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Report 第12回大阪アジアン映画祭 ~様々な視点で描く韓国の今

Text by mame
2017/4/2掲載



 大阪アジアン映画祭(以下、OAFF)に参加して、今年で5年目になる。参加当初は会場も市内に点在するミニシアターが中心で、自転車で回っても忙しいぐらいだったが、今年はキタを中心に会場が集約され、ずいぶん回りやすくなった。それでも上映後のゲストトークに参加したりすれば、時間が過ぎてゆくのはあっという間だ。

 今回上映された韓国関連作品は5作品。

 『カム・トゥゲザー』はシン・ドンイル監督の7年ぶりの長編復帰作。リストラに遭い、自宅でイライラを募らせる父、ボムグ(イム・ヒョングク)。違法すれすれの行為でクレジットカードの営業に奔走するも顧客の獲得に苦労する母、ミヨン(イ・ヘウン)。そして浪人中の娘、ハンナ(チェ・ビン)は希望大学にかろうじて補欠合格するが、合格者の辞退を待つしかない日々は不安でいっぱいだ。三者三様の厳しい現実に気持ちが沈むかと思いきや、ところどころに現れるブラックユーモアに思わず笑ってしまう、不思議な魅力を持った作品だ。

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『カム・トゥゲザー』

 シン・ドンイル監督と主演イ・ヘウンは、日本の観客と共に鑑賞を楽しんだ後に登壇。「後半、危機に直面した3人は思わず自分の心の弱さに負けそうになるが、良心で立ち向かう。ひとりに偏らず、3人それぞれの戦いを丁寧に描くよう心がけた」(シン・ドンイル監督)、「1週間の家族の日常を描いた作品。当人たちはそんな意識もないが、実は綱渡りのように危うい日常を送っている。大きな危機に直面する事で、やっと綱から落ちたのだとわかるが、当時はそんな意識も持っていない。人生とは、そのように過ぎてゆくのではないか」(イ・ヘウン)と、それぞれ印象的な言葉で語ってくれた。劇中で多用される“少しだけ”という言葉の意味に質問が及ぶと、現状への問題意識を吐露させた。「韓国社会を表している言葉。“あと少しだけ”に執着するあまり、多くの人が重圧を感じている。その“少しだけ”に翻弄されて、人間関係すらも大きく変わってしまう。本来は、その“少しだけ”には何の意味も無いはずなのに。」

 余裕のない韓国社会を表した作品はもう1本。特集企画「アジアの失職、求職、労働現場」で上映された短編『夏の夜』(イ・ジウォン監督)だ。夜はコンビニで働きながら、学業・就活に励む大学生のソヨン(ハン・ウヨン)。新たに家庭教師のバイトを始める事になったが、生徒のミンジョン(チョン・ダウン)も、飲んだくれの父に代わり家庭教師代を工面するために、授業が終わるなりファーストフード店に直行し、バイトをこなしてから、家庭教師の時間に走って間に合わせる。バイトのシフト変更を引き受けたミンジョンは、ソヨンに家庭教師の日程変更を頼むが、ソヨンがひとたびスケジュール調整を試みると、自分のバイト、ひいては大切な面接の日にまで影響が及び、たちまち自分の中の優先順位を試されるような切羽詰まった状況に陥る。日程調整に難色を示すソヨンに、ミンジョンは「私がお金を払っているのだから、先生が譲るのが当然では?」と悪気もなく言い放つ。無理もないだろう。私たちの多くが「お金を貰っているのだから、多少無理を言われるのも仕方ない」という意識のもと、時間を切り売りし、労働の対価を得ているのだから。ミンジョンの発言は、その意識を逆手にとったものだ。だがソヨンは、お互い忙しい時間を調整して、勉強する時間を共有するふたりにその理論を適用する事に、なんともいえない違和感を覚える。

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『夏の夜』

 「受験戦争を終え、良い大学に入れたと思えば、次は良い就職、と切れ目のない競争社会を生きる若者たちの現状に、異を唱えたかった」とイ・ジウォン監督は語る。昨今は日本でも働き方改革が話題になっているが、監督も朝井リョウの小説「何者」を読み、就活に翻弄される若者の姿に共感を覚えたという。時間を切り売りするような感覚もないまま、日常が消費されてゆく若者の姿を通して、一度立ち止まる勇気を持つ事、自分の意志で、大切なもののために時間を使おうとする若者達の姿が爽やかに描かれていた。

 『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』(ユン・ジェホ監督)は、中国在住で脱北を手助けする北朝鮮女性、B(ベー)の姿を追ったドキュメンタリー。脱北の詳細を明かす事はできないため、暗い画面に携帯電話越しに指示を出すBの声が響き、実録もののような緊迫感が漂う。早口で電話口の相手に指示する姿はいかにもやり手で、気が強そうだ。北朝鮮に残してきた家族を養うため、危険な仕事にも手を染めてきたBは、もともとは騙されて中国に売られた身ではあるが、現地男性に見初められて結婚するはめになった今も、常に仕事や家事に忙しそうで、その境遇から想像するような惨めな女性には到底見えない。むしろ惨めな印象を残したのは、残された北朝鮮の夫だ。

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『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』

