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Review & Report 『オクジャ』ポン・ジュノ監督&アン・ソヒョン記者会見 ~『オクジャ』は『未来少年コナン』の女の子バージョン

Text by 加藤知恵
Photo by Kachi
2017/6/28掲載



 Netflixオリジナル作品として6月29日に配信が開始される、ポン・ジュノ監督最新作の『オクジャ』。今年のカンヌ国際映画祭を沸かせたこの話題作に注目が集まる中、22日に監督と主演のアン・ソヒョンを招いた記者会見が行われた。

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(左)アン・ソヒョン (右)監督

 パソドブレ(スペインの闘牛とフラメンコをイメージしたダンスで、元来は闘牛士の入場曲の総称)調の独特なテーマソングが流れる中、記者の前に姿を現した2人。劇中のコミカルながらも激しい逃走シーンを想起させる、軽快な登場である。

 人里離れた山奥で母とも妹ともいえるような存在の巨大な豚「オクジャ」と平穏な日々を過ごす13歳の少女ミジャ。山中でのんびりと戯れる彼女とオクジャの姿は、どこか『となりのトトロ』のメイとトトロのビジュアルをも彷彿とさせる。しかし、ある日突然ニューヨークの大企業ミランド社がオクジャを連れ去ってしまったことにより、彼女は決死の覚悟でオクジャを連れ戻すための旅に出る。そしてオクジャを救い出そうと奮闘する過程で、ALFという動物解放団体のメンバーと出会い、オクジャの誕生に秘められた真実やスーパーピッグプロジェクトの背後に渦巻く大企業の陰謀を知ることになる。

 監督自らが「『未来少年コナン』の女の子バージョン」とも語るように、宮崎駿監督作品やその他『ベイブ』等のファンタジー作品の影響も垣間見られるものの、一見少女と動物の絆をドラマチックに描く「ラブストーリー」の中にポン・ジュノならではの社会風刺の視点が散りばめられた、独創的な物語である。2,100人もの候補の中から選ばれたアン・ソヒョンが、純真無垢でありながらも勇敢に大企業に立ち向かっていく健気な主人公ミジャを熱演している。

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 本作の製作は、監督が2010年にソウル市内で豚の形をした5・6階建てのビルを見た際にインスピレーションを得たのが始まりである。その後シナリオを構想する中で「スーパーサーモンやスーパートマトのように、“大きい”ということにはそれだけで商業的価値がある」という点に着目し、ストーリーを膨らませていったという。『スノーピアサー』(2013)の準備中であった2011年には既に、「韓国の田舎からニューヨークまで危険に満ちた冒険に出る少女の話」という大枠も決定し、プロデューサーに伝わっていた。

 『スノーピアサー』で怪演を見せたティルダ・スウィントンは、今作でミランド社のCEOルーシーとその姉ナンシーの一人二役を演じている。彼女は原案段階から積極的に『オクジャ』の制作過程に関わり、自身の役柄だけでなくストーリーやキャスティングについても監督と意見を交わしてきたそうだ。ジョニー・ウィルコック博士役のジェイク・ギレンホールや、ALFのメンバー、ケイ役のスティーブン・ユァンら主要キャストも元々監督の作品のファンであり、数年前から映画祭等で個人的に親交を深めながら出演をアピールした。また、『ほえる犬は噛まない』(2000)以降、『殺人の追憶』(2003)や『グエムル -漢江の怪物-』(2006)にも出演しているピョン・ヒボンが常連の安定感たっぷりにミジャの祖父役を演じており、観客を安心させてくれる。

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 会見でアン・ソヒョンも「ポン監督は唯一無二の監督。今後もポン監督の作品には最優先で出演します」と語ったように、『オクジャ』はポン・ジュノを慕う国内外の俳優陣やスタッフが自ら集まって作り上げられた、ある意味自然発生的な作品とも言えよう。そのためか韓国・アメリカという2つの国やその言語が違和感なくミックスされたストーリー展開になっており、ハリウッド映画的なスケールの壮大さと韓国映画的なリアリズム(例えば、オクジャが虐待されるシーンや、少女ミジャに食肉工場の現実を知らしめてしまう部分)がバランスよく共存しているのが興味深い。また様々なアングルから撮ったソウル市内での逃走・カーチェイスシーンは、ソウル市長の許可のもとで地下鉄の列車一台と駅一つを一日中借り切って撮影するなど、「ポンテール(ポン+ディテール)」の異名を持つ監督ならではの映像へのこだわりが随所に発揮されているのも見どころだ。

