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News ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2017 ラインナップ発表 ~『哭声/コクソン』『心に吹く風』特別招待、ナ・ホンジン監督来夕、韓国(関連)映画14作上映

Text & Photo by hebaragi
2017/1/24掲載



 3月2日から開催される「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2017(以下、ゆうばりファンタ)」のラインナップ記者会見が札幌市内で行われた。今回のキャッチコピーは昨年に続き「世界で一番、楽しい映画祭」。長い間、多くの映画人・映画ファンに愛されてきた「ゆうばりファンタ」も27回目を迎える。期間中は、夕張市内2会場5スクリーンで86本の作品が上映されるほか、スペシャル企画も多数予定され、例年同様に充実した内容となった。

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映画祭ポスター

 今回の映画祭は5部門から構成されている。劇場公開前の話題作をいち早く紹介する「特別招待作品部門」、映画祭おすすめのファンタスティックな作品を上映する「ゆうばりチョイス部門」、レイティングがかけられた作品を集中して上映する「フォービデン・ゾーン」を含む「企画・協賛部門」に加え、コンペ部門として中長編を対象とした若手の登竜門的な存在となっている「オフシアター・コンペティション部門(以下、オフシアター部門)」と、今後が期待される若きクリエイターの短編を紹介する「インターナショナル・ショートフィルム・コンペティション部門(以下、ショートフィルム部門)」がある。オープニング作品は、『君の名は。』に続く大ヒットが期待され、高畑充希ら豪華声優陣でも話題のアニメーション『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』。また、クロージング作品として、韓国映画『哭声/コクソン』が上映され、ナ・ホンジン監督と出演の國村隼がゲスト参加する予定だ。

 今回も大きな見どころは新たな才能の発掘を目的としたコンペ部門だ。オフシアター部門では海外からの136本を含む532本の応募があり、このうち7本が審査対象として選ばれた。また、ショートフィルム部門では海外からの104本を含む351本の応募作品から20本が審査対象となっている。

 オフシアター部門の審査委員長には映画監督・内藤誠、審査員には、チェ・ヨンベ(富川国際ファンタスティック映画祭・実行委員長/プロデューサー)、ディミトリ・イアンニ(KINOTAYO現代日本映画祭実行委員)、光武蔵人(監督)、ほたる(女優)の各氏が名を連ねている。プログラミングディレクターの塩田時敏氏が「オフシアターの上映作品は、その後、劇場公開されるものも多く、若手の登竜門的存在となっている」と述べているように、今回も秀作揃いだ。また、ショートフィルム部門では、松永大司(監督)、八代健志(アニメーション監督)、武田梨奈(女優)の各氏が審査にあたることになっている。

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記者会見の模様

 期間中に上映される韓国(関連)映画を紹介したい。

 特別招待作品部門では、『チェイサー』『哀しき獣』で知られるナ・ホンジン監督最新作『哭声/コクソン』がクロージング作品として上映される。本作は、2016年カンヌ国際映画祭で好評を博するとともに、韓国でも観客動員数700万人に迫る大ヒットを記録した。さらに、韓国の青龍映画賞で男優助演賞・人気スター賞の2冠受賞となった國村隼の怪演でも話題沸騰のスリラーだ。また、大ヒット・ドラマ「冬のソナタ」のユン・ソクホ監督作品『心に吹く風』も上映される。本作は、北海道・富良野と美瑛を舞台にした感動のラブストーリーとなっており、地元ロケ作品ということで観客の関心を集めることだろう。

 オフシアター部門では2本の作品が上映される。『カーネルパニック』(チョウ・ジンスク監督、オーストラリア在住)は、未来と過去に生きる二人の男の運命が複雑に絡みあっていくストーリー。また『ベートーベン・メドレー』(イム・チョルミン監督)は、韓国の演歌「トロット」をテーマにしたユニークな設定の作品だ。

 ショートフィルム部門では4本の作品が上映される。『牙』(シン・ジョンフン監督)は、餓死寸前の女の吸血鬼の苦闘を描く。『ホームレス 怒りの追跡者』(キム・ボウォン監督)は、連続誘拐を目撃したホームレスの女性が主人公だ。『Green Light』(キム・ソンミン監督)は、核戦争後に生き残った女性と一台のロボット兵士のアニメーション。『M.boy』(キム・ヒョジョン監督)は、ある秘密を持つ孤独な少年が主人公のストーリーとなっている。

 さらに、ゆうばりチョイス部門でも4本の上映が予定されている。『演技の重圧』(チョン・グヌン監督)は、同じ舞台に10年間立ち続けてきた舞台俳優のもとに映画主演の話が舞い込むが、そこにライバルが現れる、というストーリー。また、「ショートフィルム・ショウケース」として、2010年のゆうばりファンタで『壁』がヤング・オフシアター・コンペティション部門の北海道知事賞を受賞したヒョン・スルウ監督作品が3本上映される。『彼女の別れ方』は、自撮りマニアの彼女に付き合うのに疲れてきた主人公を描いている。『それは牛のフンの臭いだった。』では、車中で発生した臭いをめぐって三人が疑いあう。『アレルギー』は、部屋の模様替えをしようとした主人公と、彼女が仕方なく呼んだ同級生の物語。

 昨年からスタートした企画・協賛部門のうち「フォービデン・ゾーン」では2本が上映される。2015年の「ゆうばりファンタ」で『メイドロイド』が上映され好評を博したノ・ジンス監督の『愛されない女』は、離島に向かうフェリーで出会った男女と、男の父親をめぐる異様な三角関係を描いている。このほか、『アウトドア・ビギンズ(原題)』(イム・ジンスン監督)も上映される。

 以上のように韓国(関連)映画は14本を数える。韓国映画ファンにとっては作品鑑賞も忙しくなりそうだ。

 記者発表で挨拶に立った映画祭名誉大会長の鈴木直道・夕張市長は「映画祭は2008年に復活して10回目の開催を迎えることができた。また、映画祭最終日の3月6日は夕張が財政再建団体に認定された日で、今年は(映画祭)期間中に記念すべき日を迎える。今年から北海道では初の学生ボランティア(北海学園大学、札幌大学)の単位認定も始まり、ゆうばりの“リ・スタート”を象徴する年でもある。ぜひ今年も皆さんに足を運んでいただき“世界で一番、楽しい映画祭”を目指していきたい」と述べ、ゆうばりファンタへの期待を話していた。映画祭期間中、市内のあちこちで監督や俳優などゲストとの交流が可能な小さな街ならではの良さが、ゆうばりファンタの魅力だ。今回も素敵な作品や映画人との出会いに期待したい。


ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2017
 期間:2017年3月2日(木)~3月6日(月)
 会場:北海道夕張市内
 公式サイト http://www.yubarifanta.com/

Writer's Note
 hebaragi。ゆうばりファンタでは、常連参加のゲストとの再会も楽しみの一つだ。観客はもちろんのこと、ゲスト参加の映画人からも「一度参加すると、また行きたくなる」という言葉を聞くのは嬉しい限り。


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Review & Report 新大久保映画祭2016、コリアン・シネマ・ウィーク2016、第29回東京国際映画祭 ~過去の傷痕はいかにして映画となり、それに観客はどう向きあうか