 後半、脱北させた息子2人とB、そして夫は、図らずしも家族4人水いらずで韓国で暮らす事になるのだが、ここでも忙しく仕事に走り回り、家事もこなすのはBで、夫はといえば、どこか所在なげに部屋の隅に佇んでいる。そもそも、この夫がしっかりしていれば、Bはわざわざ中国に出稼ぎになど出なくても済んだのでは…と思わされるぐらいだ。一方、中国に残してきた夫とも関係は良好で、テレビ電話で近況を報告しあうBを見ていると、どこに居ても、残してきた家族に囚われてしまう、数奇な運命を思った。だが、全体としては貪欲に生きる道を切り拓いてゆく、ひとりの女性の逞しさが印象に残った。

 特集企画「ニューアクション! サウスイースト」からは昨年のベトナム版に続き、タイでの『怪しい彼女』のリメイク『突然20歳 タイの怪しい彼女』(アーラヤ・スリハーン監督)が登場。主演のダビカ・ホーンは昨年のOAFFでABC賞を受賞した『フリーランス』の女医役でも気品ある美しさが魅力的だったが、今回は「タイのオードリー・ヘップバーン」として、20歳に若返るヒロイン、パーン役をコミカルかつ上品に演じている。

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『突然20歳 タイの怪しい彼女』

 昨年のベトナム版に比べると、オリジナルにさらに忠実な仕上がりで、バンドマンである孫の活躍に、よりスポットが当てられており、若者の成長物語としても観る事ができるのが特徴だ。往年の歌謡曲を含んだ、各国ごとに違う歌唱シーンもこの映画に欠かすことのできない魅力であり、各国の『怪しい彼女』を一堂に集めたサントラとか企画されないだろうか…と思ってしまう。

 『ロボット・ソリ』(イ・ホジェ監督)は、行方不明になった娘を10年間探し続ける父、ヘグァン(イ・ソンミン)と、世界中の音声を記憶する衛星ロボット、ソリとの絆を描く。近所のアイスクリーム・ショップを「秘密基地」として待ち合わせていた頃からの父と娘の関係性が丁寧に描かれ、娘の不在後はすっかり精彩を失ってしまったヘグァンに、観ているこちらも心が痛む。娘が自立してゆくにつれ、すれ違う父と娘のお互いへの思いが、ソリに記憶された音声を通して徐々に明らかになり、ヘグァンは今まで目を背けてきた娘との記憶に向き合う事となる。

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『ロボット・ソリ』

 イ・ホジェ監督は舞台挨拶にて「忘れてしまいたい記憶と、忘れてはいけない記憶について描きたかった」と語った。思い出すのも辛い記憶を忘れる事で、人は日々を円滑に過ごす事ができるのだろう。だが時には、向き合わなければ、自分の中の時計を進める事ができない記憶も存在する。昔の音も今の音も等しく記憶するソリが「絶対に見つけなきゃ」と決意した声は、誰からも忘れられているような小さな声だったところに、監督の意志を感じた。

 今年も多彩な作品で楽しませてくれたOAFF。韓国関連作品に関していえば、その題材の広さに驚かされた。折しも『お嬢さん』『哭声/コクソン』『アシュラ』とビッグネームの公開が相次いだ3月。まだまだ韓国映画に魅せられる日々は続きそうだ。


第12回大阪アジアン映画祭
 期間:2017年3月3日(金)~3月12日(日)
 会場:梅田ブルク7、ABCホール、シネ・リーブル梅田、阪急うめだホール、国立国際美術館
 公式サイト http://www.oaff.jp/

Writer's Note
 mame。今回のOAFFでは、会場として阪急百貨店内にある阪急うめだホールが初登場。映画の合間のデパ地下巡りに心躍らせました。


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Report 『哭声/コクソン』プレミア上映、ナ・ホンジン監督&國村隼トーク ~國村隼演じる「よそ者」をどう思うか観客に問い続ける映画

Text by 加藤知恵
Photo by Kachi
2017/3/1掲載



 『チェイサー』『哀しき獣』といった衝撃作でカンヌでも名高いナ・ホンジン監督の最新作『哭声/コクソン』が、3月11日よりシネマート新宿ほかで公開される。それに先立ち1月24日に、プレミア上映とナ・ホンジン監督、國村隼のティーチインが行われた。

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ナ・ホンジン監督(右)と國村隼

 山間の小さな村「谷城(コクソン)」で次々と起こる猟奇殺人事件。村人は山奥に住む「よそ者」の日本人の男(國村隼)を犯人と噂し、警察官のジョング(クァク・トウォン)も彼を怪しみ追い始める。果たしてその男は何者であり、本当にこの事件の犯人なのか。最後まで先の読めない、多様な解釈を可能にする展開が続く。ふんどし姿での怪演や滝行、山中での疾走シーンなどハードな撮影をこなし、ミステリアスな役どころを演じ切った國村隼は、昨年の青龍映画賞で外国人として初めて男優助演賞・人気スター賞をダブル受賞するという快挙を果たした。

