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Report 第23回釜山国際映画祭(3) ~哀れさと傷に寄り添うこと…『ヨンジュ』『呼吸』

Text by Kachi
2018/12/13掲載



 昨年、山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映された、アナーキーなグランドコアバンド、パムソム海賊団の活躍と落日を追った刺激的なドキュメンタリー『パムソム海賊団、ソウル・インフェルノ』の中で、一瞬シビアな空気が漂う。ドラマーのヨンマンが野外ライブのMCで「俺たちがなぜ親に顔向けできないのかといえば、稼いでいないからだ」と語るシーンだ。7月、文在寅大統領は新婚夫婦や若者世代の住宅難を解消するための対策を発表したが、8月の青年失業率は10%を超えた。映画に目を向けると、リアリズムこそ韓国映画の心髄とばかりに、シビアで酷薄な社会状況から目を逸らすことのない作品が相変わらず豊作だ。その中でも、予定調和を許さないながらも一筋の希望を抱かせる良作に出会えた。

 チャ・ソンドク監督の『ヨンジュ/Youngju』。ヨンジュは16歳の時に両親を交通事故で失い、2歳下の弟を支えながら生きてきた。叔父夫妻はヨンジュが生まれ育った家を売りに出そうとし、弟と激しいぶつかり合いになる。ある日、弟が友人たちと集団で窃盗事件を起こして補導され、多額の保釈金が必要になる。家のことで揉めた叔母からはすげなくされ、行き詰まったヨンジュは、両親を事故死させた男性の下を訪ねる。男性はすでに刑期を全うし、妻と小さな豆腐店を営んでいた。ヨンジュは自らの正体を明かせないまま、夫婦に雇ってもらう。

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『ヨンジュ』

 大学生の弟に、スーパーの倉庫で夜勤のヨンジュ。ふたりは決して裕福ではない。「生きていくために仕方がない」とはよく使われるセリフだが、韓国映画のそれは、選択肢としてのレベルが本当に深刻だ。ヨンジュが借金に奔走し、顔も見たくないはずの家族の下へ足を向けるシークエンスなど、そのヒリヒリするまでの心の在り様が胸に迫る。昨年の釜山国際映画祭上映作『最後の息子』同様、絶望の底まで沈む者が、もがくうちに正しくない手段を選んでしまう心情が、丁寧に書き込まれている。ティーンエイジという多感な時に、早く大人になることが必要だったヨンジュは、もうすぐ20歳を迎えるというが、実年齢よりずっと幼く見える。当初は復讐心を燃やしていたヨンジュだったが、ずっと恋しかった親の温もりに安堵していく。

 人はつらい時、自分が一番不幸だと錯覚してしまいがちだ。だがむしろ、人生に何の傷もない人間がいるだろうか。自分を不幸せにした誰かが実は何も手にしていないことを知って、憎しみの矛先が行き場を失った時、人間はどうあるべきなのだろう。

 クォン・マンギ監督『呼吸/Clean up』(KTH賞受賞)の主人公は、清掃会社で働きながら、酒とたばこにおぼれる日々を一人送る女性、チョンジュ。教会で祈りを捧げるが、心は一向におだやかにならない。ある日、出所者の社会復帰に力を入れる社長が新しく雇った青年ミングを見て、チョンジュはひどく狼狽える。かつて、身体が弱かった息子の手術代を捻出するため、チョンジュが夫と画策して誘拐した男の子だったからだ。身代金と引き替えにミングを解放したが、多額の金銭を捻出したミングの母親は、病気の治療を受けられずに亡くなり、父親は自殺。たった一人で生きていくため、ミングは盗品を売りさばいて逮捕されたのだ。そして、チョンジュの息子も手術の甲斐なく亡くなったのだった。ミングに負い目を感じるチョンジュは、さりげなく目をかける。自分を誘拐した犯人であることに気づかないミングは、いつしか彼女を慕うようになる。

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『呼吸』

 清掃会社はゴミ屋敷はもちろんのこと、不幸にも看取る者もなく亡くなった者の住まいや、凄惨な殺人現場の後始末をも引き受けている。実際に稼働している清掃会社が撮影協力した本作は、グロテスクなまでに現実に忠実なシーンがある。また、清掃現場の風景がそうであるように、家族を失って関係性の断絶の中で生きるチョンジュやミングも、たった一人で死んでいくかもしれない。『呼吸』の観客は、そうした生々しさにはりつめた気持ちで向き合うことになる。

