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Interview 『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』チャン・フン監督 ~大統領から「歴史を忘れずにいてほしい」と言われた

Text by 加藤知恵
2018/4/15掲載



 2017年に韓国内で1,200万人を動員し、その年のNO.1ヒット作となった『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』が、4月21日(土)より全国で公開される。

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 トンネルを抜ける1台のタクシー。運転しながらチョー・ヨンピルの「おかっぱ頭」を熱唱するのは、主人公のマンソプだ。しかしそんな楽しい気分に水を差すように、車は突如、デモによる渋滞に巻き込まれてしまう。時は1980年5月。新軍部の布告した戒厳令に抗議し、ソウル市内でも市民・学生による民主化運動が激しさを見せていた。

 一方、日本で韓国の情勢悪化のニュースを耳にしたドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーターは、宣教師と身分を偽って韓国へ入国。何が起きているのかを自身の手で取材するため、光州入りを決意する。

 男手1つで11歳の娘を育てているマンソプは、家賃を滞納するほど生活に窮していた。そしてその時、他の運転手が「外国人客を乗せて光州まで行き、通行禁止前にソウルへ戻れば10万ウォン」と口にするのを聞き、客を横取りしてしまう。

 片言の英語とボディランゲージで何とかコミュニケーションを取り、外国人客“ピーター”を光州へ連れて行くマンソプ。しかし外部からの通行も絶たれ、軍部による情報規制まで行われていた光州では、想像もできないほど悲惨な状況が2人を待ち受けていた。

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左からユ・ヘジン、ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、リュ・ジュンヨル

 本作は、光州で起きた民主化デモに対し、軍部が実弾射撃を含む武力で制圧を行った、所謂「光州事件」を題材としている。偶然事件を目撃することになったのは、民主化運動になど何の関心もなかった、ソウルの平凡なタクシー運転手だ。そんな彼がドイツ人記者ピーターや光州市民との出会いを通じ、憤り、葛藤し、自らの意思で事件に立ち向かっていく。幅広い演技を必要とする主人公マンソプの役を、名優ソン・ガンホが見事に演じている。情深く、義理堅い光州市民として登場するユ・ヘジンやリュ・ジュンヨルの熱い演技も味わい深い。そして本作の要とも言えるピーターを演じるのは、『戦場のピアニスト』(2002)、『ヒトラー 最期の12日間』(2004)等、日本でも重厚な歴史映画への出演で知られるトーマス・クレッチマンだ。

 光州事件という歴史的に重い素材をテーマにしながら、ユーモラスな場面も多く、心温まる作品に仕上がっているのは、数々のヒット作を生み出してきたチャン・フン監督の手腕によるものだろう。次回作の撮影スケジュールにより、残念ながら今回は来日不可能とのことであったが、監督に電話取材をする機会を得た。

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チャン・フン監督

── マンソプ役のソン・ガンホさんはもちろん、ユ・ヘジンさん、リュ・ジュンヨルさんなど、全てのキャスティングが絶妙だと感じましたが、ドイツ人記者ヒンツペーターの役はどのように決まったのでしょうか?

ドイツ人記者の役なので、ドイツ人の俳優に演じてほしいと思っていました。実はトーマス・クレッチマンについては、『戦場のピアニスト』を見て以来のファンで、ドイツ人俳優として最初に思い浮かんだのは彼でした。とても忙しい方なので難しいだろうと思っていましたが、実際に連絡をしてシナリオを送ったところ、意外にも気に入ってくれて、快く引き受けてくれました。

── 彼は作品のどんな点を特に気に入って、出演を決められたのでしょうか?

彼に初めて会った時、この作品を通じて韓国の人々に何を伝えたいのか既に理解していると感じました。彼自身も東ドイツの出身で、危険を冒して西ドイツへ亡命をした後に俳優生活を始めた経緯があるので、歴史への関心が深い方です。この素材やストーリーが韓国の観客にとって重要で、意義深い作品になるだろうということを、最初に会った時から話していました。そして「ドイツ人俳優として、この記者の役をぜひ演じたい」と言ってくれました。

── 歴史的にセンシティブな素材を扱っているため、監督も最初は躊躇され、主演のソン・ガンホさんも一時は出演をためらわれたと聞きました。結果的に出演を決められたのは、監督が説得をされたからでしょうか?