Text & Photo by Kachi
2017/1/23掲載



 2015年の10月、音楽ドキュメンタリー『パーティー51』(2014年)の上映後に登壇した出演ミュージシャンたちは、同年8月に日本で行われていた国会前デモについて、一様に驚きの声を上げていた。「今の韓国では、“戦争反対”というスローガンを掲げても、そんなに人は集まらないと思う」と彼らの一人が言ったことが、記憶に残っている。

 そんなことを思い出しながら、海の向こうで連日行われている朴槿恵退陣デモの様子を見守っていた。時局がうなりを上げるように動いていく韓国と、あらゆる火種が雲散霧消したように穏やかなふりをする日本という国とを引き比べて、憂鬱になった。「崔順実ゲート」についてワイドショーが物見高く報じるたび、嫌気が差した。退陣デモの参加者は、現政権への純粋な怒りもさることながら、学歴偏重による苛烈な競争や不安定な雇用など、不満の対象は一様ではなかったようだが、そうした彼らの内にうずまく怒りを、筆者は自分に重ねあわせていた。

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『危路工団』

 新大久保映画祭2016で上映されたヒューマン・アート・ドキュメンタリー『危路工団』(2015年)は、つぶやくような労働歌謡「夜勤」で幕を開けると、労働者たち、とりわけ女性の苦闘が綴られていく。労組の女性執行部を切り崩そうとする同僚男性らに裸で抗議した女性たちは、KCIAに抱き込まれた仕事仲間が投げつけた糞尿で汚れた(1978年、東一紡織ヌードデモと糞尿投擲事件)。朝鮮戦争以降、韓国で最初に起きたストライキでは、労働運動の旗手・全泰壱(チョン・テイル)が労働基準法の遵守を叫んで焼身自殺を図った(1970年)。その後も、ストライキを敢行した労働者たちは、幾度も弾圧を受けた(1985年、九老同盟ストライキ)。パク・ソンミ監督の短編アニメーション『希望のバス、ラブストーリー』(2012年)や、オ・ソヨン監督のドキュメンタリー『塩花の木々、希望のバスに乗る。』(2011年)などで知られる、女性溶接工キム・ジンスクさんの韓進重工業クレーン立てこもり事件、プ・ジヨン監督『明日へ』(2014年)の題材となったスーパー座り込み事件、『もうひとつの約束』(2014年)のモチーフになったサムスン電子女性従業員死亡事件にも触れる。韓国国内だけではない。2014年にカンボジアで起こった労働デモとその武力鎮圧には、韓国企業が関わっている可能性が囁かれている。日本も、過重労働の果てに社員が自殺する国だ。雇用する側と労働現場の歪みは、すでに見知らぬ国の問題ではない。

 ふと、同映画祭の会期中に観た『風吹く良き日』(1980年)が頭をよぎった。床屋の「洗髪課長」ことチュンシク(イ・ヨンホ)の妹チュンスク(イム・イェジン)は、九老工業団地で働いている女性工員だった。彼女のように無邪気な娘たちがどれほどの困難をたどったかと思うと、目の前が暗くなった。『危路工団』で映り込む、店先などで日がな一日緩慢なお辞儀を繰り返す女性型の電動マネキンは、どうして女性の姿でなければならないのか。そして、エピソードのつなぎに登場する女性は、個人としての意見や思いを剥奪されているかのように、目や顔を覆われて街なかに佇んでいる。

 コリアン・シネマ・ウィーク2016で上映された『サムネ(参礼)』(2016年)。シナリオ・ハンティングのためにソウルからやってきたスンウ(イ・ソノ)と、地元の若い女性ヒイン(キム・ボラ)とのささやかなラブストーリーに、オカルティズムが唐突に挿入され、ここ何年かのコリアン・シネマ・ウィーク作品によく見られる、観客を幻惑するような構成である。

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『サムネ(参礼)』

 タイトルの参礼郡は、韓国の地方の一都市で、近年は日本統治時代から残る旧式日本家屋や倉庫をリモデリングし、「参礼文化芸術村」として観光地化されている。ヒインは都会志向が強く、少し派手でいまどきの可愛いさがある。一方で彼女は、東学党の乱を率いて日本軍に残忍な処刑をされた烈女の血が、自分に流れていると思い込んでいる。烈女について真偽は定かではなく、むしろ架空の存在ではないかということが劇中で提示されるものの、ヒインはその土地の痛みに絡め取られて身動きが取れないのだ。文化芸術としての日本家屋という光の面に見え隠れするのは、やはり日帝時代の遺物という闇だ。ここから出て行きたいと強く望むヒインに対し、スンウは傍観者でしかない。そうしたスンウの無力さから照らし出された、虐げられた記憶の深手に想いを馳せる。

 第29回東京国際映画祭でサクラ グランプリに輝いた『ブルーム・オヴ・イエスタディ』(2016年、ドイツ=オーストリア)は、日本を省察するよすがとしたい一本だった。

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『ブルーム・オヴ・イエスタディ』

 著名なホロコースト研究家トト(ラース・アイディンガー)のもとにインターンとして訪ねてきた、フランス系ユダヤ人ザジ(アデル・エネル)。無遠慮なザジに振り回されてトトは辟易するのだが、やがて彼女の祖母が、ホロコーストで命を落としていたことを知る。トトの家系はナチスの親衛隊で、そのことが彼の神経を苛んでいた。

 クリス・クラウス監督は、「ドイツではホロコーストの映画はたくさん作られるが、それが他ならぬ自分たちの問題なのだと認識しない。自分は関係ないと思っている人が多い」と話した。ドイツでは近年、ネオナチの台頭がめざましい。過去は決して過去ではない。今も世界を歪めているのは、まさしく負の遺産だからだ。ザジのような人が近くにいたら相当困らせられるだろうが、映画を盛り立てるチャーミングな女性でもある。「ドイツ映画にとって最大のタブーは、感じの悪いユダヤ人を描くことだ」と指摘した監督は、その禁忌を破って、こうした映画的キャラクターを作り出した。

 フィリピンで今最も脂が乗った映画監督の一人、ラヴ・ディアスの新作『痛ましき謎への子守唄』(2016年、フィリピン)は、上映8時間を超える大作。フィリピンの悠久の痛みを感じさせる映像叙事詩だった。舞台は1896年。フィリピン独立運動の父として慕われた、医師にして作家のホセ・リサールが処刑され、映画は解放を目指す人々の悲劇と受難から始まる。ほどなくして、リサール同様独立運動を率いた革命家・ボニファシオ兄弟も捕らわれ、殺されてしまう。アンドレス・ボニファシオの妻グレゴリア(ヘイゼル・オレンシオ)は、夫の亡骸を探すため、森の深奥へ歩みを進める。こうしたメイン・ストーリーに、リサールの愛国的小説の登場人物らが加わり、現地に古くから伝わる怪人が、劇中人物と観客を惑わす。

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『痛ましき謎への子守唄』

 フィリピン独立運動の歴史を繙くと、文学による平和的革命を目指したリサールが斃れた後、ボニファシオ兄弟は一転して武力革命を押し進めたが、貧困層の出自だった彼らと対立する富裕派がスペイン軍と結託し、兄弟を処刑した。スペイン軍人の妾としてスパイになり、運動家たちを壊滅に追いやったセサリア(アレサンドラ・デ・ロッシ)とグレゴリアは、恩讐を越え、汲めども尽きない悲しみを慰めあう。祖国への思いに駆られて行動した人間が、等しく傷ついたのだった。