 本作の英題『Clean up』は文字通り、“清掃”と“罪を洗い流すこと”のダブルミーニングになっている。しかし、罪悪感とは物質的な染みや垢ではない。こすって落とそう、なかったことにしてしまおうとすればするほどに、その後ろめたさがますます罪の所在を明確にしてしまうからだ。罪悪感とは、自身の心に刻みつけられたものなのである。

 自身に起きた身を切るような悲しみを、なかったことにして新しく生きることももちろん必要かもしれない。しかし本作が寄り添うのは、罪を犯した上に希望も見いだせなかった、あまりに哀れで、誰よりも孤独な人間たちだ。救済と贖罪は果たして実現しうるのか。『群盗』で弓の名手マヒャンを凜々しく演じていたユン・ジヘが、荒みきった中年女性を力演していた。

(つづく)


特集記事
 Report 第23回釜山国際映画祭(1) ~ふたたび自由を勝ち得て、豊穣な映画の大海へ
 Report 第23回釜山国際映画祭(2) ~巨匠イム・グォンテクに遭遇…『102番目の雲』
 Report 第23回釜山国際映画祭(3) ~哀れさと傷に寄り添うこと…『ヨンジュ』『呼吸』

第23回釜山国際映画祭
 期間:2018年10月4日(木)~10月13日(土)
 会場:釜山市内各所
 公式サイト http://www.biff.kr/


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Report 第23回釜山国際映画祭(2) ~巨匠イム・グォンテクに遭遇…『102番目の雲』

Text by Kachi
2018/12/9掲載



 イム・グォンテク監督の102作目である『火葬/化粧』の撮影舞台裏を捉えたドキュメンタリー映画『102番目の雲/Cloud, Encore』で、一瞬取材を忘れるサプライズがあった。上映後、本ドキュメンタリーを手がけたチョン・ソンイル監督のQ&Aの直前で誰かが紹介された。後方の座席にいた私は、観客席の中央付近でゆっくりと立ち上がり、脱帽して挨拶した人物が、イム・グォンテク監督その人だとすぐに反応できなかった。韓国映画界のレジェンドの登場に会場が色めき立つ。釜山に行って最初に出くわした映画スターがイム・グォンテクとは! さすがに体力は年相応の様子だったが、映画を観た限りでは、細部への目配せはますます冴え渡っている。ちなみに私は見逃してしまったが、今映画祭では本作の前編であり、異なるアプローチで制作された『緑茶の重力/Gravity of the Tea』も上映されている。

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『102番目の雲』

 『火葬/化粧』は、2015年に韓国で公開された。癌で余命いくばくもない妻と、自身の課に新しく配属されてきた若い女性部下との間で揺れ動く、化粧品会社重役の中年男性の心情を綴っている。

 重役として個室にいる部長役のアン・ソンギが、観葉植物の隙間から部下をこっそりとのぞき見する。何度かカットがかかり、視線の高さについて微妙な調節が要求される。下品さや卑わいさは不思議と感じない。舞台裏を知って感じたのは、3年前に『火葬/化粧』を観たときに感じた官能美が、視線の語りに支えられていることである。

 『火葬/化粧』で特に印象深かったのは、死期が近づき一人で排泄も困難になった妻を、夫が入浴させるシーンだった。妻の汚れた陰部を夫が洗おうとするのを、羞恥心から力ない手で拒む妻の慟哭が胸に響く。どんな姿を晒そうとも、愛する伴侶として夫から認めていてもらいたいという欲求。迫真という一言では言い表せない演技には、鑑賞当時も畏敬の念を抱いたのだった。『102番目の雲』は、妻を演じたキム・ホジョンの、女優として最も過酷な本シーンの撮影前の強ばった表情をとらえている。イム・グォンテクは彼女に、懇切に重要さを伝える。撮影していて気分のいいシーンではないことは確かだ。でもこれは、彼女にとっての“化粧”なんだと。化粧とはただ美しく飾るばかりではない。性は人間の生そのものと分かち難いという事実に、真剣に向き合うがための描写なのだ。