私は説得していません。簡単に説得できる方でもありませんし(笑)。俳優として出演作を選ぶ確かな目を持っている方なので、作品自体に何らかの魅力を感じられたのだと思います。一度は断ったものの、ずっと本作のことが気になっていたそうです。そのずっと忘れられなかった部分が、出演を決める理由になったのではないかと思います。

── では撮影中も監督が演技指導をされたというよりは、ソン・ガンホさんにお任せするような形で進められたのでしょうか。

作品の方向性については撮影に入る前に十分に話しあったため、現場ではあまりそのような話をしませんでした。彼も演技の方向性は固まっていましたし、私もイメージが見えていたので、撮影中に修正が必要な部分がある時だけ再度話しあいました。

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監督オフショット

── 歴史的事件を背景に再構成されたストーリーとのことで、監督は実際にヒンツペーターさんにも会って取材をされたと伺いました。登場人物のキャラクターやエピソードに関して、フィクションとノンフィクションのバランスを伺いたいです。例えば、マンソプが過去にサウジアラビアで働いていたという設定や、「タクシーがケガ人を運ぶだけで罰せられた」というセリフは事実だったのでしょうか?

マンソプがサウジアラビアへ出稼ぎに行っていたという設定は、キャラクターを作り上げる上でのフィクションで、タクシーの運転手がケガ人を運んで処罰されたというのは、実際にあった出来事です。ヒンツペーターさんについては準備段階で本人に確認を取ることができたので、若干映画的に見せ方を変えた部分はあるものの、ご自身のキャラクターに近いです。しかしその他の人物はどんなに捜しても見つからず、情報もほとんどなかったため、作り上げるしかありませんでした。韓国史の重要な一場面を再構成する上で、観客が自然に感情移入できるようにということを考えてイメージしました。実は、本作の公開後に(マンソプのモデルであるキム・サボク氏の)息子さんが現れて話を伺ったのですが、映画とは違う部分もかなりありました。しかし本作をきっかけにキム・サボクさんを捜し出すことができ、彼の実際の姿を知ることができたという意味で、とても嬉しかったです。

── ヒンツペーターさんはキム・サボクさんのことをどんな方だと仰っていましたか?

ヒンツペーターさんよりは年上に見えたようで、光州へ入る時に検問に掛かって裏道から入ったのを見た時は、とても機転の利く方だと思ったそうです。そして大変優しい人だったと言っていました。キャラクターを構成する上で、それ以外に参考にできる情報はありませんでした。

── 公開後に息子さんが現れたというお話ですが、実際は事件の4年後にサボクさんは亡くなっていたそうですね。劇中ではマンソプが別れ際に偽名を伝え、その後ヒンツペーターさんのことを気にしながらも名乗り出なかったという設定ですが、監督はなぜ会おうとしなかったとお考えでしょうか?

本作を準備する過程で、キム・サボクさんを捜し出すために、製作会社を通して全国でキム・サボクという名前の人を全て調べてヒンツペーターさんに写真を送りました。彼らの中に本人がいないかどうか、確認をお願いしたんです。しかしそこにはいないと言われました。私としては、そんなに早く亡くなっているとは思わず、きっと今もどこかで生きていらっしゃると信じていました。それでも名乗り出ないのは、軍事政権において危険な目に遭うのを恐れていらっしゃったからなのかなと。そして直接何もしてあげられなかったという光州市民に対する罪悪感のために、出てこられないのではないかと思っていました。息子さんから聞いた事実は異なっていたものの、観客の方々は劇中のサボクさんと実際のサボクさんという2つの姿に触れ、別の視点から歴史を見ることができたという点で、結果的によかったと思っています。

── 終盤のカーチェイスのシーンも大変見応えがありましたが、個人的にはトランクの中でソウルのナンバープレートを見つけながらも見逃してくれた軍人が印象的でした。彼については具体的な理由や設定はあったのでしょうか?

意図的に設定したわけではなく、実際にそういう出来事があったとヒンツペーターさんから聞きました。命令に従うべき軍人ではあるものの、個人として判断した部分もあったのだと思います。彼以外にも、ヒンツペーターさんが空港から出国する際に、フィルムの存在に気付きながら見逃してくれた人々がたくさんいたそうです。もしも全ての人が自分を捕まえようとしたならば、出国できなかっただろうと語っていました。そのような状況を描くためのキャラクターであり、実在した人物でもあります。

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撮影中の監督

── 少し雰囲気の違う質問ですが、マンソプやジェシクが劇中で歌っている当時のヒット曲はどのように選択されましたか?

冒頭でマンソプが登場するシーンで歌う曲は脚本家と相談しながら決めましたが、その他の曲は既にシナリオに書かれていました。当時の風潮をよく表している曲の中から、各場面に合ったものを選択しています。

── 文在寅大統領も本作を鑑賞されたとのことですが、大統領から監督に対して何かコメントはありましたか?

