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『少年勇者ギルドン』 シン・ドンホン監督ティーチイン

2012/6/27掲載


 「シネマコリア2009 ~韓国古典アニメ特集~」では、韓国初の長編劇場アニメーション『少年勇者ギルドン』を上映し、シン・ドンホン監督のティーチインを開催しました。このリポートでは、その詳録をお届けします。シン監督は日本語が達者で、舞台挨拶やティーチインはすべて日本語で行われました。その情熱的でコミカルな語り口を伝えるために、ここでは監督のお話をその言い回しも含めて完全採録しています。

 どうぞ、お楽しみ下さい。


シネマコリア2009 ~韓国古典アニメ特集~
2009年11月7日(土)
愛知芸術文化センター アートスペースA
ゲスト:シン・ドンホン(『少年勇者ギルドン』監督)
司会:林緑子(ANIMATION TAPES)
採録:加藤知恵
写真提供:アニドウ


『少年勇者ギルドン』


 原題 홍길동 ホン・ギルドン 英題 A Story of Hong Gil-dong
 韓国/1967年/75分/16mm/1.33:1/color/モノラル/日本語吹替版
 監督 シン・ドンホン
 声の出演(日本語吹替版) 千葉耕一、加藤精三、香山裕、島つかさ、野島昭生、野沢雅子
 作品提供 神戸映画資料館



あらすじ
 朝鮮王朝時代、名門の一族だったギルドンは庶子であったため出奔。義賊となって、不正をはたらく役人を懲らしめる。

解説
 記念すべき韓国初の長編劇場アニメ。公開当時、年間興行成績2位のヒットとなり、日本にも輸出された。主人公の洪吉童(ホン・ギルドン)は、韓国の伝統的ヒーロー。ハングルで書かれた最古の小説『洪吉童伝』で描かれた義賊であり、その活躍は映画やTVドラマ、アニメなどで繰り返し映像化されている。本作は監督シン・ドンホンの実弟シン・ドンウが描いた漫画『風雲児ホン・ギルドン』をアニメ化したもの。チャドルバウィ(日本語吹替版では「チビ助」)という原作小説にはないユニークなキャラクターが登場するほか、フュージョン調の「アリラン」に合わせて骸骨がダンスを踊るなど(日本語吹替版ではBGMが変更されている)、ユーモアたっぷりの楽しい作品に仕上がっている。音声と登場人物の口の動きをあわせるため、ディズニー・アニメでよく採用されるプレスコ方式で製作された。プレスコとは、アフレコの反対で、台詞や音楽・歌を先に録音し、それにあわせて作画する方法。



フィルム復元の経緯とシネマコリアでの上映
 本作はオリジナル・フィルムが消失しており、韓国では長らく「幻の作品」となっていた。しかし、日本に残っていた吹替版16mmフィルムの存在が韓国側の知るところとなり、日本語版をベースに韓国語版35mmフィルムが復元され、2008年から韓国内の映画祭で復活上映されている。シネマコリア2009では、復元された韓国語版の元になった日本語吹替版16mmフィルム(神戸映画資料館所蔵)で上映した。

シン・ドンホン 申東憲
 1927年生まれ。ソウル大学在学中の1947年に『スティーブの冒険』を発表し漫画家デビュー。1960年にプレスコ方式で製作した「真露焼酎」の劇場用アニメCFが話題となる。『うま年生まれの花嫁』(1966年、キム・ギドク監督)などのオープニング・クレジット・アニメを担当した後、1967年に韓国初の劇場用長編アニメ『少年勇者ギルドン』を製作。同年、続編にあたる『ホピとチャドルバウィ』を発表。70年代初めまで新聞や雑誌に時事漫画を連載。人気漫画家として活躍した。1987年にTVアニメ『赤ちゃん恐竜ドゥリー』を発表。最近では、『少年勇者ギルドン』誕生40周年を記念して作られたドキュメンタリー『失われてしまった記憶、漫画映画「ホン・ギルドン」』の監督をしている。



舞台挨拶


林:皆様、本日は「シネマコリア2009 ~韓国古典アニメ特集~」にご来場いただきまして、誠にありがとうございます。私はこの回の上映の司会を担当させていただきます林緑子と申します。どうぞよろしくお願い致します。この回はシン・ドンホン監督の『少年勇者ギルドン』を上映致します。それでは上映の前に、シン・ドンホン監督をご紹介致します。シン・ドンホン監督、どうぞお願い致します。

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監督:ご挨拶を日本語で失礼します。少々まずくてもよろしくお願いします。僕がこの映画を作ったのは今から43年前の1967年で、どうしたわけか41年間、韓国でも幻で、上映されることがなかったし、41年間ね。それで僕も41年ぶりに見たんですよね、初めて見たんですよ。それで、ちょっとご挨拶が長くなりますけども、どうしたわけか映画会社にもこれがなかったもので、ずっと幻のアニメとして通ってたんですけど、昨年ね、日本の名前はちょっと忘れたけど誰かが、16mmのこれを持っていると。それで、金という若い大学の助教授が日本まで行ってそれを訪ねて買って、韓国で復元したんですよ。ただちょっと聞けば、今日の台詞がね、日本語の吹替えがあるでしょ、僕はリップシンクといって唇とか、音楽を正確に合わせるのが、ちょっと台詞なんか日本語に吹替えたらね、合わないところがあるかもしれないですけども、よろしくご了承願います。以上です。

