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Report & Interview 中国インディペンデント映画祭2013、チャン・リュル監督 ~詩的な映像と冷静な視線が、見る者の心を打つ芸術作品を生み出す

Text by Kachi
2014/1/4掲載



 その圧倒的な映像の力はキム・ギドクのようであり、抑制の効いた眼差しはイ・チャンドンを彷彿とさせる。キムチの行商で生計を立てる女性とその息子を中心に、下層庶民の力強い「生」を描いたチャン・リュル監督の『キムチを売る女』(2006:韓国公開年、以下同じ)には本当に衝撃を受けた。

 中国インディペンデント映画祭2013(11月30日~12月13日@オーディトリウム渋谷)は、日本はもちろん、検閲の厳しい中国ではほとんど劇場公開されない独立映画を紹介するイベントである。2年ぶりの開催となる今回、中国吉林省生まれの朝鮮族であるチャン・リュル(張律)が初の「監督特集」として取り上げられ、『豆満江』『重慶』『唐詩』の3本が紹介された。その他、2012年の東京国際映画祭で上映されたヤン・ジン(楊瑾)監督の中韓合作『ホメられないかも』など、ここでしか見ることのできない選りすぐりの総14本が一挙上映された。

 来日したチャン・リュル監督へのインタビューと、上映時に行われたQ&Aの内容を交えて、レポートをお届けする。

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『豆満江』

 『豆満江』(2011)。12歳のチャンホは、韓国に出稼ぎに行っている母を待ちながら、ろうあ者の姉スニと祖父の3人で、豆満江に沿った中国側の村で暮らしている。ある日、病気の妹のために食べ物を探しにきた北朝鮮の少年ジョンジンと出逢う。サッカーが上手いジョンジンと仲良くなったチャンホだったが、脱北者と村人の関係が悪化していくにつれて友情に亀裂が入り始める。

 中国の子ども達は、北朝鮮の少年達と屈託なくサッカーに興じ、チャンホの親友の父親は商店を営む傍ら脱北の手助けをしている。豆満江は中国と北朝鮮を分ける国境線なので、厳しい国境警備隊の目をかいくぐり、凍った河を渡ってくる北朝鮮の人々が多いのだ。だが作品の舞台となった村は「人数の増減はあるものの、断続的に脱北者が来ることで様々な問題に直面していた」と監督は語る。劇中でもチャンホの祖父が助けた脱北者が、チャンホと祖父の留守中、金正日を讃えるドキュメンタリーがテレビで流れ始めた途端パニックに陥り、スニを強姦してしまう。目を背けたくなる辛いシーンだが、監督はどんな思いで撮影したのだろうか。

「北朝鮮には、中国や韓国、日本のように24時間テレビ放送があるわけではない。一日数時間の放送の中、少ない番組を何回も見させられる。北朝鮮が嫌で命がけで逃げ出し、関係ない場所にやっと来られて安堵した時に、北朝鮮で繰り返し見させられていた番組に触れる。全く心の準備をしていない時にああいうことが起きると、おかしくなってしまうものだ。」

 そして、こんなエピソードを話してくれた。アジアフォーカス・福岡国際映画祭2007で上映された『風と砂の女(原題:境界)』をフランスで編集していた頃、休憩のためカフェに入った。しばらくそこで過ごしていると突然、中国の文化大革命の時によく流れていた曲が店内で流れた。文革で父が逮捕され、母と農村に下方させられた経験を持つ監督は、辛い記憶を呼び覚ます音楽に「何の心の準備もしていなかった。一体ここはどこなんだ?」とその場で発狂してしまいそうになったそうだ。

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Q&A時のチャン・リュル監督

 監督によれば、実際の村人達は「確かに脱北者が問題を起こすこともあるが、基本的には助けてあげたい」と話していたそうだ。そんな地元民の気持ちに加え、作り手の心理的な実体験が重ねられたこの場面は、被害者も加害者も弱者として描かれており、双方の心身をえぐられるような痛みが見る者に強く伝わってくる。

 作品終盤、子どもの頃に北朝鮮から中国へ渡って来たという老女が、豆満江の橋を渡り故郷へ帰っていく。一方、村ではチャンホ達に悲しい出来事が起きる。子どもの純粋さが引き起こした事件の顛末はあまりに残酷だ。だが絶望的なラストにもかかわらず、雪の降る豆満江に架かる橋は本当に美しく、清新な気持ちすら覚えたのだった。

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『重慶』

 『重慶』(2008)は、元々『イリ』(2008)とともに1本の作品として製作された。ちなみに『イリ』は、1977年に起きた韓国のイリ(現在はイクサン)駅での列車爆発事故で心身に傷を負った者を描いた作品で、アジアフォーカス 福岡国際映画祭2009で上映されている。

 中国の大都市のひとつ、重慶で留学生に中国語を教えるスー・ユンは、老父と二人でつましく暮らしている。彼女のアパート周辺には娼婦がたむろし、早くに妻を亡くした父は日常的に買春をしている。ある日、父が娼婦と逮捕されるが、地元警察のワン警官の計らいで事なきを得る。スーはワンと肉体関係を持ち、次第にセックスに取り憑かれたようになる。