 カンヌ国際映画祭ではNetflixに反発する保守派によって上映前にブーイングが起きる騒動が起こり、映画の定義についても論争を巻き起こした『オクジャ』。会見でも「監督の考える映画とは何か?」という質問が上がったが、監督は「一作り手としては概念を明確に定義するのは難しい」と前置きしたうえで、「デジタルストリーミングも1つの映画の形態であり、テレビと映画がこれまで共存してきたように、劇場での上映とストリーミングも共存していくと思っている」と語った。また「ストリーミング用の作品と劇場公開用の作品に違いはあるか?」との質問には、「これまでにやってきた方式で撮っただけであり、スクリーンの大きさや媒体によって作り方を区別はしていない」「Netflixを選んだのは何よりも“創作の自由”が与えられていたから」と答えた。

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 同日の夜にはプレミア試写会も行われ、招待された日本人監督らをはじめ、大勢の観客が集まって大スクリーンでの上映を楽しんだ。劇場で見る機会を完全に失ってしまうのであれば寂しいことだが、『オクジャ』は現在韓国内やアメリカ、イギリスでの劇場公開の他、多数の映画祭での上映も予定されている。Netflixがそのような柔軟な対応を見せている限り、作り手にとってはベストな環境を与えてくれる理想的なパートナーという側面しかないだろう。そして既に一億人以上のユーザーがサービスを享受している以上、今後もNetflix作品が映画界において一定の位置を占めていくことは否定できないはずである。


『オクジャ』
 原題 옥자 英題 Okja 韓国公開 2017年
 監督 ポン・ジュノ 出演 ティルダ・スウィントン、ジェイク・ギレンホール、ポール・ダノ、アン・ソヒョン
 2017年6月29日(木)より、Netflixにて配信
 公式サイト https://www.netflix.com/jp/title/80091936

Writer's Note
 加藤知恵。今回天才子役として紹介されたアン・ソヒョンですが、会見での堂々たる話しぶりからは、子役というよりも女優としての確固たるプライドど自信が伝わってきました。


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Review & Report 新大久保映画祭2016、コリアン・シネマ・ウィーク2016、第29回東京国際映画祭 ~過去の傷痕はいかにして映画となり、それに観客はどう向きあうか

Text & Photo by Kachi
2017/1/23掲載



 2015年の10月、音楽ドキュメンタリー『パーティー51』(2014年)の上映後に登壇した出演ミュージシャンたちは、同年8月に日本で行われていた国会前デモについて、一様に驚きの声を上げていた。「今の韓国では、“戦争反対”というスローガンを掲げても、そんなに人は集まらないと思う」と彼らの一人が言ったことが、記憶に残っている。

 そんなことを思い出しながら、海の向こうで連日行われている朴槿恵退陣デモの様子を見守っていた。時局がうなりを上げるように動いていく韓国と、あらゆる火種が雲散霧消したように穏やかなふりをする日本という国とを引き比べて、憂鬱になった。「崔順実ゲート」についてワイドショーが物見高く報じるたび、嫌気が差した。退陣デモの参加者は、現政権への純粋な怒りもさることながら、学歴偏重による苛烈な競争や不安定な雇用など、不満の対象は一様ではなかったようだが、そうした彼らの内にうずまく怒りを、筆者は自分に重ねあわせていた。