 ジョングの娘を救うムーダン(巫俗の霊媒師)を演じたファン・ジョンミンの、どこかユーモラスでありながら重厚な演技も圧巻である。クライマックスとなる「クッ」(祈祷)のシーンはほぼノーカットで6台のカメラを回して撮影され、料理や小物といった細部まで本物のムーダンの意見を取り入れリアルに再現されたという。そして「“背景”を通じ、一種の神の存在を表現したかった」という監督の言葉どおり、ショッキングかつ緊迫感あふれる映像・ストーリーを、荘厳で美しい自然の風景が淡々と包み込んでいる。本作にはムーダンだけでなくキリスト教の司祭を目指す若者も登場し、「よそ者」との戦いを繰り広げる。『チェイサー』や『哀しき獣』を通し、アクション・サスペンスでありながらも社会的マイノリティーに関心を寄せてきたナ・ホンジン監督が、本作では自身の宗教観をも反映させ、偏見や固定観念、しいては差別の問題にも彼なりの答えを提示しているように感じられた。

ティーチイン


司会:ではまずお二人からご挨拶をお願いします。

國村:どうも、こんばんは。映画をご覧になったお客さんの前に出てくるのは緊張します。皆さんは日本で最初にこの『哭声』をご覧になった人たちです。本当に嬉しくて、皆さん一人一人に拍手を送りたい気持ちです。本当にありがとうございます。

監督:こんばんは。ナ・ホンジンです。お会いできて嬉しいです。今日はお越し下さり本当にありがとうございます。上映時間も長いのにトークまでお付き合い下さって…。皆様トイレは大丈夫でしょうか?(会場、笑い) シナリオの段階から6年ほどかけて作った作品です。披露できて本当に嬉しいですし、貴重なお時間をいただいて有難く思っています。今からのティーチインも精一杯お答えします。

司会:では早速質問を受け付けましょうか。

質問者1:リドリー・スコット監督の製作会社からリメイクのオファーがあり、韓国サイドの代表が「この題材で撮れるのはナ・ホンジン監督以外にいない」と明言されたそうですが、もしハリウッドからリメイクのオファーが来たらもう一度この作品を撮ろうと思いますか? その際にはまた國村隼さんを起用されますか? 國村さんはオファーがあったらどうされますか?

監督:彼の会社から連絡があったと聞いています。確かに代表が同様の話をしたそうですが、冗談で言ったのだと思います。オファーが来たとして、私は監督するつもりはありませんが、國村さんは絶対に必要だと思うので推薦しておきます。

國村:お薦めされても、ナ・ホンジン監督がメガホンを握らないなら私も引き受けないと思います。

監督:では2人ともやらないということにしておきます(笑)。

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質問者2:『チェイサー』や『哀しき獣』など、これまでの監督の作品はどちらかというと社会派サスペンスのような作品で、今作品はオカルトというか…、表現しにくい内容で、違うスタイルだと思いますが、監督が元々作りたかったのはどちらのタイプの作品でしょうか。

監督:この作品は前の2作を撮った後、もう少し自分らしく自由に表現したいという意欲が高まって作り始めた作品なので、自分のやりたいことを詰め込んで思うように撮れたと思います。

質問者3:今回、國村さんを起用された一番の理由は何だったのでしょうか。日本でもベテラン俳優として色んな役を演じられていますが、一番の決め手は何だったのかと。それと國村さんはナ・ホンジン監督の現場で印象的だったのはどんな点でしょうか。

監督:シナリオが完成して日本人の俳優が必要になり、國村さんと同年代の俳優を調べました。國村さんの出演作は既に見ていて素晴らしい俳優だと思っていましたが、特徴的だったのは、1つのカットの中でまるで編集したかのように変化されていることでした。同じカットの中だとは信じられないような演技でした。見ての通り今回の國村さんの役は、状況ごとに「よそ者」とはどういうものか、観客に疑問を投げかけ続ける重要な存在です。その役を演じられるのは國村さんしかいないと確信を持ち、オファーをしました。

國村:オファーをいただいた際に、監督の『チェイサー』と『哀しき獣』を見ました。その段階で、とんでもない才能を持った人だと感じました。そしていざ現場に入り撮影を進める中で、この人は本当に才能の塊が人の形をしているような人だなと。というのは、現場で監督はなかなか撮影を終わらせないんです。1つテイクを撮ると、基本のビジョンにプラスして新たなイメージがどんどんと浮かんでくるタイプの方でして。むやみやたらと撮り重ねるのではなく、そのように膨らむイメージに沿ってテイクを重ねているわけです。そんな様子を現場で目の当たりにして、想像以上にすごい人だなと感じました。

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質問者4:ファン・ジョンミンさんのファンなのですが、國村さんと現場でお話をされた内容など、何かエピソードがあれば教えて下さい。

國村:実はファンさんと撮影現場でご一緒したことはほとんどありません。ただそんな中でも、韓国の役者さんは映画の世界に進むまでに色んなスキルを重ねていらっしゃって、彼も学生時代に演劇を始めて、それから映像の世界に入って様々な経験を重ねて…、だから経済的にも非常に苦労したという話をされていました。その辺は日本の役者の事情とも似ているので、面白いな、同じなのかなと思いました。今やあれほどの大スターですが、彼は全く驕るところのない人です。色んなキャラクターを演じられていますが、今回もファンさん自身の物事に対する真摯な姿勢が現れていると感じました。