林:シン・ドンホン監督ありがとうございました。監督には上映後に行いますティーチインのコーナーで再びご登場いただきます。尚、ご入場の際にお配りしましたパンフレットの中に、質問用紙が入っております。ぜひそちらへシン・ドンホン監督への質問を書いていただければ幸いです。



作品上映




 YouTube で2分程度のダイジェストをご覧いただけます。シネマコリア2009では日本語吹替版で上映しましたが、YouTube の動画は韓国語版です。なお、シネマコリア2009での上映当日、映写トラブルにより上映がストップいたしました。記してお詫び申し上げます。



ティーチイン


監督:まあ、落語スタイルでいうと、お粗末の一席でした。いくら見直してもやっぱりね、半世紀ほど前のあれだから、本当に、古いといったらそういう感じだけれども。また途中で何か故障を起こして、色々あれがスムーズでなかったのはお詫びします。それで今から半世紀ほど前だから、色々苦労しましたよ。皆さんご覧のとおり、セルのフラッシュがあるでしょ。あれもなぜかと言えば、あの時、韓国ではセルロイドのこれは無かったのよ。輸入もだめだし。それでね、アメリカ軍の空軍の使う偵察用のフィルムなんですよ。あれが時効が切れると市場に安売りして出てるのよ。それを安値で買って、そのゼラチン膜を、今度は二日ほど苛性ソーダ(=水酸化ナトリウム)に浸してゼラチン膜を剥がして、そんな風にして透明なセルロイドを作って。そんなほどに、もう苦労、もう一度あんなの作れというのはご免ですよ、本当にもう。経済的にも家を一軒持っているのをみんな売り飛ばしたしね、苦労ばっかりしましたけども、まあ何とかして韓国のアニメの歴史に残る作品を一度作った、そのプライドはね、今思うとまあそういうことなんです。それで、とにかく試行錯誤も色々あったし、最初に、みんなスタッフも初めてのあれだから、その前に広告(CF)の時は、僕とシンと、日本語で言えばシン・ドンウという僕の末の弟だけども、今から14年程前に彼は死んだんだけども、彼も僕と同じあれなんですよ。だからこの原作は今から400年ほど前のホ・ギュンという人だったけれども、これを『少年朝鮮日報』といって子供用のね、そこに週に一回ずつ連載したのが僕の弟で、それを基礎にして僕がさらに映画用にこのようにして。まあ我々兄弟、僕と末の弟、僕は7人兄弟ですよ、僕が5番目で、末の兄弟が一番末っ子の7番目で、その二人が職業も同じだし。まあ惜しくも14年前に58歳で彼は死んだんだけども。それで本当に苦労をしまして。スタッフがみんなあの時、長編を作る時は大勢のスタッフが必要だから、それがみんな経験ない、みんな初心者と言いますか。そういうのを駆り集めて、そのようにして最初2ヶ月か3ヶ月苦労して作ったのを見るとね、ラッシュを見ると、もうだめなんです、動きも。それで惜しげもなくそれをみんなNG出して捨てちゃって、またやり直して。もう最後のね、一番最後になると、もう半ヶ月ほど、僕も含めてみんなスタッフが、一日に2時間か3時間位しか眠る時間がないの。そうなるとどうなるかというとね、非常に気が荒くなっちゃってね、ちょっとのことでもスタッフが喧嘩を起こして、もうちょっとこれが(頭が)荒れてくるのよ。まあそういう辛い経験ばかりしたんだけども、でも40何年か前に、43年前に作ったんだけどね、今見ると、ちょっと恥ずかしいんだけど懐かしいし。まあそういうあれですよ。

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林:音声が日本語の吹替版で本日は上映させていただいたので、映画の音声が実際にシン・ドンホン監督がお作りになられた時とは違ったものになるんですけれども、監督はアニメーションをお作りになる時にものすごく音楽や音にこだわりをお持ちだとお伺いしたので、その辺りの音楽についてのお話をお聞かせいただければと思いまして。あと今日の日本語吹替版のご印象はいかがだったでしょうか。