 『火葬/化粧』そのものを観ていないとなかなか理解の難しいドキュメンタリーではあるが、むしろ今こそ、『火葬/化粧』『緑茶の重力』とともに上映されるべきではないだろうか。『風の丘を越えて~西便制』の劇中歌の「夢、夢、全て夢」という一節が、撮影の合間にうたた寝をするイム・グォンテクの姿に重ねられるシーンの茶目っ気も良かった。


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第23回釜山国際映画祭
 期間:2018年10月4日(木)~10月13日(土)
 会場:釜山市内各所
 公式サイト http://www.biff.kr/


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Report 第23回釜山国際映画祭(1) ~ふたたび自由を勝ち得て、豊穣な映画の大海へ

Text by Kachi
2018/12/9掲載



 穏やかな口調ながら、映画の自由を阻む政権へは辛辣さを隠さなかった、エグゼクティブ・プログラマーのキム・ジソク氏が急逝し、さらにジソク氏の後任プロデューサーが辞表を提出するなど、2017年の釜山国際映画祭(以下、BIFF)は大きな悲痛と長引く禍根を抱えての幕開けであった。23回目を迎える2018年は、「アジア映画のハブ」というBIFF本来の姿に戻るという趣旨で国費による独自予算が投入され、映画祭の予算は114億5,000万ウォンと昨年に比べてやや増加した。そして、キム・ドンホ理事長と女優カン・スヨンによる執行部が辞任し、『ダイビング・ベル』騒動(*)で不当に解任されていたイ・ヨングァン氏が再び実行委員長に就任した。

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BIFF2018のポスターデザイン

 去年、新政権を担って日が浅い文在寅大統領が口にした「サポートはするが、介入はしない」を額面通りに受け取るなら、前回から少しずつ権力の歩み寄りが兆している雰囲気はあるが、知り合いに顔を合わせるたび、昨年同様に行政と映画祭の距離が果たして正常化しているのかを話し合った。ただ、映画祭で感じたこととしては、保守政権では作られなかった、第二の『ダイビング・ベル』になりかねなかった作品が続々登場していた。先日、韓国の独立系映画館スタッフたちと話す機会があり、政権が変わったことは、やはりプラスに捉えているようだった。その証拠に(と言ってもいいだろう)、今年のBIFFの総観客数は19万5,000人を超えたそうで、昨年からやや増加している。BIFFはアジア最大の映画祭で、豊穣な映画の大海であり続けるべきなのだ。

 BIFF2018のレポートを6回に分けてお届けする。

(*) 2014年4月16日に珍島沖で起こった旅客船セウォル号沈没事故の救出活動で、当時の朴槿恵政権が関与したとみられる妨害や隠蔽について追ったドキュメンタリー映画『ダイビング・ベル/セウォル号の真実』の上映をめぐり、釜山市をはじめとした国家権力がBIFF運営に不当に介入した一連の騒動。歴史ある映画祭の自由が侵害されたことは韓国のみならず世界の映画界に強い衝撃を与え、その年のBIFFでは多くの映画人・俳優による参加ボイコットが敢行された。


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第23回釜山国際映画祭
 期間:2018年10月4日(木)~10月13日(土)
 会場:釜山市内各所
 公式サイト http://www.biff.kr/


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Report 第31回東京国際映画祭 ~劇映画『ミス・ペク』、記録映画『クロッシング・ビヨンド』、ベトナム版サニー『輝ける日々に』

Text by 加藤知恵
写真提供:映画祭事務局
2018/11/20掲載



 10月25日から11月3日までの10日間、第31回東京国際映画祭が開催された。今年上映された韓国人監督の作品としては、児童虐待の連鎖の克服をテーマにした劇映画『ミス・ペク』と、平昌2018冬季オリンピックの公式記録映画『クロッシング・ビヨンド』の2本があった。

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『ミス・ペク』

 『ミス・ペク』は女性監督イ・ジウォンによる長編デビュー作である。映画祭開幕の2週間前に韓国内で公開されたが、当初は低予算映画ということもあり劇場確保に苦労したものの、現在まで口コミでじわじわと観客動員数を伸ばして注目を集めている。主演を務めたハン・ジミンが、韓国の映画評論家協会賞に続き、ロンドン東アジア映画祭で主演女優賞を受賞したことも話題となった。ストーリーは、2016年に7歳の少年を実父と継母が数ヶ月間トイレに閉じ込めた末に冷水を浴びせるなどして死亡させた事件を中心に、いくつかの児童虐待事件のエピソードを織り交ぜて書き上げた、監督のオリジナルである。過去に監督の自宅の隣室にも虐待されていると思われる少女が住んでおり、廊下ですれ違った際に訴えるような視線を感じたが、何もしてあげられないまま別れてしまったことへの罪悪感から本作のシナリオを執筆したという。