質問者4:監督には、作品全般を通して何かキャスティングの際の基準があれば教えていただきたいのですが。

監督:一番その役にふさわしく適切だと感じた人を選びます。俳優同士のバランスも重視します。基準といえるのはそれくらいでしょうか。先ほどの質問について補足しておくと、國村さんとファン・ジョンミンさんは劇中では一度も会わないので、一緒に撮影をしたことはありません。1箇所だけ2人が会うシーンがあったんですが、そこも編集でカットになりました。

質問者5:以前の作品でキム・ユンソクさんが、看板の上から飛び込みをさせられたのにきちんと映っていなかったと聞きました。監督は國村さんのことを「ソンセンニム(先生)」と呼ばれるくらい尊敬されているようですが、目上の方に無理なことをお願いするのは大変じゃなかったでしょうか。韓国は年上の方を敬う文化でもありますし。國村さんもそういう大変なシーンではどう思われたのか気になりました。

監督:心から申し訳なく思っています。ただシナリオがそのように出来ていたので、どうしようもなかった部分はあります。でも撮影で大変な思いをされた分、撮影以外の部分で何とかケアしようと最善を尽くしたつもりです。今でも申し訳なく思っていますし、この映画が日本で成功しなかったら國村さんにどう言われるか不安です。撮影を通して多くのことを國村さんから学び、驚かされ、感嘆させられました。また撮影を経て更に尊敬の気持ちが高まり、好きになりました。改めて謝罪とお礼の意を述べさせていただきます。

國村:何だか気恥ずかしいですね。私も台本を読んでこういうことをしなければいけないというのは予め分かった上でオファーを受けました。ただ一番引っかかったのは、「もしかして俺はカメラの前ですっぽんぽんになるんか?」という部分でした。でも『哭声』という作品のこの世界観はすごいなと思い、ここで男にならないといけない、他の人がこの役を演じるのを見るのは嫌だなと思いました。だからそれで監督や観客の皆さんにご迷惑なものを曝したとしても、それでもやってみたいと。ですから監督にひどいことをさせられたという意識はなく、あくまでも自分からその世界に飛び込んだという感じです。

司会:最初の案ではふんどし姿じゃなかったんですか?

國村:言い忘れましたが、最初の脚本では、すっぽんぽんだったんです。

司会:ふんどしは國村さんから提案されたんですか?

國村:いいえ。もちろん韓国でも映倫に相当する組織はありますし、監督からやはりそれはまずかろうと。日本といえば何かと聞かれたので、それならふんどしかなと思いました。劇中でおじさんが「おむつ」と言ってますが、そういうふうにも見えたんでしょうね。

司会:日本といえばふんどしだと。そこであの台詞も付け加えられたんですね。

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質問者6:この映画は見る側の想像に委ねる部分が多いと思うのですが、監督の中で國村隼さんの役に関しては細かい設定を考えていらっしゃったのでしょうか。また國村さんはある程度人物の背景なども解釈をした上で役作りをされたのでしょうか。

監督:「よそ者」は観客に質問を投げかけ続ける立場にあります。これは映画そのものが各状況で「よそ者」をどう思うかという質問を観客一人一人に問い続ける作りだからです。また「よそ者」というキャラクターをどのように捉えるかによって、他の登場人物についての認識も整理されていきます。ですからたった一つの解釈でこの映画を定義することはできないし、私自身もキャラクターを一言では定義できませんが、観客の皆さんがどんな解釈をされようと、その全てが正しいと思っています。観客の皆さんが結論を出して完成させてくれる映画になることを望んでいます。

國村:その男を演じるにあたり、一般的な役作りのアプローチは全く機能しないと感じました。そもそも実在するものではないかもしれないし、人なのか何らかの物体なのか、そこに存在しているのかどうかも分からない。その男を見たという人の話の中にいるだけで、司祭になろうとする若者も、自分の目の前にいる男から「お前は何だと思うんだ」と聞かれてしまう。そうすると、そこには悪魔として存在する。いや、存在してるのかどうかも分かりませんが。そういうイメージなんですね。ですから存在自体が不明なものを作り上げるというのは無理な話で、強引に実感を伴うイメージを1つ想像するならば、劇中でのキャラクターの存在意義というか役割は何だろうと。そこからアプローチしたほうがいいと思いました。例えば谷城(コクソン)という小さな片田舎の村という池の中にポンと放り込まれた異物としての石ころ。石ころが放り込まれることによって起こる波紋。男はその石みたいなものかもしれない、と考えました。

質問者7:監督と國村さんから見たチョン・ウヒさんの印象をお聞かせ下さい。

國村:彼女もまだ若いですが、舞台も経験してきちんとスキルとして積んでいて、女優さんとしてのクオリティーが高いと感じました。何より彼女はムミョンというキャラクターがどういうものかを、ちゃんと言葉に置き換えて語ることができる人です。とにかく若いけれどクオリティーの高い女優さん、というのが僕の印象です。

監督:沢山の女優の中からオーディションで選ぶ過程で、彼女が最適だと思いました。なぜそう感じたかというと、彼女は大変なパワーを持っているからです。外部から見える力というよりは内的な「気」のようなものですが。2時間半ほどのこの映画の中で、あらゆる人物や状況の背景になるのは谷城(コクソン)という場所です。この背景を通じて、直接的ではないものの一種の神の存在を表現しようと努力しました。サウンドや時間や天気の変化など、あらゆる要素を通してイメージを伝えようとしていました。そしてそのように積み重なったものを、チョン・ウヒさんが演じるムミョンという役が最終的に全て伝えてくれるのを望んでいたんですね。前半には出番や台詞はほぼありませんが、緊張感を保ってくれる力が必要でした。実際に彼女は現場では可愛らしい妹のような存在でありながら、期待以上にパワフルな演技をしてくれました。