監督:それは音楽のことですよね? もうこの歳になるとやっぱり耳がすごい遠くなってね(笑)。とにかくただ一言言いたいのは、今からもう半世紀ほど前に、僕はいろんな趣味のある男なんですよ。あれこれ、例えば音楽も好きだし、音楽は特にクラシックがあれだけどね、それも亡くなった日本の手塚治虫さんとちょっと似たところがあるんだ。だから彼と僕は生前には非常に個人的に親しかったんだけれども、彼も大学は大阪大学の医学部なんですよ。だから医学の博士号も持ってるのよ、手塚さん。外科・腸外科の医者の。それに、彼はアコーディオンも上手いし、ピアノも上手いしね。僕もまずいながら約10種類ほどの楽器をいじったことがあるんですよ。トランペットから、クラリネットから、バイオリンから、ギターから、マンドリンから、もう何から10種類ほど。そんな経験がね、こういう漫画映画を作るのに非常に助けになるんですよ。それで僕は韓国では初めて、いわゆるオーディオ・ビジュアル・シンクロナイゼーションといって、音と画面がぴっちり合うようなね、そういうテクニックと言いましょうか、そういうのを初めて開発したのが韓国では僕なんです。それであの時は、外国のアニメの参考書もなかったし、先輩もいないし。そういうのを全部音楽のあれ、モジュレーションでもって、昔のフィルムを見たらフィルムの横側にサウンド・トラックのモジュレーションがあるじゃない。それをいちいち分析して、それに絵を合わせると。唇もそうだし、唇も台詞もみんな録音を、声優使って先に録音するんですよ。だからストーリー・ボードを作って声優たちに見せたら、「君たち、ラジオ・ドラマみたいに十分に感じを出して録音してくれ」と言ったら立派にやるんですよ。それを絵に直してね。それを英語でオーディオ・ビジュアル・シンクロナイゼーションというんだけども、それを最初に開発したのも私ですし、まあ色々韓国では苦労もしたんだけれども、やっぱり今になって考えると、やり甲斐もあったんじゃないかと、そんな気がします。

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席から立ち上がり、身振り手振りを交えて大熱弁

林:ありがとうございます。監督にとって、この『少年勇者ギルドン』という作品の一番の魅力、例えばキャラクター、ストーリー、それから時代設定、色々な魅力があると思うんですけれども、何が一番魅力で映画化をされたんでしょうか。

監督:この原作は、先ほどもちょっと触れたんだけれども、ホ・ギュンという人が今から400年ほど前に、あの時はもう韓国の社会も、いろんな政治的に腐敗した、それに対する一種の革命的な、そういう一種の風刺というかな。だからこの原作者ホ・ギュンという人は革命的なあれだったもので、最初は革命を起こすのに失敗して、捕らえられて首切られて亡くなった人だけれども。400年ほど前。彼のもう一つの貢献というか、それは何かというとね、小説に初めて韓国のハングルあるでしょ、ハングル。その小説を初めて書いた人が、ホン・ギルドンの原作者のやっぱり彼ですしね。それで彼は、彼自身が革命に失敗してね、首を切られて死んだでしょ。それを、この中のチビ助あるでしょ、あれは僕の弟が新聞に連載する時に、彼のキャラクターですよ。

林:漫画のキャラクターですよね。

監督:だから原作とは大筋その通りだけどもね、部分的なあれはみんな僕と僕の弟のね、われわれ兄弟の創作と思ってもいいんです。

林:やはり原作のしっかりした小説のところに、更に監督と弟さんが、色々な魅力を付け加えていかれた。そこにまた魅力がある、ということでしょうか。

監督:ええ、そういうことです。大筋では原作に則ってるんだけれども、部分的なあれはみんな漫画的なあれがないと、まあそういうことなんです。

林:ありがとうございます。それではお時間が半ばくらいになってきましたので、そろそろ会場の方から、お配りしてあります質問用紙をお書き下さっている方がいらっしゃいましたら回収したいと思います。スタッフの者が今廻りますので、よろしければスタッフの者にお渡しいただければと思います。お願いします。それでは回収していただいている間に、公開当初この作品が韓国で初公開された当時は大ヒットしたという風に伺っているんですけども、その大ヒットした理由は何だとお考えでしょうか。

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監督:その前に、やっぱり初めての長編だし、また先ほども言ったように、弟の連載が人気が良かったのよ。だからそれを映画にして、それが一番館、封切り館ではわずか15日、2週間だけ上映したのよ。まだ一日に5千名ほど入る時に、二番館に回したんですよ。なぜ二番館に回したかというと、あの時旧暦のお正月があるでしょ。韓国では旧暦のお正月は派手にやるのよ。だから二番館に回したの、一応。そして一番館では、先ほども言ったように、一日に5千名ほどまだ入るのに切り上げて、向こうにね。それでその年では、他のライブ(実写)のドラマだけども、あれが観客動員数で一番、このホン・ギルドンは二番。しかしあれは三ヶ月の間上映して、これはわずか半ヶ月の間。まあそういうあれで。ただ一つ付け加えて言いたいのはね、僕は今もそうだけれども、悪役あるでしょ、悪い人とか。ただ漫画にはね、あくまでも漫画映画だから、ギャグですね、ギャグがあってほしいんですよ。これはちょっと悪口を言いたくないんだけれども、日本の近頃のアニメを見ると、あんまりインパクト、衝撃とかこういうのがひどくてね、頻繁に出ていてね、ギャグがちょっと少ないんだよ。漫画映画の本質はやっぱりちょっと可笑しいところ。それからご覧の通り、悪者のね、悪役あるでしょ、あれもちょっと可愛いところが時々あるじゃない。何か、こんなのが必要じゃないかと思うよ。例えば一つ具体的に言うと、先ほど皆さんのご記憶に残っているかは知らないけど、柱を引き抜いて投げるでしょ。そうするとみんな平たくなって、柱がこう来るとまた蘇って逃げるとかね。そのままそこで殺してしまわないで。そういうあれがね、漫画映画にはちょっとあってほしいんじゃないかと。それともう一つは、虎が恩返しをするでしょ。ああいうのもね、やっぱりこの漫画映画っていうのは、幼い幼年、少年が主な観客だからね。だから教育的とか、そういうのもちょっと必要じゃないかと。僕は今も昔も、もう今は漫画映画はみんな若い人たちがやって、僕なんか古くなっちゃって引退したんだけれども、後輩に向かってしょっちゅう韓国でもそういうことを言ってます。ギャグを忘れないこと、それから音とビジュアル、オーディオ、これをきっちりシンクロナイズ、そういうのをやってほしいと。ところがそれがうるさいのかどうか知らないけれども、あまり若い人たちはそれを守らないよね。それがちょっとね(笑)。まあそういうことで。

