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Report マンスリー・ソウル 2020年1月 ~“ミスター韓国映画”マ・ドンソクがコメディとパニック大作で魅せた存在感

Text by hebaragi
2020/1/26掲載



 真冬のソウルは底冷えが厳しく、外を歩くのが辛いくらいだった。今回は『スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け』公開中ということもあって、韓国映画の上映が比較的少なかったが、滞在中、韓国映画4本(『始動』『白頭山』『天文:空に問う』『モンマルトルのパパ』)と日本映画2本(『少女邂逅』『Love Letter』)を見ることができた。強い印象を残したマ・ドンソク出演の2本の作品を紹介する。


『始動』


 人気ウェブ漫画の実写化であり、『ベテラン』『EXIT イグジット』の制作スタッフも参加していることも話題となっている本作。学校も家も勉強も嫌いで母に反抗するテギル(パク・ジョンミン)は、友人のサンピル(チョン・ヘイン)と一緒に家出をしてしまう。テギルは中華料理店の料理長のコソク(マ・ドンソク)に偶然出会い、敵対関係になるが不思議な交流が続く。

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『始動』

 近年、数多くの作品に出演し露出度急上昇中、いまや“ミスター韓国映画”と言っていい圧倒的な存在感のマ・ドンソク。彼が登場するというだけで期待が膨らむ。

 体育会系のノリで、トラブルが起きると腕力で解決しようとする彼のキャラクターは本作でも相変わらずだ。しかし、今回はおかっぱ頭のコミカルなビジョアルが意表をつく。しかも、TWICEのファンという設定で、彼女たちが出演するTV番組を見て一緒にダンスをしたり、カラオケでヒット曲「TT」を歌ったりするお茶目なシーンも目を引く。

 マ・ドンソクとふたりの若者の軽快なやりとりが楽しい。テギルの母親役、ヨム・ジョンアも持ち味を発揮している。また、髪を赤く染めたボーイッシュな少女キョンジュ役、チェ・ソンウンが印象に残った。初めて見る女優さんだが、これから注目していきたいひとりだ。

 楽しいコメディ映画であり、家族ドラマの要素も感じられる本作。マ・ドンソクのファンにも、それ以外の人にもおすすめしたい作品だ。


『白頭山』


 韓国映画を見ていて知られざる歴史にふれることは多いが、本作は朝鮮半島の地理の勉強にもなるとも言えるテーマ。北朝鮮と中国の間にある2,744メートルの白頭山は日本の富士山と同様の聖山であり、1,000年に1度大爆発をする活火山。前回946年の大爆発では日本の東北地方にも火山灰が降り注ぐなどの影響があったと言われている。

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『白頭山』

 本作は「いま大爆発が起きたら、ソウルやピョンヤンはどうなる?」というテーマで描いたパニック超大作だ。『神と共に』シリーズのデクスタースタジオが制作に携わり、製作費が300億ウォン(約30億円)に上ったことも話題となった。

 観測史上最大の白頭山噴火が発生。韓国国内はパニックに陥る。そして、韓国も北朝鮮も飲み込むさらなる被害が予想される二次噴火を防ぐため、秘密の作戦が開始される…。

 オープニングから、噴火とそれに伴って起きる地震、津波の映像が圧倒的なスケールで迫ってくる。ソウルのビル街が倒壊、道路は陥没、漢江にかかる橋には容赦なく津波が襲いかかってくる。

 一方、対策本部では、さらなる大爆発への対策として、北朝鮮の核兵器を活用して爆発の被害を最小化させるという奇想天外な対策が検討され、実行に移されることに。さらには、アメリカ軍や中国の思惑もからみ、事態は複雑な方向に…。

 噴火対策に従事する韓国軍のメインとなる大尉インチャン役にハ・ジョンウ、宿敵・韓国と強力して作戦にあたることとなる北朝鮮のスパイ、ジュンピョン役にイ・ビョンホン、噴火の現状を分析し対策を提案する大学教授カン・ボンネ役にマ・ドンソクを起用。豪華なキャストは公開前から関心を集めていた。

 噴火に立ち向かうハ・ジョンウとイ・ビョンホンのやりとりを中心にストーリーが展開するが、深刻な状況下でも時にはユーモアを交えた会話を交わすふたりが印象的だ。

 そして注目は、地質分野専門の大学教授役のマ・ドンソクだ。今までの体育会系キャラを封印し、終始眼鏡をかけ、専門用語を駆使して学者らしい穏やかな物腰で冷静に事態を分析し、対策を提案する演技は知性をアピールするものであり、新鮮な印象を与える。俳優マ・ドンソクの新たな魅力に気づかせてくれる役どころといえよう。