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『危路工団』

 新大久保映画祭2016で上映されたヒューマン・アート・ドキュメンタリー『危路工団』(2015年)は、つぶやくような労働歌謡「夜勤」で幕を開けると、労働者たち、とりわけ女性の苦闘が綴られていく。労組の女性執行部を切り崩そうとする同僚男性らに裸で抗議した女性たちは、KCIAに抱き込まれた仕事仲間が投げつけた糞尿で汚れた(1978年、東一紡織ヌードデモと糞尿投擲事件)。朝鮮戦争以降、韓国で最初に起きたストライキでは、労働運動の旗手・全泰壱(チョン・テイル)が労働基準法の遵守を叫んで焼身自殺を図った(1970年)。その後も、ストライキを敢行した労働者たちは、幾度も弾圧を受けた(1985年、九老同盟ストライキ)。パク・ソンミ監督の短編アニメーション『希望のバス、ラブストーリー』(2012年)や、オ・ソヨン監督のドキュメンタリー『塩花の木々、希望のバスに乗る。』(2011年)などで知られる、女性溶接工キム・ジンスクさんの韓進重工業クレーン立てこもり事件、プ・ジヨン監督『明日へ』(2014年)の題材となったスーパー座り込み事件、『もうひとつの約束』(2014年)のモチーフになったサムスン電子女性従業員死亡事件にも触れる。韓国国内だけではない。2014年にカンボジアで起こった労働デモとその武力鎮圧には、韓国企業が関わっている可能性が囁かれている。日本も、過重労働の果てに社員が自殺する国だ。雇用する側と労働現場の歪みは、すでに見知らぬ国の問題ではない。

 ふと、同映画祭の会期中に観た『風吹く良き日』(1980年)が頭をよぎった。床屋の「洗髪課長」ことチュンシク(イ・ヨンホ)の妹チュンスク(イム・イェジン)は、九老工業団地で働いている女性工員だった。彼女のように無邪気な娘たちがどれほどの困難をたどったかと思うと、目の前が暗くなった。『危路工団』で映り込む、店先などで日がな一日緩慢なお辞儀を繰り返す女性型の電動マネキンは、どうして女性の姿でなければならないのか。そして、エピソードのつなぎに登場する女性は、個人としての意見や思いを剥奪されているかのように、目や顔を覆われて街なかに佇んでいる。

 コリアン・シネマ・ウィーク2016で上映された『サムネ(参礼)』(2016年)。シナリオ・ハンティングのためにソウルからやってきたスンウ(イ・ソノ)と、地元の若い女性ヒイン(キム・ボラ)とのささやかなラブストーリーに、オカルティズムが唐突に挿入され、ここ何年かのコリアン・シネマ・ウィーク作品によく見られる、観客を幻惑するような構成である。

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『サムネ(参礼)』

 タイトルの参礼郡は、韓国の地方の一都市で、近年は日本統治時代から残る旧式日本家屋や倉庫をリモデリングし、「参礼文化芸術村」として観光地化されている。ヒインは都会志向が強く、少し派手でいまどきの可愛いさがある。一方で彼女は、東学党の乱を率いて日本軍に残忍な処刑をされた烈女の血が、自分に流れていると思い込んでいる。烈女について真偽は定かではなく、むしろ架空の存在ではないかということが劇中で提示されるものの、ヒインはその土地の痛みに絡め取られて身動きが取れないのだ。文化芸術としての日本家屋という光の面に見え隠れするのは、やはり日帝時代の遺物という闇だ。ここから出て行きたいと強く望むヒインに対し、スンウは傍観者でしかない。そうしたスンウの無力さから照らし出された、虐げられた記憶の深手に想いを馳せる。

 第29回東京国際映画祭でサクラ グランプリに輝いた『ブルーム・オヴ・イエスタディ』(2016年、ドイツ=オーストリア)は、日本を省察するよすがとしたい一本だった。

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『ブルーム・オヴ・イエスタディ』

 著名なホロコースト研究家トト(ラース・アイディンガー)のもとにインターンとして訪ねてきた、フランス系ユダヤ人ザジ(アデル・エネル)。無遠慮なザジに振り回されてトトは辟易するのだが、やがて彼女の祖母が、ホロコーストで命を落としていたことを知る。トトの家系はナチスの親衛隊で、そのことが彼の神経を苛んでいた。