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司会:撮影中も含めて、監督がなぜそんなに天気にこだわっていたのかというのがよく分かりました。最後にお二人から皆さんにご挨拶をいただければと思います。

國村:今日はお越し下さり本当にありがとうございました。最初に聞くべきでしたが、この作品はどうでしたか?(観客拍手) お楽しみいただけたのがしっかりと伝わってきます。これは今までになかったタイプの映画だと思います。カテゴライズできない映画であり、映画の新たな楽しみ方を味わえると思います。お友達にもそういう体験をさせてあげたいと思った方は、ぜひ一緒に見に来て下さい。ありがとうございました。

監督:普通は映画を撮り終えたあと、監督として残念に思える部分があります。でもこの作品には何の後悔もありません。ナ・ホンジンという監督の持つ力を全て注いで作った映画です。どのように評価されても受け入れる覚悟です。6年を費やし全てを注いで完成させた作品なので、周りに感想を伝えていただきたいです。長い時間、最後までお付き合い下さり本当にありがとうございました。


『哭声/コクソン』
 原題 곡성 英題 THE WAILING 韓国公開 2016年
 監督 ナ・ホンジン 出演 クァク・トウォン、ファン・ジョンミン、國村隼、チョン・ウヒ、キム・ファニ
 2017年3月11日(土)より、全国ロードショー
 公式サイト http://kokuson.com/

Writer's Note
 加藤知恵。ところどころ関西弁を混ぜ、囁くように話す國村さんの口調が非常に温かくて印象的でした。その温かく柔らかい雰囲気がゆえにミステリアスな役柄がより恐ろしく見え、絶妙にマッチしていたのかもしれません。


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Report 『お嬢さん』ジャパンプレミア ~パク・チャヌク監督「ヒロインの秀子は、高峰秀子さんに因んでいる」

Text & Photo by Kachi
2017/2/10掲載



 3月3日(金)より公開される韓国映画『お嬢さん』のジャパン・プレミア上映が、パク・チャヌク監督を迎えて2月8日(水)、2月9日(木)両日、都内にて開催された。監督に加えて、初日には女優の真木よう子が、二日目には恋愛小説『ナラタージュ』などで知られる小説家の島本理生が登壇。“禁断の愛”を描いた『お嬢さん』についてトークが開催された。

※ シネマコリアのツイッター・アカウントでの連続投稿を加筆・修正し、まとめた記事です。ツイッターの文字数制限のため、発言や表現はかなり省略されています。

2月8日(水)@アキバシアター ゲスト パク・チャヌク、真木よう子


 監督は「1930年代の日本と西洋と韓国の関係が伺える映画で、私なりの解釈で日本文化を描きました。俳優陣は死ぬ気で長いセリフを覚えて演じました。(日本語が)日本の皆さんには中途半端かも知れませんが、暖かく観てください」と挨拶。それに対し、真木は「パーフェクトでない部分も作品が圧倒してくれていて、全く問題なかった」と絶賛した。

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 また、真木は「邦画だと官能的な部分を掘り下げ過ぎて、女性は観辛くなるが、『お嬢さん』は絶妙なバランス。特に二人の女優が素晴らしい。日本の女性も自分の意見を持って強くいられるようになって欲しいので、本作で女性同士の絆が描かれているのには感動した」と述べた。

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監督と真木よう子さん(右)

 「女優をキャスティングするときに気をつけている点は?」という問いに対し、監督は「どんな監督も、映画と役柄にあうことを考えますが、個人的には頭が良くて自分の主張をはっきりする女性が魅力的で、セクシーだと思っているので、そういう女優を選ぶことになる」と回答。そして、「キム・ミニ扮するヒロインの秀子は、成瀬巳喜男監督作品で知られる高峰秀子さんに因み、主体性と気品を持つ女性を念頭においた。女性は自分の楽しみや快楽の追求をためらわないで。そして男性は、女性にもっと尽くしてあげなければ、と思ってくだされば嬉しい」と観客に対するメッセージを残した。

2月9日(木)@スペースFS汐留 ゲスト パク・チャヌク、島本理生


 作家・島本理生とのクロス・トークは、監督の「R18+のレイティングで公開されたが、(韓国では)いい成績を残している。俳優が頑張ってくれた。特に、劇中、あわれでみじめな扱いを受ける俳優二人にお礼を言いたい」との挨拶で始まった。

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 リアルな女性の心理描写に定評のある島本理生は、『オールド・ボーイ』でパク・チャヌク作品に魅せられたという。

島本「『お嬢さん』は、プロモーション映像を見ると悲劇的な感じかもと思ったが、スリリングかつ開放感のある映画で感動した。女性の強さと愛情深さが素晴らしかった。」

 二人は先日対談を終えたばかりだそう。

島本「監督は、激しい作風のイメージに反した、穏やかな方だと感じた。」

監督「よく言われる(笑)。特に『オールド・ボーイ』の頃、自分のファンだという方は革ジャンを着ていたり、タトゥーだらけだったり…(笑)。最近は女性ファンも増えて嬉しい。」