林:そうなんですね。わかりました。ありがとうございます。いくつか会場から質問をいただきましたので、ちょっと私の方からいくつか質問させて下さい。製作をされるにあたって海外のウォルト・ディズニーの作品や日本のアニメーションなどを参考にされたり、意識されることはありましたか?

監督:まあそれは率直に言って、先ほども申し上げたように、あの時は書物もないですよ。それから韓国では当時長編漫画映画だったらディズニーくらいのもの。それからジョン・ハラスの作った『アニマル・ファーム』という、『動物農場』というのかな、それぐらいのものですよ。だから全然参考のあれもないんですよ。それともう一つ付け加えたいのは、影の部分があるでしょ、影の。あれも韓国では最初に僕が。あれはどこからヒントを得たかというと、私はね、天文学もちょっと好きなのよ。僕みたいな人間はあまり褒めたことじゃないけど、色々あれこれほっつき回る男は、いつもこれ(お金)には苦労しますよ(笑)。それで天文学が好きなもんでね、それでもってヒントを得て、あの影は「二重写し」というのよ。それを後で見たら、やっぱりアメリカとか先進国でもその方法。ところが僕は先ほども言ったように、何も参考になる書物もないし、先輩もいないんだから、みんなそういうのは僕自身が韓国で最初に開発して。まあこれはちょっと自慢してもいいんじゃないかと。まあそんなことなんです。

林:アニメーション以外の色々なジャンルのものを参考にされて、今のこちらの作品が出来上がったとのことです。それでは、次の質問よろしいですか? この作品は日本に昔輸出をされたんですよね? だから日本語吹替版で今日上映できたんですけれども、日本へアニメーションを輸出することに対して、当時どんな風にお感じになりましたか?

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日本で上映されたときの資料。
「20世紀フォックス超大作■日映株式会社教育部」の文字がある。

監督:そのことはね、僕は製作社は世紀商社といってね、当時は韓国で一番大きな製作会社だった、そこだったの。ただ僕は監督であって、映画会社のことを悪く言いたくはないんだけども、後でどうしてこれが日本に来たのか、そういう経歴は全然知ってないですよ。だから今詳しく申し上げることはできないのよ。ただ40何年間くらいこれは、先ほども言ったように、幻のアニメーションといって韓国になかったのよ。それがたまたま日本で誰か個人が持ってると。そのようにして復元して今韓国でも回してるんだけれども。それでもって僕は、そういうあれに対しては非常に日本サイドに感謝しています。でないと永遠にこれが埋もれてしまう。

林:本当に貴重なフィルムが見つかって、私も今日拝見できて嬉しい限りです。はい。それでは、この作品は手書きアニメの、とても温かみのあるキャラクターで、大変手間が掛かるお仕事だったと思うんですけれども、どれくらいの人手と、それから製作にどのくらいの時間がかかったのでしょうか。

監督:一番最初に映画会社から長編を作ろうと、その前に僕はコマーシャル・フィルムを約6年間ほど作って。こっちもちょっとあるんだけどね、眞露とか焼酎のいろんなのがありますよ。それがちょっと人気があったもので。だからサウンド・オーディオ・ビジュアル・シンクロナイゼーション、それはみんな僕はコマーシャル・フィルムの時に実験済みだったからね。それで映画会社で、長編作ろうじゃないか、じゃあ何にしようかと。その時に先ほども言ったように、弟が少年新聞に連載しておったのが人気があったもので、これをベースにしたらどうだと言ったら、ああ良かろうというわけで、これになったわけですね。それで、まあ色々苦労しましたよ、本当に。もう一度繰り返すのはご免ですよ、本当に(笑)。そういうことで。ただ繰り返しますが、日本でこんな風にキープしてくれてね、それを復元して、それは本当に何度感謝しても。

林:はい。ありがとうございます。この本日のフィルム、先ほどからお話にありますように、日本で再発見されたものとのことですけれども、監督が最初に制作されたオリジナルのものから失われていったシーンはあるんでしょうか。

監督:はい、ありますよ。今の上映時間、ランニング・タイムは、正確に言えばちょっと故障が起こって延びたんだけれども、1時間6分かそこらなんだよね。本来は1時間10分ちょっとします。それで何カットかどうしたわけかなくなってね、そういうことだし。まあとにかく言う度に苦労したあれが、あるばかりですよ。辛い記憶ばっかり。

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林:ありがとうございます。女性が、ヒロインが出てきますよね。女性が馬に乗るシーンがありますけども、原作にはそうした女性の活躍シーンはあるのでしょうか。それとも脚色をされたのですか?