 昨年、日本で公開された『暗殺』(2015年)は、日本統治下の血なまぐさい悲劇の時代が背景であるものの、イ・ジョンジェ演じるキャラクターが、祖国独立へ奮闘するも絶望し、志を捨てざるを得なかった親日派という、血肉が通った人物として韓国側から描かれたことは大きかった。日本劇場公開が待たれる『ドンジュ』(2016年)で、ユン・ドンジュに陰湿な取り調べを続けた日本の特高警察の表情にも、心の揺れが現れていた。歴史に残る傷痕は、国を越えた共時性がある。『ブルーム・オヴ・イエスタディ』『痛ましき謎への子守唄』もそうであるように、単に敵/味方という対立軸で二分することでは、歴史の諸相を直視したことにならない。同時に、語られなかった惨事を存在しないものとするのではなく、その余白にある残虐さと悲しみをスクリーンの中に見つけていくことを、私たちは忘れてはならないだろう。

 作品数、または新作か旧作かという表層で映画祭を評価した場合、ここ数年の東京国際映画祭では、コンペティションでの韓国映画は2本である。コリアン・シネマ・ウィークではもう一本の新作映画として『どのように別れるか』(2016年)がラインナップされていたが、直前で上映中止となった。どうやらファンタジックな作品だったようなので、お披露目されていれば『サムネ(参礼)』となかなかおもしろい組み合わせだったはずだ。好意的に見れば、韓国映画がある意味日本の外国映画の中でジャンルとして成熟しきったことの表れなのかもしれない。

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新大久保映画祭で来日された『風吹く良き日』のイ・ジャンホ監督

 だが、新作にだけ価値があるというわけではない。「なぜ今、この作品を上映するのか」ということへの明確な意志が重要なのだということも、思い知らされた。新大久保映画祭は3回目とまだ若い映画祭だが、今回は上映作品同士が上手くシンクロしていて、「映画祭に通う楽しみ」が会期を通じて持続していた。俗物音楽プロデューサーが、ひょんなことから血縁関係のない多国籍な6人の子どもとオルタナティブ家族(血縁中心でなく、共同体家族など親密性によって構成された家族)を築いていく『パパ』は、2012年製作の日本未公開作で、韓国節炸裂のウェルメイドなホームコメディでありながら、他者への不寛容が社会に満ちた今こそ、上映することに大きな意味を感じた。30年以上も前の『風吹く良き日』と、2015年公開の『危路工団』とが、社会批判という作り手の眼差しで通じあった瞬間も、身震いがしたものだ。

 最後に、個人的に最も幸福な気分になれた作品『ダイ・ビューティフル』(2016年、フィリピン)を紹介したい。ミスコンテストのクィーンで、トランスジェンダーのトリシャ(パオロ・バレステロス)が突然亡くなった。親友バーブス(クリスチャン・バブレス)は、トリシャの遺言「私が死んだら、メイクも衣装も日替わりにして」を守り、毎日有名女優にそっくりの死化粧をほどこし、着飾る。パーティーさながらの通夜を中心に、トリシャの波乱と涙、そして愛に満ちた人生が、あでやかな絵巻物のようなフラッシュバックでスクリーンに現れていく。

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『ダイ・ビューティフル』

 監督は、東京国際映画祭の常連ジュン・ロブレス・ラナ。同監督の過去作『ブワカウ』(2012年)や『ある理髪師の物語』(2013年)で見られた、葬送のシーンにある哀しみとおかしみが、一気に開花している。やるせないことや悲劇が多い人生を、ラナ監督一流のユーモアと優しさで包みこんだ本作は、観る者に暖かな涙をもたらしてくれる。観ることそれ自体に多幸感を覚える、そんな映画であった。


第3回新大久保映画祭
 期間:2016年11月3日(木・祝)~11月7日(月)
 会場:韓国文化院、歌舞伎町シネシティ広場、SHOWBOX、労音大久保会館、日本硝子工業センタービル
 公式サイト http://shinokubofilm.com/

コリアン・シネマ・ウィーク2016
 期間:2016年10月26日(水)~10月29日(土)、10月31日(月)
 会場:韓国文化院ハンマダンホール、TOHOシネマズ新宿
 公式サイト http://www.koreanculture.jp/

第29回東京国際映画祭
 期間:2016年10月25日(火)~11月3日(木・祝)
 会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木ほか
 公式サイト http://2016.tiff-jp.net/ja/


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Report 『アシュラ』特別試写会&トークイベント ~キム・ソンス監督「素晴らしい俳優の演技の晩餐会、堪能して欲しい」

Text & Photo by Kachi
2017/1/22掲載



 1月17日(火)、3月に劇場公開される『アシュラ』の特別試写会が開催され、キム・ソンス監督のトークイベントが開かれた。監督は「こんにちは。私はキム・ソンスです。映画を見に来てくださって、ありがとうございます」と日本語で挨拶をした後、『アシュラ』を撮るにあたっての思いや、撮影秘話を語ってくれた。

※ 文中で映画の内容に触れています。

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 私はフィルム・ノワールが大好きです。1960・70年代の日本、フランスの作品、昔のアメリカなど、多くのフィルム・ノワールを観てきて、いつかそういうフィルム・ノワール的映画を現代に置き換えて、自分なりの解釈を加えて撮りたかったのです。ただ、昔の悪人映画というと、暗黒街を牛耳っている親分というバックグラウンドで、それだと現代にあわないと思いました。本当の悪党は政治指導者や権力を握っている者や法律を動かす者では?と考えて、過去の映画で見られた犯罪者的立場の人を、政治家や警察や検事に置き換えました。でも、最初にシナリオを書いた時、周囲からは商業的な映画にするのは難しいと言われたので、このような素晴らしい俳優と仕事ができると思っていませんでした。チョン・ウソンさんとは昔から仲が良かったので、出演すると言ってくれまして、この映画の制作会社であるサナイ・ピクチャーズの社長の友人であるファン・ジョンミンさんもやると言ってくれて、その後、いい俳優の方々が続いてくださいました。期待以上のキャスティングとなり、戦慄を感じるくらいスリリングな撮影現場でした。


 撮影中、最も苦労したことに質問が及ぶと、作品中盤に登場するカー・アクションを挙げた。

 状況が一変する、映画の分岐点ですね。主人公ハン・ドギョン(チョン・ウソン)は、自分の感情をなかなか表に出せないタイプなのですが、あの場面でストレスが一気に爆発しているんです。大きな感情のシーンだと思ったので、主人公が暴走しているようなイメージで撮りたかったです。荒々しく狂気に満ちた、危険な感じのシーンにするためにどうするか話しあっていると、イ・モゲ撮影監督から「雨を降らせてはどうか」と言われ、シナリオを変更しました。でも実際に撮影すると本当に大変で、危険を伴うものでしたので実は後悔したのですが、撮り終えた後はとても良かったと感じました。