ヒンツペーター夫人がいらした時に、大統領も一緒に本作を鑑賞しましたが、まずは夫人へ当時の苦労に対する感謝の言葉を伝えられていました。そして私にも「若い世代をはじめ、たくさんの方々がこの作品を見て、歴史を忘れずにいてほしい」と仰っていました。

── 本日はお忙しい中お時間をいただきありがとうございました。監督の今後の作品も楽しみにしております。



『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』
 原題 택시운전사 英題 A Taxi Driver 韓国公開 2017年
 監督 チャン・フン 出演 ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン、リュ・ジュンヨル
 2018年4月21日(土)より、シネマート新宿ほか全国ロードショー
 公式サイト http://klockworx-asia.com/taxi-driver/

Writer's Note
 加藤知恵。本作では光州の純朴な大学生を演じ、現在公開中の『ザ・キング』では、主人公の親友で暴力団組員という男くさい役どころを熱演しているリュ・ジュンヨル。変幻自在な彼の魅力を両作品で堪能するのもお勧めです。


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Interview 『風の色』クァク・ジェヨン監督 ~ドッペルゲンガーを通して純粋な愛を描いてみたかった

Text by Kachi
2018/1/25掲載



 クァク・ジェヨン監督の最新作『風の色』が、1月26日(金)全国公開される。『風の色』は、2013年に監督の原案によるウェッブ・コミックとして韓国で話題になり、昨年、日韓合作映画として製作された。

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 記憶を失った涼(古川雄輝)は、ある日、亜矢(藤井武美)に出会う。突然姿を消してしまったかつての恋人ゆり(藤井武美:一人二役)に瓜二つの彼女は、涼に生き写しな天才マジシャンの隆(古川雄輝:一人二役)と愛しあっていたが、彼は海中脱出のマジックに失敗し、海で行方不明になっていた。二人は自然と惹かれてゆくが、そこには大きな秘密が隠されていた…。

 クァク・ジェヨン監督は『猟奇的な彼女』や『時間離脱者』など、どこかファンタジックな恋愛映画で知られている。今も韓国映画界で恋愛映画というジャンルの牽引者である監督に、インタビューを行った。

── ゆりは、出会って100日目で涼の前から姿を消してしまいます。また、涼がマジックバー「フーディーニ」の店長(竹中直人)に、彼女との思い出の品を預け、そして記憶を失い、また店長の元を訪れるのも、100日後のことです。韓国では恋人たちにとって「100日記念日」は重要だそうですが、映画の中で「100日目」というのは何か意味がありますか?

特別に意味を持たせたわけではありませんが、確かに韓国では恋人たちの一つの区切りとして100日があります。また、私たちは100日前の記憶といわれても曖昧になっていて特に思い出せませんよね。そういうことを考えて設定をしました。

── 古川雄輝さんは、天才マジシャンとして実際劇中でマジックを披露するシーンが多いです。手品は手際が重要で、プロのように見せるのは大変だったと思います。

そうですね。今回、手品指導はMr.マリックさんにお願いしていますが、古川さんはとても上手くやっていました。元々指が長く、手もきれいで器用ですしね。「本物のマジシャンになったらどう?」なんて言ったくらいです。

── 藤井武美さんは、熾烈なオーディションを勝ち抜いてヒロインに抜擢されましたが、決め手は何でしたか?

藤井さんは、作品で見せた以上に、色々な表情がたくさんある女優です。もし私がもっと若いときに出会っていたら、きっと恋をしていただろうなと思います。私が選んだ女性が日本の観客の皆さんに気に入ってもらえるか少し不安でしたが、(映画祭での観客の反応を見て)安堵しています。

── 助演の竹中直人さんはいかがでしたか?

竹中さんは『Shall we ダンス?』での印象が忘れられないほど強烈で、大好きな俳優です。『僕の彼女はサイボーグ』にも出ていただきました。そこでも素晴らしく面白い演技で、作品のスパイスとなってくださったのです。本作は主演の二人がほぼ新人俳優なので、助演の竹中さんに出演していただくことで重みが増すのではと考えました。お願いしたところ、快く引き受けていただけました。今回は竹中さんも一人二役なので、とても難しかったのではないかと思いますが、楽しく見事に演じてくださいました。

── 『僕の彼女はサイボーグ』や『時間離脱者』、また今作など、監督は異空間や互いの異なる存在を超えて惹かれあう恋人たちを描くことが多いですね。そうした題材に関心がある理由は何でしょうか?