 クリス・クラウス監督は、「ドイツではホロコーストの映画はたくさん作られるが、それが他ならぬ自分たちの問題なのだと認識しない。自分は関係ないと思っている人が多い」と話した。ドイツでは近年、ネオナチの台頭がめざましい。過去は決して過去ではない。今も世界を歪めているのは、まさしく負の遺産だからだ。ザジのような人が近くにいたら相当困らせられるだろうが、映画を盛り立てるチャーミングな女性でもある。「ドイツ映画にとって最大のタブーは、感じの悪いユダヤ人を描くことだ」と指摘した監督は、その禁忌を破って、こうした映画的キャラクターを作り出した。

 フィリピンで今最も脂が乗った映画監督の一人、ラヴ・ディアスの新作『痛ましき謎への子守唄』(2016年、フィリピン)は、上映8時間を超える大作。フィリピンの悠久の痛みを感じさせる映像叙事詩だった。舞台は1896年。フィリピン独立運動の父として慕われた、医師にして作家のホセ・リサールが処刑され、映画は解放を目指す人々の悲劇と受難から始まる。ほどなくして、リサール同様独立運動を率いた革命家・ボニファシオ兄弟も捕らわれ、殺されてしまう。アンドレス・ボニファシオの妻グレゴリア(ヘイゼル・オレンシオ)は、夫の亡骸を探すため、森の深奥へ歩みを進める。こうしたメイン・ストーリーに、リサールの愛国的小説の登場人物らが加わり、現地に古くから伝わる怪人が、劇中人物と観客を惑わす。

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『痛ましき謎への子守唄』

 フィリピン独立運動の歴史を繙くと、文学による平和的革命を目指したリサールが斃れた後、ボニファシオ兄弟は一転して武力革命を押し進めたが、貧困層の出自だった彼らと対立する富裕派がスペイン軍と結託し、兄弟を処刑した。スペイン軍人の妾としてスパイになり、運動家たちを壊滅に追いやったセサリア(アレサンドラ・デ・ロッシ)とグレゴリアは、恩讐を越え、汲めども尽きない悲しみを慰めあう。祖国への思いに駆られて行動した人間が、等しく傷ついたのだった。

 昨年、日本で公開された『暗殺』(2015年)は、日本統治下の血なまぐさい悲劇の時代が背景であるものの、イ・ジョンジェ演じるキャラクターが、祖国独立へ奮闘するも絶望し、志を捨てざるを得なかった親日派という、血肉が通った人物として韓国側から描かれたことは大きかった。日本劇場公開が待たれる『ドンジュ』(2016年)で、ユン・ドンジュに陰湿な取り調べを続けた日本の特高警察の表情にも、心の揺れが現れていた。歴史に残る傷痕は、国を越えた共時性がある。『ブルーム・オヴ・イエスタディ』『痛ましき謎への子守唄』もそうであるように、単に敵/味方という対立軸で二分することでは、歴史の諸相を直視したことにならない。同時に、語られなかった惨事を存在しないものとするのではなく、その余白にある残虐さと悲しみをスクリーンの中に見つけていくことを、私たちは忘れてはならないだろう。

 作品数、または新作か旧作かという表層で映画祭を評価した場合、ここ数年の東京国際映画祭では、コンペティションでの韓国映画は2本である。コリアン・シネマ・ウィークではもう一本の新作映画として『どのように別れるか』(2016年)がラインナップされていたが、直前で上映中止となった。どうやらファンタジックな作品だったようなので、お披露目されていれば『サムネ(参礼)』となかなかおもしろい組み合わせだったはずだ。好意的に見れば、韓国映画がある意味日本の外国映画の中でジャンルとして成熟しきったことの表れなのかもしれない。

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新大久保映画祭で来日された『風吹く良き日』のイ・ジャンホ監督

 だが、新作にだけ価値があるというわけではない。「なぜ今、この作品を上映するのか」ということへの明確な意志が重要なのだということも、思い知らされた。新大久保映画祭は3回目とまだ若い映画祭だが、今回は上映作品同士が上手くシンクロしていて、「映画祭に通う楽しみ」が会期を通じて持続していた。俗物音楽プロデューサーが、ひょんなことから血縁関係のない多国籍な6人の子どもとオルタナティブ家族(血縁中心でなく、共同体家族など親密性によって構成された家族)を築いていく『パパ』は、2012年製作の日本未公開作で、韓国節炸裂のウェルメイドなホームコメディでありながら、他者への不寛容が社会に満ちた今こそ、上映することに大きな意味を感じた。30年以上も前の『風吹く良き日』と、2015年公開の『危路工団』とが、社会批判という作り手の眼差しで通じあった瞬間も、身震いがしたものだ。