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イ・ジウォン監督

 幼い頃に母親からの虐待を受け、捨てられた過去を持つペク・サンア(ハン・ジミン)は、高校時代に自分をレイプしようとした相手を負傷させて以来、前科を背負いながら肉体労働を掛け持ちする日々を送っていた。しかしある日、真冬の路上にボロボロの薄い服1枚で立ちつくす少女ジウン(キム・シア)を目にし、思わず食事を与えてしまう。ある種蔑称でもある「ミス・ペク」と名乗りながら他人を拒絶し、黙々と働いて金を稼ぐことだけを支えに生きていたサンアだったが、ジウンとの出会いによって蓋をしていた感情が徐々に露出するようになる。本当は母親のことを愛したかったのに、それができなかったことへの悔しさ、行き場のない怒り。度々挿入される回想シーンと共に現れるサンアの繊細な心理描写に、監督の演出手腕が感じられる。色落ちした髪、化粧っ気のない肌に濃い口紅を引き、荒んだ表情で煙草を吹かし、道端に唾を吐く、清純派女優ハン・ジミンの“変身”ぶりも圧巻である。

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 東京国際映画祭「アジアの未来」部門のプログラミング・ディレクター石坂健治氏は、Q&Aにおいて本作を「韓国映画らしい部分もありながら新しい作品」と評価した。重い社会問題を素材にし、観客の感情を揺さぶるドラマチックな展開を見せながらも、穏やかな救いに溢れた作品。その救いの部分に新しさが感じられるのではないかと思う。サンアは社会的地位も権力もない、いわば弱者の立場にある女性だが、ジウンに寄り添い、必死に守り、支え合うことで自身の傷をも癒やしていく。一途にサンアをサポートし、最後まで彼女の意思を尊重しようとする刑事ソプ(イ・ヒジュン)とその姉フナム(キム・ソニョン)の存在も温かい。「どこかにいる別のジウンを救いたいという気持ちでこの作品を作った」と熱く語る監督の姿は、サンアのキャラクターと重なっていた。

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『クロッシング・ビヨンド』

 もう1つの韓国作品『クロッシング・ビヨンド』は、今年の東京国際映画祭のラストを飾る作品として特別上映された。上映前には「2020東京オリンピック応援イベント」とのテーマでトークショーも行われ、今年の平昌オリンピックに出場した日本人女性選手3名をはじめ、本作のイ・スンジュン監督、東京オリンピックの公式記録映画を担当する河瀬直美監督、製作スポンサーとなるオリンピック財団のアンニャ・ウォサック氏も登壇して競技や撮影の裏話を語った。

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 朝鮮戦争と南北分断についてのテロップから始まる本作だが、被写体となっているのは韓国や北朝鮮のみならず、様々なハードルを乗り越えて平昌の地を踏んだ世界各国の選手たちである。アメリカで養子として育ったアイスホッケーの韓国代表選手パク・ユンジョンや、オランダ代表でガーナ人初のスケルトン選手アクワシ・フリンポン、タリバンによる虐殺を逃れた末にアルペンスキーでの五輪出場を目指したアフガニスタン人選手サジャド・フサニなど、彼らにとってのハードルは国境だけではない。「開催国である韓国の特色とは何かを考えた時にまずは南北分断の状況が思い浮かんだが、選手個々人が直面する様々な壁や、それを乗り越える姿も捉えたいと思い、テーマを決定した」と監督は言う。