異空間や別の時間軸というものは、作品にファンタジー性を持たせられて、何かを探求するようなストーリーが出来あがるので好きです。また、従来のラブストーリーは、男女が出会って愛しあい、別れ、また出会って愛しあうという決まった型が出来てしまっています。そこから抜け出すことで、映画に楽しみを与えることができると考えています。

── そうした世界観に「どんなことがあっても相手を愛し抜く」という、いわば「無償の愛」を思いました。

もし現実世界でこういった愛がたくさんあれば、たぶん皆さん感動もしないですし、価値も薄れてしまうでしょう。私たちが生きている現実の世界での愛は、すぐに相手のことを忘れてしまうし、自分の利益で相手を選んだり捨てたりということが多い気がします。だからこそ私は本作のような映画を撮りました。ドッペルゲンガーというのは今まで悪いイメージばかりだったのですが、今回はドッペルゲンガーを通して純粋な愛を描いてみたかったのです。そういう描き方は初めてなのではないでしょうか。

── 今、監督が仰ったように、現代は恋愛が簡単になりつつあります。監督がラブストーリーを撮り続けるモチベーションは何でしょう?

愛というのは大切なものだということを皆さんに考えて欲しいという思いです。長く愛するということは、それだけ自分の誠意を相手に見せることができるのです。誰かを愛する時の感情を大切にして欲しいですが、それはなかなか難しいですよね。愛が冷めている、あるいは見つけられないという方は、ぜひ本作を観て欲しいです。

── 日本の観客へメッセージをお願いします。

この映画は東京と北海道の美しい風景がたくさん出てきます。ドッペルゲンガーなどミステリアスな要素もあります。一番伝えたいのは、愛を皆さんの身近なところでみつけて欲しいということです。あまり複雑に考えず、作品の映像と音楽に酔いしれてもらえたら、気に入っていただけると思います。


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『風の色』
 韓国語題 바람의 색 英題 Colors of Wind 2017年 日韓合作
 監督 クァク・ジェヨン 出演 古川雄輝、藤井武美、石井智也、袴田吉彦、小市慢太郎、中田喜子、竹中直人
 2018年1月26日(金)より、TOHOシネマズ日本橋ほか全国ロードショー
 公式サイト http://kaze-iro.jp/


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Interview 『春の夢』チャン・リュル監督 ~自分の考えるリズムに合わせて作り、判断は観客に委ねる

Text by 井上康子
2017/10/21掲載



 チャン・リュル監督は2007年に『風と砂の女』で初めてアジアフォーカス・福岡国際映画祭(以下、アジアフォーカス)に参加。その後もアジアフォーカスでは2009年に『イリ』、2010年に『豆満江(とまんこう)』、2014年に『慶州』が上映され、今回の『春の夢』は5作品目の上映になる。映画祭が10年を越えて特定の監督作品を上映し続けるというのは稀有なことだが、それは独自の作品を作り続けることができているからこそだ。アジアフォーカス11年目を迎えた監督に『春の夢』を中心に語ってもらった。

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── シンポジウム「パク・ジョンボムとユン・ジョンビンが語るチャン・リュルの世界」で、『春の夢』の舞台になった水色洞(スセクドン)について「自分の住む街と異なり、人の感情が見える」と発言され、監督が水色洞に惹かれたのだと思いました。水色洞が作品制作のきっかけになったのでしょうか?

私が住んでいる地域は放送局があるビルの森のようなところで、私が住んでいるマンション以外に住宅はありません。私は人が住む街の中で育ったので、昔ながらの市場もある水色洞に行くと気持ちが落ち着きます。頻繁に訪れる慣れた空間です。その風景を自然に撮るようになりました。だから意識してここを撮ろうと思ったというより、自分の慣れ親しんだ場所をただ撮ったという感じです。私が住む街から水色洞までは15分位の距離で近くて撮影に便利だったということもあり、最終的に水色洞を舞台にした映画になりました。私の住まいから水色洞へは地下通路を渡って行くのですが、私の街と水色洞は別世界のように違います。風景や雰囲気ががらりと変わるのです。そのことで水色洞は非現実的な夢のような空間に感じました。それでその空間を撮ったら自分の感じた夢の感覚が映画に投影されたのだと思います。

── 作品中、ジョンビンが「羊肉を食べに行こう」と言っていました。中国に住む朝鮮族は羊肉を食べる習慣があり、監督は朝鮮族なので、水色洞は朝鮮族が多い地域なのかもしれないと思いましたが?

ジョンビンが「羊肉を食べに行こう」と言っていた所は朝鮮族が多い地域で、そこは水色洞ではありませんでした。水色洞は朝鮮族が多い地域ではありません。

── 監督のように中国からソウルに来た朝鮮族のイェリが営む居酒屋は「故郷」という名前で、彼女はアン・スギルの「北間島」(北間島は現在の中国吉林省延辺朝鮮族自治州にあたる)を愛読していました。これは監督自身が故郷を懐かしむ気持ちが強くなったことが投影されているのかもしれないと思いましたがいかがですか?