監督:それは恥ずかしい話なんだけども、僕は原作(朝鮮時代の小説のこと、アニメの直接の原作は小説を脚色した実弟のマンガ)は読んだことがないんですよ(会場笑い)。

林:そうなんですか。

監督:もう答えようがないんだよ。ただ僕はホン・ギルドンでこういうのはあるなというのは知ってたんだけれども、それでホン・ギルドン作ろうじゃないかと。それから弟の漫画あるいは何やら見直してね。だから弟のあそこにいろんなキャラクターがあるんだよ。ひげもじゃキャラクターとかそれはみんな原作にないあれなんですよ。だから、まあそういうことなんです。あんまりこうしてると恥さらしになっちゃって。

林:とんでもないです。ありがとうございます。この作品の中では、親子の愛や人としての義を重んじることや、様々な価値観もユーモアの中に込めながら描かれていると思うんですけれども、作品の中に描かれているそうした価値観や倫理観は、監督が制作された当時、時代とはどのようにマッチというか、合致、合った部分があったのでしょうか。それからそれが現代にも通用する普遍性のあるものだと思われますか?

監督:ただね、例えば親孝行とか、こういうのは特に東洋では親孝行が非常に重要だけれどもね。孔子様もそんなことを強調したし。親孝行とかこういうのはね、人間としてそれはどの国を問わず非常に重要な一つのエッセンスじゃない、人間らしさのね。それと先ほども言ったように、動物さえも恩を返すとか。それから妾の子だといってギルドンが家を出たでしょ。あの親父が、月夜のあそこにあるじゃない。「はい、お父さん」と言ったら、「お前、もうお父さんと呼ぶな、お前はもうお父さんと呼ぶ資格ない」と言って、あの時、涙して行くのがあるじゃない。それで最後にきて親父が「おお、父と呼んでくれ」と。こういうのはね、人間の。だから私が何度も強調したいのは、近頃特に漫画映画は、幼いジェネレーションが主な観客だから、親孝行とかいろんなこういうのをね、強調してほしいんですよ。ただ惜しむらくは近頃みると、日本のそれもそうだし韓国もそうなんだけどね、もうそんなのお構いなしだ。何か衝撃ばかりやってるような、インパクト、そういうのがあまり多すぎるよ。何度も繰り返し申すんだが、そういう人間的なそれは、いくら漫画映画でも根底に流れてなくちゃだめなんだと。それとギャグ。何か可笑しい、これが時たま混じって、それが漫画映画のいわゆる本性ではないかと。そんな気がします。

林:わかりました。人として大切なことを子供たちに伝えること、そしてそれにユーモアを交えながら伝えることがとても大切だとお考えですね。

監督:だから思い出したんだけれども、「この犬畜生みたいな野郎」とか何とかいうでしょ。でも良く考えてみると、犬畜生の方が近頃人間より遥かに道徳的に上の動物で。本当よ。こちらはどうかわからないけど、韓国の諺では、犬に食べ物を3日間与えると生涯忘れない、その恩をね。だから犬畜生よりも獣みたいな奴が世の中にはいっぱいいるよ。だから動物も恩返しをするという、こういうのを強調したかったの。

林:なるほど。ありがとうございます。あともう2つぐらいご質問させていただいてよろしいですか。監督が一番お好きな、他の方が作られたアニメーション作品など教えていただきたいんですけれども。

監督:ええ。この次に上映する金監督のあれも、年齢からいって金監督は僕の10年ほど後輩だけれども、色々若い人たち、今も作ってますでしょ。だからあまりどうのこうのと干渉しすぎると、この老いぼれ何を言うかといってね。だから口を挟みたくないのよ。そういうことで、まあそういうことなんです。

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一緒に来日された『ロボット・テコンV』のキム・チョンギ監督(左)と

林:わかりました。監督がお好きなアニメーション作品は何かありますか?

監督:ああ、他の国の。先ほども言ったように僕の長編にはやっぱりウォルト・ディズニーのね。それから英語ではエクスペリメンタル・アニメーションという、実験アニメですか。こういうのは、短編だけれどもカナダの National Film Board(国立映画制作庁)とか、そういう。ところがあれも問題があるのよ。近頃 Film Board もちょっと弱くなっちゃってるのよ。なぜならば、政府の援助が、あれ自体は金にならないからね。だから経済的なあれが減ってね、この先どうなるかわからないらしい。だから私の場合は短編ではノーマン・マクラレンとか、それからドレッセンとか…

林:ポール・ドレッセンさんですね。

監督:オランダの。彼もカナダに移民して、National Film Board で作ってたんだけれども、ドレッセンなんかとは僕会ったこともあるのよ、あの人とは。マクラレンは僕よりも15歳前の人だから、1914年だから、13年ほど前。もう亡くなったんじゃないかなと思うけど、もし生きておれば95歳ですよ。まあついでながら、マクラレンという人となりがまた面白い男ですよ。彼はね、フィルムの上にですよ、直接スクラッチ、こうしてアニメーションをやって…

林:シネカリグラフィですね。

監督:どうしてそういうことをやったかというと、お金がないからみんな時効の切れたフィルムを買って、それでこんな風にしてやったと。面白い。それから『ネイバーズ』というお隣さんのね…