 パニック映画は韓国映画のお家芸であり、2019年に大ヒットした『EXIT イグジット』をはじめ、過去には『新感染 ファイナル・エクスプレス』『ザ・タワー 超高層ビル大火災』『TSUNAMI ツナミ』などの大作が多くの観客を楽しませてきた。

 本作は、これまでフィクションが多かったパニック大作のテーマと異なり、地震の少ない韓国で現実的な脅威とされている白頭山の大爆発をテーマとしていることから観客の関心が高く、公開から1ヶ月弱で観客動員800万人を超えたと報じられている。また、スケールの大きなエンターテイメント作品としてもよくできており、大スクリーンでの鑑賞に適している作品と言えよう。

 本作は既に米国、台湾、香港、シンガポール、マレーシアなど90を超える国・地域に販売され、公開予定となっているという。もし、白頭山で大爆発が起きれば東京ドーム10万個分の火山灰が世界中に落下し、農業被害や航空機の欠航など日本にも少なからず影響があるとのこと。隣国で起きる可能性の高い自然災害に関心を持つ意味でも、日本公開に期待したい。


Writer's Note
 hebaragi。いつも良質な日本映画のラインナップを揃えているCGV明洞駅シネライブラリーで2本の日本映画を見た。枝優花監督の『少女邂逅』と、何度目かのアンコール上映となる岩井俊二監督の大ヒット作『Love Letter』である。『Love Letter』は満席の観客で、公開から25年経った今でもファンが多いことに感銘を覚えた。今月は日本で監督の最新作『ラストレター』が公開される。『Love Letter』同様に手紙をモチーフにしたストーリーとのこと。韓国で公開されれば、またたくさんの観客を集めるに違いない。『Love Letter』韓国公開が日本文化ブームにつながったように、これからも映画を通した文化交流が進んでいくことを期待したい。


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Report マンスリー・ソウル 2019年12月 ~“夜回り先生”、小樽ロケ作品、そして14年ぶりのイ・ヨンエ新作との出会い

Text by hebaragi
2019/12/22掲載



 12月のソウルは冬本番で朝夕底冷えがしていた。今回は多忙な年末ということで実質2日間の滞在だったが、韓国映画7本(『ヨンファらしい日々』『昨日のことは全て大丈夫』『ユニへ』『家の話』『違わなく同じ彼女』『俗物たち』『私を探して』)を見ることができた。以下、印象に残った3作品を紹介する。


『昨日のことは全て大丈夫』


 “夜回り先生”として知られる水谷修氏の生き方をベースとして、韓国の都会を舞台に再構成したヒューマンドラマ。今年の全州国際映画祭でも上映された。監督は水谷氏の友人でもあるイ・ソンハン氏。彼は最愛の娘を中学校でのいじめによって亡くしている。その彼女が最後に読んでいた本が水谷氏の「夜回り先生」だったとのこと。水谷氏は、イ・ソンハン氏の娘への思いを考えるとともに、映画という文化交流を通して日韓関係が少しでも改善されればとの思いから、原作の著作権をイ・ソンハン氏に譲ったという。

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『昨日のことは全て大丈夫』

 本作は主人公の教師ミンジェが、学校や街角で様々な事情を抱える少年少女たちに声をかけ、彼らの話を聞き、親身になって彼らに寄り添っていくストーリーだ。彼の穏やかな人柄は少年少女たちからも信頼を受けるものであり、じんわりと胸を打つ。日々の少年少女との関係では様々な出会いや出来事、そして別れもあるが、ミンジェは全ての出来事を淡々と受け止めていく。本作の英語タイトル『The Fault Is Not Yours.』は若者たちの未来への前向きなメッセージをこめたエールなのだろう。

 また、人気の日韓ガールズグループIZ*ONE(アイズワン)のメンバー、キム・ミンジュが主要メンバーとして出演しているのも話題のひとつだ。

 本作は原作に忠実に制作されていることから、全州国際映画祭を訪れた水谷氏も「素晴らしい映画でした」と太鼓判を押すほどの秀作だ。水谷氏やイ・ソンハン氏の思いがたくさんの人々に届くよう、ぜひ日本公開が実現することを望みたい。