 『アシュラ』では、監督の長年の盟友チョン・ウソンが主人公を務めている。ファン・ジョンミンやチュ・ジフンは初めてタッグを組んだ。

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キム・ソンス監督

 これまで何回も一緒に撮影をしているチョン・ウソンさんには、シナリオを書く前から真っ先にこの作品について相談しました。「この映画はすごく制作するのが難しいストーリーラインだけど、是非やりたいと思っている」とチョン・ウソンさんに話すと、彼は私を「お兄さん」と呼んでくれているのですが、「お兄さんがそこまで撮りたいと思っているのであれば、自分は弟として参加したい。お兄さんが歌いたい歌があるのなら、そこで弟は歌にあわせて踊らなければならない」と言ってくれたりしたことに支えられました。チョン・ウソンさんの言葉が、作品を完成させるエネルギーとなりました。

 韓国の全ての監督・製作者が思うことですが、ファン・ジョンミンさんとは是非一度仕事をしてみたいと思っていました。今回の役は主演よりも助演に近いため、シナリオを渡すときハラハラしてしまったのですが、見た瞬間に「やります」と言って下さったので、そこから製作資金も一気に募ることができました。ファン・ジョンミンさんと一緒に映画を作った人は誰でも「彼は最高だ」と言います。演出家として高い眼識があるからです。本作で言うと、市長が会議室で素っ裸になっているシーン。私は当初、パンツ一丁で会議室にいるという演出を考えていて、どうしてもファン・ジョンミンさんにそれをやってもらいたくて「彼は政治指導者だけど、他人に一切関心がなく、礼儀を守ろうなんてさらさら考えていない。自由勝手にふるまう人だから、ここでパンツ1枚でいるんです」と説得しようとしたところ、「それならいっそのことパンツも脱ぎましょう」と言って下さったのです。全く思ってもみなかったことなので、ありがたかったです。


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監督(左)と橋本マナミ(右)

 その後、登壇したタレントの橋本マナミを交え、クロストークが行われた。実は今回の先行上映が、日本で最も速い『アシュラ』のお披露目となった。監督は最後にこう締めくくった。

 観ていて痛快なアクション映画を作るべきだったかもしれませんが、この映画では、暴力の実態をお見せしたいと思いました。私がここで言いたいことは、映画をご覧になった皆さんには言わなくてもお分かりいただけると思っています。まだご覧になっていない方々には、あえて何も言わずにまず観ていただけたら嬉しいですし、「韓国で演技の上手な俳優が集結して撮った映画だ」ということを伝えてもらえたらと思います。「まるで演技の晩餐会を観ているようだ」と勧めていただけたら嬉しいです。


 『アシュラ』は、3月4日(土)より東京・新宿武蔵野館ほかで劇場公開。


『アシュラ』
 原題 아수라 英題 Asura : The City of Madness 韓国公開 2016年
 監督 キム・ソンス 出演 チョン・ウソン、ファン・ジョンミン、チュ・ジフン、クァク・トウォン
 2017年3月4日(土)より、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
 公式サイト http://asura-themovie.jp/


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Report 第17回東京フィルメックス ~作り手、評者、役者に感じた映画への熱量

Text by Kachi
2017/1/10掲載



 それは、とてもフィルメックスらしい、というべき光景だった。審査員もゲストも客席から登壇する。以前にも見られた試みなのかもしれないが、まるで審査員が大上段に構えた特権的な役職ではなく、私たち観客と共にあるということの現れかに見えた。

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映画祭ポスター・ビジュアル

 会期中、2日目の国際シンポジウム「アジアから映画の未来を考える」に参加できたことは大きな収穫であった。東京フィルメックスの常連で、困難を経てもなお映画を撮り続けているアミール・ナデリ監督が「作品はオリジナルであることが大事。そして映画作りに必要なのはピュアであることだ」と気炎を上げ、熱弁の終わりに「カット!」と一言入れる茶目っ気に和ませられる。審査委員長のトニー・レインズ氏は「劇場というのは、この100年とは違った形態になっていく」として、マレーネ・ディートリッヒの「将来はあなたのものよ。私のものでなくて」という金言を引用。その語り口には、終わりゆくキネマの時代への涙がにじみながらも、映画作りに関わることがより難しい現代で、これからの才能が生き残る道を一途に模索する態度がうかがえる。穏やかに話すキム・ジソク氏だが、韓国映画の現状を誉めた質問者に対しては「本当にそう思うんですか?」と迫り、「今は政治が愚かだから、政権交代したら良い映画が生まれますね」と舌鋒鋭い。市山尚三氏は、日本と世界の映画製作の現場について、その違いと問題点について冷静に言及する。映画の未来を憂う者が額をつきあわせたホットな応酬であった。日本の映画批評の遅れと怠慢を指弾したトニー委員長の厳しい言葉に、筆者は大いに恥じ入るばかりだった。

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『The NET 網に囚われた男』キム・ギドク監督

 林加奈子ディレクターが開幕式で宣言した「本気の映画」が、オープニングから登場した。『The NET 網に囚われた男』は、これまで2作品で南北分断についてのプロデュース作品を手がけてきたキム・ギドクが、満を持すかのように演出・脚本から携わった映画である。北朝鮮で漁を生業とするチョル(リュ・スンボム)は、南北国境にほど近くで漁網を仕掛けている最中、ボートのエンジンが故障。制御を失ったボートは国境線を越えてしまい、チョルは韓国軍に逮捕されてしまう。

 かつてのプロデュース作、たとえば『プンサンケ 豊山犬』では、南北をひそかに行き来する孤高の運び屋と脱北女性のロマンスが物語を動かす鍵となり、『レッド・ファミリー』では、任務のために南で疑似家族を演じていた北の工作員たちに、隣人一家に触発されるように本物の絆が芽生えたことで悲劇が起きる。いずれも、国家が無辜なはずの民を翻弄している現状への怒りを、エンターテイメントに昇華した作品となっていた。そうしたある種の映画的娯楽が、本作にはほとんどない。開始早々、チョルが妻(ギドクの最新ミューズ、イ・ウヌ)とまぐわうシーンを除けば、性的および嗜虐的な描写も薄く、ギドク・カラーは影を潜めている。それだけに、分断国家に対するキム・ギドクの夾雑物のない切迫した思いが、確と伝わってくる。

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『The NET 網に囚われた男』キム・ギドク監督

 残してきた妻子を思い、一瞬たりとも南の資本主義に毒されまいと抗うチョルだが、猥雑な都会の街並みと経済的豊さがもたらす魅力が、彼の心をかすかに揺らす。そうした人間的脆さも、権力を思うまま振るう警察の横暴さも、簡単に指弾できない。監督は、劇中では数少ない心優しい男についてさえ、一抹の疑念が付きまとうように仕掛けているからだ。林加奈子ディレクターが「ギドク・トリック」と評したように、「善い悪いを抜きにお互いがお互いを疑っているような韓国と北朝鮮の現実」(キム・ギドク監督)という、監督の寓意術に違いない。

 ユン・ガウン監督『私たち』は、スペシャル・メンションと観客賞のダブル受賞という快挙を成し遂げた。クラスの中で「みそっかす」(子どもの遊びで、一人前に扱ってもらえない)のソン(チェ・スイン)。夏休み目前に転校してきたジア(ソル・ヘイン)。偶然出会った二人は、かけがえのない親友としてひと夏を過ごす。ところが新学期を間近に控えたある出来事で、友情は徐々にひび割れていく。