林:『隣人』という作品ですね。

監督:有名な10分ほどの映画ですが、それは手でやるんじゃなくて実写のコマ落としをやっていく、音楽に合わせて。あれがね、有名なオスカー賞を貰ったの。あの時、マクラレンがちょうどどこに行っていたかというと、インドにいっておったの。インドに出てアニメーションの何か教育のこれで。それでオスカー賞をもらったのよ。それでカナダにいる親友が電話をしたわけよ、マクラレンに。「おい、ノーマン、喜べ。貴様オスカー賞をもらったぞ」とかなんとか言ったら、ノーマンいわく「Who is Oscar?」「オスカーって誰かね?」ってオスカーが誰かもわからない。それから帰ってきて人に、オスカー賞もらったからね、舞台に立って何か言う機会があって、オスカー賞を貰った感想をちょっと話してくれとこう言ったら、「いやだ、僕はそんなのはいやだ」というのを無理に引っ張ってきて、マイクの前に立たせてそうしたら、マクラレンがね、ペコっと挨拶して、あとはもう逃げちゃって。それで僕はカナダにいる時これを英語で読んで、「He scootered」って我々の乗り物があるでしょ、それしか知らなくてね。それで辞典で調べ直してみると、スクーターっていうのは、逃げる、あれもスクーターというらしいですね。一言も言えずにね。そんな男なんですよ。だから非常に突飛な男なの。だから漫画映画を作ってるこういう人は何かすごい突飛なところがなくちゃね。まあそういうことなんです。

林:ユニークな方が多いということなんですかね、アニメーションを作られる方は。

監督:ええ。今、日本もそうですけども、韓国も溢れてるの。だけど一体それがこの先どうなるかっていうのは心配だけどね。だから需要よりは供給がちょっと。今は韓国でもアニメーションは重視してるけどね、何千人かそうなんだもん。日本も何万人かになるでしょう。これがちょっと心配なのよ。

林:わかりました。では最後に一つだけ。シン・ドンホン監督にとって、アニメーションはなんでしょうか。

監督:なんでしょう、アニメーションは。(マクラレンが逃げたときの真似をして)そういうの聞かれるとこうやって(笑)。いや僕はね、先ほども言ったように、色々ほっつき回る、ちょっと興味が多いというか。関心が多いという、そんな男でね。良いのか悪いのか知らないけれども、生まれた時からそうなの。だから物理も好きだし。大学も美術大学じゃなくて工科大学なんですよ。工科大学の建築科だけれどもね、ソウル大学の。まあ僕から言えば、そういういろんな、天文学も好きだしね、先ほど言ったように。二重写しやった影も、あれなんかみんな天文学も好きだから、そこからヒントを得たものなんです。天文学の、皆さんご存知かもしれないけども、アメリカにパロマ山天文台っていうのがあるんです、大きな天文台。そこに行ってみるとね、物好きなアメリカの観客もあまりいないのよ。天文台はドームになっていて。僕はそこに3回も行った。なぜかと言うと、パロマ山、あれがスタートしたのが1948年かそうよ。それでパロマ山に行ってみたら、これはちょっと余計な話になるんだけれども、天文台の横に資料館といって、そこの望遠鏡で、オプティカル望遠鏡で撮った写真を展示する展示室があるのよ。そこに入ってみたらね、こんな宇宙の星座のなんかこのぐらい薄暗い点みたいなのがあるんだ。そこに矢印があって、下に説明がしてあるのよ。これがこのパロマ山天文台の200インチ望遠鏡で撮った一番遠くの星雲だといってね。それで、驚かないで下さい。その星雲の距離が地球からどれくらいあるかというとね、「2 billion light year away」ですよ。だから20億光年だよ。つまりその星雲から出発した光がね、あそこまで届くのに20億年かかったのよ。それをとにかく写して撮ったんだから。それで僕は天文学のあそこに勤めてる人に、どんな風にして撮りましたかと言ったら、薄いあれをね、一度何かしたら撮れるんじゃないと言うの。今日露出して、翌日また同じところくらいで光を溜めてやっとキャッチするという。

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林:長時間露光ですね。

監督:それを応用して僕は影を二重写しして。だから天文学が好きなのも、こういうのを作るのに助けになりました。

林:色々なものがアニメーションに集約されていて、人生そのものという部分があるということでしょうか(会場笑い)。

監督:正にこれが、アニメーションは哲学ですよ。まあ僕は非常に苦労もしたんだけどね、僕は好きなことをやれて、これが楽しいし。また今はもう現役から離れてる状態だけれども、今もやっぱりちょっと忙しいんですよ。今はクラシック音楽のあれで忙しいの。

林:クラシック音楽の批評などを雑誌に書かれてるんですよね。

監督:それから小さいサロン・ミーティングみたいなところへ行って、コンサートみたいなのの解説もするしね。それもやっぱりあまりお金にはならないけどね、老後を楽しむにはいいんですよ。

