべての韓国映画への心配りが見えるその発言は、まさに国民的俳優というにふさわしい。

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初日舞台挨拶

 ソン・ガンホはスクリーンの中のソン・ガンホそのものであった。記者会見ではチャーミングさでその場を大いになごませ、舞台挨拶の日は、お客さんとのセルフィーにも笑顔で応じていた。一方で、役柄、作品の時代背景、そして韓国という国について語るときは、真摯で切実な眼差しに変わり、一言一言を大切に話しているという印象であった。セウォル号事故の後、ソン・ガンホは「遺族の方々の切実な願いを祈願して応援します」と、心の痛みを表明した。ブラックリストの件で述べた所感は、「自分が国民を思ってした行いで政府から睨まれたのなら、それで構わない」という意味だと、筆者は受け取った。一流の俳優である前に、人間としての高貴さを強く感じた。韓国にはソン・ガンホという俳優がいる。それが何とも羨ましい。


『弁護人』
 原題 변호인 英題 The Attorney 韓国公開 2013年
 監督 ヤン・ウソク 出演 ソン・ガンホ、オ・ダルス、キム・ヨンエ、クァク・トウォン、イム・シワン
 2016年11月12日(土)より、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー
 公式サイト http://www.bengonin.ayapro.ne.jp/


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