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『私たち』ユン・ガウン監督

 上映後、ティーチインに登壇したユン監督は「自分がソンよりももう少し年齢が上の頃、映画と似たような、幸せで心が痛む経験をした」と話した。この作品のリアリティは、監督の脚本よりも、子供たちの「こういう時はどう言うか?」という現実を優先させた演出や、実体験から映画が生まれていることに起因するわけだが、子供の主観ショットが維持された画角によって、ソンやジアたちが普段見て、聞いて、触れている世界のみずみずしさと残酷さが、偽りないものとして観客に届いてくる。低所得家庭のソンと弟のユンは、しかし母親からの愛情を一身に受けている。他方、欲しいものを飽くほど与えてもらえるジアだが、両親の関係はすでに破綻していて、子供心にやり場のない鬱積が広がっている。そんなジアを見て、家で咲いていたホウセンカから取った赤色を、爪紅にして慰めようとするソン。「上手に慰める言葉がみつからないから」(ユン監督)こその行動だが、このシーンのみならず、本作は私たち大人がはっとするような、本質的な示唆を与えてくれる。言葉は時に舌足らずで、たやすく誰かを傷つけてしまうものだ。

 韓国映画を観る時、子役が見せる大人顔負けの演技にひれ伏したくなることがある。2016年は、特にそういう思いに駆られることが多かった。パク・チャヌク監督『お嬢さん』で、キム・ミニ演じる官能的な令嬢、秀子の幼少時代を演じたチョ・ウニョン、『哭声/コクソン』で、不気味な悪霊の餌食になる少女を怪演&力演したキム・ファニ、そして『私たち』のチェ・スインとソル・ヘイン、更にフィルメックスで観客の心を一人でわしづかみにした、ソンの弟ユン役のカン・ミンジュンは、これから幼い名優たちを牽引していく存在になるだろう。

 無論、子役だけでなく、少ない出番ながら鮮烈な印象を残した女優もいた。『The NET 網に囚われた男』で、スンデ店に潜む女性スパイに扮したのは、今年『スチールフラワー』が評価され、今や実力派若手女優の一翼を担うチョン・ハダムで、「悲しい時にいつも泣かないといけませんか?」というセリフとともに忘れがたい登場であった。


第17回東京フィルメックス
 期間:2016年11月19日(土)~11月27日(日)
 会場:有楽町朝日ホールほか
 公式サイト http://filmex.net/

『The NET 網に囚われた男』
 原題 그물 英題 THE NET 韓国公開 2016年
 監督 キム・ギドク 出演 リュ・スンボム、イ・ウォングン、キム・ヨンミン、チェ・グィファ、ソン・ミンソク
 公式サイト http://thenet-ami.com/
 第17回東京フィルメックス特別招待作品(オープニング作品)
 2017年1月7日(土)より、新宿シネマカリテほか全国順次公開

『私たち』
 原題 우리들 英題 The World of Us 韓国公開 2016年
 監督 ユン・ガウン 出演 チェ・スイン、ソル・ヘイン、イ・ソヨン、カン・ミンジュン
 第17回東京フィルメックス<東京フィルメックス・コンペティション>招待作


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Review & Interview 東京フィルメックス上映作『恋物語』イ・ヒョンジュ監督 ~マイノリティが歩む人生を見つめるような映画を作りたい

Text by Kachi
2017/1/10掲載



 東京フィルメックスで、『私たち』のティーチインの最中、流暢な韓国語でこう語った女性がいた。
「最近の韓国映画、特に商業映画では、メインとなっているのは成人男性で、女性や子どもは排除されているように感じていました。このような映画を作って下さってありがとうございます」
 確かに2016年の韓国を盛り上げた映画を見渡すと、ダブルヒロインが健闘した『お嬢さん』や、興行は不入りだったものの評論家から支持された『荊棘の秘密』を除けば、多くの作品は男性俳優が主役である。そんな中、第17回東京フィルメックスのコンペティション部門で上映されたイ・ヒョンジュ監督『恋物語』の主人公は二人の女性であった。

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『恋物語』の韓国版チラシ

 大学院でインスタレーションを学ぶユンジュ(イ・サンヒ)は、卒業制作の材料探しで訪れた古物回収商の店先で、ジス(リュ・ソニョン)に心を奪われる。その後二人は偶然再会し、ジスの手慣れたアプローチにユンジュがぎこちなく応え、関係が深まっていく。

 顔に降り注ぐ夕時の陽光に目を細めながら、ユンジュがジスを見初める冒頭のシークエンスだけでも、本作のデリケートな美しさを語るのに十分だ。大きな音を立てるようなドラマティックな始まりではないのに、静謐な空間にユンジュの胸の高鳴りが聞こえてくるようで、こちらまで息が上がる思いがする。

 ボーイッシュに見えて、実はとても臆病なユンジュを演じたのは、監督の前作『ごく普通の家族』(原題 バカンス/ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2015上映作)でも主演したイ・サンヒだ。繊細にうつろう彼女の表情からは、一瞬も目が離せない。積極的なジス役のリュ・ソニョンは、スクリーン越しに視線を送られてもときめいてしまうほど、はっとするような容姿だ。静と動が好一対となったキャスティングである。
「ユンジュ役のイ・サンヒさんは、私が通っていた学校の友人の短編映画に出演していて、作品の準備をしていた時に、こちらから声を掛けました。彼女の長所は、映画を画面として観ているうちに、いつしかそのことを忘れて、現実にそこにいるように感じさせる、映画的な顔立ちを持っていることです。短編『ごく普通の家族』はコメディであったため、そういう一面は入れられませんでしたが、今回は意識的に見せることができました。

 ジス役のリュ・ソニョンさんは、オーディションでイ・サンヒさんよりも先にキャスティングしていました。向かいあって座ると、人の心を掴むようなところがあって、実に魅力的な女性だと思いました。オーディションでも、思ったことを自信を持って話すなど、緊張もしていなかったです。そういうところがジスにあうと思いました。

 問題は、女性二人の作品なので、彼女たちの演技というより、ルックスの差でした。二人の友人のキャラクター造型にも関係するからです。でも、その後イ・サンヒさんが決まり、バランスが取れた形になりました」
 劇中のセリフによれば、ユンジュは32歳。筆者と同年齢だ。そろそろ自分がどういう人生を歩んでいくか決めなければならない年齢で、青臭く誰かに恋い焦がれてばかりいられない。だが、卒業制作に手がつかないほど、ユンジュはジスとの恋にのめり込んでしまう。
「劇中の配役と、二人の女優の実年齢は同じで、撮影当時のイ・サンヒさんが32歳、リュ・ソニョンさんが27歳です。ユンジュの方が年上であるのがいいと最初から思っていました。年上の方が経験豊富というのが普通ですが、この映画ではユンジュの方が色んなことに目覚めるのが遅かったという風にしたかったのです。『私はもう恋愛なんて関係ないんだ』『セックスなんてつまらないものなんだ』と決めていた矢先に恋が訪れる、という風にできたらいいと考えていました。ジスは年下ですが、相手をリードしていき、色んな冒険をするタイプ。でも、だからこそ傷ついたこともあるでしょう」
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イ・ヒョンジュ監督

