Review 『帰郷/鬼郷』 ~苦悩への共感により解放されていく被害少女たちの心
Text by 井上康子
2016/3/31掲載
コリアン・シネマ・ウィーク2012で上映された『合唱(原題 ドゥレソリ)』が好評を博したチョ・ジョンレ監督が、元慰安婦のための施設「ナヌムの家」で入所女性から話を聞き、その話を元にしたフィクションとしてシナリオも書いている。性暴行、虐待と重い画面が続くが、被害女性たちの強い絆に未来に続く希望を見せる。

韓国版チラシ
第二次世界大戦中の1943年、小さな村で日本軍に拉致されたジョンミンは他の少女たちと一緒に慰安所に送られる。少女たちの中で14歳の年少だったために「処女だ」という兵士の歓喜の声によってジョンミンは真っ先に餌食にされる。殴りつけ、軍刀を振り回しながら暴行し、少女を殺してしまう軍人もいる。地獄の日々の中で少女たちは互いを支えにして生きていく。そして1991年、家に侵入した男に暴行されたウンギョンは巫女の元で過ごすようになる。神秘的な力を持つようになったウンギョンは、巫女と親しい老女ヨンオクの心の傷について知っていく。過去と現在を交錯させ、ヨンオクが慰安婦時代に経験したある出来事にサスペンスタッチで迫っていき、観客を飽きさせない。
元慰安婦へのインタビューで構成されたドキュメンタリー映画『ナヌムの家』シリーズでは、多くの女性が慰安婦だったことを「恥」ととらえ、過去を隠して生活してきたことを語った。本作でも、1991年にキム・ハクスンさんが元慰安婦だと韓国で初めて名乗り出たことに関連させて、「名乗り出ることは恥」と考える社会の風潮とヨンオクの憤りを描いている。彼女たちの苦しみの果てしのなさには胸が痛くなる。
本作の韓国語タイトル『귀향(クィヒャン:“帰郷”の意)』には「鬼郷」と漢字が付記されている。作品の内容から「鬼」は「日本人」と連想しそうだが、「鬼」は「死霊」を指し、英語タイトル『Spirits' Homecoming』の通り「霊魂の帰郷」を意味している。ウンギョンはヨンオクを通して、帰郷を果たせなかった慰安婦少女たちの霊と交わる。ウンギョンに苦悩する霊が見えるのは彼女自身が理不尽な体験をしたために他ならない。人間としての尊厳を踏みにじられた過去と現在の少女が互いの苦悩を共有することで、解放されていく過程は圧巻だ。『合唱』の少女たちの歌声は素晴らしかったが、ウンギョンの祭祀の歌、挿入されるパンソリも力強く美しい。
作品中、日本敗戦時に弱っていた慰安婦たちが銃殺後に焼かれたのは、実際にあったとの証言がある出来事で、生き残った元慰安婦の描いた絵を見て、監督は何より衝撃を受けたという。ウンギョンが祭祀を行うと、焼かれた慰安婦たちだけでなく、慰安婦を殺した日本兵、慰安婦を助けようとした気の弱い日本兵、いずれも戦死し、帰郷できなかった霊魂たちが集まってくる。監督は霊の帰郷に強いこだわりを見せ、慰安婦の霊が無事に家に戻るまでも描いている。慰霊のための映画なのである。
『帰郷/鬼郷』
原題 귀향 英題 Spirits' Homecoming 韓国公開 2016年
監督 チョ・ジョンレ 出演 カン・ハナ、チェ・リ、ソン・スク、ペク・スリョン
日本未公開作
公式サイト http://hug-together.kr/
Writer's Note
井上康子。本作は監督が2002年にシナリオを書き上げて後、資金を集めて、上映までに14年間を要している。エンドクレジットには小さな文字でびっしり書かれた寄付者の名前が延々と映し出され、慰安婦問題に現在も多くの韓国人が心を痛めていることを改めて実感した。
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