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Review 『将軍様、あなたのために映画を撮ります』 ~映画に魅入られる、その狂気と孤独

Text by Kachi
2016/9/20掲載



 世界的映画人の単なる自伝映画ではない。今も謎多き巨匠の失踪について、新たな事実を発見するための映画でもない。かつて米大統領から「悪の枢軸」と名指しされた国家による、憎むべき犯罪を糾弾する作品とも言い難い。観る者はただ、本作に鮮烈に刻印された劇映画のような現実に、起きた事件の重大さも忘れて胸を躍らせる。

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 1978年に相次いだ、女優の崔銀姫(チェ・ウニ)と、彼女の元夫で映画監督、申相玉(シン・サンオク)の北朝鮮拉致事件。その詳細は、1989年に出版された申相玉の手記『闇からの谺―北朝鮮の内幕』(文春文庫)でも明かされており、韓国映画に精通している諸兄姉は、今さら遠い過去を映画化することの意義を訝るかもしれない。本作の特徴は、崔銀姫や当時の政府高官、二人が亡命に駆け込んだ米大使館職員など歴史の証人たちのインタビューや、今は亡き申相玉や金正日の肉声を集積するだけでなく、映画のワンシーンを効果的に引用するなど、映像で物語を構築することで、事件の「映画性」を際立たせているところにある。急展開するストーリー。スローモーションのように感じる時間。拉致されてから二人がたどった運命は、劇中引用される、申相玉による崔銀姫主演作のフッテージに続く一場面のように映し出されてゆく。

 映画マニアとして知られる金正日が著した膨大な著書『映画芸術論』(邦題『人間の証し』2000年、同朋舎)によれば、北朝鮮という国家を支えているチュチェ(主体)思想にもとづいた共産主義的な映画作りにおいて重要なのは、映画を傑作たらしめる「チョンジャ/종자」(朝鮮語で「種子」)があるかどうか、すなわちチュチェ思想が映画のバックボーンにあるか否かだという。この著書が、北朝鮮の映画製作を低調なものにしてしまう。そこで金正日が計画したのが、崔銀姫と申相玉の拉致だった。

 ある時、金正日から「自分はウンチみたいだろ?」と唐突に聞かれた崔銀姫は、大笑いする臣下たちの中で一人当惑したと語る。金日成は抗日パルチザンとして戦った偉大な英雄であり、建国の父。自分はただ、その息子でしかない。権勢をふるう独裁者という虚像の下の、卑屈で、猜疑心の塊という実像が立ち現われてくる。ひそかに録音された金正日の肉声からは、映画作りへの渇望がにじみ出ている。

 一方の申相玉も、撮影所の存続のために、時の朴正煕政権に迎合し国策映画を撮るも、映画の検閲をめぐって次第に関係が悪化。『バラと野良犬』(1975)のキスシーンをきっかけに、映画社の登録を取り消されてしまう。国家の文化統制に泣かされた申相玉にとって、皮肉にも北は、映画作りへの情熱を思うまま燃やすことができる別天地だった。生きるために「北の人形でいよう」と決意した崔銀姫は、しかし一日たりとも南へ帰る日を思わないことはなかったそうだが、申相玉は、潤沢な資金を用意し「映画の政治的イデオロギーは問わない」と言い放つ金正日のもと、生き生きと映画製作に没頭していく。だが、申相玉の北朝鮮映画が国際的な評価を受けるようになると、金正日は申相玉に、映画祭のオフィシャルな場で「南での映画作りに自由はない」と喧伝してくるよう命じるなど、二人の政治利用を目論むようになる。

 拉致事件が二人の人生を狂わせたことは言うまでもない。当然ながら、拉致は糾弾されるべき国家犯罪で、金正日の生い立ちなど、何ら斟酌すべき理由ではない。だが誤解を恐れずに言えば、ほんの一時、金正日と申相玉とは、映し鏡のような存在だったのかもしれない。映画に魅入られるとは、かくも狂気と孤独に満ちた営みなのだ。


『将軍様、あなたのために映画を撮ります』
 原題 The Lovers and the Despot 2016年 イギリス
 監督 ロス・アダム、ロバート・カンナン 出演 チェ・ウニ、シン・サンオク、金正日ほか
 2016年9月24日(土)より、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
 公式サイト http://www.shouguneiga.ayapro.ne.jp/

Writer's Note
 Kachi。今年6月、ショートショートフィルムフェスティバル&アジアにラインナップされていた『権力の鏡』(2015)は、水害に見舞われた北朝鮮の風景がゆっくりと沈んでゆくさまをアニメーションで作り上げた、フランス産アート映画。北朝鮮が常に直面する現実的脅威である韓国や日本とは異なる視点に、戸惑いとともに興味深く観ました。


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