 最後に、個人的に最も幸福な気分になれた作品『ダイ・ビューティフル』(2016年、フィリピン)を紹介したい。ミスコンテストのクィーンで、トランスジェンダーのトリシャ(パオロ・バレステロス)が突然亡くなった。親友バーブス(クリスチャン・バブレス)は、トリシャの遺言「私が死んだら、メイクも衣装も日替わりにして」を守り、毎日有名女優にそっくりの死化粧をほどこし、着飾る。パーティーさながらの通夜を中心に、トリシャの波乱と涙、そして愛に満ちた人生が、あでやかな絵巻物のようなフラッシュバックでスクリーンに現れていく。

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『ダイ・ビューティフル』

 監督は、東京国際映画祭の常連ジュン・ロブレス・ラナ。同監督の過去作『ブワカウ』(2012年)や『ある理髪師の物語』(2013年)で見られた、葬送のシーンにある哀しみとおかしみが、一気に開花している。やるせないことや悲劇が多い人生を、ラナ監督一流のユーモアと優しさで包みこんだ本作は、観る者に暖かな涙をもたらしてくれる。観ることそれ自体に多幸感を覚える、そんな映画であった。


第3回新大久保映画祭
 期間:2016年11月3日(木・祝)~11月7日(月)
 会場:韓国文化院、歌舞伎町シネシティ広場、SHOWBOX、労音大久保会館、日本硝子工業センタービル
 公式サイト http://shinokubofilm.com/

コリアン・シネマ・ウィーク2016
 期間:2016年10月26日(水)~10月29日(土)、10月31日(月)
 会場:韓国文化院ハンマダンホール、TOHOシネマズ新宿
 公式サイト http://www.koreanculture.jp/

第29回東京国際映画祭
 期間:2016年10月25日(火)~11月3日(木・祝)
 会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木ほか
 公式サイト http://2016.tiff-jp.net/ja/


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Review & Report 『ふたつの祖国、ひとつの愛 ─イ・ジュンソプの妻─』 ~今なお生き続ける天才画家の思い

Text by 加藤知恵
2015/1/3掲載



 12月21日、ポレポレ東中野にて『ふたつの祖国、ひとつの愛 ─イ・ジュンソプの妻─』の酒井充子監督と、タレントのセイン・カミュ氏のトーク・イベントが行われた。

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酒井充子監督(左)、セイン・カミュ氏

 没後50年以上経った今も国内外で広く愛される、近代韓国を代表する国民画家イ・ジュンソプ。彼の妻、山本方子は日本人であり、93歳となる現在も東京の自宅で暮らしている。本作は、これまで日本と台湾との関係をテーマに撮り続けてきた酒井監督が、同じく日本による植民統治を経験した韓国に目を向け、方子とジュンソプという一組の夫婦の姿を通して日本と韓国の関係を見直そうと試みたドキュメンタリーである。

「私の愛する大事な大事なアゴリ、お元気でお会いできる日を楽しみにしていてください。」

 冒頭で流れるこのナレーションは、方子が離れて暮らす生前のジュンソプに宛てて送った手紙の一節だ。“アゴリ”とは、面長だったジュンソプのあだ名である。1916年、現在の北朝鮮に位置する元山に生まれた彼は、幼い頃から美術の才能を現わし、日本へ留学中の1940年に文化学院美術部の後輩である方子と出会う。

「当時はリーさんが3人いてね、だから“ちびリー”と“でかリー”と“あごリー”って。」

 笑みを浮かべながら回想する方子。運動や歌も得意だったジュンソプは、女子生徒の間で人気があったのだという。また日本では気軽に男女交際が行われていない時代、2人が腕を組んで歩いていたところを友人の母親に見られ、告げ口をされたと屈託なく語る彼女。重苦しい植民統治期のイメージに風穴をあけてくれるような清々しいエピソードである。