『ユニへ』


 ことしの釜山国際映画祭のクロージング上映作品。一通の手紙をきっかけに初恋の記憶をたどる小樽への旅に出た主人公ユニ(キム・ヒエ)と娘。20年の時を経て登場人物たちの思いが交錯していくストーリーは小樽の街にふさわしく、ファンタジックな印象だ。

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『ユニへ』

 ユニの長年の友人、ジュンを演じた中村優子、ジュンと同居するおば役の木野花ら日本人キャストも好演。中村優子が動物病院のドクター、木野花が街の小さなカフェの主人という設定も作品に彩りを添える。さらに、全編を通して小樽の街の風景が魅力的に描かれていたのも印象的だ。小樽は1990年代に中山美穂主演の映画『Love Letter』の韓国でのヒットにより注目を集めた街でもある。『ユニへ』をきっかけに、いわゆる「聖地巡礼」ブームの再来にも期待したいものだ。


『私を探して』


 今回の訪韓の一番の目的だったイ・ヨンエの新作と初対面。彼女の映画への出演は活動休止前の『親切なクムジャさん』以来であり、実に14年ぶりとなる。余談だが、『親切なクムジャさん』を見たのがソウル・明洞聖堂近くの今はなき「中央シネマ」だったことを思い出し、歳月の流れを感じた。

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『私を探して』

 オープニングで、ほぼノーメイクの憔悴しきった様子で海辺を歩くイ・ヨンエの姿に心を鷲掴みにされる。そして、ナースのユニフォームに身を包んだ彼女がてきぱきと働く回想シーンへ。前半は、懸命に子どもを探す母親としてのストーリーが続くが、プライベートでも活動休止後に結婚・出産・育児を経験した彼女の迫真の演技が胸に迫る。キッチンで食事の支度をするシーン、思いがけず訪れた夫の死にやつれきった様子の喪服姿、子どもを探すために車を運転する様子など、初めて見る様々なシーンでのイ・ヨンエが印象的だ。

 ストーリーは、6年前にいなくなった子どもを探す良き母親、イ・ヨンエとしての展開を予想していたが、後半、秘密を守ろうとする地域住民たちとの激しい乱闘と銃撃戦となり、予測不可能なサスペンスストーリーへと変わっていく。ラストまで体当たりの演技に圧倒されるシーンの連続だ。果たして子どもと再会することができるのか。息詰まる展開に目が離せない

 本作でのイ・ヨンエは14年のブランクを微塵も感じさせない熱演を見せてくれており、また、凛とした美しさも健在で、オールドファンもひと安心といった作品だ。そして、今まで見たことのない彼女の新たな魅力にふれることもできる、まさにお得感満載の一本だ。彼女は映画誌「CINE21」のインタビューに答え「40代、50代の女優が主流映画でいくらでも活躍できるということを見せつけたい」とも語っている。たくさんのファンのためにも本作の日本公開を切望したい。


Writer's Note
 hebaragi。今年になってからのソウル訪問は今回で10回を数えました。毎回、貴重な作品との出会いがあり、有意義なものでした。2020年の予定ですが、本業の休暇の都合もあり1月から隔月の訪問となる予定です。回数は減りますが、今年同様に充実したレポートをお届けできるよう努力してまいりますので、本年同様のご愛読をよろしくお願いいたします。


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Report マンスリー・ソウル 2019年11月 ~大ヒット公開中、『82年生まれ、キム・ジヨン』に見る韓国社会の今

Text by hebaragi
2019/11/8掲載



 原作は日韓でベストセラーになった小説。小説のヒットをきっかけに女性たちが声をあげ、いわゆる#MeToo運動につながったとも言われるなど、社会現象にもなった。鑑賞した日は上映スタート間もない週末だったが、劇場にはキム・ジヨンと同年代の女性を中心に、たくさんの観客が詰めかけていた。すでに観客動員は280万人を突破した模様(11/7現在)。映画鑑賞の前に原作を読んでいたので、作品世界にスムーズに入り込むことができた。

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『82年生まれ、キム・ジヨン』

 まずは、キム・ジヨン役チョン・ユミのピュアで凛としたたたずまいに注目だ。髪をまとめ、背筋を伸ばして淡々と家事や育児をこなすオープニングが強い印象を残す。一方、それは本来の自分の生き方ではないとの思いから、やり場のない閉塞感を醸し出しているキム・ジヨン。なぜ、出産・子育てに際して女性だけが一方的に人生を変えていかなければならないのかについても納得していない。