故郷を懐かしむのは誰もが持っている感情です。自分が特に懐かしく思っているということはありません。イェリという人物から出発して、彼女のような朝鮮族で延吉(延辺の中心都市)出身の人ならと本も選びました。「故郷」という居酒屋は実際に水色洞にあった居酒屋で、閉まっていてどういう店かわかりませんでしたが懐かしさからこういう名前にしたのかと思い、名前を借りました。

── キャスティングについて、シンポジウムで、監督でも俳優でもあり、本作に主演した「ヤン・イクチュン、パク・ジョンボム、ユン・ジョンビンは水色洞の質感に合うのでキャスティングした」とお話でしたが、質感の内容はお金がないとかソウル社会の主流にいないということになるのでしょうか?

彼らの顔を見ると街に相応しい雰囲気を持っていますし、彼らが撮った作品の3人のキャラクターは非主流の人を描いています。ユン監督は江南に住んでいるけれど江南の人だという気がしません。もう少し庶民的な地域に移るんじゃないかという気がします(笑)。

── 『春の夢』というタイトルが上映開始して30分位経って出てきたので驚きました。誰もいなくなったタイミングだったのもあって、それまでのことが夢だったような不思議な感覚に捉われました。最初にタイトルを出さなかったのはなぜですか?

映画全体のリズムを考えた結果です。あそこが合います。

── 寝たきりのはずのイェリのお父さんの声が聞こえてきたり、居酒屋に銃を持って来た男の銃が偽物だったり、夢か本当かという仕掛けを意図的にいろいろ作ったのでしょうか?

自分が考えるリズムに合わせたらこういうふうになりました。見る人によっていろいろ違うでしょうが判断は観客にしてほしいです。いつも上映後に観客と話すと監督よりも明確に分かっているなあと思います(笑)。

── 監督は2007年に『風と砂の女』上映でおいでになった時は中国語で話をされました。その後は韓国語で話をされるようになりましたが、脚本を韓国語で書くのは負担のある作業ではありませんか?

書く時は中国語で書いています。会話は韓国語でできるので口述筆記で脚本を作っています。

── シンポジウムで「ヤン・イクチュン、パク・ジョンボム、ユン・ジョンビンという実名を役名にしたのは名前があまり洗練されてなくて水色洞の住人に相応しかった」とお話しでしたが、韓国語の名前について洗練されていないというようなイメージを持つことができるのは監督の言語能力が既に高いからでしょう。

今はだいたいそういう感じがつかめる様になりました。

── 中心的な人物ではない登場人物の中にボーイッシュな女の子がいると思っていたら、彼女はトランスジェンダーでイェリのことを愛しているのが分かりました。どうして彼女を登場させたのでしょうか?

そういう人は現実世界でどこにでもいます。また、イェリが男性からだけでなく、女性からも愛されるというのを自然に表現するための人物だったという気がします。


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 アジアフォーカスで上映された『風と砂の女』『イリ』『豆満江(とまんこう)』は自身がマイノリティである朝鮮族であることを自覚して作られた初期代表作『キムチを売る女』同様に苛烈を極めるマイノリティの境遇を描いていたが、3年前の『慶州』は作風がガラリと変わり、穏やかに生と死を見つめる作品だった。本作では喜びと悲しみだけでなく、もはや生と死も融合し、監督はそれらを俯瞰して眺めているように思える。彼の興味と体の中に蓄えられたリズムは今後も変化していくに違いない。チャン・リュルはこれからどこに行くのだろう。


アジアフォーカス・福岡国際映画祭2017
 期間:2017年9月15日(金)~9月24日(日)
 会場:キャナルシティ博多ほか
 公式サイト http://www.focus-on-asia.com/

Writer's Note
 井上康子。中国に住む朝鮮族の存在を意識するようになったのは朝鮮族であるチャン・リュル監督の存在や監督作品を知ってからだ。朝鮮族自治州・延吉にはなかなか行くことができず、ソウルの朝鮮族街・加里峰洞に立ち寄ってみた。目に飛び込む看板の文字はハングルでなく漢字、食堂からは羊肉の香りが漂い、朝鮮族が独自の文化を持つことを体感した。


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Interview ハートアンドハーツ・コリアン・フィルムウィーク 『あの人に逢えるまで』カン・ジェギュ監督 ~分断という辛さだけでなく、情緒的なものも見ていただけたら

Text by Kachi
2017/7/23掲載



 カン・ジェギュ監督の短編映画『あの人に逢えるまで』で、主人公の女性がたたずむ背景が、ゆっくりと「あの日」に帰って行く。時間は不可逆だが、人の心の時間はそうではない。それを教えてくれる唯一にして無二の芸術が映画なのである。そしてだからこそ、現実の時間は戻せないという事実を、より強く私たちに感じさせ、胸をしめつける。誰かを待つという時間が、人間の人生の中で最も悲しく純粋であることが、28分間の中に凝縮された、名匠の名にふさわしい短編映画である。