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イ・スンジュン監督と河瀬直美監督

 監督が任命されたのは昨年の10月で、本作が初披露されたのは1年後にあたる先月の釜山国際映画祭である。財団のリサーチ部と協力して取材対象を決定した後、撮影は昨年12月から今年5月までの半年間に集中して行われた。これを聞いた河瀬監督は思わず「クレイジースケジュール」と漏らして会場の笑いを誘い、その完成度の高さに驚きを見せていた。日本でも劇場公開・DVD化されている、共に障害を持つ夫婦の愛を収めた『渚のふたり』、盲ろう・知的障害を持つ女性とその母の日々を追った『月に吹く風』(日本未公開)などを発表し、被写体へ誠実なまなざしを送り続けてきたイ・スンジュン監督は、韓国内のみならず海外でも評価が高い。今回も撮り溜めた膨大な量の映像のうち、使用されなかったパートは多々あるものの、完全にカットされた人物は1人もいなかったという。会場の観客からは「河瀬監督のように劇映画も撮られるのですか?」という質問が上がったが、これに対し監督は「高校時代からずっとドキュメンタリーに興味を持ち、撮り続けてきた。今後もそのつもりだし、劇映画を撮る自信はない」と答えていた。また再来年の東京オリンピックについては、「監督としてではなく、一観客として競技を楽しみたい。河瀬監督の撮影現場にも顔を出して隣で見学したい」と語り、監督同士で笑顔を交わしていた。

 韓国人監督の作品ではないものの、最後に併せて紹介したいのは、今年の8月に日本版の『SUNNY 強い気持ち・強い愛』も公開された韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』(2011)のベトナム版、『輝ける日々に』である。原作の投資配給会社CJ E&Mがベトナムの制作会社と共に新会社を設立して共同投資を行い、合作された。

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『輝ける日々に』

 入院中の母親の見舞いに訪れたヒュー・フォン(ホン・アィン)は、末期癌を患い闘病中の高校時代の友人ミ・ズン(タィン・ハン)と偶然に再会する。彼女の余命がわずかと知ったフォンは、当時「荒馬団」というグループを結成して親密に過ごしていた友人たちを探し出し、ズンに会わせることを決意する。そして25年の時を経てそれぞれの生活を送る彼女らを追う中で、夢とパワーに満ち溢れていた当時の自分たちを懐かしく回想するのだが…というストーリー。

 ソウルオリンピックを前に民主化の気運が高まる1980年代後半とその25年後を描いた韓国版に対し、ベトナム版は、ベトナム戦争終結を経て南北統一に至る1975年とアメリカとの融和が進む2000年が時代背景となっている。この2つの時代を選んだ理由についてグエン・クアン・ズン監督は「1975年はベトナムにとって全てが変わり始めた年であり、人々の貧富の差が逆転するような変化も起きた。そして2000年はベトナム経済が成長・発展を遂げて上向きになり、生活も落ち着いて過去を振り返れるようになった時期であり、両方とも重要な時代だ」と語っている。また、ホーチミンやハノイのような大都市ではなく中南部の高原地帯ダラットを舞台にした理由は「ダラットは涼しく景色も美しいため、撮影における体力の消耗も少なく、“若い頃の夢”をロマンチックに表現するのにも適していたから」とのことだった。

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左からプロデューサーのヴー・クイン・ハー氏、主演のホン・アィン、監督

 時代や地域、テーマ曲はアレンジされているものの、冒頭の起床・食事シーンといった細かなカット割りから登場人物の設定、ストーリーの流れに至るまで、本作は原作の韓国版に忠実に作られているといった印象だ。個人的に大きな違いを感じたのは主人公フォンの夫のキャラクターくらいだろうか。韓国版や日本版では、家庭に関心が薄く、義母の見舞いも金だけを妻に渡して済ます多忙なエリートビジネスマンとして登場するが、ベトナム版では自ら見舞いの品を用意し、妻や娘にも優しい言葉を掛ける家族思いのキャラクターである。「家族の絆が強い」「年長者を大事にする」「レディーファースト」といったベトナムの国民性が反映されている気がしたが、このような部分こそが、ベトナムにおける韓国コンテンツのリメイクをヒットさせているという見解もある。ベトナムでは『怪しい彼女』(2014)のリメイク版『ベトナムの怪しい彼女』(2015)が歴代映画興行ランキング1位を記録したのを皮切りに、『カンナさん大成功です!』(2006)のリメイク版も昨年に公開、本作が今年3月に公開されて歴代5位にランクインすると、『過速スキャンダル』(2008)と『猟奇的な彼女』(2001)のリメイク版も相次いで公開された。また1995年に韓国でブームを巻き起こしたドラマ『砂時計』も、現在両国の合作で映画化が進められているそうだ。情緒的に共通するところが多いといわれる韓国とベトナム。今後もどのような作品が生まれてくるのか楽しみである。