 少女時代からの家庭内での男尊女卑や通学バスでのセクハラ、会社での様々なハラスメントなどの理不尽な出来事が、次々と彼女を襲う。しかし、映画はそうした問題を声高に主張するのではなく、しっとり静かに、ときには軽いユーモアを絡めてストーリーが展開する。一方で、作品に込められたメッセージはしっかりと伝わってくる2時間だ。

 女性社員限定の男性社員へのお茶汲みや、会議中にタバコをぷかぷかふかし、下品で差別的な冗談を連発する男性上司などは、筆者が就職した80年代には珍しくなかったことを思い出し、苦々しい気持ちになる。また、男性たちが、連れだって会社の屋上や公園でカップコーヒーを飲みながら、不用意で身勝手な振る舞いを繰り返すのも不快以外の何物でもない。さらに気づかされるのは、事あるたびに顔を出す、韓国社会に根強い家族の重さだ。

 しかし、様々な困難に直面しながらも、常に前を向き、道を切り開いていくキム・ジヨンの生き方は清々しく、なんとも愛おしい。作品中、キム・ジヨンは横顔で語る絵コンテが多いが、この手法によって、彼女の心理を丁寧に描写することに成功している。また、妻を気にかけてはいるが、無力な夫役、コン・ユの演技も秀逸だ。

 紆余曲折が続くストーリーだが、キム・ジヨンと主治医の精神科医との対話によって次第に彼女の気持ちが変わっていく。さらに、元の同僚や女性の上司との良好な関係から、少しだけ希望が感じられるラストに救われる思いだ。韓国には今もたくさんのキム・ジヨンがいるに違いない。同様に女性差別が根強く、韓国同様に女性が生きづらい社会と言われている日本、なかんずく男性たちにぜひ見てほしい作品だ。問われているのは韓国社会だけではなく、世界共通の社会のあり方なのだ。「娘が生きる世の中は、私が生きてきた世の中より良くなっていなくてはなりませんし、そう信じ、そのようにするために努力しています」という小説原作者の思いは切実だ。日本公開を切望したい。


Writer's Note
 hebaragi。公開中の『天気の子』にもたくさんの観客が詰めかけていた。初日の興行収入は『ターミネーター:ニュー・フェイト』『82年生まれ、キム・ジヨン』に次ぐ3位を記録。公開にあわせ、10月末には新海誠監督がソウルを訪れ、舞台挨拶が行われた。記者会見に応じた監督は「長編第一作『雲のむこう、約束の場所』が韓国で受賞して以来、韓国に特別な愛情を持っている」と語ると同時に「3年後、日本と韓国が仲直りして、新作を持って戻ってきて韓国のお客さんたちと良い時間を過ごせれば幸せだと思います」とコメントしたとのことだ。監督のこうした行動に敬意を表したい。まさしく「愛にできることはまだあるよ」である。文化の力を信じたい。


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Report マンスリー・ソウル 2019年10月 ~ラブロマンスの秀作『季節と季節の間』『ユ・ヨルの音楽アルバム』を堪能

Text by hebaragi
2019/10/20掲載



 すっかり秋の気配のソウル。今回も多彩なジャンルの韓国映画9本(『季節と季節の間』『12番目の容疑者』『なまず』『ハチドリ』『ユ・ヨルの音楽アルバム』『いちばん普通の恋愛』『長沙里:忘れられた英雄たち』『量子物理学』『パーフェクトマン』)を見ることができた。印象に残った2作品を紹介する。


『季節と季節の間』


 作品世界に感銘を受け、翌日同じ劇場で再見した。なお、本作は『花咲く季節が来るまで』という邦題にて「第28回レインボー・リール東京 ~東京国際レズビアン&ゲイ映画祭~」で上映されている。

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『季節と季節の間』

 結婚が破談になったヘス(イ・ヨンジン)は、ソウルから小さな街に移り住み、ひとりでカフェを営んでいる。そんなある日、他人の視線は気にせず自分の感情に正直な女子高生イェジン(ユン・ヘリ)がやってきて、店でアルバイトをすることになる。凛としてクールビューティーだが、どこか陰のあるヘスと、元気で明るく活発なイェジンはすぐに良い関係になり、お互いにかけがえのない存在になっていく。イェジンのアイディアで、殺風景だったカフェの店内には花の装飾が施されるなどして明るくなり、客も増えて経営も順調に推移する。満席になった店内を微笑みながら見つめるふたりがいる。何気ない日常が春の暖かさのように幸せな日々につながっていく。そうして穏やかな日々が続いていくかに見えたのだが…。

