Review 『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』 ~前へ進もうとする者へのエール
Text by 加藤知恵
2015/1/21掲載
昨年末、韓国映画界の話題をさらった『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』が、間もなく公開される。ヒューマントラストシネマ渋谷で開催中の劇場発信型映画祭「未体験ゾーンの映画たち2015」で、2月10日(火)から2月20日(金)まで計7回上映予定だ。

『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』
昨年12月17日に授賞式が行われた第35回青龍映画賞にて、本作主演のチョン・ウヒが主演女優賞、イ・スジン監督が新人監督賞を受賞した。『鳴梁』(1,760万人動員)、『弁護人』(1,130万人)、『怪しい彼女』(860万人)をはじめ、数々の大作・話題作が候補に名を連ねた2014年の総決算の場において、この2つの賞をインディペンデント映画が受賞したことは異例とも言え、大きな注目が集まった。そして「小さな規模の映画で、有名でもない私がこんなに大きな賞をいただけるなんて」と感激の涙で声を詰まらせたチョン・ウヒも一躍時の人となった。
チョン・ウヒが演じたのは、中学時代に集団レイプ事件の被害に遭った少女ハン・ゴンジュである。高校生になったゴンジュは事件が公になったことで転校を余儀なくされ、逃げるように友人や家族から離れて見知らぬ土地で下宿生活を始める。周囲に心を閉ざし、物音やカメラに怯え、未だにトラウマに苦しめられる彼女に対し、両親をはじめ周りの大人たちの態度はあまりにも冷たく無神経だ。「私は何も悪くないのに…」冒頭から彼女の行き場のない苦しみが表現される。
本作のストーリーは、2004年に蜜陽(ミリャン)で起きた女子中学生集団性暴行事件をベースに脚色が加えられたものだ。同様に実際の暴行事件をテーマにして話題となった作品に『トガニ 幼き瞳の告発』がある。この作品は世論を動かし、事件の再調査や法改正までもが行われ、一種の社会現象になった。しかし本作のイ・スジン監督は「誰が被害者で誰が加害者かを問いただすことや、事件に再注目させることを目的にはしていない。ただ“諦めない”少女の話がしたかった」と語っている。
確かにゴンジュは強い。トラウマに襲われながらも、苦しみと悲しみを怒りに変えるたくましさと、傷ついた他人を思いやる優しさを失わない。そして大好きな音楽で自分を解放し、水泳を習い恐怖心を克服しようと努力する。ひたすらに前へ進もうとする彼女の健気な姿には、不思議と悲壮感も感じられない。そんな繊細ながらも芯の強い役どころを、チョン・ウヒが絶妙なバランスで演じている。
ゴンジュの人知れぬ怒りを無言で受け止め、唯一彼女の心を開いてやる存在が友人のウニ(チョン・インソン)だ。なかなか水泳の上達しないゴンジュに、さりげなく「力を抜けば浮けるのよ」とアドバイスする場面は特に胸に響く。暗く殺伐とした大人たちの姿とは対照的に、キラキラと光あふれる映像で映し出される少女たちの友情。そんな等身大のゴンジュを描く場面も見どころの1つだろう。しかし少しずつ明るさを取り戻しつつある彼女は、再び金と権力を振りかざす大人たちに傷つけられることになる。
授賞式の場で「今回の受賞は自分に対する“諦めるな”というエールだと捉え、今後も女優として自信を持って努力していきたい」と語ったチョン・ウヒ。彼女自身も2004年のデビュー以来、『母なる証明』や『サニー 永遠の仲間たち』に出演するも、知名度が上がらず苦労を重ねてきた。まさに彼女自身とゴンジュが重なり合って生まれたこのコメントは、多くの映画ファンの心を動かした。
絶望に追いやられたゴンジュは、果たしてどうなってしまうのか。ラストシーンは様々な解釈が可能だが、それでも私はゴンジュの強さと希望を感じずにいられない。衝撃的なテーマや“実話”という言葉につい身構えてしまう方にも、ぜひ一度違った視点から見ていただきたい作品である。
『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』
原題 한공주 英題 Han Gong-ju 韓国公開 2014年
監督 イ・スジン 出演 チョン・ウヒ、チョン・インソン、キム・ソヨン
「未体験ゾーンの映画たち2015」上映作として2月10日(火)よりヒューマントラストシネマ渋谷にて公開
開催要領 http://www.ttcg.jp/human_shibuya/topics/detail/34661
「未体験ゾーンの映画たち2015」は3月7日(土)よりシネ・リーブル梅田でも開催
開催要領 http://www.ttcg.jp/cinelibre_umeda/topics/detail/34264
Writer's Note
加藤知恵。邦題のサブタイトルは「17歳の涙」となっているが、これは韓国で一般に使われている「数え歳」の年齢だ。「満年齢」では、ゴンジュは高校生になったばかりの15歳もしくは16歳ということを補足しておきたい。
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