Report コリアン・シネマ・ウィーク2015 ~家族、夫婦、青春…。普遍的テーマを多様に映し出す
Text by Kachi
2015/12/5掲載
去る10月23日より東京・四谷の駐日韓国文化院で、第28回東京国際映画祭提携企画「コリアン・シネマ・ウィーク2015」が開催された。2001年より東京国際映画祭協賛企画としてスタートし、15年目を迎える今年も日本劇場未公開作を含む6作品が上映された。
ウ・ムンギ監督『チョック王』。「チョック」とはサッカーとバレーボールをあわせたような球技で、マンソプ(アン・ジェホン)は軍隊でチャンピオンになる腕前だった。しかし、除隊後に復学すると、チョック部は廃部になっていた。女子は「チョックなんてださい」と眉をひそめ、男子もあえて手を出さない。何よりも旗振り役のマンソプ自身が(親近感のわくルックスであるが)お世辞にもイケメンではない。だが、無謀にもキャンパス・クィーンのアンナ(ファン・スンオン)に猛アタックしたかと思うと、元サッカーの花形選手でアンナと微妙な関係のカン・ミン(チョン・ウシク)をチョック対決で華麗にねじ伏せる。話題に事欠かないマンソプは一躍学内の有名人に。

『チョック王』
これまで観たことがある韓国のスポーツ映画とも、日本のスポ根ものとも違う。はずしをきかせたBGM、伏線の回収の仕方を見ても、本作は一筋縄ではいかない映画だ。それでも、就職難や不況といった、現代の韓国の若者が抱えている問題にも触れているところにメッセージ性を感じる。我が身を振り返ると、青春時代は万能感に満ちていて、すべて手に入るような気がしたが、現実はひとつどころか何も手に入らなかったりするものだ。マンソプは、先が見えなくても、ださくても、好きなことをやっている。その瞬間がもう二度と戻らないからだ。本作はそんなメッセージをさらりと盛り込むところに好もしさがある。
筆者はチョックにほとんどなじみがなかったが、足の縁(へり)で蹴るのがコツであるところを見ると、実は相当な身体能力が必要なのではないだろうか。脚を大きく振り上げるアクロバティックな動きは見ていてなかなか面白い。
チン・モヨン監督『あなた、その川を渡らないで(仮)』。夫チョ・ビョンマン98歳。妻カン・ゲヨル89歳。今も伝統的な韓服に身を包む二人の仲むつまじい姿を、季節の移ろいとともにつづったドキュメンタリー映画である。2014年に韓国で公開されると、480万人を動員した。

『あなた、その川を渡らないで(仮)』
夏は川べりで水を、秋はかき集めた落ち葉を互いにかけあう姿は、ティーチインで監督が語ったように「愛らしく、いたずら好き」で、魅力的な二人だ。何よりビョンマン氏は、妻に対してはもちろん、家族の誰に対しても権力を振りかざさない。98歳と89歳という年齢を考えると、夫婦は強固な男性優位社会の洗礼を受けて育っているはずである。そんな二人が見せた、極めて現代的な夫婦の愛の形に新鮮な驚きがあった。
脚本家ホン・ブヨンの同名小説を映画化した、キム・ドクス監督『お父さんをお貸しします』。テマン(キム・サンギョン)はソウル大出身という輝かしい経歴を持つが、10年前、事業に失敗。以来、美容院を一人で切り盛りする妻チス(ムン・ジョンヒ)に養われてだらだら日々過ごす、いわゆる「髪結いの亭主」。ついに、娘のアヨン(チェ・ダイン)はぐうたらな父親を中古バザーに出すという突拍子もないことを思いつく。だが、父親を早くに亡くした同級生男子が、意外にもテマンを気に入る。そして、前代未聞の「お父さんレンタル業」が開店する。

『お父さんをお貸しします』
子どものいたずらに大人が巻き込まれてあたふたとするも、おかげで普段見失っていた大切なことに気づくという筋書きは、日本でも今夏劇場公開された『犬どろぼう完全計画』を思わせる。『犬どろぼう完全計画』ほど、子どもの活躍が見られないのはやや肩すかしであったが、高齢化・住宅不足・学歴社会の功罪といった今日の社会問題も盛りだくさんに詰め込みながら手堅くまとめており、笑って泣けるホームコメディとして上出来だった。オナラで愛を確認し合うシーンは『傷だらけのふたり』を思い起こさせ、最高にくだらなくて微笑ましい。
ミン・ビョンフン監督『愛が勝つ』。他の作品同様に家族を題材にしているが、こちらは大変ヘビーな内容。スア(オ・ユジン)は成績優秀な高校生だが、過剰に教育熱心な母親(チェ・ジョンウォン)は彼女により高いレベルを目指すよう強いている。友人とも遊べず、息もつまる日々を送るスアは、自傷行為や窃盗などの問題行動を繰り返す。他方、医師である父(チャン・ヒョンソン)は、性的暴行疑惑で社会的信頼が失墜し、精神的に追い込まれている。3万ウォンのタクシー代を踏み倒した嫌疑をかけられ、潔白を訴える姿はほとんど狂気に満ちている。