 恋愛とはお互いの感情のバランスだが、ユンジュが自身の感情を抱えきれなくなるにつれ、ジスとの関係も次第に危うくなり、上手く気持ちが伝わらないもどかしさに苦しむ。また、ユンジュは友人に、ジスとの関係を打ち明ける。男友達は悪意のない驚きとともに受け入れるが、のちに意図せずユンジュを傷つけてしまう。一方で、「きわどい冗談も言いあえる気楽な仲だと思っていたユンジュが同性愛者だと知って、裏切られた気持ちになった」(イ・ヒョンジュ監督のティーチインより)ルームメイトの女性からは、手ひどく冷遇される。『恋物語』は、「自分の感情とつきあう難しさ」が主題でもある。
「同性愛という視点だけにこだわらず描写したいと思いました。ある人がある人と出会う状況は、どういうものなのかと考えた時、至極一般的なコンビニという場所にしました。もちろん、レズビアン・コミュニティとしてのバーなどで出会うことも頭にありましたが、普通の男女であれば、こういうところで出会うこともあるでしょうから。この二人だけが特別なんだ、と捉えられるのは避けたかったのです。自分の性的アイデンティティについて、身構えてカミングアウトしたわけではなく『まだはっきりしないけれど、自分のことがようやく分かった。女性が好きだというのが今の気持ちだ。あなたが親しいから話すんだ』という風に描きました。子供が美味しいものを食べて『ああ美味しい!』と言うみたいに。

 ただ、社会的には(同性愛のカミングアウトを受け入れるのは)難しいとされていますし、リアリティに基づくことが重要でしたので、(自然さを意識しつつも)あのようなシーンになりました。別のインタビューで、女優二人に対し『同性愛者を演じるのは難しくなかったか?』という質問があったのですが、『同性愛者を演じることが難しいのではない。それより、男性に置き換えるとかそういうことではなく、相手を好きだという表現をすることが大変だった』と答えていました」
 以前、アジアンクィア映画祭の共同代表である入美穂さんから、レズビアン映画の現状について「ポルノ・ムービーのイメージがつきやすく、商業映画のルートに乗りづらい」という懸念を伺ったことがある。ポルノグラフィーやコメディは、表現手段として重要だが、時に安易な方面に回収されてしまう。本作のベッドシーンは肌の露出こそ少ないが、服の擦れる音や、ユンジュに触れて生々しく崩れるジスの唇まで捉え、二人の性欲をむき出しに表現している。しかし、刺激的なワンシーンとして終わる危うさがないのは、セックスに至った内面が掘り下げられているからだ。カメラは二人の情事を抑制的に映していて、盛り上げるような音楽もない。
「とにかく自然にしたかったのです。二人にも気楽な気持ちで演じて欲しかったですし、誇張したくありませんでした。演技で見せているのではない自然な二人の形に私たちが付いていく、という感じですね。ベッドシーンは、後半にセットへ移動した際、まとめて撮りました。セットに移った初日の夜に最初のベッドシーン、2日目に昼のを撮りました。決まった絵コンテがあったわけではなく、まず二人に動線だけ説明し、一通り動いてもらい、手持ちカメラで方向などを変えつつ、3回か4回撮影しました。その後、足りないところを部分的に取り直しました。二つのシーンに分けたのは、酔った勢いでセックスをしたように見られたくなかったからです。一度そういう関係になりかけて、止めた。そして二人に考える時間を与えて、昼に恋が芽生えるということでスタートさせたいと思いました」
 映画でレズビアンについて伝えていくことは難しいはずだ。クィア映画であるのもさることながら、女性の権利が弱い韓国では、レズビアンはゲイ以上に生きづらく、より歓迎されない現実があるからだ。女性監督として映画を撮り続けるハードルも、男性以上に越えがたいものがある。何より映画にかかわること自体、今は困難な時代である。イ・ヒョンジュ監督の映画づくりへの情熱を支えているのは何か。
「もし学校(韓国映画アカデミー)の金銭的支援がなく、他から援助を受けて稼ぐ映画にしなければならなかったら、『恋物語』のように、キャスティングも撮影方法も自由な作品を作れなかったでしょう。韓国では女性の映画監督も少ないですし、作品を一本撮って、次回作に意欲があっても、なかなか選ばれずに待っている時間が、男性監督よりも長いと思うんです。大変残念で、私も『次はもう撮れないんじゃないか』と不安になる時があります。

 レズビアンについては、私たちも敏感に気づけるわけではなく、存在はしているのになかなか見えないから、知らないから差別してしまうのではないかと思います。当事者も、表に出てしまうと自分の人生が壊れてしまうのではないかと、行き過ぎた考えを持ってしまうのではないでしょうか。同性愛者だけでなく、マイナーな人々というのは韓国にたくさんいて、みんな同じように思っている気がします。そしてマイナーな人というのは、コメディのモチーフとして消費されがちです。そうではなく、マイナーな人たちがそれぞれ歩んでいる人生を見つめるような映画を、私は作っていきたいです」
 ユンジュを傷つける友人たちは、攻撃的なホモフォビアというわけではなく、無自覚なままに少数者の声を封じ込める多数派の人々だ。そうした無知ゆえの偏見や表面化しにくい差別、そして己の正しさを喧伝したいがためだけの多数派批判が、最近の社会には、よりはびこっていように、筆者は感じている。イ・ヒョンジュ監督がマジョリティの鈍感さに自らの「正義」を振りかざすこともせず、無知や無自覚に対して意識的だからこそ、『恋物語』は信じられる映画なのだ。

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イ・ヒョンジュ監督

 今回、東京フィルメックスのコンペ部門では2本の韓国映画が上映されたが、偶然にもこの2作品の英題は、『私たち』は『The World of Us』、『恋物語』は『Our Love Story』で、「私たち」という代名詞が共通して含まれている。この一人称が、パーソナルであり外へ開かれているように、たった一人の「私」と、この世界にいるたくさんの「私たち」が、これらの映画の中には見つけられる。もしイ・ヒョンジュ監督が手近な演出を選んでいたら、『恋物語』はきっと誰かの絵空事のラブ・ストーリーであっただろう。『私たち』が「子供とはこういうもの」という大人側のステレオタイプに陥っていたなら、子供たちは、観客の目にああまで魅力的に写っただろうか。嘘つきで強情で、大切な友達に「ごめんね」すら言えなかったあの日の「私たち」も、大人になっても愛の伝え方が下手な「私たち」も、確かにスクリーンの中にいたのだ。


第17回東京フィルメックス
 期間:2016年11月19日(土)~11月27日(日)
 会場:有楽町朝日ホールほか
 公式サイト http://filmex.net/

『恋物語』
 原題 연애담(恋愛談) 英題 Our Love Story 韓国公開 2016年
 監督 イ・ヒョンジュ 出演 イ・サンヒ、リュ・ソニョン
 公式サイト http://ourlovestory.modoo.at/
 第17回東京フィルメックス<東京フィルメックス・コンペティション>招待作
 日本劇場未公開


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Report ソウルの映画館から ~『恋物語』との心ときめく出会い

Text by hebaragi
2017/1/9掲載



 「一期一会」とは様々な場面で使われる言葉だが、映画もその例外ではない。公開される映画のほとんどがDVDで発売される日本映画には、後日見るという選択肢も残されているが、韓国映画は日本での劇場公開はもちろん、輸入盤を含めDVDの発売もされないものが少なくない。

 2016年の年末、ソウルの映画館を訪れる機会があり、何本かの韓国映画を見た。その中でも『恋物語(原題 恋愛談)』は筆者に強い印象を残し、まさに一期一会を感じさせるものだった。

