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Review & Report 『ふたつの祖国、ひとつの愛 ─イ・ジュンソプの妻─』 ~今なお生き続ける天才画家の思い

Text by 加藤知恵
2015/1/3掲載



 12月21日、ポレポレ東中野にて『ふたつの祖国、ひとつの愛 ─イ・ジュンソプの妻─』の酒井充子監督と、タレントのセイン・カミュ氏のトーク・イベントが行われた。

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酒井充子監督(左)、セイン・カミュ氏

 没後50年以上経った今も国内外で広く愛される、近代韓国を代表する国民画家イ・ジュンソプ。彼の妻、山本方子は日本人であり、93歳となる現在も東京の自宅で暮らしている。本作は、これまで日本と台湾との関係をテーマに撮り続けてきた酒井監督が、同じく日本による植民統治を経験した韓国に目を向け、方子とジュンソプという一組の夫婦の姿を通して日本と韓国の関係を見直そうと試みたドキュメンタリーである。

「私の愛する大事な大事なアゴリ、お元気でお会いできる日を楽しみにしていてください。」

 冒頭で流れるこのナレーションは、方子が離れて暮らす生前のジュンソプに宛てて送った手紙の一節だ。“アゴリ”とは、面長だったジュンソプのあだ名である。1916年、現在の北朝鮮に位置する元山に生まれた彼は、幼い頃から美術の才能を現わし、日本へ留学中の1940年に文化学院美術部の後輩である方子と出会う。

「当時はリーさんが3人いてね、だから“ちびリー”と“でかリー”と“あごリー”って。」

 笑みを浮かべながら回想する方子。運動や歌も得意だったジュンソプは、女子生徒の間で人気があったのだという。また日本では気軽に男女交際が行われていない時代、2人が腕を組んで歩いていたところを友人の母親に見られ、告げ口をされたと屈託なく語る彼女。重苦しい植民統治期のイメージに風穴をあけてくれるような清々しいエピソードである。

 そんな2人は第二次世界大戦が激化を極める1945年4月、方子が身の危険を挺して朝鮮へ渡り、ジュンソプの故郷元山で結婚式を挙げる。しかしこの激動の時代において、2人の結婚生活は決して幸せ一色とはいかなかった。

 朝鮮半島では1948年に南北政府が樹立し、1950年には朝鮮戦争が勃発。戦火に追われたジュンソプは、老いた母を北に残し、方子と息子2人を連れて南の釜山に避難する。その後も4人は転々と避難生活を余儀なくされ、貧困と疲労で方子と子供たちが病を患うと、方子は1952年6月に子供たちを連れて一時的に日本へ帰国する。その後にジュンソプと方子が送り交わした200通余りの手紙の一部が、本作で紹介されているのである。

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避難先の一つ、済州島にあるイ・ジュンソプ通り

 「わたしのかわいい大事な南徳(=方子の韓国名)君」「私の最高最大最美のよろこび、また限りなくやさしい最愛の人」常にそのような呼びかけで始まるジュンソプから方子への手紙には、必死ともいえるほどの溢れる思いが込められる。これには酒井監督とセイン氏も「恥ずかしくなるくらいに情熱的。夫婦という関係でありながら、これだけのラブレターを書けることがすごい」と若干の照れを見せつつも、「当時は手紙が気持ちを伝える唯一の手段であり、1通1通に全力で思いを込めざるを得ない状況でもあったのだろう」と壮絶な時代背景に思いを馳せた。

 また自身も幼い頃にレバノンでシリアとイスラエルの紛争を経験し、日本人の妻と国際結婚をしているセイン氏は「当時の記憶が心の傷にならなかったのは、父と母の愛に守られて育ったから。だからこそ離れ離れになったジュンソプ一家を思うと胸が痛む」と実体験を交えて語った。

 方子たちの帰国以降、寂しさと再会への希望を力に変えて創作に打ち込んだジュンソプ。民族情緒溢れる画風で家族や子供たち、そして自身を投影したともいえる牛などをテーマに描き続け、次々と代表作を残していく。

 しかし彼が最愛の家族と過ごすのは、1953年にかろうじて滞在が許された日本での一週間が最後となった。1955年にソウルで個展を開いた彼は、タバコの箱の銀紙に描いた作品を当局から春画だと判断され、撤収を命じられる。故郷を失い、家族とも離れ、追い求め続けてきた芸術にも絶望した彼は、経済的逼迫の中で心身に病を来たし、翌年に39歳の若さで亡くなってしまうのである。

 彼の死後、再婚もせずに女手一つで息子2人を育てあげた方子。本作には彼女が渡韓し、当時交流のあった友人や思い出の場所を訪れ、ジュンソプの絵を見ながら回顧する場面も収められる。悲しみと自責の念を消化しつくしたがゆえに、涙も見せず淡々と語る彼女だが、ふと物思いにふける瞬間、その表情には何ともいえない憂いが漂う。

 ジュンソプと方子の関係を「民族・時代・国籍に関係なく、ただ一緒にいたいからそばにいた2人」だと語る酒井監督。ただ祖国を愛し、家族を愛し、芸術を愛したイ・ジュンソプの純粋な思いは彼の作品にも現れている。「彼の絵から伝わるものを、小さな画面ではなく、ぜひスクリーンを通じて感じてほしい」と監督はトークを締めた。

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済州島「イ・ジュンソプ美術館」の石碑


『ふたつの祖国、ひとつの愛 ─イ・ジュンソプの妻─』
 監督 酒井充子 出演 山本方子、イ・ジュンソプ
 2014年12月13日(土)より、ポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー
 公式サイト http://u-picc.com/Joongseopswife/

Writer's Note
 加藤知恵。1951年に済州島で一年足らずの避難生活を送ったジュンソプ。彼の作品にはここで家族と過ごした思い出が描かれることも多く、済州島を愛した画家として知られている。西帰浦にある「イ・ジュンソプ美術館」には本作で紹介された手紙も展示されているので、興味のある方はぜひ訪れてほしい。


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