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監督と島本理生さん(右)

 作品理解が深まる質問が相次ぐ。

島本「スッキ役のキム・テリは新人女優だが、撮影中に変化していった?」

監督「新人なりに自信にあふれていたので抜擢したのだが、最初大勢のスタッフに囲まれどぎまぎしてしまった。そのうち、のびのびし始め順応が速かった。」

島本「男女のラブシーンは、どんなに愛しあっていても力関係があるが、『お嬢さん』は対等。女性同士と男女のラブシーン、どこが違うと思う?」

監督「映画史上一番セリフが多いベッドシーンを撮ろうと思っていた。会話を交わしながら心と感情を共有し、体がついていく場面にしたかった。また、劇中の設定として、令嬢と下女という身分差があり、また植民地と被植民地という格差がある。その二重の格差をなくして対等にしていく過程を、ベッドシーンで見て欲しかった。男女だったら難しかったでしょうね。」

島本「どういうところが難しい?」

監督「これほど親密な会話を交わしながらは男女間だと難しかったし、想像できなかった。体位も女性ならではのもの。男性は射精の瞬間に向かって走っていくので、ベッドシーンはその瞬間の描写が中心となってしまう。目的の到達点ではなく、過程を見せたかった。こういう(際どい)話を皆さんの前ですると、普通、妙な気持ちになるのですが(笑)、この映画は快楽に対する率直さを礼賛しているので、全く大丈夫です。」

島本「ラブシーンで笑ってもいい?」

監督「それは私が意図していることなので、この映画では大いに笑って欲しい。サクラを入れて笑いを誘導するとかしても(笑)。」

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 島本さんの最後の質問より、パク・チャヌク監督が素敵な女性に薦めたい映画5本が披露された。

  ルキノ・ヴィスコンティ『山猫』
  成瀬巳喜男『乱れる』
  キム・ギヨン『下女』
  ニコラス・ローグ『赤い影』
  アルフレッド・ヒッチコック『めまい』


『お嬢さん』
 原題 아가씨 英題 The Handmaiden 韓国公開 2016年
 監督 パク・チャヌク 出演 キム・ミニ、キム・テリ、ハ・ジョンウ、チョ・ジヌン、キム・ヘスク、ムン・ソリ
 2017年3月3日(金)より、TOHOシネマズシャンテほかロードショー
 公式サイト http://ojosan.jp/


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Report 『アシュラ』特別試写会&トークイベント ~キム・ソンス監督「素晴らしい俳優の演技の晩餐会、堪能して欲しい」

Text & Photo by Kachi
2017/1/22掲載



 1月17日(火)、3月に劇場公開される『アシュラ』の特別試写会が開催され、キム・ソンス監督のトークイベントが開かれた。監督は「こんにちは。私はキム・ソンスです。映画を見に来てくださって、ありがとうございます」と日本語で挨拶をした後、『アシュラ』を撮るにあたっての思いや、撮影秘話を語ってくれた。

※ 文中で映画の内容に触れています。

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 私はフィルム・ノワールが大好きです。1960・70年代の日本、フランスの作品、昔のアメリカなど、多くのフィルム・ノワールを観てきて、いつかそういうフィルム・ノワール的映画を現代に置き換えて、自分なりの解釈を加えて撮りたかったのです。ただ、昔の悪人映画というと、暗黒街を牛耳っている親分というバックグラウンドで、それだと現代にあわないと思いました。本当の悪党は政治指導者や権力を握っている者や法律を動かす者では?と考えて、過去の映画で見られた犯罪者的立場の人を、政治家や警察や検事に置き換えました。でも、最初にシナリオを書いた時、周囲からは商業的な映画にするのは難しいと言われたので、このような素晴らしい俳優と仕事ができると思っていませんでした。チョン・ウソンさんとは昔から仲が良かったので、出演すると言ってくれまして、この映画の制作会社であるサナイ・ピクチャーズの社長の友人であるファン・ジョンミンさんもやると言ってくれて、その後、いい俳優の方々が続いてくださいました。期待以上のキャスティングとなり、戦慄を感じるくらいスリリングな撮影現場でした。


 撮影中、最も苦労したことに質問が及ぶと、作品中盤に登場するカー・アクションを挙げた。

 状況が一変する、映画の分岐点ですね。主人公ハン・ドギョン(チョン・ウソン)は、自分の感情をなかなか表に出せないタイプなのですが、あの場面でストレスが一気に爆発しているんです。大きな感情のシーンだと思ったので、主人公が暴走しているようなイメージで撮りたかったです。荒々しく狂気に満ちた、危険な感じのシーンにするためにどうするか話しあっていると、イ・モゲ撮影監督から「雨を降らせてはどうか」と言われ、シナリオを変更しました。でも実際に撮影すると本当に大変で、危険を伴うものでしたので実は後悔したのですが、撮り終えた後はとても良かったと感じました。