第31回東京国際映画祭
 期間:2018年10月25日(木)~11月3日(土・祝)
 会場:TOHOシネマズ六本木ヒルズ、EXシアター六本木、東京ミッドタウン日比谷ほか
 公式サイト https://2018.tiff-jp.net/ja/

Writer's Note
 加藤知恵。『サニー 永遠の仲間たち』は現在ハリウッド版も製作が進められているとのこと。短い期間に1つの作品を3ヶ国バージョンで鑑賞(韓国版はNetflixで再見)するのは個人的にも初めてで、とても興味深かったです。


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Report アジアフォーカス・福岡国際映画祭2018 ~作り手を支えて映画を生み出す:チャン・リュル監督が福岡で撮った『福岡』メイキング上映

Text by 井上康子
写真提供:映画祭事務局
2018/10/7掲載



 「アジアフォーカス・福岡国際映画祭2018(以下、アジアフォーカス)」が、9月14日から10日間、福岡市内会場で開催され、23ヶ国・地域の40を超える作品が上映された。韓国からはチャン・リュル監督が来福し、福岡で支援を受けて、福岡で撮った、その名も『福岡』のメイキングが上映された。映画祭でなくては見ることができない斬新な試みのある作品を中心に、娯楽性が高い作品も選ばれ、近年、国際的に注目を集めるフィリピン映画の特集上映も行われた。また、行定勲監督が熊本地震復興支援のために作った『いっちょんすかん』が特別上映された。


フィリピン映画特集:アート系作品から社会派作品までを見せる


 社会の暗部を暴力的に熱く描き、新たな黄金期を迎えているフィリピン映画の新風といえるのがオープニングを飾った『なあばす・とらんすれいしょん』。内向的な少女の心の動きを極めてアート的に描いた作品。シェリーン・セノ監督は幼児期を日本で過ごしたそうで、作品には日本の影響をいろいろ発見できる。『バガヘ』は、国外の出稼ぎ先で暴行を受けた女性が、帰国後に社会組織の中で利用される姿をリアルなドキュメンタリーのように見せた。『嘆きの河の女たち』は、敵対する一族との抗争で息子を失った女性が抗争を終結させようと立ち上がる。実際に抗争で家族を亡くし、演技未経験で主人公を演じたライラ・ウラオの強い意志を感じさせる瞳が印象に残った。福岡市フィルムアーカイヴに唯一保管されていたフィルムをデジタル修復して上映された『水の中のほくろ』は神秘の力が宿る島を舞台に男女の愛憎を重厚に描いた見応えがある作品だった。


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『大楽師』

好きなことに夢中になれる若者:人気投票1位『大楽師』、2位『光(ひかり)』


 「アジアの新作・話題作」を対象にした、観客による人気投票で1位の「福岡観客賞」に選ばれたのはチャウ・シンチー監督『少林サッカー』などの脚本を手掛けてきた香港のフォン・チーチアン監督『大楽師』。2013年に「福岡観客賞」に選ばれた『狂舞派』主演女優チェリー・ガンが、誘拐され縛り付けられていても、頭に曲が浮かぶと夢中になる主人公をキュートに演じている。クラシックが流れると襲い掛かってきたヤクザが優雅に踊り始めるのは楽しめた。マレーシア『光(ひかり)』は、クイック・シオチュアン監督が自閉症の兄をモデルに、グラスの奏でる理想の音色を求める自閉症の青年を見せた。娯楽性の高い作品としては、これらの他にベトナム『仕立て屋 サイゴンを生きる』があった。ベトナムでは主人公の老婆が若返るという韓国映画『怪しい彼女』をリメークした『ベトナムの怪しい彼女』(大阪アジアン映画祭2016で上映)が作られているが、本作は1960年代に生きるアオザイ店の跡取り娘が現代にタイムスリップするという趣向で、これらの作品同様に過去への回帰を示していた。回帰はベトナムの人々の心にマッチしたものであったのだろう。グエン・ケイ監督によると公開後はアオザイを着用する若者が増えたそうだ。


