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Report 第14回東京フィルメックス ~キム・ドンホ、マフマルバフの映画人生と、映画祭の役割

Text by Kachi
2013/12/24掲載



 「ぜひ今回のフィルメックスで、インディペンデント映画にポジティブな影響を与えられるよう祈ってます。そして皆さんに忘れないでもらいたいのは、中国とイランの検閲問題です」。審査委員長を務めるモフセン・マフマルバフ監督は、東京フィルメックス(11月23日~12月1日@有楽町朝日ホールほか:以下、フィルメックス)の開会式で、そう挨拶した。

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開会式でのマフマルバフ監督(右から2人目)

 今年、審査員の一人であるイン・リャン監督が来日できなかった。フィルメックスでも上映された『私には言いたいことがある』の製作が原因で中国に帰ることができず、現在の居留地である香港の滞在期限も切れてしまう彼にはビザが発行できなかったのだ。短い挨拶の中には、自由に映画を作り、見ることができる世界を切に願う気持ちが込められていた。

 そんなマフマルバフ監督が、釜山国際映画祭(以下、BIFF)を創立したキム・ドンホ名誉執行委員長の日常を追ったドキュメンタリー『微笑み絶やさず』が、フィルメックス初日に上映された。上映後のQ&Aで監督は、ドンホ氏の素顔を作品のテーマにしたことについて、2つの理由を挙げた。

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『微笑み絶やさず』

 1つ目は「自分の生活はコントロールできるがコミュニケーションが下手。逆にコミュニケーション能力は高いが自分の生活はコントロールできない。そういう人が多い中、ドンホ氏は、高い能力で両方を兼ね備えている」と監督が指摘する、ドンホ氏の自己を律する力と、コミュニケーション能力のバランスだ。いつも早朝4時に目を覚ましてから運動をし、それから仕事に取りかかるという話は、10月に開催されたコリアン・シネマ・ウィークでのドンホ氏トークショーで聞いてはいたが、テレビを見ながらのストレッチやウォーキング、テニスに興じる姿を映像で目の当たりにすると、そのよどみない動きに改めて敬服する。マフマルバフは、息子のメイサムと朝からつきっきりでカメラを回したため、朝7時にドンホ氏が朝食をとる頃には二人とも疲労困憊だったと、笑って振り返った。

 『微笑み絶やさず』には、韓国内外の映画人、プロデューサーも綺羅星のごとく登場しては、ドンホ氏のエピソードが次々と語られ、彼が韓国映画の世界的躍進にどれだけ貢献してきたか、多大な功績がうかがい知れる。その一方、ある宴席では、ドンホ氏と乾杯した若い女性が、韓国の酒席での習慣にならい、横を向いて口元を隠そうとするのを制止してクロスハンド(コップを持った腕を交差させる)で互いの酒を飲み干したドンホ氏は、満足そうな笑顔を浮かべている。映画が作られるための重要なエンジンとして存在しているにも関わらず、質素な生活を送り、「世界の映画祭は酒で制覇したんだ」と軽妙に話す謙虚で穏やかな性格のドンホ氏は、常に尊敬を集め続けているのだ。

 普段のティーチインでは聞き役に徹するフィルメックスの林加奈子ディレクターも、「映画祭プロデューサーが、みんなドンホ氏のように気高く、克己心のある方だと思われては困る」とドンホ氏への敬意を口にする。彼女が川喜多記念映画文化財団に勤務していた頃から、BIFFのキム・ジソク プログラマーが日本映画の選定のため彼女の元を訪れていたり、フィルメックスを創設してからはドンホ氏と林氏は互いの映画祭を行き来するなど、深いつながりがあるからだ。またドンホ氏は、第7回東京フィルメックスで審査委員長も務めている。

 「唯一、自分とドンホさんに共通点があるとしたら早食いなところ。一緒に食事をした時、二人同時にあっという間に食べ終わったので、顔を見合わせて笑った」とは林氏の弁。また、「劇中、ドンホ氏と女優ジュリエット・ビノシュがダンスをしていたが、あの場に自分もいた。映画祭期間中のパーティーでゲストと踊るのは、映画祭ディレクターの宿命」と、プロデューサーならではの苦労話も披露。「自分のダンス相手は、イランのアミール・ナデリ監督だった」と話すと、会場から笑いが起きた。

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『微笑み絶やさず』Q&Aの模様

 マフマルバフが『微笑み絶やさず』を作った理由として2つ目に挙げたのは、作家主義の映画を世界へ発信し続けてきた映画祭プロデューサーへの感謝である。

 「アート映画は、映画祭がサポートしてくれることで世界へ出て行ける。しかし、サポートしてくれた映画祭についてはあまり映画にならない。作家性を重視する映画祭を続けてきてくれたドンホ氏、そしてフィルメックスの林加奈子ディレクターのような人がいなかったら、アート性の強いインディペンデント映画は死んでしまう。」

 マフマルバフが、こう口にするのは、監督の映画作りにおける困難な歩みと関係がある。イランのテヘラン出身である監督は、10代でイスラム主義に傾倒するが、当時の体制を倒すため地下活動に参加していた15歳の時に逮捕、4年半の獄中生活を余儀なくされた。1979年のイラン革命で出所し、作家や映画監督として活動を始めたが、文化イスラム指導省によるメディアへの検閲が厳しいイランでは思うように映画が撮れず、現在は家族とともに海外に活動拠点を置いている。中国のイン・リャン監督を思いやるのも、彼の才能を評価していると同時に、自身と重なるからなのだ。