 『アシュラ』では、監督の長年の盟友チョン・ウソンが主人公を務めている。ファン・ジョンミンやチュ・ジフンは初めてタッグを組んだ。

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キム・ソンス監督

 これまで何回も一緒に撮影をしているチョン・ウソンさんには、シナリオを書く前から真っ先にこの作品について相談しました。「この映画はすごく制作するのが難しいストーリーラインだけど、是非やりたいと思っている」とチョン・ウソンさんに話すと、彼は私を「お兄さん」と呼んでくれているのですが、「お兄さんがそこまで撮りたいと思っているのであれば、自分は弟として参加したい。お兄さんが歌いたい歌があるのなら、そこで弟は歌にあわせて踊らなければならない」と言ってくれたりしたことに支えられました。チョン・ウソンさんの言葉が、作品を完成させるエネルギーとなりました。

 韓国の全ての監督・製作者が思うことですが、ファン・ジョンミンさんとは是非一度仕事をしてみたいと思っていました。今回の役は主演よりも助演に近いため、シナリオを渡すときハラハラしてしまったのですが、見た瞬間に「やります」と言って下さったので、そこから製作資金も一気に募ることができました。ファン・ジョンミンさんと一緒に映画を作った人は誰でも「彼は最高だ」と言います。演出家として高い眼識があるからです。本作で言うと、市長が会議室で素っ裸になっているシーン。私は当初、パンツ一丁で会議室にいるという演出を考えていて、どうしてもファン・ジョンミンさんにそれをやってもらいたくて「彼は政治指導者だけど、他人に一切関心がなく、礼儀を守ろうなんてさらさら考えていない。自由勝手にふるまう人だから、ここでパンツ1枚でいるんです」と説得しようとしたところ、「それならいっそのことパンツも脱ぎましょう」と言って下さったのです。全く思ってもみなかったことなので、ありがたかったです。


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監督(左)と橋本マナミ(右)

 その後、登壇したタレントの橋本マナミを交え、クロストークが行われた。実は今回の先行上映が、日本で最も速い『アシュラ』のお披露目となった。監督は最後にこう締めくくった。

 観ていて痛快なアクション映画を作るべきだったかもしれませんが、この映画では、暴力の実態をお見せしたいと思いました。私がここで言いたいことは、映画をご覧になった皆さんには言わなくてもお分かりいただけると思っています。まだご覧になっていない方々には、あえて何も言わずにまず観ていただけたら嬉しいですし、「韓国で演技の上手な俳優が集結して撮った映画だ」ということを伝えてもらえたらと思います。「まるで演技の晩餐会を観ているようだ」と勧めていただけたら嬉しいです。


 『アシュラ』は、3月4日(土)より東京・新宿武蔵野館ほかで劇場公開。


『アシュラ』
 原題 아수라 英題 Asura : The City of Madness 韓国公開 2016年
 監督 キム・ソンス 出演 チョン・ウソン、ファン・ジョンミン、チュ・ジフン、クァク・トウォン
 2017年3月4日(土)より、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
 公式サイト http://asura-themovie.jp/


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Report 第17回東京フィルメックス ~作り手、評者、役者に感じた映画への熱量

Text by Kachi
2017/1/10掲載



 それは、とてもフィルメックスらしい、というべき光景だった。審査員もゲストも客席から登壇する。以前にも見られた試みなのかもしれないが、まるで審査員が大上段に構えた特権的な役職ではなく、私たち観客と共にあるということの現れかに見えた。

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映画祭ポスター・ビジュアル

 会期中、2日目の国際シンポジウム「アジアから映画の未来を考える」に参加できたことは大きな収穫であった。東京フィルメックスの常連で、困難を経てもなお映画を撮り続けているアミール・ナデリ監督が「作品はオリジナルであることが大事。そして映画作りに必要なのはピュアであることだ」と気炎を上げ、熱弁の終わりに「カット!」と一言入れる茶目っ気に和ませられる。審査委員長のトニー・レインズ氏は「劇場というのは、この100年とは違った形態になっていく」として、マレーネ・ディートリッヒの「将来はあなたのものよ。私のものでなくて」という金言を引用。その語り口には、終わりゆくキネマの時代への涙がにじみながらも、映画作りに関わることがより難しい現代で、これからの才能が生き残る道を一途に模索する態度がうかがえる。穏やかに話すキム・ジソク氏だが、韓国映画の現状を誉めた質問者に対しては「本当にそう思うんですか?」と迫り、「今は政治が愚かだから、政権交代したら良い映画が生まれますね」と舌鋒鋭い。市山尚三氏は、日本と世界の映画製作の現場について、その違いと問題点について冷静に言及する。映画の未来を憂う者が額をつきあわせたホットな応酬であった。日本の映画批評の遅れと怠慢を指弾したトニー委員長の厳しい言葉に、筆者は大いに恥じ入るばかりだった。

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『The NET 網に囚われた男』キム・ギドク監督

 林加奈子ディレクターが開幕式で宣言した「本気の映画」が、オープニングから登場した。『The NET 網に囚われた男』は、これまで2作品で南北分断についてのプロデュース作品を手がけてきたキム・ギドクが、満を持すかのように演出・脚本から携わった映画である。北朝鮮で漁を生業とするチョル(リュ・スンボム)は、南北国境にほど近くで漁網を仕掛けている最中、ボートのエンジンが故障。制御を失ったボートは国境線を越えてしまい、チョルは韓国軍に逮捕されてしまう。