『愛が勝つ』
劇中では、スアの親友ソウォンの家族が、スアの一家と対照的な家族として登場する。ソウォンは勉強が得意ではなく、父親はギャンブル三昧で、そんな夫に手を焼く母親。暮らし向きは楽でなさそうだが、それでも親子3人、家族の誕生日を祝う光景は穏やかだ。マイナスを抱えながらも寄り添い信頼しあうのが家族のあり方なら、完璧さを求めようとする家庭は、かえって歪み、もろく壊れてしまう。
時折、観る者の容易な解釈を拒むような観念的なカットが差し挟まれるが、それは母の心象風景であった。タイトルは、愛情のかけ方を間違えたスアの母への痛烈な皮肉なのかと思ったが、彼女を見つめる監督の視線に感じられたのは、罰するような厳しさよりも、暖かい憐れみだ。母の心こそがいびつで、もろかったのだ。
『許三観(ホ・サムグァン)』。『ローラーコースター!』に続く監督ハ・ジョンウの2作目は、中国の小説家、余華の代表的小説「許三観売血記」を原作にした、意外にもホームコメディドラマである。

『許三観(ホ・サムグァン)』
1953年の公州。ホ・サムグァン(ハ・ジョンウ)は、ポップコーン売りの美女オンナン(ハ・ジウォン)に一目惚れ。すでに恋人がいたオンナンだったが、サムグァンは彼女の父を言いくるめて強引に結婚。3人の息子にも恵まれる。ところが、サムグァンが特に可愛がっていた11歳の長男、イルラク(ナム・ダルム)が、オンナンの前の男の子供であることが発覚。家族に波乱が巻き起こる。
「血」が本作を観る上で重要なポイントである。劇中、サムグァンは病院で血液を売り、金銭を得ている。「血液事業の日韓比較、最大の相違点は「預血」か否か--特別講演より」(2002年/日本輸血学会)によれば、1950年に勃発した朝鮮戦争を機に、韓国にはアメリカ海軍によって血液銀行が導入され、以降1954年に国立の血液センター、1958年には韓国赤十字社内に血液センターが設置される。1975年に禁止されるまで、売血は一般的であったようだ。
実子でないと分かった瞬間、サムグァンがイルラクを冷たく突き放したように、何よりも家を守ること、血統主義を反映した描写が、そこかしこに見え隠れする。だが、「血」ゆえに親子の絆が危うくなるも、「血」によって再び家族になるのだ。
笑いを誘うための冗長なやりとりも多く、120分を超える上映時間はやや長すぎた感もあるが、後半、文字通り血の出るような思いで家族を守ろうとするハ・ジョンウの父性愛は真に迫るものがあった。子役たちの演技も秀逸だった。特に、イルラク役のナム・ダルム。「あざとい」と意地悪な視線を送る暇もなく、涙腺をガタガタにゆるめられてしまった。
コリアン・シネマ・ウィークといえば、最終日に上映された『国際市場で逢いましょう』が象徴しているように、安心して泣き、笑える王道ストーリーが売りの作品が近年は特に多かった。『あなた、その川を渡らないで(仮)』の上映中、笑いとすすり泣きが絶えなかったように、今年もその路線から大きく外れてはいない。一方で『愛が勝つ』のように芸術映画的色合いが強い作品を上映することは、結構な挑戦であったのではないか。また、各作品の主題は家族や夫婦、青春といった普遍的テーマでありながら、その描き方や、作品に込められたメッセージは実に多様だった。コリアン・シネマ・ウィーク作品の豊かさを改めて感じた6日間であった。
コリアン・シネマ・ウィーク2015
期間:2015年10月23日(金)~10月28日(水)
会場:韓国文化院ハンマダンホール
公式サイト http://www.koreanculture.jp/
Writer's Note
Kachi。『許三観(ホ・サムグァン)』でハ・ジョンウと互角な演技をみせてくれたナム・ダルムは、『群盗』でカン・ドンウォンの幼少時代を演じるなど、もうだいぶ顔の売れている子です。つぶらな瞳が往年の唐十郎さんに激似。
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