Report フォーカス・オン・アジア&ワークショップ ~『セーフ』主演女優イ・ミンジに大器の片鱗を見た!
Text by Kachi
2013/12/1掲載
ショートショートフィルムフェスティバル&アジアが手がける「フォーカス・オン・アジア&ワークショップ」が、10月24日から27日まで開催された。このイベントは東京国際映画祭提携企画として始まり、今年で4回目を数える。24日にはスペシャルプログラム「アジア発短編から世界へ」と題して、韓国映画初のカンヌ国際映画祭短編部門パルムドール受賞作『セーフ』のほか、大川五月監督『京太の放課後』、佐々木想監督『隕石とインポテンツ』、森岡龍監督『Nostalgic Woods』が上映され、監督によるトークイベントが催された。『セーフ』のムン・ビョンゴン監督は直前に来日キャンセルとなったが、代わりに主演女優のイ・ミンジさんが来場しトークにも参加された。

短編『セーフ』
『セーフ』の主人公ミンジ(イ・ミンジ)は、ギャンブルの違法な景品交換所でアルバイトをしている訳ありの女子大生。借金返済のため日々客の金をくすねている。高収入につられて危険な仕事に手を出す若者、ギャンブル中毒者など、社会的な題材も盛り込まれるが、それ以上に本作は、ミンジがバイトの上司に借金をしている理由などの説明を極力省いたことで、画面が感覚に訴える力が強くなっている。地下駐車場のようなところに建つ交換所の灰色のコンクリート、お札を数えるカウンターの機械音といった無機質な演出は、後の展開とあいまってスリルをかき立てる。「殺人でも起きない限り警察は来ない」と上司がうそぶくほど「安全」、つまり「セーフ」な交換所で起きた事の顛末は、ブラックコメディのようでもあった。

高校までは水泳選手だったミンジさん
主演のイ・ミンジは、水原(スウォン)大学演劇映画学部在学中に先輩から出演を頼まれたことがきっかけで映画に出るようになり、以来、短編を中心に多くのインディペンデント映画で活躍している。特に『私のオオカミ少年』のチョ・ソンヒ監督が韓国映画アカデミー卒業作品として制作した長編『獣の最後/짐승의 끝』(2011年韓国公開、パク・ヘイルと共演)は、バンクーバー国際映画祭、ロッテルダム国際映画祭など海外で高い評価を受けた。また、ヴェネチア国際映画祭で最優秀短編賞にあたる「オリゾンティYOUTUBE賞」を獲得した『招待/초대』(2011)は、昨年のフォーカス・オン・アジアでも『葬式』のタイトルで上映されている。そして、今年『セーフ』がカンヌ国際映画祭で短編部門パルムドール(最高賞)を受賞したことによって「ショートフィルム界のチョン・ドヨン」として注目すべき若手女優の一人に躍り出た。
来日できなかったムン・ビョンゴン監督に、後日メールでインタビューを行った。イ・ミンジの起用について監督は、演技の上手さを挙げるとともにこんなことを言った。「彼女は優しくて無邪気な印象だが、見ようによってはずるい役もできるような二面性を持っている」。確かに実際の彼女は、素朴な可愛らしさが魅力の女性。そんな素顔に反し、『葬式』では不倫相手の葬式で奥さんと静かに対峙する難しい役柄を、実に自然に演じていた。『セーフ』は「本当にこういうバイトをしていると思って演じて欲しいと監督に言われたし、役名も本名と同じだったので」と、特に役を作っていないそうだが、金額をごまかしていることを客に咎められてもふてぶてしく言い返す女子大生になりきった。

トークの模様、右から2番目がイ・ミンジさん
日本人監督3人とイ・ミンジのトークイベントでは、『セーフ』で金庫の中に入る場面について質問が及んだ。「あれは本物なんです」という彼女の一言に、一斉にどよめく会場。だがムン監督は、本物の金庫を使った演出の理由を「小さい作り物の金庫では、女の子が入らないので」とさらりと答えた。そんな関係を見て、コリアン・シネマ・ウィークで聞いたイ・チャンドン監督とムン・ソリのエピソードを思い出した(TOKYO FILMeX「コリアン・シネマ・ウィーク2013/イ・チャンドン監督トークショー」)。「自分はそこまで要求していない」というイ監督の言葉に反し、監督の作品に出演した俳優は一様に、自分たちがいかに追いつめられて演じたかをインタビューなどで話す。特に『オアシス』で脳性マヒの女性を演じたムン・ソリは「監督に怒りすらおぼえた」そうだ。イ・ミンジも、撮影とはいえ本物の金庫に閉じ込められる恐怖に、カットの声を聞くや否や「監督!開けて下さい!」と叫んだと、苦笑いしつつ語った。演技者を極限まで追い込む監督、そんな監督の情熱から逃げることなく演技に没頭したイ・ミンジの二人に、大器の片鱗を見た。
先日、東京国際映画祭でキム・ギドクがプロデュースした『レッド・ファミリー』が観客賞を受賞したが、ギドクは、イ・ジュヒョン監督を起用した理由を「彼が作った短編アニメーションを見て、人間の苦痛と、生きていくことへの暖かい視線を感じたから」と語った。また、今秋話題を呼んだ『Venezia 70 - Future Reloaded』は、今年70周年を迎えるヴェネチア国際映画祭の記念プロジェクトで、キム・ギドク、ホン・サンス、園子温、ベルナルド・ベルトルッチら巨匠70名の超短編を集めて一本の作品として披露された。数々の名作を生み出した監督たちも、ショートフィルムという映画の原点に立ち返ろうしているのかもしれない。
新進気鋭の監督・俳優の活躍の場として、そういった人材の発掘の場として、そして巨匠たちが自由に創作できる場として、ショートフィルムの果たす役割は大きい。トークではアジア短編映画界を牽引する若い4人のクリエイターから「世界では短編映画が身近な存在である」ことが語られた。日本でも、もっとショートフィルムを見る機会が増えることに期待したい。
ショートショートフィルムフェスティバル&アジア
フォーカス・オン・アジア&ワークショップ
期間:2013年10月24日(木)~10月27日(日)
会場:東京都写真美術館
公式サイト http://www.shortshorts.org/focus_on_asia_2013/
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Writer's Note
Kachi。今回スペシャルプログラムで見た大川五月監督の『京太の放課後』、良かったです。蛍光イエローの防災頭巾をかぶった元気いっぱいの京太はヒヨコのように愛らしく、覚えたての英単語で外国人教師に話しかけようと奮闘する姿も微笑ましいですが、そこに隠されていたのは、幼い心が震災で負った深い傷。見た後、京太を抱きしめたくなりました。
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