 かつてのプロデュース作、たとえば『プンサンケ 豊山犬』では、南北をひそかに行き来する孤高の運び屋と脱北女性のロマンスが物語を動かす鍵となり、『レッド・ファミリー』では、任務のために南で疑似家族を演じていた北の工作員たちに、隣人一家に触発されるように本物の絆が芽生えたことで悲劇が起きる。いずれも、国家が無辜なはずの民を翻弄している現状への怒りを、エンターテイメントに昇華した作品となっていた。そうしたある種の映画的娯楽が、本作にはほとんどない。開始早々、チョルが妻(ギドクの最新ミューズ、イ・ウヌ)とまぐわうシーンを除けば、性的および嗜虐的な描写も薄く、ギドク・カラーは影を潜めている。それだけに、分断国家に対するキム・ギドクの夾雑物のない切迫した思いが、確と伝わってくる。

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『The NET 網に囚われた男』キム・ギドク監督

 残してきた妻子を思い、一瞬たりとも南の資本主義に毒されまいと抗うチョルだが、猥雑な都会の街並みと経済的豊さがもたらす魅力が、彼の心をかすかに揺らす。そうした人間的脆さも、権力を思うまま振るう警察の横暴さも、簡単に指弾できない。監督は、劇中では数少ない心優しい男についてさえ、一抹の疑念が付きまとうように仕掛けているからだ。林加奈子ディレクターが「ギドク・トリック」と評したように、「善い悪いを抜きにお互いがお互いを疑っているような韓国と北朝鮮の現実」(キム・ギドク監督)という、監督の寓意術に違いない。

 ユン・ガウン監督『私たち』は、スペシャル・メンションと観客賞のダブル受賞という快挙を成し遂げた。クラスの中で「みそっかす」(子どもの遊びで、一人前に扱ってもらえない)のソン(チェ・スイン)。夏休み目前に転校してきたジア(ソル・ヘイン)。偶然出会った二人は、かけがえのない親友としてひと夏を過ごす。ところが新学期を間近に控えたある出来事で、友情は徐々にひび割れていく。

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『私たち』ユン・ガウン監督

 上映後、ティーチインに登壇したユン監督は「自分がソンよりももう少し年齢が上の頃、映画と似たような、幸せで心が痛む経験をした」と話した。この作品のリアリティは、監督の脚本よりも、子供たちの「こういう時はどう言うか?」という現実を優先させた演出や、実体験から映画が生まれていることに起因するわけだが、子供の主観ショットが維持された画角によって、ソンやジアたちが普段見て、聞いて、触れている世界のみずみずしさと残酷さが、偽りないものとして観客に届いてくる。低所得家庭のソンと弟のユンは、しかし母親からの愛情を一身に受けている。他方、欲しいものを飽くほど与えてもらえるジアだが、両親の関係はすでに破綻していて、子供心にやり場のない鬱積が広がっている。そんなジアを見て、家で咲いていたホウセンカから取った赤色を、爪紅にして慰めようとするソン。「上手に慰める言葉がみつからないから」(ユン監督)こその行動だが、このシーンのみならず、本作は私たち大人がはっとするような、本質的な示唆を与えてくれる。言葉は時に舌足らずで、たやすく誰かを傷つけてしまうものだ。

 韓国映画を観る時、子役が見せる大人顔負けの演技にひれ伏したくなることがある。2016年は、特にそういう思いに駆られることが多かった。パク・チャヌク監督『お嬢さん』で、キム・ミニ演じる官能的な令嬢、秀子の幼少時代を演じたチョ・ウニョン、『哭声/コクソン』で、不気味な悪霊の餌食になる少女を怪演&力演したキム・ファニ、そして『私たち』のチェ・スインとソル・ヘイン、更にフィルメックスで観客の心を一人でわしづかみにした、ソンの弟ユン役のカン・ミンジュンは、これから幼い名優たちを牽引していく存在になるだろう。

 無論、子役だけでなく、少ない出番ながら鮮烈な印象を残した女優もいた。『The NET 網に囚われた男』で、スンデ店に潜む女性スパイに扮したのは、今年『スチールフラワー』が評価され、今や実力派若手女優の一翼を担うチョン・ハダムで、「悲しい時にいつも泣かないといけませんか?」というセリフとともに忘れがたい登場であった。


第17回東京フィルメックス
 期間:2016年11月19日(土)~11月27日(日)
 会場:有楽町朝日ホールほか
 公式サイト http://filmex.net/

『The NET 網に囚われた男』
 原題 그물 英題 THE NET 韓国公開 2016年
 監督 キム・ギドク 出演 リュ・スンボム、イ・ウォングン、キム・ヨンミン、チェ・グィファ、ソン・ミンソク
 公式サイト http://thenet-ami.com/
 第17回東京フィルメックス特別招待作品(オープニング作品)
 2017年1月7日(土)より、新宿シネマカリテほか全国順次公開

『私たち』
 原題 우리들 英題 The World of Us 韓国公開 2016年
 監督 ユン・ガウン 出演 チェ・スイン、ソル・ヘイン、イ・ソヨン、カン・ミンジュン
 第17回東京フィルメックス<東京フィルメックス・コンペティション>招待作


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