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『恋物語』の韓国版チラシ

 『恋物語』は、美大生ユンジュ(イ・サンヒ)と飲食店で働くジス(リュ・ソニョン)という二人の若い女性同士の恋愛がテーマ。ゴミ捨て場で何気なく出会った二人がコンビニで再会し、身分証明書を忘れてタバコを買えないジスの代わりにユンジュが買ってあげてから関係が少しずつ近づいていく。お互いにひかれていく二人の心理描写が細やか、かつ丁寧で、ストーリーがしっとりと心にしみていく。大事件が起こるわけではないが、何気ない会話や言葉を交わさなくても通い合う二人の心の交流の美しさに心惹かれる。とりわけ、二人の距離が接近してきても、どこかに戸惑いがある微妙な関係を反映した表情が秀逸だ。

 ある日、ユンジュがボーイフレンドに自分とジスの関係をカミングアウトするシーンがある。ボーイフレンドは表面上理解を示すように見えたが、ユンジュは心穏やかではない。二人の愛情がこのままずっと続くかと思えたストーリーの中盤、母親が急死したため実家に帰るジス。ユンジュは、ジスに会えなくなった時間に堪えきれず、彼女に会いに行く。しかし…。ユンジュを迎えたジスはどことなく冷淡で、ジスの父親もどこか怪訝な表情でユンジュを迎える。このあたりから二人の関係が微妙に変化していく。そして、ジスが実家からソウルに戻り、二人は再会する。

 再会後の二人の愛の行方は観客の想像力にゆだねられている。余談だが、本作では、二人の主人公がタバコを吸うシーンが多い。しかし、それも作品の演出上必然性が感じられるもので、違和感は全く感じられなかった。「心がときめく」という恋愛の本質を描いた秀作といえよう。本作は、全州国際映画祭の韓国コンペ部門で最優秀賞を受賞したほか、バンクーバー国際映画祭、サン・セバスチャン国際映画祭などで上映された。さらに2016年の東京フィルメックスでも好評を博し、韓国では11月からソウル市内のミニシアターで公開がスタートした。

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監督トークショーの模様

 筆者が本作を見たのはソウル随一のファッショナブルな街として知られる狎鷗亭(アックジョン)にあるミニシアターだが、約100席がほぼ満席。かつ女性比率高めの観客層だった。そして上映終了後は自然に拍手が起き、一人も席を立たず、隣の女性が涙ぐむなど、客席全体に感動の余韻が広がったと思っていたら、なんとこの日が上映最終日で、イ・ヒョンジュ監督のトークショーがあることが判明。監督の舞台挨拶のあと、質問コーナーでは10人を超える観客が手を挙げ、ひとつひとつの質問に丁寧に答える姿が印象的だった。

 質疑の中で、ジス役の女優のキャスティングは声を重視して決めたなど、興味深い話も出て、本作の理解がより深まった。1時間にも及ぶトークのあと、監督は映画館の外で出待ちをしていた大勢のファンに囲まれ、気軽にサインやツーショットに応じるなど、気さくな面も見せてくれた。筆者も劇場前で少しだけ監督と話ができた。「日本から見に来た」と声をかけると「どこから来たんですか。ありがとうございます」と答え、「日本でも劇場公開されるとよいですね」と言うと「まだ決まってないんです」と応じた。本作が日本で公開されれば、韓国同様たくさんの観客を魅了することだろう。

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イ・ヒョンジュ監督

 滞在中は他にも映画を見た。とあるきっかけで、10年前に戻ることができる薬を手にした男性をとりまくストーリー『あなた、そこにいてくれますか』は、ユニークな設定が興味深いドラマ。『パンドラ』は、韓国を突然襲った大地震と原発事故がテーマであり、迫力あふれる映像に圧倒された。一方で、少しでも早く避難しようとマイカーで移動する住民で渋滞する様子や避難所の風景などは、東日本大震災を彷彿とさせるものだった。さらに為す術もなく苦悩する大統領や政治家たちの様子が描かれていたことも印象に残る。イ・ビョンホン扮する大物詐欺師とカン・ドンウォン扮する刑事の二人を中心にストーリーが展開するクライム・アクション『マスター』は、豪華キャストとテンポの良さが観客を魅了する作品だ。

 ここ最近のソウルの映画館事情についてふれておきたい。韓国は日本同様シネコン全盛で、CGV、ロッテシネマ、メガボックスの3大チェーンが全国主要都市のターミナル駅周辺などに展開している。一方でミニシアターも存在しており、ソウルを中心にシネコンでは見られない韓国のアート系作品やヨーロッパ映画が上映されている。かつてはソウルの光化門に3つのミニシアターが軒を連ねていたが、ここ1年ほどで2館が閉館した。残念なニュースだが、そのかわりソウルでシネコンにミニシアターが併設されるようになったことは特筆すべきことといえる。筆者が『恋物語』を見たミニシアターも「CGV狎鷗亭」併設のミニシアター「アートハウス」であり、3スクリーンを擁し、熱心な映画ファンの注目を集めている。

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韓国では『君の名は。』が1月より公開中

 なお、映画館事情で以前から変わっていないのは、シネコンでのエンドロール開始と同時の場内点灯と観客早帰りであり、本編上映前に近日公開作品の予告編がなく商品のCMが流れることだ。エンドロール終了前まで室内灯を点灯せず、商品CMがなく予告編が流れるミニシアターとは好対照といえる。


『恋物語』
 原題 연애담(恋愛談) 英題 Our Love Story 韓国公開 2016年
 監督 イ・ヒョンジュ 出演 イ・サンヒ、リュ・ソニョン
 公式サイト http://ourlovestory.modoo.at/
 第17回東京フィルメックス<東京フィルメックス・コンペティション>招待作
 日本劇場未公開

Writer's Note
 hebaragi。ソウル滞在中は映画館にいる時間が圧倒的に長く、映画の幕間での食事処に悩むことも多い。今回は映画館近くの韓国料理店に初めて入り焼き肉を注文したところ、あまりのボリュームに驚いた。映画だけでなく、飲食店との一期一会も楽しみのひとつだ。


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Interview 『キム・ソンダル 大河を売った詐欺師たち』パク・デミン監督 ~現実で叶わない痛快さを映画で味わって欲しい

Text by Kachi
2017/1/9掲載



 ユ・スンホ主演の『キム・ソンダル 大河を売った詐欺師たち』が、1月20日(金)より全国公開される。

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 時は1600年代。李氏朝鮮の民は、大国・清との相次ぐ戦乱に、いつも死と隣りあわせであった。辛くも命長らえたキム・ソンダル(ユ・スンホ)、ポウォン(コ・チャンソク)、キョン(シウミン)の3人は「死んだも同然の命、愉しもう!」と意気投合し、紅一点のユン菩薩(ラ・ミラン)も加わり、天下の詐欺集団として名を轟かせることになる。そんな彼らの新たなヤマは、当時、清への上納品であった煙草の売買で生まれる莫大な利益。順調にことが運んだかに見えた矢先、権力者ソン・デリョン(チョ・ジェヒョン)を敵に回したことで、予期せぬ事件が起きてしまう…。