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『バスは夜を走る』

不安定な社会を生きる:『バスは夜を走る』『ぶれない男』


 インドネシア『バスは夜を走る』は、地域の紛争により、長距離夜行バスが、国軍、独立軍、さらには紛争を長引かせることを目的にした集団に襲われる。状況は混沌とし、紛争を解決する糸口も、安全に到着する方法も何もない。極限状況の中でバスに乗り合わせた人々が人間としての尊厳を示す。エミル・ヘラディ監督はいずれの人物も魅力的に描いており、深い共感を持って見た。『ぶれない男』は、警察や行政とも結びついている地域の権力者に屈服すまいと、もがく男を主人公にし、2017年カンヌ国際映画祭ある視点部門最優秀作品賞を獲得している。監督はイラン当局から反体制的とみなされ厳しい状況で映画を作り続けているモハマド・ラスロフ。台湾『小美(シャオメイ)』、麻薬中毒で行方不明になった女性について、周辺の人物が各々の視点で証言していくが、彼女の姿が浮かび上がることはない。インド『腕輪を売る男』、保守的な村で生活する人々の秘めた欲望の行方を独自の視点で描く。中国『冥王星の時』、暗闇の中で救いを求めるように秘境を訪れた主人公が、そこで過ごした時間の意味を観客に問いかけていた。


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『別れの花』

生と死について、観客の多様な解釈を求めるタイ映画


 『別れの花』は、アジアフォーカス2015で『蒼ざめた時刻(とき)』が上映されたアヌチャー・ブンヤワッタナ監督の長編第2作で、2017年釜山国際映画祭キム・ジソク賞を受賞している。男性同士の元恋人が、一人は病死し、一人は出家する。森に入った僧が修行を積み、死と再生に立ち会う姿を静謐で美しい映像で描いていた。水のシーンが多いのは「観客が多様な解釈ができるから」。アジアフォーカス2017で『マリー・イズ・ハッピー』と『噂の男』が上映されたナワポン・タムロンラタナリット監督の新作『ダイ・トゥモロー』は、思いがけない死や生についての6つの物語を、実際の事件、フィクション、インタビューを組み合わせて見せていく。『噂の男』のように、様々な視点での語りに監督は説明を加えない。死や生について想像を巡らすことができるように観客を誘ってくれる。


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『福岡』トークの模様

チャン・リュル監督が福岡でインスピレーションを受け、福岡で支援を受けた『福岡』メイキングが上映


 上映後は、アジアフォーカスのスタッフで『福岡』のプロデューサーを務めた西谷郁氏が司会を担当し、福岡フィルムコミッション(以下FC)のスタッフも参加する中で、監督を中心にトークが進められた。2018年3月末から4月初めに、韓国から13名、日本から6名のスタッフが参加し、福岡市の中でも人通りが多いエリアで撮影したこと、その町で撮影することは決まっていても実際どこを撮影するかはその場で監督が決定し、スタッフが奔走して地域の人々の協力を得たことが紹介された。「監督は現場で瞑想のような状態に入るときがあり、スタッフ一同は待って指示を仰ぐ」との逸話に監督は「考えなければならない事が多いので。でも、考えているふりをしていることもあります(笑)」と軽妙に返していた。

 開期中に開かれたシンポジウム「これからの小規模国際映画祭」ではアジアフォーカス梁木靖弘ディレクターが「ゲストは比較的ゆっくり時間を使えて福岡でインスピレーションを得、映画祭がサポートを行うというモデルケースになったのが『福岡』」と述べていた。ゲストとスタッフの交流が密なのも小規模映画祭ならではのこと。監督と長年交流してきたアジアフォーカスとFCのスタッフは、『福岡』撮影時、エキストラ出演、炊き出しのほか、自宅をロケ場所に提供したこともあったそうだ。映画祭の温かみもしっかり見せてもらった。


アジアフォーカス・福岡国際映画祭2018
 期間:2018年9月14日(金)~9月23日(日)
 会場:キャナルシティ博多(ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13)
 公式サイト http://www.focus-on-asia.com/

Writer's Note
 井上康子。『ダイ・トゥモロー』の最初の物語では、「卒業式前日の女子大生がビールを買いに出て事故死」との告知後、女子大生たちがにぎやかに卒業後の夢を語りあう映像に移行。「夢いっぱいで良いなあ」と感じたはずのものが一言の告知で「果たせなかった夢がこんなにあって何と切ない」という認識に一変。ナワポン・タムロンラタナリット監督に魔法をかけられたような気分になった。


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