 「BIFFがなかったら、商業映画以外の映画は韓国では作れなかった。」

 『微笑み絶やさず』で、笑顔を見せながらそう語るのはキム・ギドクだ。世界的な巨匠となった今も、アートフィルムの作り手としてプライドを持ち続ける原動力は、ドンホ氏がいたからこそであった。1962年の映画法制定以来、少しずつ姿を変えて存在した韓国における映画の検閲は、1996年に憲法裁判所で違憲と判断され、金大中政権下でその時代の終わりを迎えた。しかし従来型の制度はなくなったものの、検閲機関の後身とされる映像物等級委員会と映画人たちとの軋轢は今も続いている。

 『微笑み絶やさず』では、ヨーロッパの映画関係者から知られざる秘話が明かされた。

 「政府機関で検閲官を務めていたドンホ氏は、ある日出勤するとデスクの引き出しから韓国では上映できない作品のリストを取り出した。その中には、共産主義的プロパガンダが含まれる旧ソ連映画『戦艦ポチョムキン』も含まれていた。すると、“なぜこの作品が上映できないんだ?”と言いながら、リストに次々と線を引いていった。その2年後、韓国で検閲が廃止された。」(著者注:キム・ドンホは1993年から1995年まで公演倫理委員会委員長を務めていたので、その頃のエピソードと思われる。「公演倫理委員会」は現「映像物等級委員会」。劇場公開作品に18禁などレイティングを付与する機関。)

 マフマルバフは「キム・ドンホは検閲を検閲した人」と称賛する。

 本作は、単にキム・ドンホという人物を追い、事実だけを映したドキュメンタリーではない。ドンホ氏のことを語る人たちは、彼の「微笑み」そのままにみな笑顔であり、ドンホ氏について話したくて仕方がない様子が見て取れる。それは本作の製作動機を「人生の師匠(=キム・ドンホ)を皆と共有したかった」と語るマフマルバフ監督も同じだ。ドンホ氏が映画とともに歩んで来た歴史が、記録よりも多くの映画関係者の記憶として表現される。「BIFFは人々の映画祭」という劇中の言葉は、彼が人々と映画祭を作り上げ、成功させてきた証なのだ。

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フィルメックスのポスター

 『微笑み絶やさず』は、いかにお金をかけずに作り手の意志を込めて映画を撮るか、というモデルにもなっている。昨年フィルメックスで披露された『庭師』も同様だったが、マフマルバフ本人と息子でビデオカメラを回す手法のため、費用はほとんどかかっていないそうだ。もはやマフマルバフは押しも押されもせぬ著名な映画監督だが、「これは自分の訓練になってる」と語る。

 フィルメックスがベルリン国際映画祭と提携して行っている人材育成事業「タレント・キャンパス・トーキョー」は、そんなマフマルバフ監督の思いに呼応するような企画だ。フィルメックス開催中に映画製作を志す若者が集結し、プレゼンテーション実習やグループ・ディスカッションなど行い、最終日の公開プレゼンで、国際共同製作に関心のあるプロデューサーや配給会社へアピールするのだ。日本、韓国、フィリピン、中国、タイやインドネシアなど、様々な国のプレゼンターが参加していたが、民族的アイデンティティなど、作り手の問題意識と気概を感じる作品が多かった。若い才能を育てようという試みだが、政治的理由で自分の国では映画製作ができない、作品として残せないなど、映画の作り手としてこれ以上ない苦しみを負わせてはならないという、フィルメックスの強い意思が感じられる。

 キム・ドンホ氏がBIFF執行委員長を退いた年、韓国の映画雑誌『シネ21』が彼の特集を組んだ(No.772 2010年9月28日~10月5日号)。イム・グォンテク監督やイ・チャンドン監督、北野武監督、アン・ソンギ、カン・スヨン等からコメントが寄せられているほか、パク・チャヌク監督によるドンホ氏インタビューが掲載されている。BIFF発足当初、規定上は映画祭の作品も上映前に審査を受けなければならなかったが、あの手この手で時間を稼ぎ、少しでも多くの作品を上映しようとした。審議に反して上映してしまえば告発されただろうが、ドンホ氏は「執行委員長が責任を負えばよいと考えました」と語る。そのことをパク監督は「本当に感激でした。我が国で映画祭という解放区ができたからです」と讃えている。

 この「解放区」という言葉を、開会式やQ&Aでのマフマルバフ監督の話、イン・リャン監督の問題、そしてタレント・キャンパス・トーキョーといったフィルメックスでの取材中に何度も思い出した。世界中の作家主義映画やインディペンデント作品を紹介し続けているだけでなく、その担い手を育てていこうとしているフィルメックスは、まさに日本における映画の「解放区」と言えるだろう。


第14回東京フィルメックス
 期間:2013年11月23日(土・祝)~12月1日(日)
 会場:有楽町朝日ホールほか
 公式サイト http://filmex.net/

Writer's Note
 Kachi。ドンホ氏が一日の予定を精力的にこなす気力と体力には、本当に圧倒されました。彼の半分以下の年齢で怠惰な生活を送っているにも関わらず、「疲れた」「眠い」が口癖の筆者は、猛省を促されたのでした。


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