 勧善懲悪の正統派時代劇であり、かつ俳優陣の個性が楽しめる痛快さが魅力である。今回、コリアン・シネマ・ウィーク2016でのプレミア先行上映会に来日したパク・デミン監督にインタビューを行った。

── 映画を拝見して、俳優に魅力があり、男女や年齢を問わず楽しめる内容だと思いました。監督の前作、ファン・ジョンミンさん主演の『影の殺人』(原題:日本未公開作)も、日本統治下で起きた殺人事件を描く映画でした。監督は歴史的な題材に惹かれるのでしょうか。

「当時こういう事件が起きた」ということより、時代背景そのものが重要だと思います。1600年代や日本統治時代は、自分が経験していない時代なので、現代劇を作るよりも「こういうことがあったんじゃないか?」と、自由に描く余地が広がります。時代劇であるからこそ、より新鮮に考え、自由な表現ができるのではないか?と考えています。実際の史実、当時がこういう時代であったというのは、あくまで背景であって、その中で色々なことが自由に描写できるのが面白いのではないかと思います。

── しっかりと時代考証をした上で、自由に表現されていると思いました。こうしたバランスを取る上での苦労や工夫について教えて下さい。

もちろん、ある程度の時代考証はします。特に建物や衣装は、当時の暮らしを外れることなく復元したいですね。当時の人々の暮らしぶりを見たり感じたりすることができれば、「こういう暮らしをしていたなら、こういうこともあり得るだろう」と、自由な発想が生まれる余地が出てくるからです。例えば、劇中に登場する大規模な堤防は、おそらく当時の技術や条件を考えたら無理でしょう。しかし、当時の朝鮮では作られていなかったにせよ、中国の清で同じような事例があり、その技術を導入したと考えれば、不可能ではなかったかも知れません。前作『影の殺人』についても、発明品が出てきて、その中で更に新しい物を見せていったわけですが、実際に時代考証をして、ちゃんとあったものにどのように新しい物を組み合わせていくかが肝心です。「こういう物が当時できていて、もっと頭のいい人が考えたならこういう物もできたのではないか」という風に、自由の余地を持たせたということです。

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── キム・ソンダル、通称・詐欺師のポンイは軽薄で享楽的、でもやる時はやってくれるというキャラクターです。女装してウィンクもします。演じたユ・スンホさんは、あるインタビューで「普段の自分とポンイはだいぶ違うので、演じるのに苦労した」と話していましたが、大変楽しそうでそのようには見えませんでした。

演技するのに苦労されたというのは、おそらく嘘だと思います(笑)。女装するところも、脚本ではモンタージュとしてほんのワンカット見せる予定だったんです。ただ、準備をしている段階で、本人が「せっかくだからもっとやりたい」と意欲をみせたので、シナリオを長くして一つのシーンとしたのです。もちろん、彼が今まで演じてきたキャラクターとポンイはかなり違っていますので、最初は少しぎこちない部分もあったかと思いますが、テイクを重ねるごとに本人も楽しみながら演じているのが見てとれましたし、もっと笑わせたいと思ってややオーバーに見せることもありました。本人もあれこれ試みていたようです。スンホさんの性格は、基本的に真面目なのですが、いたずらっ子な一面も持ち合わせているので、演技をしながらそういう部分が出てきたのではないかと思います。韓国でのDVD発売の準備で、先日、スンホさんに会ったのですが、「撮影現場に行くのが本当に楽しかった。今でも思い出します」と話していました。彼は子役の頃からずっと演技をしていて、大変な経験もたくさんしているはずですが、「キム・ソンダルのおかげで現場へ行く楽しみを知った」と言っていました。

── 今作が映画初出演であるEXOのシウミンさんですが、詐欺団の末っ子という可愛らしさがよく出ていました。彼の純粋さ、可愛らしさは、映画の中で重要で、大切な役柄だったと思います。韓国のアイドルには「演技ドル」と呼ばれる方々がいて、初出演の映画であっても存在感を放っているのをよく見ます。撮影の時のシウミンさんには、演出でアドバイスなどされましたか。

演技経験のないアイドルといっても、やはりアイドルとしての才能を持ち合わせていて、自己表現という面では皆さん長けているので、「演技ドル」と呼ばれる人たちは、そういう意味で初めての作品でも存在感を残せているのだと思います。シウミンさんは、元々、可愛らしさ、末っ子の弟のように見えるところがあったので、それをどう引き出せるかが作品の鍵になると思い、何か新しく作り出すというよりも、彼が持ち合わせている愛らしさを自然に引き出してあげることが大切だと思いました。毎回シーンの撮影に取り掛かる前にあれこれ言うのではなく、「これは本当に起きていることだ、という風に思えばいいよ」と伝えました。そして「キョンというキャラクターはとにかく愛らしくなくてはいけないから、君はそのようにしていてくれればいいよ」と言いました。

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── K-POPアイドルは、歌やダンスで常に高い水準を求められているので、身体的な勘も鋭いのかなと思いました。

カメラのフレーム内に収めるのが難しいシーンがあったのですが、シウミンさんは自然にカメラに合わせてくれて、一発OKでした。やはり体を使って表現するところは特に上手かったです。

── その他、チョ・ジェヒョンさんら演技巧者が顔を揃えています。彼らは自分の演技スタイルを確立していますが、そういった方々への演出はどのようにされましたか。

チョ・ジェヒョンさんは、現場で自分の演技スタイルにこだわる感じではありませんでした。最初に「自分はこのシーンでどうすればいいか」ということを聞いてくださって、その上でまたご本人の考えや意見などをおっしゃって下さいました。まず、ご本人が考える演技をしてもらい、それでよければ何テイクか重ねてもらった中からいいテイクを取って、監督の私が考えている演技と違うところがあったら、「そこはこのように」とか、「セリフのトーンをこうしていただけますか」とお願いすると、「分かった」とそのまま取り入れて試して下さったので、特に難しいことはなかったです。チョ・ジェヒョンさんご自身も映画を撮られた経験があり、監督と俳優の関係についてよく心得ていらっしゃるので、私のリクエストをそのまま聞いて下さいました。

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パク・デミン監督

── ソン・デリョンのように富を持つ人間が、国のあり方を悪い方に変えてしまうストーリーには、現在の韓国社会における財閥と政治のあり方のような問題が暗示されているのでしょうか。

そうですね。ソン・デリョンという悪役をチョ・ジェヒョンさんにお願いする際、「言ってみれば現代の財閥みたいなもので、色々な悪行をするのを懲らしめる物語です」と話しました。時代背景としては朝鮮時代なのですが、これを現代に置き換えてみれば財閥が富を独占して悪いことをしているという感覚です。実際に起きていることとは違って、なかなか現実には(悪者を懲らしめるということは)叶わないのだけれども、悪い奴らをやっつける痛快な感じを、映画を通して皆さんに感じていただけたらと思います。



『キム・ソンダル 大河を売った詐欺師たち』
 原題 봉이 김선달 英題 Seondal: The Man who Sells the River 韓国公開 2016年
 監督 パク・デミン 出演 ユ・スンホ、チョ・ジェヒョン、コ・チャンソク、ラ・ミラン、シウミン(EXO)
 2017年1月20日(金)より、TOHOシネマズシャンテ、TOHOシネマズ新宿ほか全国順次ロードショー
 公式サイト http://kimseondal.jp/


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