Review 『ネコのお葬式』 ~ネコがくれた、さよならのための一日
Text by Kachi
2016/1/30掲載
悲しみや挫折を経なければ見つけられないものが、この世界には確かに存在していることを、生き物が教えてくれることがある。『ネコのお葬式』のドンフンとジェヒの人生に寄り添った一匹のネコは、悲しみと共に明日への希望も連れてきてくれたのだ。

インディーズ歌手のドンフン(カンイン)と、漫画家を目指すジェヒ(パク・セヨン)は、共通の友人の結婚式で出逢い、互いに惹かれあって同棲を始める。ふと家に入り込んで来た子ネコに、韓国語で「雲」を意味する「クルム」と名付け、穏やかな日々を過ごしていた。だが、やがてささいなことで気持ちがすれちがい、破局。1年後、ジェヒはドンフンから、引き取って育てていたクルムが死んだという知らせを受けて再会し、ドンフンの生まれ故郷に埋葬する旅に出る。
「考えれば私たち、無謀だった」とジェヒが振り返った、互いの夢にも愛にも未来があると信じて疑わずにいた「あの頃」と、劇中多くは語られないが様変わりした「今」を交互に見せつつ、ストーリーは進んでいく。展開がとりたてて目新しいわけでもない。いや、だからこそ、繊細なタッチで映し出されていく人生の苦みが、心にじんわりと染みわたる。
作品を支えたのは俳優陣だ。ドンフンを演じた、男性アイドルグループSUPER JUNIORのメンバー、カンインは、映画出演作が少ないが、周囲に勧められた演技のレッスンを断ったそうだ。だが、CDデビューの夢がなかなか叶わない焦りと、純粋であるがゆえに真っ直ぐに愛情を伝えられない不器用さを等身大に表現するには、それが功を奏していた。ジェヒ役のパク・セヨンは、天真爛漫にドンフンを思い続けた過去と、彼と別れ、変わってしまった現在とで多彩な表情を見せ、お金持ちのお嬢様に扮した『ファッションキング』の時とはまるで違う魅力を感じさせた。クルムを弔う旅路の道中、ペロッと舌を出してドンフンを小馬鹿にしてみせるシーンは、いたずらなネコのようで実に愛くるしい。
憧れていたこと。大切にしていたもの。たとえそれらを失っても、人生は続いていく。そして、暗い夜が来て一日が終わらなければ、新しい朝は訪れない。ドンフンとジェヒは、あの頃にちゃんと別れを告げることで、抱えていた後悔を癒やし、新しい幸福へと歩き出せるのだ。小さな命を終えたクルムが、ふたりの背中をそっと押してくれた。陽だまりのように優しい映画だった。
『ネコのお葬式』
原題 고양이 장례식 英題 Cat Funeral 韓国公開 2015年
監督 イ・ジョンフン 出演 カンイン(SUPER JUNIOR)、パク・セヨン、チョン・ギョウン
2016年2月13日(土)より、シネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次ロードショー
公式サイト http://catfuneral-movie.com/
Writer's Note
Kachi。ネコが好きでイヌも好きです。でもカメを飼っています。
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