 そんな2人は第二次世界大戦が激化を極める1945年4月、方子が身の危険を挺して朝鮮へ渡り、ジュンソプの故郷元山で結婚式を挙げる。しかしこの激動の時代において、2人の結婚生活は決して幸せ一色とはいかなかった。

 朝鮮半島では1948年に南北政府が樹立し、1950年には朝鮮戦争が勃発。戦火に追われたジュンソプは、老いた母を北に残し、方子と息子2人を連れて南の釜山に避難する。その後も4人は転々と避難生活を余儀なくされ、貧困と疲労で方子と子供たちが病を患うと、方子は1952年6月に子供たちを連れて一時的に日本へ帰国する。その後にジュンソプと方子が送り交わした200通余りの手紙の一部が、本作で紹介されているのである。

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避難先の一つ、済州島にあるイ・ジュンソプ通り

 「わたしのかわいい大事な南徳(=方子の韓国名)君」「私の最高最大最美のよろこび、また限りなくやさしい最愛の人」常にそのような呼びかけで始まるジュンソプから方子への手紙には、必死ともいえるほどの溢れる思いが込められる。これには酒井監督とセイン氏も「恥ずかしくなるくらいに情熱的。夫婦という関係でありながら、これだけのラブレターを書けることがすごい」と若干の照れを見せつつも、「当時は手紙が気持ちを伝える唯一の手段であり、1通1通に全力で思いを込めざるを得ない状況でもあったのだろう」と壮絶な時代背景に思いを馳せた。

 また自身も幼い頃にレバノンでシリアとイスラエルの紛争を経験し、日本人の妻と国際結婚をしているセイン氏は「当時の記憶が心の傷にならなかったのは、父と母の愛に守られて育ったから。だからこそ離れ離れになったジュンソプ一家を思うと胸が痛む」と実体験を交えて語った。

 方子たちの帰国以降、寂しさと再会への希望を力に変えて創作に打ち込んだジュンソプ。民族情緒溢れる画風で家族や子供たち、そして自身を投影したともいえる牛などをテーマに描き続け、次々と代表作を残していく。

 しかし彼が最愛の家族と過ごすのは、1953年にかろうじて滞在が許された日本での一週間が最後となった。1955年にソウルで個展を開いた彼は、タバコの箱の銀紙に描いた作品を当局から春画だと判断され、撤収を命じられる。故郷を失い、家族とも離れ、追い求め続けてきた芸術にも絶望した彼は、経済的逼迫の中で心身に病を来たし、翌年に39歳の若さで亡くなってしまうのである。

 彼の死後、再婚もせずに女手一つで息子2人を育てあげた方子。本作には彼女が渡韓し、当時交流のあった友人や思い出の場所を訪れ、ジュンソプの絵を見ながら回顧する場面も収められる。悲しみと自責の念を消化しつくしたがゆえに、涙も見せず淡々と語る彼女だが、ふと物思いにふける瞬間、その表情には何ともいえない憂いが漂う。

 ジュンソプと方子の関係を「民族・時代・国籍に関係なく、ただ一緒にいたいからそばにいた2人」だと語る酒井監督。ただ祖国を愛し、家族を愛し、芸術を愛したイ・ジュンソプの純粋な思いは彼の作品にも現れている。「彼の絵から伝わるものを、小さな画面ではなく、ぜひスクリーンを通じて感じてほしい」と監督はトークを締めた。

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済州島「イ・ジュンソプ美術館」の石碑


『ふたつの祖国、ひとつの愛 ─イ・ジュンソプの妻─』
 監督 酒井充子 出演 山本方子、イ・ジュンソプ
 2014年12月13日(土)より、ポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー
 公式サイト http://u-picc.com/Joongseopswife/

Writer's Note
 加藤知恵。1951年に済州島で一年足らずの避難生活を送ったジュンソプ。彼の作品にはここで家族と過ごした思い出が描かれることも多く、済州島を愛した画家として知られている。西帰浦にある「イ・ジュンソプ美術館」には本作で紹介された手紙も展示されているので、興味のある方はぜひ訪れてほしい。


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