Review 『かぞくのくに』 ~ふたつの国に翻弄された家族の哀しみ
Text by mame
2012/8/9掲載
「北朝鮮への帰還事業」と言われても、多くの日本人にはピンと来ないのではないだろうか。私たちがメディアで目にする北朝鮮は、あまりに謎が多く、滑稽なほど厳格な国だ。だがそんな国にも、在日として日本で育ちながら、「祖国」である北朝鮮に帰り生活する人々がいて、中には日本に家族を残したままの者もいる。

『かぞくのくに』は北朝鮮から25年ぶりに帰国した息子と、彼の帰りを待ちわびていた家族の再会を描いた物語だ。病気治療のため、25年ぶりに日本を訪れたソンホ(井浦新)は、自分の生まれ育った町が近づくにつれ、懐かしさに駆られて車を下り、自分の足で家に向かう。当時の面影を残した近所の商店街を歩きながら、彼はそっと胸の金日成バッジを外す。
映画は終始こうした静かなエピソードを積み重ね、淡々と家族の情況を映していく。家族で食卓を囲んだり、学生時代の仲間と同窓会をしたり、描かれるエピソードは「帰国」というより「帰郷」を感じさせる、ありふれた暖かいエピソードだ。だが、この帰国までに費やした長い年月、やっと実現した監視つきの滞在、そして突然の本国からの帰国命令。「近くて遠い国」である北朝鮮との距離は、直接的な関りのない私たちだけでなく、家族にとっても、その遠さは変わりないのだと思い知らされる。
最初はぎこちなかったソンホの表情は、昔の仲間に囲まれて本来の柔らかさを取り戻し始めるが、そこから誰にも語ることのできない深い悲しみが消えることはない。
「お前はもっとわがままに生きていいんだ」
ソンホは妹のリエ(安藤サクラ)に語りかける。家族のために自分の身を犠牲にしているソンホを思うと、リエは納得できず、両親や監視役のヤン同志(ヤン・イクチュン)に怒りをぶつける…。
在日コリアンである梁英姫(ヤン・ヨンヒ)監督は、今まで『Dear Pyongyang ─ ディア・ピョンヤン』『愛しきソナ』と自分の家族をテーマにドキュメンタリーを作ってきた。初のフィクションである『かぞくのくに』は、その集大成ともいえるだろう。「在日」が抱えるアイデンティティの悩みは、多くの映画で描かれてきたテーマだが、『かぞくのくに』は、そんな自身の存在意義を悩むことすら否定される、国家権力への憤り、日本と北朝鮮、ふたつの国に翻弄された家族の哀しみを、静かな演出で浮かび上がらせ、観る者の胸を打つ。離れて暮らす家族を思う気持ちは、国籍に関らず、私たちに共通する普遍的な思いなのだと気づかされた。
『かぞくのくに』
日本/英題 Our Homeland/2012年
監督 梁英姫(ヤン・ヨンヒ) 主演 井浦新、安藤サクラ、ヤン・イクチュン
2012年8月4日(土)より、テアトル新宿、109シネマズ川崎ほか全国順次ロードショー
公式サイト http://kazokunokuni.com/
公式facebook http://www.facebook.com/kazokunokuni
公式twitter http://twitter.com/kazokunokuni
Reviewer's Note
mame。1983年、岡山県生まれ。『かぞくのくに』に出演するヤン・イクチュンさん、運転手役の塩田貞治さんの姿は、シネマコリア配給作品『まぶしい一日』(2006年、韓国)でも観ることができます。この作品は先日インタビューさせていただいた杉野希妃さんのデビュー作でもあるのですが、杉野さんの役はなんと梁英姫監督の体験がベースとなっているとか。何とも不思議な縁を感じますね。
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