 作品の核心部分に触れている箇所があります。

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カン・ジェギュ監督


── 冒頭に引用されているのは、ヨニがバスの中で読んでいる詩ですよね。あれがどういう詩なのか、また、どうして引用されようと思ったのかお教え下さい。

「ギーターンジャリ」という題名で、インドのタゴール氏(ラビンドラナート・タゴール)の詩です。私は常日頃、詩を沢山読む方ではありません。でもタゴールの詩は個人的に好きです。この詩は、待つ人の心の切実感を凝縮している詩だと私は思います。それでその詩を使いました。

── ムン・チェウォンさんとコ・スさんをキャスティングされた経緯についてお聞かせ下さい。

二人とも韓国では有名な俳優たちなので、「短編映画で彼らのような俳優を使う必要があるのだろうか?」とも考えました。撮影期間が5日間で、準備をする時間も限られていました。私が考えているヨニ、またはミヌという人物を、適切に表現してくれる人たち、特にヨニのような人を演じるには、20代と70代の演技のバランスがとても重要なのです。若い時のほんわかとしたロマンス。そして、一人の男性を生涯待ち続ける純粋な女性の表現。それを、ムン・チェウォンという女優が常に持っている人だなと思うようになりました。先にキャスティングしたムン・チェウォンさんに一番合うのは誰かな?と思って、コ・スという俳優をひとつのフレームの中に入れた時に、1950年代という時代感、「本当に愛し合っている者同士に見えるかどうか?」という条件を総合して見た時に、コ・スが一番合っているのではないかと思いました。


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── 監督からはどのような演技指導をされたのでしょうか?

まず観客は20代のムン・チェウォン(ヨニ役)を見るのですが、ヨニは実際には70代後半です。若い女性がなぜ70代の演技をするのか? それは後から分かることなのですが、20代の役でも70代後半の演技をしていることを悟られないようにするために、お二人にそれを共有し、演技をしてくださいとお願いしました。

── 監督が撮影しながらこだわったシーンはありますか?

20代のヨニが70代後半のおばあさんだったということが、鏡に映ることで分かるシーンがあります。それをどう観客に伝えたらよいのか、かなり神経を使いました。また、どのような状況でそれを見せるのが一番いい方法なのか、特に顔が変わるということをどういう方法で見せればいいのかという点に悩みました。

── 制作過程についてお聞きします。元から女性が主人公のお話だったのですか?

そうですね。『ブラザーフッド』を撮った時に、ドキュメンタリーを見ました。戦争に行った夫を待つおばあさんのお話でした。『ブラザーフッド』では少し変えて、兄弟で待つ、というふうにしましたが、元々は、生涯ずっと戦争でいなくなってしまったおじいさんを待ち続けたおばあさんの話を描きたいと思っていました。その話をこの短編に持って来ました。

── 3人の俳優が実に役にマッチしていました。特にこの映画のクライマックスシーンは、どのように演出されたのでしょうか。特にソン・スクさんは大変なベテラン女優なので、どういった演技をお願いしましたか?

この映画で、とても大事な大切なシーンです。若いヨニにも二つあります。観客に見える若いヨニは、ミヌと別れた時のその時点でのヨニです。ヨニはその後60年間という時間が、そのままの形で止まっています。20才の時は、若い時に愛する男性と別れてそれきり時間が止まってしまい、70代の後半になった今もその時のままなのです。私は二つの顔、別れる時のまま止まってしまったヨニ、そして80を目の前にした今のヨニを描きたかったのです。初めに、「やりたいように好きに演技をしてごらんなさいよ」と言うと、必ず共通性、または相違性が出て来ます。この二つの演技、そしてこの感情を見る時の想い、これは私にとってはとても揺れ動くそういう感情でした。また二つの顔、そして感情を1シーンで同時に見られるということ、それが良かったし、これを見たかったんです。ソン・スクさんに「特にこうして欲しい、ああして欲しい」という話はしませんでした。ただこのシーンは、「二人の演技を私は編集して使いますよ」ということはお伝えしました。二人は一人のヨニだからです。若いヨニが演技する時、ソン・スクさんが見ていて、年老いたヨニを演じる時は、若いムン・チェウォンさんが見ていました。


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── 監督は、南北問題といった社会的なテーマを映画にすることが多いと思います。現在、ちょうど北に融和的と言われている新政権が誕生しました。こうしたことで、監督が映画でテーマにされてきたような「韓国社会の痛み」は、今後変化があると思われますか?

