Review 『徳恵翁主(トッケオンジュ)』 ~歴史の波に翻弄された朝鮮王朝最後の皇女をソン・イェジンが熱演
Text by hebaragi
2016/11/30掲載
日韓の現代史については、学校で詳しく習った人は少ないのではないだろうか。筆者も大人になってから自分で調べて知識を得たものがほとんどだが、徳恵翁主(トッケオンジュ)についてもその例外ではない。大多数の日本人にとっても彼女の存在は知られていないに違いない。

日韓併合後の植民地支配の時代には様々な悲劇が起き、『族譜』(イム・グォンテク監督)などの映画でも描かれてきたが、本作品は朝鮮王朝最後の皇女・徳恵翁主をめぐる物語である。主演はソン・イェジン。彼女の2016年の公開作品としては『悪い奴は必ず死ぬ』『荊棘の秘密』に続く3作品目になる。遅い夏休み、ソウルの映画館で見てきた『徳恵翁主』は筆者に強烈な印象を残した。
映画のストーリーはこうだ。
徳恵翁主は、朝鮮王朝の皇帝・高宗(コジョン)の側室の子として生まれた。皇帝の5人目の子どもで、唯一の女の子であったため、特別な愛情を受けて育ったといわれる。しかし、わずか13歳のとき、その意に反して、着物を着させられて日本に強制留学させられる。故国への帰郷の思いを募らせる日々を送る徳恵翁主に、日本は、対馬の34代藩主の孫・宗武志との政略結婚を強いる。そして、日本が進めたいわゆる「内鮮一体」の目的のために広告塔的な役割を担わせられることになる。また、高宗の息子で日本に連れてこられた英親王を中国・上海に亡命させる企てに加担したり、独立運動に巻き込まれるなど数奇な運命をたどる。さらに、生母の死、娘の失踪など、波乱万丈の人生を送ることを余儀なくされる。
彼女をめぐる数々のエピソードの中で印象深かったのは、朝鮮人労働者の集会に出席させられ日本語で演説を強要された際、途中から原稿にない内容を朝鮮語で必死に語りかけていたところだ。「故郷の朝鮮を忘れず、希望を捨てないで」と。その後、帰郷の日を待ち望んでいた日々が終わり、ようやく1945年、日本の敗戦・解放の日がやってきた。彼女はいち早く韓国への帰国の船に乗ろうと下関港に向かうが、待っていたのは出国を認めない役人の冷たい仕打ちだった。解放された故国・韓国では、新しく民主共和国が樹立され、朝鮮王朝時代の皇女を受け入れなかったためだ。帰国できないショックのあまり、彼女は病を患い、日本の病院に長期入院を余儀なくされ、夫とは離婚することになる。徳恵翁主を帰国させる任務にあたった独立活動家キム・ジャンハン(パク・ヘイル)の尽力によりようやく帰国を果たしたのは日本に渡ってから37年目、50歳になった1962年のことだった。ソウルの金浦空港に降り立った彼女を出迎えた女官たちは、日本に強制留学させられた当時とは変わり果てた彼女の姿を目の当たりにし号泣する。ラストシーン、帰国後、ソウル市内の宮殿でひっそりと生活を送る彼女の姿が描かれ、エンドロールを迎える。
全編を通して、ホ・ジノ監督の演出が素晴らしく、悲劇の皇女の生涯が強い印象を残す。また、ソン・イェジンの表情も秀逸で、歴史に翻弄されて戸惑いを隠せない徳恵翁主を見事に演じていた。そして、高宗役のペク・ユンシク、徳恵翁主の側近の女官であり、唯一の友人であるボクスン役のラ・ミラン、そしてキム・ジャンハンの同僚で独立活動家ボクトン役のチョン・サンフンら共演陣の演技も秀逸で、重厚で奥行のある作品になった。そして、本作品には、日本人が二人登場していることも注目すべき点といえる。ひとりは徳恵翁主の異母兄の妻・李方子役として登場した戸田菜穂であり、ストーリー展開のうえで重要な役柄を演じる。もうひとりは、韓国KBS2TVの外国人女性によるトーク番組「美女たちのおしゃべり」への出演で知られるタレント・秋葉里枝であり、病院の看護師として登場する。
本作品には、植民地支配の時代の街並みやソン・イェジンらのコスチュームなど、見どころが盛りだくさん。また、独立活動家たちと日本軍の銃撃戦やアクションシーンは、映画のもう一つの見どころといえよう。徳恵の切ない表情や独立運動家たちの必死の表情を目の当たりにして、日韓の歴史を改めて見直さなくてはと思った。
主演のソン・イェジンは、この映画の台本を何度も読み返して泣き明かしたという。さらに、制作過程で資金難に陥った際、彼女が私財10億ウォンを出資して映画を完成させたとのことだ。それほどまでに、ソン・イェジンにとって徳恵翁主の人生は、強烈な歴史上の現実に思えたようだ。映画『徳恵翁主』は、歴史的事実と異なる誇張されたシーンが多いとの議論もあるが、実在の人物のドキュメンタリーとしてではなく、日韓の歴史を考えるためのひとつのきっかけとして、ぜひ多くの日本人に見てほしい作品である。
『徳恵翁主(トッケオンジュ)』
原題 덕혜옹주 英題 The Last Princess 韓国公開 2016年
監督 ホ・ジノ 出演 ソン・イェジン、パク・ヘイル
日本未公開作
公式サイト http://thelastprincess.modoo.at/
Writer's Note
hebaragi。ソン・イェジンの作品は『永遠の片想い』以来全てフォローしてきたが、『徳恵翁主』は彼女の新たな魅力が発揮された作品だ。センシティブな時代背景を扱ったテーマではあるが、ぜひ日本でも見られることを期待したい。
>>>>> 記事全リスト
- 関連記事
-
-
Review 『今、会いましょう。』 ~北朝鮮の人と共にいる韓国人の私 2019/08/12
-
Review 『毒戦 BELIEVER』 ~ハードでバイオレンスな中にある深み 2019/09/30
-
Review ドキュメンタリー『月に吹く風/Wind on the Moon』 ~『渚のふたり』イ・スンジュン監督が写し撮った、互いの存在を慈しむ盲ろうの娘と母 2014/11/19
-
Review 『ザ・キング』 ~歴史の暗躍者たち、その悪の年代記 2018/03/12
-
Review 『世宗大王 星を追う者たち』 ~コリアン・メロドラマの名匠、ホ・ジノの面目躍如 2020/08/30
-
スポンサーサイト
Report 『弁護人』ソン・ガンホ来日記者会見&舞台挨拶 ~一流の俳優、高貴の人 « ホーム
» Report 第11回札幌国際短編映画祭(SAPPORO SHORT FEST 2016) ~ショートフィルムならではの魅力あふれる作品との一期一会
コメントの投稿