 そんな折、ヘスに携帯電話販売店勤務のボーイフレンドができ、たびたびカフェを訪れるようになる。また、イェジンがヘスに「オンニ(お姉さん)が好き」と告白し、店長とアルバイトの関係以上の感情を持ちはじめたために、ヘスはイェジンを疎ましく思い始める。さらに、イェジンの母がアルバイトを辞めさせるようヘスに直談判に来たりもする。結局、イェジンは店を辞めることとなり、失意のうちにレズビアンバーを訪れるが、心は晴れない。イェジンがいなくなったカフェの入り口には「アルバイト募集」の貼り紙が貼られ、季節は冬へと移ろう。ヘスが、いつもの習慣で、もういなくなったイェジンを呼ぼうとするシーンが悲しい。イェジンがいなくなったとたんに閑古鳥が鳴くようになったカフェに呆然と佇むヘス。

 全編を通して、季節のうつろいとともに、ふたりの関係が変化していく様子を丁寧に描いた演出が秀逸で、見ていて切ない思いにかられる。カフェでの日常以外でも、ふたり一緒に花火を見たり小旅行に行ったりするなど、様々なシーンで心を通い合わせるふたりの表情が印象的だ。終始しっとりと静かに展開しながら、しっかりとメッセージが伝わってくる珠玉のようなラブロマンスの秀作といえよう。


『ユ・ヨルの音楽アルバム』


 1994年、「ユ・ヨルの音楽アルバム」というFM番組で、歌手のユ・ヨルが初めてラジオDJを務めた日、母の残したパン屋で働いていたミス(キム・ゴウン)。まるで時代に取り残されたような古ほけたたたずまいの店に、ある日客として訪れたヒョヌ(チョン・ヘイン)に恋心を抱くミス。しかし、思わぬアクシデントでヒョヌと連絡が取れなくなる。待ち続けたミスは、ある日ヒョヌと再会する。

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『ユ・ヨルの音楽アルバム』

 1990年代から2000年代にかけて流行した懐かしい音楽にのせて展開するラブストーリー。パソコンやインターネットや携帯電話が普及し始めた時代の、ネットを通じたふたりの交流もほほえましい。10年以上の時間のなかで、ときにすれちがいながらも、紆余曲折を経てふたりの交際が展開していく。2005年、周囲は再開発されて街並みはすっかり変わり、パン屋の隣はコンビニに変わっている。再会したふたりの恋のゆくえは果たして…。主演のミスを演じた透明感のあるキム・ゴウンと、彼女を一途に思うチョン・ヘインの表情が秀逸。恋のせつなさ、すれ違いを描いたストーリーが強い印象を残す王道のラブストーリーだ。


Writer's Note
 hebaragi。『新聞記者』が10月17日、『天気の子』が10月30日に韓国公開される。2本の日本映画は韓国の観客にどう受け止められるのだろうか。


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Report アジアフォーカス・福岡国際映画祭2019 ~チャン・リュル監督『福岡』がオープニングを飾る

Text & Photo by 井上康子
2019/10/13掲載



 「アジアフォーカス・福岡国際映画祭2019(以下、アジアフォーカス)」が、9月13日から7日間、福岡市内会場で開催され、アジアフォーカスのゲストとして繰り返し福岡を訪れているチャン・リュル監督が福岡で撮った『福岡』がオープニング上映されたほか、監督作品の特集上映が行われ、シンポジウムも開催された。17ヶ国・地域の27作品が上映され、観客投票の第1位には女性が受ける差別を描いた『シヴァランジャニとふたりの女』が選ばれた。


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『シヴァランジャニとふたりの女』

『シヴァランジャニとふたりの女』:『82年生まれ、キム・ジヨン』のように、インドでの女性差別を見せる


 福岡観客賞(観客投票の第1位作品に授与)を受賞したのは、インド女性が受ける差別を描いた『シヴァランジャニとふたりの女』で、奇しくも日本でも大ヒットしているチョ・ナムジュ著「82年生まれ、キム・ジヨン」のように、1980年代から現代までの女性差別を描いている。アスリートの主人公は結婚を機に家庭の中で召使のような存在になるが、自分を取り戻す。ヴァサント・S・サーイ監督が「“私は彼女と同じだ”と号泣した女性観客がいたことがある」と語ったが、福岡でも多くの観客の共感を呼んだ。『誰かの妻』もインドネシアのある島で父や夫の所有物とされてきた女性が自立を決意するまでを描いていた。