 『キムチを売る女』にも売春婦が登場したが、客や元締めの男性達に徹底的に搾取されながらも、無邪気に息子と遊ぶあっけらかんとした姿には暗さを感じなかった。『キムチを売る女』で描かれたのが性における陽の部分なら、『重慶』はその陰部だ。監督によれば、当時の中国では、監督が住む北京の住宅街にも娼婦が立っていたり、重慶の公安局上層部が強姦事件で逮捕されたりと、日常に「性」が氾濫していたそうだ。上映時のQ&Aで監督は「自分にとって性とは本来美しく、愛情の延長線上にあるものだが、本作の性は全く美しくなく、その現実は避けられない」と話し、汚れた性そのもののワン警官を「もう精神が崩壊している」存在だとした。

 だが本作の主眼は、腐敗した公権力の揶揄でも、性の乱れに警鐘を鳴らすことでもない。ひそかにスーを慕う韓国人男性は、留学生仲間が催したダンスパーティーでスーから体を求められるが、イリでの爆発事故で男性器を失ったことを告白する。彼がパーティーで披露するダンスに、抑圧された欲望が現れているようで何とも卑わいだ。チャン・リュル監督のねらいは、老いも若きも男も女も、何があろうと性欲という存在から逃れることができない人間の姿を、ごまかすことなく真正面から描くことなのだ。

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『唐詩』

 『唐詩』(2005)は監督の長編デビュー作だ。主人公の男はかつてスリだったが、手のけいれんを発症した現在は、自宅のアパートに籠っている。日課といえば、掃除、植物への水やり、浴室で隣の老人に聞き耳を立てること、そしてテレビの唐詩講座を見ることだ。弟子で恋人の女性は何とか盗みの仕事をさせようとするが、男の日々は無為に過ぎていく。

 本作が全て室内で撮影されていることについて、監督は上映後のQ&Aで理由を明かした。撮影当時の2003年、北京の住宅に住んでいた監督は、ほぼ引きこもりの生活を送っていた。そしてその隣の部屋にも、この作品に出てくるような老人が独りで住んでいた。彼は穏やかな人だったが、あまり他人と関わらないでいるようだった。しかし、浴室に入ると聞こえる電話の声や、夜のすすり泣きを耳にするうち、老人への興味が湧いてきた。それと同時に中国国内でSARS(重症急性呼吸器症候群)が大流行し、外へ出られなくなった。そこで当初計画していた『豆満江』の製作を中断し、このように室内だけで撮影する作品に着手したのである。

 男の感情にもストーリーにも起伏はなく、ただ淡々と過ぎていく作品だが、ダンスをする女性にハッとさせられるなど、力のある映像のため退屈しない。Q&Aで監督は「室内だけでしか撮影できなかったから、単調にならないようにとショットを工夫した」と振り返った。ところで、チャン・リュル監督は小説家の経歴も持つ。小説を書いていたことは、独特な画づくりに影響しているのだろうか。

「映画と小説は、その脚本を書くという段階において似通っていると思われがちだが、全く違うもの。できるだけ小説家としての影響を受けずに映画を撮りたい。(どういう点が異なるのか?という追加の質問に対して)自分は学者ではないから正確に答えられないし、色々な意見があると思う。ひとつだけ言えることは、小説は物語が中心となるが、映画は必ずしも物語が中心ではない。映画は詩と似ている。」

 『キムチを売る女』『豆満江』『重慶』で感じた詩的な映像美は、文字通り詩への傾倒から生まれたものだった。その非凡な映画作りの才能が、すでにデビュー作に表れていたのだ。

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チャン・リュル監督(左)と中山大樹・映画祭代表(右)

 インタビューの終わりに一番気になっていたことを質問した。チャン・リュル監督の作品に登場する人物の多くは、理不尽で悲惨な目に遭う。しかし、虐げられた者達はどこか淡々としていて、何事もなかったように日々を過ごしている。監督も感情的な描写を避けているように感じるが、それは何故なのだろうか? チャン・リュル監督は「自分自身が冷静な性格だから」という理由に付け加えて、こう答えてくれた。

「作品で描かれている人達は、比較的社会の底辺にいる庶民で、非常に悲惨な経験や、暴力にさらされて生きている。辛い事がある度にいちいち爆発していたら生きていけない。私が実際に知っているそういう人達は皆、苦しみや悲しみを静かに受けいれて生きていた。ただ自分から見ると、そういう人達は抑圧された気持ちが蓄積されているのではないか。だから、いつか爆発してしまうのではないか?と思って見ている」。

 下層の人々が苦しむ姿を、監督は慰めるように見つめ、彼らの悲しみを静かに分かち合い、しぶとく生きる力強さを映しとる。作品に実体験が垣間見えるのは、在中三世で朝鮮族の映画監督という自身の人生にも苦難の歴史があるからだろう。だがチャン・リュル監督は、それを単なる自分の物語として矮小化することなく、詩情を感じる画作りと冷静な視点で描くからこそ、見る者の心を打つ芸術作品となり得るのだ。


中国インディペンデント映画祭2013
 期間:2013年11月30日(土)~12月13日(金)
 会場:オーディトリウム渋谷
 公式サイト http://cifft.net/

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Writer's Note
 Kachi。昼の『豆満江』上映前の挨拶で「この映画はとても寒いので、今日の東京は暖かくてよかった」と語ったチャン・リュル監督。しかし夕方は急に冷え込んだため、インタビュー開始直後の監督はくしゃみを連発。『豆満江』の舞台がご自身の故郷に近いとのことで「田舎で自分の噂をしてるのかも」と微笑まれました。


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