林:豊かな老後を過ごされているんですね。どうも今日は本当にありがとうございました。

監督:どういたしまして。

林:それでは監督は、この後またトークの時にご登場いただきますので。ありがとうございました。

監督:どうもありがとうございました。


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Review 『Green Days~大切な日の夢~』

Text by mame
2012/6/25掲載



 企画から完成まで11年の歳月をかけたアニメーション。何につけスピードが求められる韓国において、この制作期間の長さは特殊だ。


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 作品は、1970年代の韓国の田舎を舞台に、女子高生の初恋と将来への希望を描いている。CGを最小限に抑えた手作業によるアニメーションは、細部まで丁寧に手が入れられているだけあって、日本のアニメにはない、韓国独特の空気感を醸し出している。特に目を見張るのが背景の美しさで、当時の韓国の街並を私は知らないが、線路のすぐそばに家があったり、坂の多さは今のままだったり、と現在の街並と比較して見ることができ、とても興味深かった。季節によって背景全体のトーンが変わっていくのも美しい。

 気になったのは、背景の豊かさに比べると、人物の表情の種類が乏しく、物足りなさを感じたこと。1970年代の、しかも田舎の物語ということで、充分ノスタルジーを感じられそうな設定なのに、人物になかなか感情移入できないのは惜しい。ストーリーも、いろんなエピソードを入れすぎてしまって、中途半端に終わってしまっている。垢抜けた転校生への劣等感、負けるのが恐くて逃げ出してしまった陸上、初めての恋…。もう少しテーマを絞って、コンパクトに収めても良かったのではないだろうか。アニメの醍醐味である、ファンタジックな場面、たとえば耳の聞こえない叔父さんと会話するシーンなどは見応えがあって良かった。


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 今まで韓国のアニメーションというと、子供向けのものしか想像できなかったが、この作品はそんな現状から脱却して、新境地を切り拓こうという作り手の思いが伝わってくる。韓国アニメでこうしたリアルなテーマを扱った作品はなかなか無い気がするので、観終わったときも、とても新鮮な気分になれた。

 この作品を観て思い出したのが、私が留学時代に感じた韓国と日本の学生の美術作品の違いだ。韓国の学生は基礎レベルが恐ろしく高い。たぶん、入試のレベルが高いので、基礎レベルも自ずと高くなるのだろう。ただ、基礎が出来上がってる分、自分が「これ!」と決めた作風を貫く傾向があるので、どの作品を観てもひと目で誰の作品かわかるようになっている。が、それはそれで少し面白みがない。対して日本の学生は入学後、試行錯誤しながら自分の作風を探っていくので、完成度は低いが、思わぬ魅力を発見できたりして、面白みがある。この映画も、作画の統一感に力を入れ過ぎて、ストーリーが散漫になってしまった感がある。が、それもひとつの個性と考えれば、CG全盛の現在にあって、日本のアニメが『Green Days~大切な日の夢~』を通じて、手作りの良さを再発見したり、韓国も日本の作品を通してアニメーションならではの斬新なストーリー作りに挑戦してみるなど、双方の刺激になれば面白いのではないだろうか。


『Green Days~大切な日の夢~』
 原題 大切な日の夢/英題 Green Days/韓国公開 2011年
 監督 アン・ジェフン、ハン・ヘジン 声 パク・シネ、ソン・チャンイ
 真!韓国映画祭2012の一本として上映。同映画祭はK's cinemaにて開催、
  2012年6月23日(土)より名古屋・シネマスコーレ、夏、大阪・第七藝術劇場にて開催!
 映画祭公式サイト http://blog.livedoor.jp/kinoeye/

Reviewer's Profile
 mame。1983年、岡山県生まれ。2004年、韓国・弘益大学美術学部に交換留学。韓国映画は留学を決めるきっかけにもなった。専攻は木版画。現在は会社勤めをしながら作品制作を続けている。





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Review 『道 ~白磁の人~』

Text by mame
2012/6/20掲載



 朝鮮白磁を初めて見たとき、まずはその滑らかな白さに心を奪われた。それでいて朝鮮の人々が普段使いに愛用したというのもうなずける、ふしぎな親しみやすさを持っている。そんな白磁のような人と称されたのが、この映画の主人公である浅川巧だ。巧は朝鮮民芸の研究家である浅川伯教の弟だが、日本でその名を知っている者はほとんどいないのではないだろうか。

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 林業を志す若者だった巧(吉沢悠)は、1914年、日本統治下にある朝鮮に兄一家を頼ってやってくる。そこで彼を待っていたのは、度重なる戦火によって荒れ果てた朝鮮の山々。“朝鮮の山に緑を戻す”という強い決心を胸に、林業試験所で働き始めた巧はチョンリム(ペ・スビン)という朝鮮人の若者と出会う。日本語での会話が義務付けられている職場で、巧はチョンリムから朝鮮語を習い、苗木を共に育て、朝鮮の山に緑を戻すという夢を共有する。