『それぞれの道のり』を筆頭に作品世界に浸る


 フィリピン映画生誕100周年を記念して製作されたオムニバス『それぞれの道のり』は、『立ち去った女』のラヴ・ディアスが密林の魔物のいる世界を、『ローサは密告された』のブリランテ・メンドーサが土地を奪われた農民を、『500年の航海』のキドラット・タヒミックは文化の継承を、描いた。個性が際立つ3巨匠作を一度に見れる贅沢な時間となった。同じくメンドーサ『アルファ 殺しの権利』は麻薬組織に対する腐敗した警察官の世界を生々しく見せ、熊本市賞(観客投票の第2位作品に授与)を受賞した。『マンタレイ』はタイの漁師がロヒンギャ難民を助けてからを幻想的に描く。監督のプッティポン・アルンペンは福岡市のアーティスト・イン・レジデンスで短編制作後に、釜山国際映画祭などの支援で本作を完成させた。若い監督の斬新な試みが光る。自由な創作のために、中国から香港に移住して活動を続けるイン・リャンが自身の状況を反映させた『自由行』は、香港人が自治を求めて抗議する現状と重なり、主人公の置かれた状況が胸に刺さった。『轢き殺された羊』は広大なチベット平原を舞台に「他者に施す」という名を持つ男の白日夢のような時間を描く。ペマツェテン監督が「自身とチベット人作家の短編小説を併せて映画化した」というだけに文学作品の味わいがあった。グローバル化への危惧からのプログラム「東南アジア・リージョナル特集」中の『フンバ・ドリーム』はインドネシアのフンバ(スンバ)島を舞台にした若者の成長の記録。草原、16ミリフィルム、島で取れる物での食事と、リリ・リザ監督がアナログでローカルなものの確かさと温かみを見せた。


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『福岡』

満を持しての『福岡』上映&チャン・リュル監督の独自性をスタッフが語る


 チャン監督が福岡で支援を受けて、福岡で撮った『福岡』。待ちに待った作品が遂に上映された。監督特集として、他に『群山:鵞鳥を咏う』『風と砂の女』『豆満江』も上映された。『福岡』では、学生時代に同じ女性を好きになったために、仲違いしたままで中年になってしまった男性二人が、若い女性の導きにより福岡での再会を果たす。韓国の国民詩人ユン・ドンジュ(治安維持法違反に問われ福岡で獄死)の詩に登場する女性と同じスニという名を持つ、彼らの愛する女性は現れない。二人と若い女性は福岡の街をそぞろ歩く。筆者にとって見慣れた街が、いつもと違う浮遊感を伴う空間になっていた。冴えない中年を演じたユン・ジェムンとクォン・ヘヒョの台詞の往来はさすがの上手さ。パク・ソダムも不思議な力を持つ若い女性をいとも自然に演じていた。

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シンポジウムでのチャン・リュル監督

 オープニング上映後の初回上映もほぼ満席で、福岡の観客の本作への興味の高さが伺えた。上映後のシンポジウムでは、通常の映画撮影と異なり、事前のシナリオで詳細な決定をせず「空間と呼吸をしながら作業を進める」という撮影スタイルや、「撮影後に現場でどんどん編集作業を行うのを見ていると監督が連続性を持っているのが分かった」と監督の緻密さについて、スタッフが明かした。

 『福岡』は別バージョンの作品もあるそうだ。そちらもぜひ見たい。


アジアフォーカス・福岡国際映画祭2019
 期間:2019年9月13日(金)~9月19日(木)
 会場:キャナルシティ博多(ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13)ほか
 公式サイト http://www.focus-on-asia.com/

Writer's Note
 井上康子。オムニバス『それぞれの道のり』中のラヴ・ディアス作品『Hugaw(Dirt)』の舞台はフィリピンの暗い密林。そこには悪魔の気配が漂う。『立ち去った女』では善なる者の心にも悪が宿り、善行を積もうと、否、善行を積んだことによって、その悪が伝播するのに打ちのめされ、主人公と共に号泣した。


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