南北問題がどのように進展するかによって、監督として映画を撮る状況が変わってくると思います。ここ10年程はかなり緊張していて、南北間で話し合いというのも持たれない時期が続きました。実はこの『あの人に逢えるまで』と似た内容のシナリオで長編を考えています。それは北朝鮮での撮影が不可欠になってくる作品です。今までの政権では北で撮影するなんて、口にすることもできませんでした。ですが現在の政権では、対話、またはそれに対する努力をしているので、とても肯定的に、そして平和的に進む…。そうすると撮影も北でできる、そういう可能性も出てくるのではないでしょうか。

── 楽しみに待っていたいと思います。最後に日本の観客にメッセージをいただけますか?

(この映画には)時代と歴史と個人という三つの軸があります。歴史によって、国家の利益のために個人の生きざまが変わってきます。そういう中での個人と歴史の関係性を、見てもらえると良いかと思います。また、愛というものの価値観、一人の男性と一人の女性が、お互い生涯を通して愛し続ける。これはそういう愛のお話です。また、この愛のお話を代弁するのが「待つ」という行為です。分断という辛さだけではない情緒的なものも、一緒に見ていただけたら嬉しいです。


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『あの人に逢えるまで』
 原題 민우씨 오는 날 英題 Awaiting 韓国公開 2014年
 監督 カン・ジェギュ 出演 ムン・チェウォン、コ・ス、ソン・スク
 2017年7月22日(土)より、特集上映「ハートアンドハーツ・コリアン・フィルムウィーク」の1本としてシネマート新宿ほか全国順次ロードショー
 公式サイト http://www.koreanfilmweek.com/


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Interview 『きらめく拍手の音』イ=キル・ボラ監督 ~両親の聞こえないという部分を自分なりに読み解きたいのです

Text by Kachi
2017/5/28掲載



 耳の聞こえない両親への視線が優しく、何より主役の二人が実に魅力的だ。しかし、この作品は、家族の美談ばかりが映し取られているわけでも、そうした撮影対象の良さだけを頼みにしたドキュメンタリーでもない。ある少女が葛藤の中で成長し、カメラを手に表現者となる過程を、誠実に紡いだ記録でもあるのだ。両親の代わりに早くから大人の世界に直面せざるを得なかったコーダ(CODA, Children of Deaf Adults:ろうの親を持つ健聴の子)として、時に反発し、寄り添い、そして互いの世界を分かちあっていく姿に、最後は心を掴まれた。


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イ=キル・ボラ監督


── 監督の「イ=キル・ボラ」というお名前ですが、お父様(イ・サングク)とお母様(キル・ギョンヒ)の姓をそれぞれ取られたんですよね?

この映画の作業を通して、母と父、それぞれに関する話をたくさん聞きました。母と父の出会いがあって私がいることを改めて感じたので、両親の二つの名字を自然に使いました。また、韓国だと「イ・ボラ」は平凡な名前ですが、「イ=キル・ボラ」なら、韓国語で「この道を見ろ」になります。そういう意味ならいいなと、この名前で活動を続けています。

── 監督が「自分の両親は、他の人の父や母とは違うところがあるのかもしれない」と感じたのは何歳くらいですか? 何かきっかけがあったのでしょうか?

自然と知っていきました。たとえば、幼稚園での保護者対談に私も同席しなければいけないとか、そういう時に「私の両親は他の家とは違うのかな」と思いました。

── 手話について、監督と弟さんは自然と覚えたのですか?

私の場合、先に手話言語を習得して、次に音声言語を覚えました。弟の場合は、寝ている時に私が話しかけたりして、音声言語が先でした。コーダの場合、長子が先に手話を覚えて、二番目以降の子どもが音声言語を先に覚えるということがよく言われます。


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── 作品を撮るにあたって、コーダの方々と交流したりしましたか?

韓国ではコーダという存在があまり知られていませんので、この映画ができた後に、コーダの組織ができたんです。ですので、他のコーダに会ったこともなかったですし、コーダに関する本も映画も読んだり観たりすることがなかったんです。この作品を撮った時は、本当に無謀なことをしたわけです。

── 監督のおばあ様は手話ができないので、息子であるお父様の口の動きを見て発話を理解しているとのことでしたが、お父様とはどのようにコミュニケーションをとっていらしたのでしょう?

コミュニケーションはできなかったそうです。父の場合、(監督の叔父である)弟もろう者ですが、家族は誰も手話ができませんでした。ろう者がやがて結婚をし、生まれた子どもが手話を覚えるということになるのですが、私の父も母も、生まれた時に家族の中にろう者は自分だけだったので、意思の疎通といっても「ごはん食べた?」「お腹が空いた」「お金あげようか?」くらいしかできません。だから母は、子どもの頃本当にもどかしかったそうです。自分の言葉を誰も分かってくれないし、自分も家族の言っていることが分からないから。かなりのストレスで、髪の毛を全部抜いたり、土を食べたりという行動をしてしまったと、言っていました。手話という言語を覚える前のことです。9歳の時に初めて言語を覚えたという子どもの気持ちがどんなものだったのか、想像がつかないですよね。