   「ありがとうという言葉も知らないなんて、恥ずかしい」

   「人間に、以下も以上もあるものか!」

 なんとかして朝鮮人と心を通わそうとする巧の言葉は心に残る。それに対してチョンリムは、

   「朝鮮人の服を着れば、朝鮮人になれるとでも思っているのか」

   「貴方は何もわかっていない。皆が貴方に優しいのは貴方が日本人だからだ」

と憤る。巧が思っているよりも日本人と朝鮮人の間に広がる溝は深く、度重なる日本政府の弾圧により、朝鮮人の反日感情は日増しに高まっていく…。

 浅川巧という実在の人物がなしえた功績は、のちに朝鮮民芸を広く世に知らしめた柳宗悦に比べると小さいかもしれない。しかし、朝鮮の山々に緑が還る日を夢見て、木を植え続けた日本人がいたということは、私達日本人にとって、大いに誇れることで、知るべきことである。浅川巧の生涯は、日本人である前に人間としてこうありたいと思える生き方であったが、日本の朝鮮支配が進むこの時期にそうした生き方を貫くことがどれほど難しかっただろう。どんな大きな木も、最初は小さな種から始まる。私達の周りにある木々も、今の大きさになるまでにどれだけの時間を要したことだろう。木が根を張り枝を伸ばしている間、私達はそれに見合う成長を続けているだろうか? 巧が植えた松の木は、今は韓国となった朝鮮で根を張っている。今の朝鮮は、巧が夢見た緑の山々に囲まれているだろうか? そして、朝鮮と日本の関係は、あの頃より良くなっているだろうか?

 監督は、事実を基にした良作を手がけることで知られる高橋伴明。こうした作品が日本人によって映画化され、日韓双方のスタッフの協力によってできあがったのはとても喜ばしいことである。日韓両国の人に見てもらいたい作品だ。

※ ツイッターでのご指摘を受けて、「戦時中にそうした生き方を貫くことがどれほど難しかっただろう」の「戦時中」を「日本の朝鮮支配が進むこの時期」に修正させていただきました。ご指摘いただきました方には記して感謝いたします。(2012/6/25)


『道 ~白磁の人~』
 日本映画/英題 Hakuji No Hito/2012年7月12日韓国公開
 監督 高橋伴明 主演 吉沢悠、ペ・スビン
 2012年6月9日(土)より、新宿バルト9、有楽町スバル座ほかにて全国ロードショー
 公式サイト http://hakujinohito.com/

Reviewer's Profile
 mame。1983年、岡山県生まれ。2004年、韓国・弘益大学美術学部に交換留学。韓国映画は留学を決めるきっかけにもなった。専攻は木版画。現在は会社勤めをしながら作品制作を続けている。





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Review 『短い記憶』

Text by mame
2012/6/19掲載



 ヘファ(ユ・ダイン)とハンス(ユ・ヨンソク)は、若くして子を授かるが、子供は生まれてすぐに死んでしまう。父親であるハンスは、子供が生まれる前に彼女の前から姿を消し、2人はそれ以来会っていない。5年ぶりに現れた彼を、彼女はなじり、無視する。そんな彼女に食い下がり、彼は死んだはずの2人の子は、実は養子に出されて今も生きていると告げる…。

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 良い意味で韓国映画らしくない作品でした。必要最小限のセリフと効果音、そして韓国の冬の白い空気。それが主役2人の若さをより引き立たせています。ここでいう若さとは、ハツラツとした、まぶしい若さではなく、若いが故に迷い立ち止まってしまう、そんなもどかしい若さのことです。

 この作品には実にたくさんの犬が出てきます。主人公であるヘファが働いているのも動物病院で、彼女は捨てられている犬を見ると放っておけずに、自分の家に連れ帰って育てています。

 犬は多産のシンボルとして知られます。犬は父親が誰か分からなくても、1人で産むことができるのに対して、まだ若い2人は、自分達が親になることを怖れ、逃げ出したい気持ちでいっぱいになり、その結果子供を失ってしまいます。子供を失ったつらさは、5年経った今でも、2人の心に深く刻まれて、今後も消えることはないでしょう。それでもこの作品には、意外に悲しい雰囲気は漂っておらず、動物病院の院長やその子供、そしてたくさんの犬達がヘファの心を癒してくれている、そんな優しい空気に包まれています。

 5年の時が経っても、2人はまだ若いままであり、過去を振り返りつつも、前に進んでいくしかない、そんな希望を感じさせるラストになっています。



 監督のミン・ヨングンはドキュメンタリー出身の若手でこれが長編デビュー作。ドキュメンタリーで培った細やかな描写や、暗喩的な映像が随所に盛り込まれていて、派手な演出はないものの、つい引き込まれてしまいます。また、主役のユ・ダインの澄んだ瞳は、次世代のぺ・ドゥナを彷彿とさせて、観る者の心に深く残ります。

 日本での公開は初夏になりますが、韓国の寒い冬と、それを暖める小さな出来事を綴った若い2人の成長物語は、きっと多くの人の心に残るでしょう。





『短い記憶』
 原題 ヘファ、ドン/英題 Re-encounter/韓国公開 2011年
 監督 ミン・ヨングン 主演 ユ・ダイン、ユ・ヨンソク
 2012年6月9日(土)より、全国のコロナシネマワールドほかにて順次公開
 2012年8月18日(土)より、キネカ大森にて上映
 公式サイト http://mijikaikioku.jp/

Reviewer's Profile
 mame。1983年、岡山県生まれ。2004年、韓国・弘益大学美術学部に交換留学。韓国映画は留学を決めるきっかけにもなった。専攻は木版画。現在は会社勤めをしながら作品制作を続けている。


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