── 映画の中のお二人はとても明るくチャーミングで、そんなもどかしい時期を過ごしていたなんて想像できません。

私も時々そう思います。今も、私と弟がいなかったら、両親の家族とは意思の疎通ができないんです。当時は祖母たちは田舎に住んでいて、韓国は国として大変な時期だったので、手話の存在自体も、それを教えてくれるところがあるというのも知らなかったそうです。今では手話ができる家族が増えたので、祖母も「私ももっと早く手話を覚えていたらよかった」と言っていました。

── 作品の内容について、環境音に感動しました。お父様が見ているシーンは無音で、ろう者の世界を表現しているのだと思いますが、一方、その傍らでコーヒーが入れられる音や、時計の秒針といった音も聞こえてきます。こうした繊細な音を、健聴者である自分が聞き逃して生活しているということに気づかされ、映画にある静かな美しさを感じました。こうした演出には、どのような意図があったのでしょうか?

あえて静かな音を強調しようとしたのではなく、音声言語を使っていない家に育っているから、そういった音は自然と込められたと言えますね。でも、映画を観ている人たちが、「聴覚障害を持つ人々の世界は何の音もしないのでは?」と思いがちでしょうが、「あ、思ったよりも音がたくさんあるんだな」と感じてくださったのではないでしょうか。


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── お父様は少し聞こえるのですか?

補聴器をつければ本当にかすかに「音というものがあるんだな」ぐらいになら聞こえると言ってました。音というのはたくさん聞くと「こういう周波数の時にはこの音なんだな」「音声言語の時はこういう音なんだな」と認識できるのですが、私の両親は音自体を聞いたことがないので、父は若干聞こえても「気分がよくない音だな」くらいに感じるだけみたいです。

── 監督はやがてご両親との葛藤があり、高校を退学し、旅に出て、その後ご両親の世界を受け入れていきます。具体的にはどういうことがあったのでしょうか?

両親と私の葛藤というよりも、私と世界の葛藤、家族と世界の葛藤があったといえます。いつも周りの人たちに変な目で見られるとか、差別をされるという壁にぶちあたったり。でも、常に両親には強固で完璧な、彼らの言語とろう文化があって、二人はそれを信じていました。ドキュメンタリーを私が撮ろうとした時、両親の世界は本当に美しくて幸せな世界なんだなと改めて感じました。

── この作品は、監督ご自身の中にあったことや、両親との関わりあいから自然に出てきたようですが、作品を撮られるにあたって何かご覧になったり、参考にしたりしましたか?

韓国の作品『マイ・プレイス』(2014年/パク・ムンチル監督)、家族に関するドキュメンタリー映画です。妊娠した妹を長男が撮りながら、家族の各自それぞれに居場所=マイ・プレイスがあるということを語っていて、人は自分が居るべき場所が必要なんだと教えてくれました。その映画の構成を参考にしました。本はマックス・ピカート「沈黙の世界」です。

── その本は、耳の聞こえない方々についての著書ですか?

というよりも、話す言語とは何かについての哲学書でした。

── 話す言語についての本を参考に、ろう者のご両親の映画を作られたというのが面白いですね。

私は言語学に関心があります。両親の聞こえない世界をそっくり経験することはできないので、両親の聞こえないという部分を自分なりに読み解きたいのです。

── 今おっしゃったことに少し関係しますが、今の世界は、違いを認めることに不寛容だと感じています。耳の聞こえないご両親という「自分とは違う世界」を分かりあっていく経験を映画にされた監督としては、不寛容さに対して、どうすれば打ち勝てると思いますか。

すべては「自分とは違う」という考え方を持つことです。そういう前提なら、最初から理解する必要がないですよね。当然そうあるべきだと思うのですが…。日本の状況は分かりませんが、特に韓国は「みんな同じでなければいけない」という考えが強いんです。みんなが勉強するから自分もしなければいけない。みんな大学に行くから自分も。みんな就職するから自分も。みんな結婚するから自分も…といったようにです。最初から「みんなそれぞれ違う」と思っていれば、自分の人生を自分なりに生きていけて、たくさんのことができますし、解決できるのですが、未だに障害者や人種差別、女性差別、マイノリティへの差別があって、事件や事故も起きています。他人を認めない、違う存在を認めないところから来ていると思っています。



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『きらめく拍手の音』
 原題 반짝이는 박수 소리 英題 Glittering Hands 韓国公開 2015年
 監督 イ=キル・ボラ 出演 イ・サングク、キル・ギョンヒ、イ=キル・ボラ、イ・グァンヒ
 2017年6月10日(土)より、ポレポレ東中野ほか全国順次公開
 公式サイト http://kirameku-hakusyu.com/


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